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【書籍・5/30 4巻発売】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
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88. どう思う?

 事情を説明する、と言ったヨルダに応じてシルバーが部屋の中に音を外へ漏らさないための結界を張った。どうやらこの結界を張るためにステラを開放したらしい。

 シルバーが「続きをどうぞ」と言うのと同時に、完全に巻き込まれた形のセグニットが再び天を仰いだが全員が見ないふりをした。


「結論から言うわ。私は国王陛下に、私を後継者として認めさせたいの」

「……後継者って、王位継承のことだよね」

「ええ、そうよ」


 眉をひそめたシルバーにヨルダがはっきりと頷く。


「で、ででも、ヨルダ王女殿下には継承権自体がありませんけれど……」


 リシアの言う通り、ヨルダには継承権が与えられていない。ヨルダだから、という訳ではなく、そもそもこの国では玉座は男性のものとされており、女王が認められていないのだ。

 ヨルダは鷹揚に頷いた。


「ええ、ないわね。でもね、今の候補者たちを知っているでしょう?」


 今の候補者――第一王子は愚鈍で、第二王子は残忍、亡き王弟の忘れ形見である従兄弟は優秀だが母親に問題あり、という話はステラも聞いている。リシアを始めとした他の面子もそれは承知のようで、一様に渋い顔になっていた。


「兄は馬鹿、弟はクズ、ついでに従兄弟は真面目が取り柄のマザコンよ? 全員不適格だわ。その三人よりも下位の候補者は影響力が弱すぎるし、実質ダメ男三人の椅子取りゲームになっている始末よ」

「殿下……少々お言葉が」

「この国の知識層なら皆知っている事実じゃない」

「ははは……」


 ヨルダの物言いに苦言を呈したセグニットが乾いた笑いを浮かべる。


「我が国の継承制度を隅から隅まで調べ尽くしたけれど、女王を認めないことに明文化された根拠は何一つないわ。それなら、くだらない椅子取りゲームで疲弊して国力を削るよりも、継承の在り方自体を見直すべきだと思わない?」

「思う」

「うん」


 ユークレース兄弟が即座に頷く。セグニットは苦笑、リシアは次期当主という立場上答えにくいようで、「えっと、あの」と、うろうろと視線をさまよわせた。

 ヨルダは兄弟の賛同に満足したらしく、ニッと口の端を引き上げた。


「そのために、ユークレースに協力して欲しいの」


 ぐるりと全員の顔を見回したヨルダの視線がシルバーの前で止まる。


「あなたはシルバー・ユークレースよね? リヒター・ユークレースの息子の。さっきはあなたを怒らせて軽く攻撃でもしてもらって、怪我の責任取らせる形にしようかしらって思ったのだけれど……」


 苦笑交じりに放たれたそのヨルダの言葉に全員が凍りついた。

 怒らせて攻撃してもらうには、シルバーは少々攻撃の威力が高すぎる。『軽く攻撃』でどの程度の怪我を想定していたのか分からないが、危険すぎる試みである。


「……ステラが止めてよかったな。シンがキレたら『軽く攻撃』どころか『上半身消し飛ばす』くらいになるから」


 乾いた笑いを漏らしたアルジェンに、「いくら頭にきてもそこまでしない」とシルバーが眉根を寄せた。

 ――だが、ステラはサニディンで、シルバーの精霊術により空間を切り取ったように消滅した扉の残骸を見ている。『消し飛んで』もありうる……と視線を泳がせた。

 そんなアルジェンとステラの態度から何かを感じ取ったらしいヨルダは「……止めてもらって良かったわ、本当に」と口元を引きつらせた。


「ああああの……シルバーさんを怒らせるというのもそうですが、お、王女殿下がお一人でここまで来られること自体、無謀すぎます。王城を抜け出してこられたのですよね? 同行者はおられないのですか?」

「一人よ。無謀よね。分かっているわ」

「け……継承制度を調べ尽くした上で女王を否定する明確な根拠がなかったのならば、こんな無茶をせずとも司法による手続きで正式に名乗りを上げることもできたのではないですか?」


 同行者がいないということは、王女様が一人で城を抜け出してレグランドまで旅をしてきたということだ。そんな危険を冒さずとも、安全かつ適切な手段があったというのに。

 リシアの問いかけに、ヨルダは自嘲気味な笑顔を浮かべた。


「私も、そのつもりで色々と準備をしながら椅子取りの情勢を見守っていたのよ。……だけど少し状況が変わってきてしまってね。喫緊で協力者の力を借りられるのがこのタイミングしかなかったから、無茶は承知で、方針を変えて動くことにしたの」

「じ、状況が、変わった?」

「まず、問題の一つ目は従兄弟のクレイスの陣営ね。亡くなった王弟殿下の一人息子よ。……彼の母親の実家は元々ダイアス家と交友があったの。野心家の彼女は、クレイスとダイアスの孫娘の縁組をダイアス当主に持ちかけた。家門から王妃を出すという名誉、それに玉座を射止めた後の経済的な便宜なんかと引き換えに、継承争いへの支援を求めてね。当主はそれに同意し、婚約が成立した。ここからパワーバランスが崩れ始めたの」


 基本的に、ユークレース等の古くからある血筋の家系は王族とは一線を引いており、過度な接点を持つことを避けている。レビンが以前言っていた言葉によれば、『お互いを監視して牽制し合うことでバランスを保って、大きな争いを防ぐため』だ。

 それなのに、ダイアス家はその均衡を破って一つの陣営についてしまったのだ。


「そうなれば当然他の陣営も黙っていないわ。――そこでターゲットになるのはダイアスと敵対しているユークレースよ。国内最大の勢力で、しかも『特別な一人』を選ぶ呪いを抱えている。……クズのような連中が何を考えるか、分かるわよね?」


 ユークレースの血を引く者は生涯に一人の人間しか愛せないという呪いを抱えている。一度選んでしまえばもう変えることはできない。それを利用するのだ。


「無理やりにでも王子に惚れさせてしまえばいいのだから、方法は色々あるわよね。拉致監禁して外界から遮断して、わざと精神的に追い詰めてから王子様が救い出す、とかね」


 過程がどうであれ、結果として王子を選ばせてしまえばいい。そんなヨルダの言葉にステラはうっ……と眉をひそめる。


「あの、でも……拉致監禁してって、どう考えても問題になるし、ユークレース側だって反発しますよね?」

「ええ。でも本人が否定すればいいのよ。後から事実が明らかになっても、愛する王子が自殺でもほのめかして懇願すれば多少の嘘はついてくれるでしょう? 被害者本人が強くかばうならユークレースとしても騒ぎ立てにくいもの」

「うわ……」


 考えてみれば、サニディンの精霊術士協会長の娘、イネス・ユークレースがまさにそのパターンだ。結果的に彼女をさらった男のほうが絆されてしまい、男が更生し二人共無事サニディンへ戻ってきたが、本来はイネスを騙したまま人身売買組織に引き渡す計画だったのだ。

 そのイネスの誘拐を企てたのはダイアス。さらにそのバックにはクレイスの母親がいる――。

 ステラはなるほど……と唸った。

 既に相手を選んでいるならどの陣営にも利用される心配がない。だからヨルダは、シルバーがステラを選んでいることを「好都合だ」と言ったのだ。


「バカ王子二人の陣営はユークレースを狙って、叔母とダイアスの陣営はそれを妨害している。ユークレースにとっては迷惑極まりない状況でしょうけど、その状態はある意味の均衡ではあったのよ。……ただ、最近ある噂話が流れ出してね」


 ヨルダの視線がちらりとステラを捉えた。その射抜くような鋭い目つきに、ステラは思わずリシアの服の裾をきゅっとつかんだ。


「それが状況の変化の二つ目。ユークレースの天敵、クリノクロア家の当主に年頃の孫娘がいる、っていう噂よ」

「……へえ? 噂、ね」


 シルバーが不愉快そうに片眉を上げ、低い声を出した。その横でリシアも難しい顔になる。

 ステラがクリノクロアの人間だという事実は、現時点でユークレースの一部の関係者しか知らない。そしてノゼアンはステラに関することに箝口令を敷いている。――それでも噂話が流れている、ということはどこかから漏れた、ということだ。


「ユークレースの天敵とくれば、どの陣営も引き込みたいと思うでしょうね。功を焦って拉致監禁、脅迫、それに既成事実なんて強硬手段にも出かねないし、クリノクロアの呪いを利用することも考えられる」


 拉致監禁、脅迫、それに既成事実――。

 リシアの服の裾をつかんだままだった手に力が入る。気付いたリシアがステラの手に自分の手を重ね、勇気づけるように握ってくれた。

 そう、そういうものから守ってもらうためにステラは今ユークレースに身を寄せているのだ。


「今、すべての陣営がクリノクロアの孫娘を狙って動こうとしている。もしも、どこかの陣営に引き入れられてしまったら……ユークレースやクリノクロアの当主がそれほど愚かだとは思っていないけれど、小競り合いが起こるのは避けられないわ。そんな小さな火種でもきちんと消せなければやがて燃え上がるものよ。――私は、その流れを止めたいの」

「……じゃあ、あなたは争いを避けたいから王位を継承したいの?」


 首を傾げたシルバーの言葉に、ヨルダは視線を自分の手元へ落とした。何かを言おうとして、飲み込んで口を結ぶ。きっと言葉を探しているのだろう。

 それを何度か繰り返し、最後にゆるく頭を振った。


「……いえ、違うわ。私の望みを叶えるのに、私が王になるのが一番適しているからよ」

「望みとは?」

「バカ兄弟が玉座につくのも、女の子が政治のために望まぬ婚姻を強制されるのも、どれもこれも我慢ならないからやめさせたいのよ」


 ヨルダは言葉を区切り、少し長めのため息を吐いた。

 そして、キッと視線を上げた。


「そもそも! 政治手腕じゃなくて、婚姻相手の実家の太さで国政の代表が決まるのなんておかしいでしょう? 配偶者が誰であっても、国民のために正しく国を運営するのが王の負うべき役目と責任よ。自身の利益だけを追求してはならないし、玉座に座るだけの傀儡であってもいけないわ。なんなのよあのマザコン。真っ先にパワーバランス崩しにかかるような母親に意見一つできないなんて! それにうちの兄弟なんて論外よ。国の経済報告書にきちんと目を通したことすらないくせに何が後継者よ!」


 ほとんど息継ぎなしに言い切ったヨルダは肩で息をしていた。相当鬱憤が溜まっていたらしい。

 その勢いに微妙に気圧されたのか、シルバーは小さくため息を吐いてから隣に座るリシアを見た。


「リシア」

「はっはい」

「どう思う?」

「どっ、どう!?」


 急に話を振られたリシアはぴゃっと背筋を伸ばし、「あう、う、あ」と言葉にならない音を発した。


「ええええと、えと、えと、ヨルダ王女殿下は現状で福祉活動などにも力を入れていますし、他にもいくつか事業を動かされてます。評判もよく、人の上に立ち、導く資質のある方です。したがって、ユークレースとして協力を検討する価値は充分ある、と、おも、い……ます」

「うん。じゃあ当主に話を通して」

「ええええええ、わた、私が、ですか!?」

「次期当主は誰?」

「あう……はい……がんばりま……す」


 ふるふると涙目で震えるリシアの手を、今度はステラが勇気づけるように握る番だった。

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