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【本日9/26 5巻発売!】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
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92. 達成したい目標

 衝撃の婚約宣言の翌日、セグニットを含む、全く同じ面子がユークレース兄弟宅の応接間に集まっていた。――というよりも、早朝から当主によって本家へ呼び出された可哀想なセグニットを護衛代わりに、ステラとリシアが兄弟宅を訪れたのだが。


「とっ、とう…………」


 意気込んで口を開いたリシアが、意気込みすぎて最初の第一音で噛む。


「……どんまい」

「リシア・ユークレース、そんなに力まなくても大丈夫だから。落ち着いて、ゆっくり話しなさい」


 アルジェンとヨルダに慰められたリシアは「うう」と小さな呻きを上げ、こほんと咳払いをして切り替えた。


「……と、というわけでっ、……ヨルダ王女殿下からの依頼、への、たい、対応は私に一任されました」

「あなたに一任、ということは、ユークレース自体としては動かないということね」

「はい、いえ、あ、……おおお、王女殿下がおっしゃった『関わりを否定も肯定もしないで欲しい』という要望に沿う形です。ユークレース本家への王女殿下の出入りが外部に感知されてしまえば否定は難しいですから。当主が王女を訪ねるというのも同様です」

「ええ、そうね。それでいいわ」

「はい。ひ、必要と判断すれば、私のほうから、ユークレースとしての対応を要請します」


 それからリシアは咳払いをしたあと目を閉じ、大きな深呼吸を一つした。


「それでは……ヨルダ王女殿下、あなたの計画の詳細を教えていただけますか。対応が不可能、危険、不要と思われる点は随時指摘させていただきます」


 再び目を開いたリシアはまるで別人のようにすらすらと言葉を紡ぎ出した。普段の会話では相手が誰であろうとほとんど目が合わないのだが、今はまっすぐにヨルダを見つめていた。

 そんな彼女の豹変ぶりに目を見張ったのは驚くことにステラだけだった。どうやら、これが次期当主としてのリシアの姿らしい。

 ヨルダもまたリシアのこうした極端な切り替えを承知していたようで、驚いた様子もなく頷いてみせた。


「最大の目的は私、ヨルダ・アウイン・ティレーが王位継承の第一候補となること。そのために達成したい目標は三点。一つ目は昨日話した、議会での発言権の獲得よ。そして二つ目は叔母――ミネット王弟妃殿下とその息子のクレイスを分断すること」


 現時点で王位継承者として最も有力な候補は、故王弟の息子であり、ヨルダの従兄弟のクレイス――ヨルダ曰くマザコン――である。

 もしもクレイスが玉座に座れば、確実にその母親のミネット王弟妃が政治に口出しを始めるだろう。

 ミネット王弟妃殿下にまっとうな政治手腕さえ備わっていれば、それも道の一つではあるのだが……。


「残念ながら彼女に公正な政治は難しいでしょうね。彼女の野心の強さ()()は評価に値するのだけど」


 ヨルダはそう強調しながら皮肉を込めて口の端を上げた。

 ミネット王弟妃はかなり有名な人物である。どのくらい有名かと言えば、世事に疎いステラですらも名前だけは知っているほどだった。


 王妃ではなく王()妃の彼女が世間から注目されたのは、ハイネ王弟の死去がきっかけだった。

 騎士であったハイネ王弟は、十二年前に国境間で起こった紛争のさなかに帰らぬ人となった。激戦の中、孤立した彼への救援が間に合わなかったのだという。

 討ち合いの末、名誉の戦死を遂げた――その報せを、ミネット王弟妃は受け入れなかった。

 『ハイネ殿下は殺されたのですわ! フレイム国王陛下は弟の優秀さと人望によって自身の地位が脅かされることを恐れ、戦場で意図的にかの人を孤立させ、救援を遅らせ、見殺しにしたのです!』と、声高に主張したのだ。

 その主張には確固たる根拠などなかった。

 いくらミネット王弟妃が王族の一員とはいえ、さすがに国王陛下への根拠のない批判は重い刑が下されるのではないかと周囲は慄いたのだが、最終的に彼女が罪に問われることはなかった。

 フレイム国王本人が「若くして最愛の夫を亡くした心痛からくる、哀れな乱心だ」と理解を示して不問としたのだ。

 その顛末は話題となり、更には演劇や歌などの題材に取り上げられ、ミネット王弟妃は民衆の間で人気を博した。曰く、『政略結婚でありながらも愛し合っていた夫を亡くした悲劇の未亡人』と。


「本当に最愛だったのかねえ」


 ボソリと呟いたアルジェンに、ヨルダはシニカルな笑みを浮かべた。


「……本人以外に本心は分からないわ。少なくとも私の目から見た二人は冷めきっていたし、その後の国民の妙な盛り上がりは裏工作によるものだったようだけど」


 つまりミネット王弟妃は、夫の死を利用して自身の名を売り込んだわけだ。(王弟殿下の戦死は偶然だったと思いたい……)と、ステラは微妙な顔になってしまう。

 きっと国王陛下も、世論を操る義理の妹を裁くわけにはいかなかったのだろう。


「国民に人気のあるヨルダ王弟妃殿下と、クレイス殿下。……クレイス殿下ご自身は騎士団での信頼が厚いですし、軍関係の支持者が多いですよね。支持層としては数が多く有利ですが、民衆と軍という組み合わせは、国を動かす立場に置くとなると危うさを感じます」

「そうなの。それでもクレイスが自分の意志で政治を執り行うというならば、まだ救いがあるのだけれど……あいつは母親には逆らえないから」

「その意味もあっての分断ですね。――最後の、三つ目の目標をお聞かせ願えますか」

「三つ目は、現ダイアス当主の更迭よ」


 さらりと告げられたヨルダの答えに、全員が目を丸くした。


「とっ、当主の更迭ですか? 各家門内部の人事については外部から干渉しないというのが不文律です。特に王家からの干渉となればなおさら……」

「分かっているわ。でも犯罪が絡むならば別でしょう?」

「……それに足る、根拠があれば、ですが」


 眉を下げた困り顔のリシアがちらりとシルバーを見た。

 その視線を受けたシルバーはかすかに首を振る。「ですよね」とリシアは頷いてヨルダに向き直った。


「――ユークレースは以前からダイアス家の動きを注視していますし、疑わしき行動は何度も確認しています。しかし、彼らが何らかの犯罪に加担しているという確たる証拠は、一度たりとも押さえられていません」


 ダイアスが犯罪に加担している証拠――。

 ステラは以前、ダイアス製のスタンガンを喰らって気絶させられたことがある。

 非常に高価で、通常なら王宮の軍以外にはほとんど流通していないはずのスタンガンを、港町の一民間人が持っているなど、普通ならばあり得ない話だ。恐らく、ダイアスが意図的に犯人へと渡したのだろう。

 それが分かっていても、ダイアスはうまく言い逃れてしまって尻尾を掴ませないのだと、あのリヒターが言っていたのだ。

 だが、ヨルダはニコリと余裕たっぷりに微笑んでみせた。


「大丈夫よ。こちらには内通者がいるから」

「ない!?……ななな、内通者、ということは内部告発ですか? ダイアスは一族内の結束が強い家門ですし、罠の可能性もあるのでは?」


 驚きのあまり微妙に普段のリシアが出てきてしまっている。

 内部告発であればこちらとしてはとても助かるが、リシアの言うとおり、罠である可能性は高い。

 しかしヨルダは依然として余裕の笑みを浮かべていた。


「私も相手も人間だし、完全にないとは言い切れないわね。けれど、罠という可能性は低いと思うわ。私とその相手は、明確に利害が一致しているから」

「明確に?」

「ええ。二つ目の目標、クレイス親子の分断にも繋がることでね。……内通者の目的は、クレイスとダイアスの孫娘の婚約解消なの。そのためには、婚約を取り決めたミネット叔母様とダイアス当主の間に亀裂を入れるのが一番でしょう?」

「……確かに、破談は達成できるでしょうし、ダイアスが離れればその分ミネット殿下の力は弱まりますが……」


 親子の分断には繋がらないのでは? と首を傾げたリシアに、ヨルダはゆるゆると首を振った。


「繋がるのよ。――あなたはクレイスに会ったことはある?」

「お姿を拝見したことはありますが、会話をしたことはありません」

「そ。会えば分かるけれど、あの男はとてつもなく真面目なのよ。ダイアスが犯罪に絡んでいて、そしてその犯罪の一部を母親が指示していた――なんて事実が明るみに出れば、さすがのあいつも目を覚ますはずよ」

「でもマザコンなんだろ?」


 肩をすくめたアルジェンに対し、ヨルダは少しだけ沈黙を挟んでから小さく嘆息した。


「さすがにそこまで愚かではない、と思っているけれどね。道理に反してママを庇うようなら私が殴ってでも目を覚まさせるわ」

「お姫様に殴られても痛くも痒くもなさそう」

「効果なさそうだよな」


 ヨルダはぼそぼそと言葉を交わす兄弟のほうをギロリと睨みつけた。


「黙りなさい、ユークレース兄弟」


 コホンと咳払いを挟み、ヨルダは応接間にいる全員の顔を見回した。


「優先順位は今話した順番の通りよ。一つ目は必達、二つ目は……最悪分断できなければ二人共倒れてもらうわ。三つ目は、今この時点では弱みさえ掴んで今後の犯罪を防げるのであれば、更迭までできずとも構わない。ただし、協力者の要望があるから婚約解消だけは絶対だけど」


 ステラは首をかしげ、手を挙げて口を開いた。


「あの、そこまで婚約解消にこだわる協力者というのは、もしかして当事者であるお孫さんですか?」

「ええ、その通り。ライム・ダイアス、当主の孫娘よ」


 ライム・ダイアス――。

 やっぱり本人は結婚したくなかったんだ、と納得したステラとは違い、その名前を聞いたリシアとシルバーはそれぞれ、戸惑いと不信感を表情に浮かべていた。

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