【吟遊詩人の男 part6】
「───これは報われない、恋の物語」
絵師の前口上の後、俺は悠然とリュートを弾き鳴らした。弦楽器が小刻みの良い音色を奏でながらリズムを刻み始める。人形使いに視線を送る。仲間と己の技術への信頼感が緊張を和らげていく。
「『それは激しい戦火の中』『人と魔が相克する時代』『空を舞う一陣の風があった』」
人形使いがある木偶を操作する。翼をはためかせる鳥人が舞台を縦横無尽に飛び回る。両翼の細部は実際の鳥の羽根が使用されており製作者の拘りが感じられる。
「『彼女は冷徹な有翼兵』『空から敵兵へ襲いかかり崖の下へと突き落とす』『死の谷底と人は恐れた』」
有翼種の女性が兵士の木偶に襲いかかる。兵は剣を振るって威嚇するが抵抗虚しく舞台の下へと消えていく。
「『そんな彼女は周りからも恐れられた』『残虐な殺し屋』『しかし彼女の内心は、故郷を守りたい、ただそれだけだった』」
彼女が地上に降りると崖の奥から幼い魔族達が出迎える。数が多く精巧でこそ無いものの人形使いが糸で動きをつける事でその嬉々とした様子が見事に表現される。つくづく良い仕事をするものだ。
「『長引く争いで村には老人子供しか残されていない』『人族に襲われればひとたまりもない』『彼女は彼女なりに必死に村を守り続けた』」
予想通り亜人の女王はいつも通り食い入るように劇を眺めている。他の魔族もまずまず。だが小鬼族の老将軍だけはつまらなさそうに肘をついている。癪に触るがそんな事で手を抜く事はしない。
「『ある日、人族の大群が崖に挑む』『進まない攻略に戦士達が痺れを切らしたのだ』『彼女は無謀にもそれを孤独に迎え打つ』」
先兵、重装兵、弓兵。それは軍隊と呼んで差し支えない兵力であった。有翼の女兵士は奇襲を掛けて陣営を崩そうとするが圧倒的な物量に苦戦する。決死の覚悟の特攻で何とか小隊を崖から落とすが自らも谷底に落ちてしまう。
「『目を覚ますとそこは洞窟の中だった』『生きているだけで奇跡だ』『翼は折れ、立ち上がる事も出来ない』」
有翼の女兵士は何度か足掻こうとするがそれは身体を弱々しく揺らすだけだった。更に追い討ちをかけるように何者かが彼女に歩み寄る。きっと人族の生き残りだ。恐ろしい報復が思考をよぎり警戒する彼女。
「『現れたのは人族の青年だった』『奇妙にも彼女を天使様と呼んだ』『どうやら魔族を見た事がないらしい』」
人族の青年は傷付いた女兵士から血を優しく拭い、その傷口を塞いだ。困惑する有翼兵をよそに青年は小麦のパンを差し出す。警戒して食べない彼女を安心させる為に自らも一口食べる。女兵士も恐る恐るそれを食する。表情がゆるむ。両者が少しずつ心を通わせていくのが台詞無しで描かれる。
「『彼女は徐々に快方に向かい』『遂には空を飛べるようになった』『だがそれは同時に青年との別れを意味する』」
空に羽ばたく彼女を見て青年は喜んだ。しかし彼女は複雑な表情を浮かべる。一度上に戻れば彼女は再び人族を殺さなければならない。かと言って下に残れば村の皆を守るものはいなくなる。彼女は葛藤した。
「『彼女は青年にすべてを話した』『自分の正体、世界の状況』『そして自らのしてきた恐ろしい事』」
突然の告白に青年は動揺した。天使だと思っていた相手の正体が魔族の、それも人を数え切れないほど殺めてきた残忍な戦士だったのだ。恐怖に耐えきれなくなった彼は遂には逃げ出してしまった。
「『上に戻った彼女』『幸い村の魔族達は無事であったが』『反面何年経っても青年を忘れる事が出来なかった』」
我慢が出来なくなった女兵士は再び谷底に降り立つ。しかしそこに青年の姿はない。必死に周囲を飛び回る。もう一度彼の優しさに触れたい。しかしそれは残酷な形で叶う事となる。
「『青年は結婚していたのだ』『相手は人族の女性だ』『心なしか腹部も膨れている』」
女兵士は愕然として立ち尽くす。青年と目が合う。両者はピタリと止まって動けなくなった。今さら何を話そうというのだ。気まずい沈黙が続く。
「『妻が青年に問う』『あなたの知り合い?』『羽根が生えているけどもしかして魔族なんじゃ…』」
我が子を守るように妻は自らの腹部に手を添える。しかし妻を安心させるように青年は口を開いた。
「『魔族だなんてとんでもない』『彼女は天使様』『僕達に祝福を届けにきたのさ』」
それは青年のついた優しい嘘だった。
妻がいなくとも人族の彼と魔族の彼女が共存出来るはずがない。
これで良かったのだ。
それが報われない恋だったとしても。
それが互いの幸せを願った結果なら。
「『女兵士はその日から祝福として村に食糧を贈り』『青年は捧げ物として谷底に薬草をそなえた』『その営みがいつの日か人魔を繋ぐと信じて』」
最後、青年と妻そして二人の子供が空を仰ぎ見る。
翼を広げた天使が彼らを優しく見守っていた。




