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【吟遊詩人の男 part8】

血の宴から数刻。

予想外の殺戮ショーに俺は平静を保つのに精一杯だった。

過度な緊張状態のせいか三半規管が異常を訴えている。

武人出身の人形使いはともかく、死体に耐性の無い絵師は強がりながらも目に見えて顔色が悪くなっており今は用意された部屋で休んでいる。


正直なところ俺が倒れていないのは仲間を想って自身を奮い立たせているからに過ぎない。

俺の言動一つで今後の運命が決定する。

倒れているわけにはいかなかった。


「忠告。この通路の先が陛下の自室、進んでくださいまし。……くれぐれも粗相の無いように」

「言われなくても。こっちな生き残るのに必死だっての」


蜘蛛族の使用人に悪態を突く。それが今の俺に出来る精一杯の強がりだった。城内は灯りが少なく夜になると迷宮のようであった。まるで異界だ。重い足取りで言われた通り廊下を進み大扉に辿り着く。

心なしか汗が滲む。手の震えがバレないように細心の注意を払い、意を決してドアをノックする。


「入れ」


応えるのはあの恐ろしくも美しい刃のような声。

扉をやけに重く感じながら部屋の中に入る。

俺は困惑した。室内は全くの暗闇で灯り一つ無かった。

どういう事だ。確かに女王の声がした筈なんだが。


「やっと二人きりになれたな。貴様の訪問を嬉しく思う。まさに夢見心地とでも言うべきか」


口調は穏やかで怒りなど微塵も感じさせない。

だが人の心情に聡い吟遊詩人も、その内心を読み取ることができなかった。彼女は何を考えている?

それに気のせいだろうか先程から何か甘い匂いがする。

駄菓子の類ではない。もっと何か生々しい別のもの。


「──────────!!!」


吟遊詩人は絶句した。暗闇に目が慣れ始めそこに立つ彼女の輪郭が月光の下にあきらかになる。


それは一糸纏わぬ彼女の裸体。


美しい。

それが吟遊詩人が初めに感じた素直な感想であった。

陶器のように完璧な柔肌、形の良い上向きの乳房、なまめかしく浮き上がる肋骨、乱れてもなお艶のある髪、やや潤んだ瞳、熱を帯びた吐息。

その全てが亜人の女王と言う美を構成する為にある。

幾万の言葉を重ねてきた彼だからこそ、その絶対的な美を前に圧倒された。


「今宵は強めの酒を呑んだように身体が火照る。私はお前が気に入った。だからお前も私に存分に惚れるがいい」


停止した思考を置き去りにするように彼女は俺に重なろうと迫る。事態が呑み込めず情けなく後ずさるもすぐに追い詰められ、彼女の体重と熱を感じる。そしてその細長い指が焦らすように衣服の上からぐりぐりと性感をなぞる。


「何を躊躇っている。不敬であるぞ。貴様も初めてというわけでは無かろう?」

「そういう問題…うぐっ…じゃねぇよ……!」


異様なほどの快楽に吟遊詩人は動揺していた。

脳を焼くこれほどまでの劣情は体験した事がない。


「強情な奴だ。私が許すと言っている。抵抗するだけ無駄だ。未だ嘗て私の【魅了】を耐え抜いた雄はいない」


耳元で囁く彼女の声が脳に反響して気が狂いそうになる。

その呼吸音すら自らの欲情を条件付けるように頭から離れない。呼吸が荒くなる。精神異常系のスキルを受けているらしい。


「やっ……やめろっ…! おい、ぐっ、話がしたいんじゃ、無かったのかよっ」

「〜〜〜〜〜!! フフ、こらこら。そんなに私を煽るな、可愛い奴め。ますます虐めたくなるではないか」


ただ頬を指で触れられただけで身体は浅ましく反応してしまう。女王は二十年足らずの彼の人生で培った快楽の許容量を容赦なく超えていく。彼女の気分の高揚に合わせてその魔眼の出力も増す。


「背徳は最高の媚薬だ。理性など簡単に溶かし尽くしてしまう。こんな事がバレたらタダでは済むまい。あの娘は貴様の帰りを待っているのだろう?

積み上げた信頼が崩れる危うさ、滾るではないか」


未知の快楽に抵抗さえ出来ない吟遊詩人。無防備な彼に彼女は跨る。熱い液体の感触と共に彼女が腰を嬲るように動かす。まるで捕食者のように容赦なく彼を籠絡し、自らの手籠とせんと責め立てる。


「屈してしまえっ。【魅了】のせいにすればよいっ。脅されたとでも言い訳は出来ようっ。貴様は魔族から仲間を守る為に犠牲になったのだっ。褒められこそすれ誰が咎めようかっ!」


甘言で彼を惑わしながらもその手は休まず彼の肩や胸を緩急をつけて撫でまわしている。

押し寄せる快楽に身を捩る。

言葉を発する余裕もない。


理性の限界を感じた吟遊詩人。

不意に苦し紛れのように彼は彼女を強く抱きしめた。


「………おい、これはなんのつもりだ?」


彼女の様子が明らかに先程と変わる。

まるで憑き物が落ちたかのように覇気が抜けていく。

何とか息を整えて吟遊詩人は言葉を紡ぐ。


「俺が妙にかっこよく見えて、変になるほど好きだってのは嫌になるほど分かったからよ。

…………お前、なんか無理してないか?」

「─────────」


ずっと彼が感じていた違和感。眼前の美女の肩は終止震えていた。何かに追い詰められているように。だからこそ彼はそれを止める為に彼女を抱いたのだ。亜人の女王は不思議な物を見るように吟遊詩人を観察する。そして笑みともつかない複雑な表情を浮かべた。


「……貴様になら話してもいいかもな。光栄に思え。

それはともかく、だ。……最後までやるぞ。

その、なんだ。このままではお互い収まりがつかないだろう」


その頬は心なしか赤みを帯びていた。

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