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【書籍・5/30 4巻発売】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
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95. 研究施設

 ホーンブレンは町と言うよりも、広い森の中に小さな集落が点在しているような場所だった。

 森の中央よりもややレグランド寄りの場所に拓けた広場があり、そこに行政機関や商店が固まっている。そしてそこから蜘蛛の巣のように道が張り巡らされ、それらの道の先にちりばめられたように建物が分布しているのだ。

 ステラたちの乗る馬車が停まったのは、ホーンブレンの中でも一番南側に位置する、ユークレース所有の敷地内にある小屋の前だった。

 セグニットは御者台を降り、小屋の前を歩いていた、若干汚れが目立つつなぎを着た中年の男性を呼び止め、話し始めた。馬車を預かってもらうために事情を説明しているのだ。

 ステラは馬車の窓越しにキョロキョロと周囲を見回したあと、眉を下げて車内を振り返った。


「ここでユークレースの人たちが研究をしてるの? 小さい建物しかないけど」


 窓から見える範囲には、小屋のような建物がいくつかあるだけだった。ステラの想像していた『研究施設』とはだいぶ趣が違って、すこしだけがっかりした気分になる。

 明らかにしょんぼりした様子のステラに、リシアは慌てて口を開いた。


「ええええっと、ここは、植物の成長と、精霊の力の関係を研究するための、()場なの。……居住・研究棟とか、温室とか、は、もっと奥のほうにあるんだよ」


 目の前に広がっている草地は実験のための畑だと説明されて、ステラは改めてまじまじと観察する。ぱっと見では雑多に草が茂っているように見えるが、よく見ると細かく区画分けされ、管理されているのが見て取れた。

 そして、周囲にある小さい建物はこの畑の管理のために用意された作業小屋だったのだ。

 ユークレースが所有する敷地面積はホーンブレンの中でも一番広く、今見えているのは一部なのだとリシアは続けた。


「普通の植物に精霊の力を与え続けるとどういう影響があるか、とか、作物の収穫量とか、味とか、栄養とか……あと、突然変異の起きる確率とかを調べてるんだよ」

「へえ……面白そうだね。突然変異で寒い土地でも育つ作物とかもあるかなあ」


 そういうものがあればアントレルのような寒い土地で重宝しそうだ。ステラが興味を持ったのがうれしかったようで、リシアはぱっと表情を明るくさせた。


「あ、じゃ、じゃあ、今度時間があるときにゆっくり見学させてもらう?」

「え、見学できるの? それなら行ってみたい」


 そんな話をしていると、セグニットが外から馬車のドアを開けた。


「はいはいそこのお姫様たち。楽しそうなのは結構だが、ここからまた移動だからな?」

「はーい」


 全員が降りたところで先程のつなぎを着た男性が馬車を引いていく。

 名残惜しげに馬車を見送ったアルジェンがくるりと振り返り、腰に手を当てた。


「で、移動中にセグと、この人数だと目立つから二手に分かれたほうがいいって話をしてたんだけどさ」


 それにセグニットも頷く。


「守りを固めたいのはユナとステラ嬢の二人だな」


 ユナというのはヨルダのことだ。

 ヨルダは長い髪を帽子に押し込んで、体型の分かりにくい上着を羽織っている。ぱっと見で少年のようにも見える装いだ。

 そして、確実に安全だと判断できる場所以外では『ユナ』という偽名で通すと事前に話し合って決めたのだ。

 加えて、普段セグニットはステラのことをからかい半分で『姫様』呼びしているが、さすがに今回は誤解を招くので封印してくれている。


「ユナさんと私は別々に動いたほうがいいですか?」


 ステラがそう尋ねると、セグニットはすぐに頭を振った。


「いや、ステラ嬢はある程度自衛ができるみたいだし、むしろユナに張り付いていてもらったほうが良い。そこに俺と、兄弟のどっちか一人がついて四人で一組。で、残り二人で一組だな」

「了解です」


 で、どっちがついてくる? とセグニットが兄弟の顔を見る。

 聞くまでもないが――という顔をしているセグニットの予想通り、シルバーが手を上げた。


「私がセグについてく。私とリシアは精霊の声が聞こえるから、ざっくりと連絡が取れるし」

「適当に理由つけてステラにくっついてたいだけだろ……って、声聞こえるの!?」


 呆れた顔をしたアルジェンが、ワンテンポずれたタイミングで目を丸くしてシルバーを見た。シルバーはシルバーで、おかしなタイミングで派手に驚かれたことに驚いた顔をした。


「……え、言ってなかったっけ」

「聞いてねえ!」

「じゃあ今言った」

「よし、聞いた」


 OKとアルジェンが頷き、シルバーは「あ、いいんだ」という顔をしたものの、それ以上は特に触れずに「というわけで行こうか」と続けた。


「……おい待て、お前らそれでいいのか?」


 耐えきれずに突っ込んだのはセグニットだった。

 それに対し、兄弟は顔を見合わせる。


「別に、詳しいことは後で聞けばいいし。ってかシンが帰ってきてから、精霊が見えてるな~っていうのは何となく分かってたし、なら声が聞こえるのも想定内だよ」


 アルジェンが肩をすくめると、セグニットは、ほう、と感心した声を出した。


「お前って、本当に変なところで器広いよな……」

「俺は全てに対して広い器を持ってるけど?」

「へいへい。じゃあルート確認するぞ―」


 面倒くさそうに手をひらひらと振ったセグニットはそう言いながら地図を広げた。



***



 周囲の気配に気を配りながら、ステラたちは林道を抜けてライム・ダイアスが滞在しているという研究施設が見える場所までたどり着いた。

 もしもヨルダとライムの協力関係がバレていたら、もしくはヨルダがレグランドに現れたことが伝わっていれば――。

 ヨルダに対してダイアスや王弟妃の追手がついているかもしれないと警戒していたのだが、道中そんな気配は一欠片もなく、拍子抜けするほど平和だった。


「白い花があるわ。首尾よく追い返してくれたみたいね」


 ヨルダは遠巻きに建物の正面を確認してほっと息を吐いた。

 一番心配していたのが、施設内にライムだけではなく当主やダイアスの関係者が居座っていることだったのだが、その場合は施設の正面玄関の横にある窓に赤い花を、そのまま施設を訪ねて合流しても問題ない場合は白い花を飾っておく、という決め事をしていたらしい。


「通用口を探しましょう」


 正面玄関には警備らしき人間が二人立っている。しかし、西側にある通用口には警備がいないはずなのだ。

 ステラたちは警備に見つからないように視線を避けて建物の西側に回り込み、一見ただのレンガ積みに見える壁を注意深く観察する。このどこかに、隠し通路になっている通用口を開ける装置がある――らしい。


「これかな」


 何かに気付いたシルバーが足を止め、壁のレンガの一つに指をかける。

 そしてそのまま手前に引っ張ると、レンガは「カコッ」という硬質な音とともに壁から外れた。


「……奥に機械がある」


 レンガの嵌っていた奥には少し空間があり、覗き込んでみると金属製の機械のような物が埋め込まれていた。

 その機械には数字の書かれたボタンがいくつも付いており、ヨルダによれば、このボタンを決められた順番通りに押したときにだけ、近くにある隠し扉が開くらしい。

 ヨルダが恐る恐る手を伸ばし、事前にライムから聞いていたという数字の順場通りにそのボタンを押す。

 ガチャン、カチャ、カタッ。

 いくつかの金属部品がぶつかり合うような音が壁の内側から聞こえてくる。――だが、突然入り口が口を開けるというような変化は起こらなかった。


「どこかが開いたはずなんだけど……」

「……そこの壁、さっきより少し浮き上がってる気がするな」


 セグニットが指し示した辺りに視線を向けると、確かにちょうどドアの大きさくらいの範囲のレンガが、その周りよりも微妙に浮き上がって見える。ちょうど西側の壁面の中央辺りだ。

 ヨルダがその浮き上がった壁に手をかける。

 ――と、小さく軋む音を立てて、内側に開いた。


「表面のレンガは貼り付けただけのフェイクか」


 本来の建物の壁は石造りで、ボタンを押すことで鍵が外れ、中央のドアが動くようになっていたようだ。そしてそれが見た目で分からないように表面にレンガを貼り付けて隠してあったのだ。


「無駄に凝ってるね」

「それだけ敵が多いのよ、あの家は」


 シルバーの感想にヨルダが小さく肩をすくめた。それとほぼ同時に、「あ!」と小さく抑えた、しかし非難を込めた響きの声が聞こえてきた。


「なんか面白そうなことしてたな!?」

「一歩遅かったね」

「くっそー」


 足音も立てずに駆け寄ってきたアルジェンが悔しそうに金属の機械を睨みつけた。少し遅れてリシアも合流する。


「そっちも問題なかったようね。では、入りましょう」


 別行動していた二人も含め、全員が揃ったことを確認したヨルダはホッとした顔を見せた。


「よし、ついにダイアスと直接対決だな」

「アルっ」


 全てをぶち壊しにしかねないようなことを言いだしたアルジェンを、リシアが小声で叱り、シルバーがすかさず後ろから叩いた。


「シルバー、リシア。弟の管理、しっかりして頂戴」

「は、はいっ」

「……最善は尽くす」


 じっとりとしたヨルダの視線を受けて、シルバーとリシアは視線を泳がせたのだった。

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