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76. コーディーさん

「家族で話し合うことがあるだろう」


 というガイロルの言葉で、ステラと両親はガイロルの家に残された。

 他のメンツは、密猟者と熊の回収のために森へと入るらしい。


「クリノクロア、ね……」


 クリノクロアのこと、そしてレビンが行方不明になっていた理由、それとついでにステラがレグランドで一年間時間停止状態になっていたことなど、改めて聞くと空想の物語のような話を聞き終わったコーディーは、こめかみを押さえてため息を吐いた。


「時間が止まるなんて信じられないだろうけど、俺はその血を引いてるんだ」

「信じられないけど、目の前のあなたが十年前のままだし、ステラだって一年間意識を失ってたって言うし……信じざるをえないでしょう」

「ごめん、折を見てちゃんと話そうと思ってたんだけど、あんなに突然二人から離れることになるとは俺も思ってなくて……」


 コーディーは手を振ってレビンの謝罪を止め、苦笑した。


「いいのよ、過去の時点でそんな話をされたって、からかわれてると思って信じなかったでしょうし」

「そうかもしれないけどさ……ステラもごめんよ、俺はステラが力を継いでることを知ってたんだから、もっと早く教えておけば時間停止に対する備えができたかもしれない」

「備えって虫かご?」

「そう。それもそうだし、危険な場所を避ける方法とかさ」

「うーん、避ける方法かあ」


 ステラが危険――エレミアの部屋を避けていたら。

 そもそも自分がそういう特殊な血を受け継いでいることを知っていたら、リヒターに誘われてもレグランドへはいかなかったかもしれない。


(そしたら多分、シンは今も自由に喋れないままだし、リヒターさんとノゼアンさんはもっと険悪になってるかも……)


「別にいい。止まるのだって一年たらずで済んだし、それで良くなったことがたくさんあるから」

「え……どうしようコーディーさん、ここに天使がいる」

「はいはい」


 夫の寝言を聞き流し、コーディーはステラに微笑む。


「ステラもすっかり大人になっちゃって。――レビンと、あのレビンの甥っ子と、ステラ……並ぶと兄弟みたいなのよね。私ばっかり老けちゃって嫌になるわ」

「え? コーディーさんは全然老けてないよ? 今も昔も変わらずきれいだよ」

「そうだよ母さんは美人だもん。モリオンさんだって今も諦めず口説いてきてるし」


 実際、コーディーは今でも村の男達の中で憧れの的である。その代表格がモリオンというコーディーの幼なじみで、よく彼女に甘い言葉をかけているのだ。

 しかし、コーディーは苦笑する。


「あれは本気じゃないし、もう挨拶の一環みたいなものでしょ」


 ゴトンッ!


 レビンが立ち上がったせいでテーブルが揺れ、上においてあったランタンが倒れてしまう。


「は!? モリオンの奴、まだ諦めてなかったのか!」

「そりゃあ年単位で旦那が行方不明なんだから口説いてもいいって思うよ」


 ランタンを直しながらステラが冷たく言い放つ。


「……そうだけど……そうだけどっ」

「もう、そんなことでいちいち騒がないで。座りなさい」

「はい……」


 叱られてしょぼんと椅子に腰を下ろす姿は親子のようだった。

 コーディーが老けているということではなく、レビンが子供っぽいという意味で。


「くそー……そうだ、口説くと言えば――クリノクロアのことと関連するけど、もう一つステラに話しておかないといけないことがある」


 口説くと言えば? と少し引っかかる思い出し方であったものの、レビンがなにを言いたいのかは何となく分かっていた。シルバーがほのめかしていた、『レビンやステラが今置かれてる状況』のことだろう。


「王族とも関係すること?」

「……知ってたのか」

「ううん、自分がなにか厄介なことに巻き込まれてるってことしか知らない。……でもシンが『クリノクロアの家に戻るのが一番私のためになる』って言ってたし、クリノクロアの血を引いてるせいで王族に命を狙われてるから本家で守ってもらったほうがいい~、とかそういうことかなって思ってたんだけど」

「シン、ね……あの少年はそのへんの事情を知ってるのか」

「全部知ってるわけじゃないって言ってたけど」


 レビンは「ふむ、なにから説明しようかな」と宙を睨んだ。


「そうだな、第一に、王族が狙ってるのはステラの命じゃない。ステラを王子様のお嫁さんにしたいんだ」

「は??」

「王子??」


 ステラとコーディーの声が重なる。


「王子の嫁って将来の王妃? それって専門の修行を積んだ人がなる特殊な職業じゃないの?」

「専門の修行って」

「そうよね……少なくとも特殊な職業だなんて言いだすステラには無理だと思うわ」


 ややバカにされている気がするが、ステラも無理だと思っているのでおとなしく頷いた。


「えーと、ステラは我が国のロイヤルファミリーの構成員を知ってるかな」

「……よく知らない」

「じゃあそこからだな」


 現国王には二人の王子と一人の王女がいる。

 本来ならこの王子のどちらかが王位を継承するのだが、彼らはどちらも国王としての資質がないらしい。二人の兄弟の間にいる姫君はなかなか優秀だそうなのだが、残念ながらこの国では女王は認められていない。

 そこで名前が上がっているのが、王子たちのいとこだ。

 彼は既に死去している王弟の忘れ形見で、非常に人望があり優秀。――なら彼を王にすればいいじゃないかとステラは思ってしまうのだが、彼の場合は母親が野心家過ぎるので危険視されているのと、あとは王宮のえらいひとたちのたたかいが水面下で繰り広げられているせいでなかなかそう簡単にはいかないのだそうだ。


「水面下の戦いは決着する気配がない。自分の利益になるなら裏切り寝返り当たり前の世界だからな。……そうなると外部のテコ入れが必要なんだ」


 それが、姻戚による結びつきの強化。

 由緒正しく力のある家の娘を娶れば、その家が味方になる。それによって優勢をアピールできれば勝ち馬にノリたい人々はそちらにつく。婚姻の成立によって勢力図が大きく塗り替えられるのだ。


「その『由緒正しい家』ってのがユークレースやクリノクロアで、第一候補に上がってくるのがステラなんだよ……当主の直系で年頃の合う娘っていうのが、現状ステラだけらしくてね」

「はあ……でも、リシアは? ユークレースの当主の娘だけど……」


 王妃といったら国の顔のようなものだ。

 謎の一族で、しかも見た目が普通なステラよりも、有名で力があって美形なユークレースのリシアのほうがいいに決まっている。


「ああ、彼女は次期ユークレース当主になることがほぼ決まってるから、王妃候補からは外れてるんだってリヒターが言ってた」

「あ、そうなんだ……」


 そういえば彼女は当主教育を受けていると聞いた気がする。


「ユークレースがその娘を時期当主に据えてるのは王妃候補から外すためかもしれない。基本的に古い家系はどこも王族との過度な接点を持たないようにしてるんだ。お互いを監視して牽制し合うことでバランスを保って、大きな争いを防ぐためにね」

「ふうん……じゃあ、私がクリノクロアに行ったほうがいいっていうのは? まさかこっちも当主とか言わないよね」

「言わない言わない。当主の影響力は強いから、本家の内部にいればいくら王族でも手を出せないし、大々的に拒絶することもできる。……逆に、今みたいに離れた土地にいると、付け入る隙を与えることになる」


 そこで、ステラのほうを向いていたレビンはコーディーに体ごと向き直る。彼は真剣な、少し苦しそうな表情で言葉を続けた。


「そこで……コーディーさん、俺の一族の事情で振り回して本当に申し訳ないんだけど、今話したように、ステラを守るためにはどうしてもアントレルから出ないといけない。コーディーさんはあの家を――」

「レビン、私を置いていくなんて言わないわよね?」


 食い気味に言ったコーディーはレビンを睨みつけた。睨まれたレビンは眉を下げてしどろもどろになる。


「言いたくない。でも、あの家はコーディーさんが生まれてからずっと暮らしてた場所だろ? 離れがたいだろうから……」

「家なんて別にどこでもいいの。私がずっとここにいたのはあなたがふらっと帰ってくるかもしれないって思ってたからよ。――皆で暮らせるなら、私はどこだっていいのよ」

「コーディーさん……」


 レビンがテーブルの上にあるコーディーの手をギュッと握り、見つめ合う。


 ――すっかり二人の世界である。


 頬杖をついてにやにやとそれを眺めているステラに気付いたコーディーは、慌ててレビンの手を振り払って、コホンと一つ咳払いをした。

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