89. 人質役、ふたたび
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「つまり……お姫様は兄弟がクソだから自分が王様になろうとして、法律を盾に継承権を認めさせるタイミングを計ってたのに、ダイアスだのクリノクロアだののせいで待ってる場合じゃなくなった。――だから、ユークレースを味方に付けて力尽くで継承権をもぎ取ろう、ということ?」
「ええ、簡単に言ってしまえばそうね」
アルジェンのだいぶ乱暴な言い回しのまとめに、ヨルダは力強く頷いた。そしてそのまま続ける。
「正しくは、ユークレースは味方になってくれなくても良いのだけど。ただ、私との関わりを否定も肯定もしないでいてもらいたいの」
「あんまり借りを作りたくないってこと?」
「それもあるけれど、あまり一勢力に深く肩入れしてもらうと後々の火種になりかねないし」
王位に就いたら当然ダイアスも含めた諸勢力を束ねていかねばならない。
先々のことを考えるとなるべく反感は買いたくないのよ、とヨルダは肩をすくめた。
「うーん? でも『味方っぽい』ってだけで、王宮議会のお偉方は納得するかな」
「王宮ではね、女だというだけで発言権がないの。『ただの王女』では話を聞いてもらうチャンスすらないのよ。でも『ユークレースが支持しているらしき王女』なら、聞く耳を持つはずよ。議会の連中は、誰に付くのが一番自分の利益になるのか考えるのに必死だからね」
「ふーん……でも、話を聞いてもらったとして、自分に付いたら利益になるってことを証明できるの?」
「してみせるわ」
「根拠のない自信が一番危ないんだぜ」
「言うわね……」
ジトッとアルジェンを睨んだヨルダはコホンと咳払いをして、ようやく震えが引いてきたリシアに目を向けた。
「ところで、さっき私が事業を動かしてるって言ってたわよね?……私、そういうのは偽名を使ってやっているのだけど、リシア・ユークレースはなぜ知っているの?」
「あ、えっと、こっ公共性の高い事業は領地運営に与える影響が大きいですから、……かかか関わっている人物や資金の流れを、徹底的に調べるんです……」
「……そういうものなのね。勉強になるわ」
ヨルダはコホンと咳払いを挟む。
「……というわけで、こういう時に役に立つと思って、一応隠れていろいろな事業に手を出してたのよ。さっきあなたたちが入った文房具店の経営にも関わっているし」
「「えっ!?」」
驚いたのはステラだけではなく、ユークレースの面々も同様だった。それに対してヨルダは少し意外そうな表情を浮かべたあと、にやっと笑った。
「あら、そっちは知らなかったのね。ま、だから資金も信用も、交渉力もそれなりにあるわ。私の味方のフリをすることで損はさせないから、安心して」
***
セグニット家での話し合いの後、ヨルダはセグニットとアルジェンに付き添われてユークレース兄弟の家へと向かった。
最初から本家へ連れていけば話が早いのだが、当主に話を通していない段階でお忍びの王女を本家の屋敷に入れるわけにはいかない。――かと言って、今までヨルダが潜伏していたという文房具屋に戻すこともできない。
文房具屋のそばで呼び止められてからセグニットの家へ行くまでの間のやりとりは、特別人目を避けていたわけではないのだ。
万が一ダイアスやヨルダの叔母がヨルダに監視を付けていたら、ユークレースと接触したヨルダを始末――とまでは行かずとも、王宮へ連れ帰ろうとする可能性がある。
ステラはあの時、一応周りに人がいなかったのを確認しているが、プロが完全に気配を殺していたならば察知できていないかもしれない。
そのため、安全を考えヨルダを一時的に匿うことにしたのだ。
「王女殿下も思い切ったことするなあ」
場所は変わってユークレース本家、当主ノゼアンの執務室。
リシアの説明を聞いたリヒターはそう言うと楽しそうに笑った。一方のノゼアンは表情を変えずに話を聞き終えると、「なるほど」と頷いた。
「うちが王家に介入する姿勢を見せれば、クリノクロア側が反発するだろうな。そうなれば王弟妃殿下はクリノクロアに近づき、うちとクリノクロアを分断しようと動くだろう。――ヨルダ王女殿下はその対策を持っているんだろうな?」
ノゼアンの静かな声に、リシアはびくりと身体を震わせた。
「そっ……そ、そそれについては、まだ訊いていません……」
「そこに確信がないなら、確認が必要だった」
「は、……はい、申し訳ありません……」
実際はステラがここにいるので、いくら王弟妃がクリノクロアに近づき甘言を弄そうとも、ユークレースとクリノクロアの分断は難しい。そのため、リシアはその確認をしなかった。
だがノゼアンは、次期当主として協力する相手がそこまで対策を取っているのか確認しておくべきだったと言っているのだ。
「シンは確認したの?」
当主親子のやりとりを脇目に、リヒターがシルバーに問いかけた。シルバーは小さく頭を振る。
「王女は東側の塩の流通を握る商会に出資をしてる。アグレルがクリノクロアの拠点は東側だと言ってたし、内政に明るい王女は当然クリノクロアの拠点の位置を把握してるはずだから、商会を通して連絡を付けて、必要に応じて脅すつもりだろう……と思った」
「うんうん。そんなとこだろうね」
リヒターが満足げに頷く。
シルバーはその辺りの事情を察していたので確認をしなかったのだ。リシアはシルバーの言葉を聞いてハッとした顔で「そうでした……アテナ商会……」と呟く。
どうやら同じ情報を持っていたが、そこに思い至らなかったらしい。
「ううう……勉強が足りませんでした……」
リシアは両手で顔を覆って、元々萎縮して縮こまっていた体をさらに小さく縮ませる。リヒターは「おっと」と苦笑してそんなリシアの頭を撫でた。
「こっちにはステラがいるから、そこに意識が行かなかったのは仕方ないよ」
「でででですがっ……じっ、情報をきちんと理解していなかったということですから……」
リシアの肩を、ステラは優しく叩いた。
「大丈夫だよリシア。私は自分が何でここにいるのかすら理解できてないから」
ユークレース本家に戻ったリシアが早速ノゼアンと話をするというので、ステラはてっきりリシアだけで行くのだと思って別館へ戻ろうとした。
しかしリシアはステラの手を握ったまま離さず、そのままノゼアンの執務室へと向かったのだ。
そして今、大きな長椅子でリシアとシルバーに挟まれ、ステラはなぜかど真ん中でノゼアンとまっすぐ向き合っている。
家の先行きを決めるような重要な話だ。サポート役としてシルバーが付いて来るのは分かる。
が、ステラがここにいる意味は本当に分からない。ステラにできることと言ったら黙ってお茶をすするくらいだった。
「ステラはリシアの精神安定剤役」
「ついでにシンのご機嫌とり役」
シルバーとリヒターの二人から、さも当然だとばかりに即答されてステラは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「ステラさんに全く関係のない話というわけでもないしね」
シルバーたちの発言に苦笑を浮かべたノゼアンが口を開いた。
「万が一レビンさんとクリノクロア当主の交渉が決裂した場合、ユークレースに反感を持ったあちら側が王弟妃殿下の提案に乗ってしまう可能性が、全くない、とは言えない」
「ああ……」
ステラは自分の祖父に当たるクリノクロア当主の人となりを全く知らないので、現在の状況をあちらがどう判断するのか、ステラには想像もつかない。
事は今までの『外部へは不干渉』というクリノクロアの慣例を破り、ユークレースと手を組むという話だ。受け入れてもらえないという事態は十分考えられる。
もしかしたら今ノゼアンが言ったように、反発して王弟妃側の味方に付いてしまう可能性もあるかもしれない。
「その場合でもステラさんがこちらにいることで、最低でもレビンさんは二つの家の緩衝役になってくれるはずだ」
「ほぼ間違いなくアグレル君もね」
ノゼアンの言葉にリヒターが付け足す。
確かにツンデレのアグレルはステラの味方になろうとするだろう。
(でもそれってつまり……)
「……対クリノクロアの人質役、ふたたび?」
「端的に言えばね」
ノゼアンがニコリと微笑む。
「一番良いのはレビン氏の交渉が成功して、裏でクリノクロアと手を組んで王女殿下と共に今の王家の体勢を是正できることだけど」
「はあ」
「こちらが切れる手札は多ければ多いに越したことはない。だからステラさんも状況を正確に把握しておいて、適宜ウチやレビンさんのサポートに回って欲しいんだ」
爽やかな笑顔で難題をふっかけてくる。ああ、この人は間違いなくリヒターと血のつながりがあるんだな……とステラは口元を引きつらせた。
「はい……努力します……」




