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77. 選択肢

 こほんと咳払いをしたあと、コーディーはステラに顔を向けた。


「……ステラはどうなの?」


 せっかく握った手を払われてしまって残念そうな顔をしていたレビンも、表情を改めてステラを見る。


「そうだね、ステラの気持ちが一番大事だ。ステラはどうしたい? アントレルに残りたいか、俺の実家へ行くか、それとも他の町に行きたいか……ステラが行きたい場所へ行けるよう、最大限努力する」

「……最善は実家なんでしょ?」

「そうだね」

「……」


 どこに行きたいかなど、ステラの中ではとうに決まっている。

 だが、その望みを言うのは憚られた。

 コーディーの、皆一緒ならどこでもいいという言葉に嘘はないだろう。しかし、いくらレビンが最大限努力をすると言っても、自分たちの力だけで王族の手から逃れ続けるのはおそらくひどく困難を強いられるはずだ。


 でも、それでも――私はレグランドに行きたい。


 その言葉は、発することが出来なかった。

 喉に詰まった言葉を飲み下し、ステラはテーブルの下におろした手のひらをきつく握りしめる。


「……あの少年はステラに、『クリノクロアの家に戻るのが一番』っていうことの他になにか言った?」


 黙り込んだステラに、レビンが優しく話しかけてきた。ステラは顔を上げて首を傾げた。


「……少年? シン?」

「そう。レグランドに来いとかさ」

「ううん。……シンは、私の選択の邪魔したくないって言ってた。『ステラが選んだ答えを尊重する』って」

「尊重、かあ……」


 レビンの口調は、百歩譲っても肯定的な響きと言えるものではなかった。

 ああやっぱりとステラは心の中でため息を吐く。

 レビンからしてみれば娘が美少年に夢中になっているように見えるのだろう。世間知らずの娘が、美しい少年と、華々しい港町(レグランド)に魅了されているように。


「うーん……ステラはユークレースの呪いのことを知ってる?」

「うん」

「彼がステラを選んでる……のは分かってるよね」

「……そう、みたいだね」


 薄闇の中、シルバーに言われた「君が好きなんだ」という言葉と、手の甲にキスされた感触を思い出して心臓が騒ぎ出す。――だが今はそれを味わっている場面ではないのだ。ステラはこっそりと深呼吸をして心を落ち着かせる。

 そんなことは知らないレビンはそのまま話を続けた。


「俺たちが精霊から逃れられないように、彼らも選んだ相手から離れられない。あの少年はステラに気に入られたくて、口先だけで尊重すると言ってるのかもしれない」

「それはないよ」


 ステラが迷いなく即答したことにレビンは少しだけムッとした表情を浮かべた。


「ずいぶん信頼してるんだな……呪いはそう簡単じゃない。ステラだって分かるだろ」

「分かってるよ。でもシンは……言ったことは守るもん……」


 シルバーは呪いに慣れているなどと言ったが、そこに何の根拠もないということをステラは分かっている。

 自分の意志なんてまるで無視されてしまうあの力に逆らうのがどれほど難しいか。

 ――だが、それでも彼はその言葉通りに、どれだけ苦しくても一人で耐えようとするだろう。

 唇を噛んだステラの頬に、コーディーの手が伸びた。


「ほら、唇を噛まないの。……ステラは、あの子のそばにいたいのね」

「……うん」


 頷いて、それからゆるゆると首を振った。


「……だけど、いい。迷惑をかけたくないし……クリノクロアの家に行く」


 シルバーのそばにいたいが、同時に、両親に無理をさせたくはない。

 クリノクロアの人間であるステラがレグランドにいることで、もしかしたらユークレースにも迷惑がかかるかもしれない。

 初めから分かっていたけれど、いざ口にしてみると鼻の奥がツンと痛んだ。

 涙が滲みそうになるのをごまかすために、ステラは最後に「……将来的に家出するけど」と、ボソリと付け加えた。


「は!? 家出はダメだ。いや、俺が言えたクチじゃないけど……それでもダメ!」

「別に今すぐじゃないよ。でも、後継者争いが落ち着けば安全でしょう?」

「そういうことじゃない」


 レビンの強い言い方に、ステラはカチンと来て睨みつけた。


「別に自由にしていいでしょう? それに行きたい場所に行けるよう努力するって言ったじゃん。私は旅に出たいの。あちこち行って、自分の好きに生きる。父さんみたいに」


 きっぱりと言い切ったステラに、「あらまあ、言い返せないわね」とコーディーが苦笑した。


「ぐっ……痛いところを……」


 言葉に詰まったレビンはそれでも眉を吊り上げステラを見ていたが、それでもステラが意思を曲げないと悟ったらしく、大きくため息を吐いた。


「……はあ、分かった。降参だ」

「降参? 家出を認めるの?」

「ちーがーう。家出は忘れなさい。レグランドへ行こうってことだよ」


 レビンの言葉の意味を掴みかねて、ステラはパチリと瞬いた。


「でも、少なくとも後継者争いが終わるまでは……」

「リヒターが言ってたんだよ。王族が当主の庇護下に手を出せないなら、なにもクリノクロアじゃなくてユークレースの当主でもいいだろうって。……ノゼアン・ユークレースの家は無駄にデカくて空き部屋だらけだから家族の一組や二組くらい余裕で受け入れられるってさ」


 苦々しげな表情でそう言ったレビンを、ステラはぽかんと口を開けて見つめた。


「……ユークレースが代わりに守ってくれるってこと?」

「そういうこと」


 リヒターが言っていた――その言葉で、ステラはある光景を思い出した。

 木の枝に囲まれた猟師小屋の中で、膝を突き合わせて話をしていたのはそういう内容だったのだ。


(つまり、私にはその選択肢を隠してたってこと……)


 腹の底でふつふつと湧き上がるものがある。

 ――なるほどこれが、腸が煮えくり返るということ。


「……父さん。私にどうしたいかと意見を聞くなら、初めからその条件を提示しないのはフェアではないですよね」

「あれっ、思ってたより冷静な反応」

「私が諦めるように誘導しようとしたの? それとも、それで、喜ぶとでも思った?」


 ステラは表情を消し自分の父の顔をじっと見つめる。


 シルバーの話を聞いてから本気で悩んでいたのに。

 ついでに、家出計画もわりと本気で考えていたのに。


 そんな娘の本気の怒りを感じ取ったレビンは視線を泳がせた。


「し……仕方ないだろ。俺はステラに『パパのお嫁さんになる』って言ってもらいたかったのに。知らない間に男に言い寄られてるなんて……!」

「は? シンがいなくてもそのセリフは絶対言いませんけど」

「そんなぁ……」

「絶対言わない」

「うう……俺は心配だったんだよ。だってステラは面食いだから、美少年に良いように騙されてるかもしれないだろ」

「……よ、余計なお世話だよ!!」


 ステラは目を三角にしてレビンを睨みつける。

 そして、面食いは事実だけど! という言葉を胸の内でこっそりと付け加えたのだった。

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