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【書籍・5/30 4巻発売】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
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86. 私の婚約者に

「ステラだ。かわいい」


 数日ぶりに会ったシルバーはやや疲れた顔で、ステラを見るなりそう言った。

 場所は本館の廊下。ステラは本日、借りていた本を返したいというリシアについて町の図書館へ行く予定で、今は返却する本を取りに行ったリシアとアルジェンを待っているところだった。


「シン、なんか疲れた顔してるね。ずっと仕事の手伝いしてたの?」

「今もさせられてる」

「ああー……お疲れ様」

「うん」


 この数日、ステラとシルバーは同じ本家の敷地内にいたというのに一度も会わなかった。ステラはアルジェンとリシアの三人で敷地のあちこちを探検していたにも拘わらず一度も、である。

 アルジェンの情報によれば、シルバーもリヒターも、二人共ほぼ缶詰状態で事務仕事を処理させられていたらしい。


「ここにいるってことは、一段落付いた?」

「……気分転換に役所へ届け物」


 シルバーは左手に持っていた厚みのある封筒をステラに見せる。気分転換ということは、気分を転換したくなるくらいに仕事が残っているのだろう。

 

「私、リシアたちとこれから図書館行こうって話になってるの。役所って図書館の近くだよね。シンも一緒に行こう?」

「うん」

「でも図書館まで一緒に行く余裕はないよね。帰りは別になるけど……」

「行く」

「え」

「一緒に行く。本来なら父さんと当主がやる仕事を手伝ってるだけなんだから。一日くらいいなくても問題ない」


 やたらときっぱり言い切るシルバーの態度は逆に怪しい。だが本人がいいと言っているのだし、何よりもステラだってシルバーと一緒にいたい。

 今まで毎日顔を合わせていたせいで、たった数日なのにもう何日も会ってないような気がしていたところなのだ。

 えへへ、と、自然と表情が緩んでしまう。


「……じゃあちょっと早めに戻ろうね」

「うん……ステラ、抱きしめていい?」

「ひぇい!?」


 首を傾げ、じっと見つめてくるシルバーの視線でステラの頬に血が昇ってくる。

 抱きしめられたことは幾度かあるし、ステラとしてもやぶさかではないのだが……改めて聞かれると、しかも許可を出すとなるとものすごく恥ずかしい。

 と、そのとき――廊下の向こうから二人分の足音と、話し声が聞こえてきた。


「えと……アルたちが戻ってきたから、だめ……」

「……」


 シルバーは足音の近づいてくるほうへ視線を向け、小さく舌打ちした。


「あれ、シンだ。開放されたんだ」

「されてない」


 アルジェンに声をかけられたシルバーは、露骨にムスッとした顔で答えた。完全に八つ当たりなのだが、アルジェンは仕事が終わっていないから機嫌が悪いのだと解釈したらしく、苦笑交じりに「お疲れさま」と返した。


「ええと、シンは役所に行くんだって。方向が同じだからいっしょに図書館に行こうって言ってたところなの。リシア、いい?」

「はっ、はい、もちろん! ……わた、私がもっとお手伝いできれば、し、シルバーさんの負担を減らせたのに……ごめんなさい……」


 リシアは次期当主という立場なので、現在当主がやっている業務を少しずつ教わっているところらしい。しかし、ステラのために長期間リヒターが抜けたこと、それにサニディンでのトラブルの処理などで業務が立て込んでしまい、当主教育は一時中断してしまっている。

 現状では即戦力になれないリシアは、まだ簡単な手伝いしかできない状態なのだ。


「別に。リシアはこの先忙しくなるんだし」


 当主教育が概ね済んで、実務が始まればきっとシルバーよりもずっと忙しくなってしまうだろう。だからせめて今は好きなことをしてほしい、というのが現当主夫妻の意向でもあるらしい。

 これまでほとんど育児放棄のような状態であったことへの罪滅ぼしの意味もあるのだろうが……。


「でも……ごめんなさい……」


(そのしわ寄せがシンに行って、それをリシアが気に病んでるんだから意味ないよね)


 しおしおと小さくなっているリシアを見て、ステラはこっそりとため息を吐く。まったく、不器用な親子だ。

 ――そしてユークレース兄弟もまた、こういうときに適切な慰めの言葉がかけられる器用なタイプではない。

 ここは話を変えるかあ、と話題を探し始めたステラは、今度リシアを誘おうと思っていた場所のことを思い出した。


「あ、そうそうリシア、もう知ってる店かもしれないけど、かわいい文房具のお店見つけたんだ。ちょうど通り道の近くにあるからちょっと覗きに行こうよ。色と飾りが選べる手帳とかペンとかがあって、色違いでデザインお揃いなんかもできるみたい」


 刺繍で使う糸を買いに行くコーディーに同行したときにたまたま見かけた店で、並んでいるのはペンやノートなど普通の文房具なのだが、本体の色や飾りを何種類もある中から自由に組み合わせて選べるのをウリにしていた。

 実は国内のあちこちに支店ができている女性に人気の店で、特に少女たちの間では友達とお揃いのものを持つのが流行中らしい。


「お揃い……!」


 かなり強引な話題変更だったが、リシアはステラの狙い通り『お揃い』という単語に心を奪われて瞳を輝かせた。


「ステラ、なにか……ペンとか、お揃いにしよう?」

「いいよ! インクの色も種類がいっぱいあってね……」


 そのまま楽しそうに相談を始めた女子二人に、男子二人はホッとしつつも、若干のジェラシーがこもった視線を向けたのだった。



***



 件の文房具店は大通りから一本入ったところに店舗を構えており、町をよく知るアルジェンによればオープン当初はいつも行列ができていたらしい。

 オープンからしばらく経っている現在の客入りは落ち着いているものの、それでも店内はそれなりに賑わっていた。

 引きこもりのシルバーと、外出といえばほぼ家と図書館の往復のみというリシアは店の存在自体知らなかったようで、二人共はじめは物珍しげに店内を見回していた。


「ここ、初めて入った。いつも女客しかいないし」


 ぼそりそう言って、アルジェンは居心地悪そうな顔をした。

 彼の言う通り、客は女性ばかり。そしてそんな中にシルバーとアルジェンという美形兄弟、ついでにユークレース当主の一人娘という有名人が放り込まれれば注目を浴びない訳がない。


「……リシア、とりあえず日を改めようか」

「そ……そそそそう、です、ね……」


 完全に萎縮して涙目になってしまったリシアはステラの提案にコクコクと頷いた。


「私とアルは外に出てようか? ステラたちは二人でゆっくり見ればいい」


 チラチラと、しかし遠慮なく注がれる視線にうんざりした顔をしながらシルバーがステラに耳打ちした。たしかに兄弟が外に出れば、この視線は収まるだろう。


「ううん、だいたいどんなのがあるかは見たし、ゆっくり考えて、今度注文すればいいから」


 シルバーたちが外に行けば、早く決めなければと焦ってしまう。それよりは一度落ち着いてゆっくり決めたほうがいい。


「……リシアもそれでいい?」

「わた、しも、すぐ決められないから、そのほうが」


 そう決めて店を出ようとしたステラたちに気付いた店員が、営業スマイルで「よろしければご参考に」と一枚紙を差し出してきた。

 それは選べる装飾のイラストや色見本の載った一覧表で、やはり決めきれずに後で注文する人が多いため、持ち帰って検討してもらうために用意したものなのだという。


「ふーん、さすが人気店だね」


 店を出たところで一覧表を見てアルジェンがそんな感想をもらした。とは言っても彼はあまり興味がないらしく、さっと目を通しただけで畳んでポケットに入れてしまった。


「たくさんあって決めるの大変だね」


 ステラはリシアに話しかけたのだが、返答はない。

 彼女はもう一覧表に集中してしまってなにも聞こえていない状態で、勝手に歩いていかないように両脇に垂らしたお下げ髪の一本をアルジェンに掴まれていた。

 リシアの相変わらずの集中力に、ステラは苦笑しながら声をかけた。


「リシア、とりあえず帰ってからゆっくり――」

「――見つけた……!」


 ステラの声に覆いかぶさるように、聞き慣れぬ女の声が響いた。

 声のほうへ視線を向ければ、一人の女性が足早にステラたちのほうへ向かってくるところだった。


「……知り合い?」


 シルバーとアルジェンに目配せしてみるが、二人とも頭を振った。

 女性の年の頃はステラたちより上だろう。しかし大人、と言ってしまうには若い。

 茶色に近い金髪の髪が一つにくくられて、彼女が歩くのに合わせてリズムよく揺れる。そして、意志の強そうな明るい青の瞳は険しく細められていた。

 すぐにシルバーがステラを隠すように前へ出る。次いでアルジェンがリシアのお下げ髪を引っ張って自分の後ろに下がらせたので「痛い!?」と悲鳴が上がった。


「なにか?」

「あなた達ユークレースの人間よね?」

「……」


 女性は眉をひそめたシルバーの問いかけに答えることなく、逆にはっきりとした声で質問を返してきた。対するシルバーも、それに答える義理はないとばかりに無言のまま彼女を睨みつける。

 シルバーの視線の強さに女性は少し怯んだ様子を見せて目を伏せたが、すぐにキッと視線を上げた。そして背筋を伸ばし、堂々とした態度で口を開く。


「事情があって、私の名前をここで明かす訳に……」

「よっ……よよよヨルダ王女でむがっ!!」


 ――事情があって明かす訳にはいかない。

 と言いたかったであろう女性の言葉を遮ったリシアの口を、アルジェンが顔を掴む勢いで塞いだ。が、肝心なところは完全に聞こえてしまっていた。


「「……」」


 ステラたち四人と、女性――リシアの言葉が正しければヨルダ王女――の間に気まずい沈黙が落ちる。


「えーと、俺はなにも聞いてない……ってことにしとく……」


 引きつった笑いを浮かべながらアルジェンがリシアを開放した。

 頭痛に耐えるように(実際痛いのだろう)片手をこめかみへ当てたヨルダ王女は、張り詰めたものをすべて吐き出すような長いため息を落とした。


「……いいわ。私の身の証を立てる手間が省けたもの」

「ごっごごごごごめんなさ」

「いいから黙って、リシア・ユークレース。注目を集めたくないのよ」

「すっ……」


 すみませんと言いかけたのだろうが、リシアは自分の口を両手で塞ぐことで止め、こくこくと頷いた。


「……そんなお方が私達に何の用ですか」


 生まれて初めて目の当たりにする王族の姿をよく見たくて体を傾けたステラを、無理やり自分の後ろに押し戻しながら、シルバーは冷え切った声を出した。


「あなた達兄弟に提案を持ちかけに来たの」

「……提案?」

「ええ。兄弟のどちらでもいのだけど……でも、そうね、あなたのほうがいいわ」


 そう言って、ヨルダはまっすぐにシルバーを見て、にこりと微笑みを浮かべた。


「あなた、私の婚約者になって?」

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