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【書籍・5/30 4巻発売】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
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94. くだらない理由

 今回ノゼアンが用意してくれた馬車は、荷物を運ぶためのものではなく、人を運ぶためのものでかなり乗り心地が良い。

 問題は、アントレルへの行き来で使った幌馬車よりも狭いことだ。

 三人掛けのシートが向かい合わせに設置されていて、一応最大六人乗りらしい。――しかしその三人掛けのシートは、今朝来るときにステラとリシアが二人並んで座って、まあ少し余裕があるかな……? 程度の幅だったのだ。

 ここに本当に六人も乗ったら車内はぎゅうぎゅうになってしまうだろう。

 体が大きいセグニットは御者台に乗るのでいいとして、残りは五人。三人と二人で別れることになる。小柄な女性陣が三人並ぶのが合理的だが、王女をぎゅうぎゅうの三人側に座らせるのは駄目な気がする。

 加えて、王族の隣に座るならきちんとした礼儀作法が必要、な気もする。

 ならばヨルダの隣は、次期当主のリシア?

 ……それとも婚約者(仮)のシルバーだろうか――。


(んんん……なんか、ちょっと……)


 合理的に考えるならば、小柄なリシアが三人側にいるほうがいい。そうするとステラとリシアとアルジェンが一緒に座ることに――。


「俺、御者台! 絶対御者台!!」

「わあーっってるよ、うるせーな!!」


 考え込んでいるステラのモヤモヤを吹き飛ばすようにアルジェンの明るい声が響いた。その彼の頭をセグニットがベシンと叩いて御者台へと向かっていく。

 それを半眼で眺めながら、ヨルダが呆れたような声を出した。


「うるさいわね、弟」

「アルはどうしても御者台に座りたいから、取られたくないんだよ」


 シルバーが応じる。それに対し、ヨルダは理解不能だとばかりに頭を振った。


「取られたくない? 御者台って車内よりも揺れるし椅子だって硬いんでしょう? むしろ乗りたくないわ。なぜわざわざ乗りたがるのかしら」

「さあ?」


 シルバーも首を傾げる。そこへ、リシアがおずおずと口を開いた。


「あ、あの、……ぎ、ぎょ御者台のほうが馬車を操ってるみたいでかっこいいから、って、昔言ってました……」

「かっこいい……? 乗り物を動かしている気分にはなれるかもしれないけど……」


 王族からしてみれば、乗り物を動かすのは主に使用人の役目だ。それをかっこいいという感覚がよく分からないらしく、ヨルダは本当に不思議そうな顔をしていた。


「まあ、なんにせよ車内の人数が減るんだからありがたい話ね。六人乗りで四人なら余裕があるでしょ」


 ヨルダがそう言って肩をすくめると、シルバーがハッと鋭い視線を彼女に向けた。


「あ、ステラの隣は譲らないから」

「……それも取らないわよ。なんなの兄弟そろって」


 だが、これに異議を唱えたのはリシアだった。


「しっ、シルバーさん、ずるい……私だって、ステラの隣……」

「……訂正するわ。なんなのよユークレース」


 ヨルダはチラリとステラを見て、小さくため息をついた。


「なら、彼女の隣にシルバーが座って、正面にリシア・ユークレースが座ればいいでしょう? 向かい合わせなら話しやすいじゃない」

「そ! そうですね……それでいいです。ステラも、いい?」


 リシアに訊かれてステラは「あ、うん」と慌てて頷く。


「じゃあ決まりね。早く行きましょう」


 やれやれと肩をすくめて馬車に向かっていくヨルダを、リシアが「は、はい!」と追ってゆく。

 ステラもその後を追おうと足を踏み出したところで、シルバーに腕を掴まれて足を止めた。


「シン……? なに?」

「ねえステラ、もしかして調子が悪い?」

「え? ううん、そんなことないよ」


 眉根を寄せて真剣な目で訊いてくるシルバーの顔をぽかんと見返しながら、ステラは首を振った。

 特に疲れてもいないし、怪我などもしていない。ステラが「元気だよ?」と続けると、シルバーはさらに眉間のしわを深くした。


「……今日、ずっと黙ってるし、暗い顔してる」

「えっ……そう、かな」


 シルバーの指摘に、ステラはしまったと内心顔をしかめる。はたから見て分かるような暗い顔をしてしまっていたらしい。

 ずっと黙っている……というのも、言われてみればいつもより口数が少なかったかもしれない。


「いくら協力者だと言っても相手はダイアスの人間だし、ステラが行きたくないなら行かなくても――」


 シルバーはステラの微妙なリアクションが、これからの行動への不安のせいだと思ったらしい。だが、そんなきちんとした理由ではないのだ。ステラは慌てて頭を振った。


「あ、違う、そういうのじゃなくて、全然くだらないことだから気にしないで」

「やだ。気になる。話せない事情があるなら我慢するけど、くだらない理由なら話して」

「う……ええと……」


 シルバーがきちんと話を聞こうとしてくれていることに、後ろめたさを感じて視線が泳いでしまう。だが、焦らすような内容でもないのだ。ステラは観念して、小さなため息を挟んでから続けた。


「……シンが……王女様と、なんか、昨日よりも仲良くなってるから…………面白くなかった、みたいな……」

「……」


 ――人見知りのシルバーが、思っていたよりもヨルダに気を許していたことがショックだった。

 ちょっと自分の想定よりも打ち解けていただけなのに、勝手に拗ねて黙り込んでいただなんて、正直自分でも恥ずかしい。

 沈黙しているシルバーが呆れているように見えて、(だから言いたくなかったのに……)と泣きたくなる。


「ほらぁ……くだらないでしょ?」

「いや……」


 たっぷり十数秒間ステラを見つめたシルバーは、ゆっくり片手で自分の顔を覆ってから大きく息を吐いた。


「ステラ……ちょっと抱きしめていい?」

「へ!? だっ、駄目だよ!?」


 馬車に乗り込んだリシアやヨルダは、ついてこないステラたちを気にしてこちらを見ている。こんなところでそんな許可を出せるわけがない。

 シルバーはぶんぶんと頭を振るステラを恨めしげに見つめ、わざとらしく大きなため息をついてみせた。


「はあ……。私はずっとステラのことしか考えてないし、ステラしか見てないから心配しないで」

「うっ……それはそれでなんか怖いんですけど」

「家門だの王族だの、もうこんな面倒くさいの全部早く終わらせて、ゆっくりデートしよう」

「デート……」

「うん。二人だけでゆっくり出かけたことないから。ステラの好きな場所に行こうよ」

「……うん」


 そう言われてみれば、前はいつもアルジェンが一緒だったし、アントレルから戻ってきてからはお互いバタバタしていてほとんど一緒に過ごしていない。


「そうだね、行こう」


 ステラが思わずふふっと笑うと、シルバーはホッとしたように微笑んでステラの手を握った。


「じゃあ、問題を片付けにいこう」

「了解です」

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