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71. 世界一いい子

 シルバーにからかわれたことにぷりぷりと怒りながら、ステラは小屋の扉に手をかけた。

 そしてぽかんと口を開け、たっぷり数秒間固まる。――扉を開いた先に見えたのが小屋の中の風景ではなく、複雑に絡み合い、出入り口(であるはずの場所)を覆い尽くした木の枝だったからだ。


「なにこれ……え、室内大丈夫なの?」


 枝は厚い壁を作り上げているようで、隙間もないため向こう側の様子を見ることができない。もしかして部屋全体が覆われているのではないだろうか。それなら中の人達は最悪串刺しになっているのでは?

 何となくアイドクレースの屋台で売っていた鳥の串焼き(姿焼き)を思い出しながら枝の壁に張り付くと、向こう側で人の動く気配がした。


「あ、ステラおかえり。ごめんごめん、レビンさんの逃亡を防ぐためにバリケード作ったんだ」


 向こうも扉が開いたことに気付いたようで、リヒターの平和な声が聞こえた。串刺しにはなっていなかったようだが、その内容はあまり平和ではなかった。


「逃亡を防ぐって……」


 逃亡を図ったのか……と父に対して呆れるのが一番だが、リヒターの派手なやり方もいかがなものか……とステラは肩をすくめる。


(それにしても、この……)


 植物で覆い尽くして足止め――というやり方には見覚えがある。

 レグランドでリシア誘拐犯を捕らえたとき、シルバーが犯人を拘束するために作り上げた、うごめく不気味なトピアリーだ。それを思い出して、ステラは思わずシルバーに目を向ける。


「やり方が親子でそっくり……」

「……何のことか分かんないけど、非常に心外」


 その視線を受けたシルバーは顔をしかめつつ、ステラを壁から下がらせた。そして先程までステラがつかんでいた枝の一本に自分の手を添える。


「どいて」


 シルバーの一言で、絡み合って開口部を覆っていた枝はしゅるしゅると縮んでいった。時間が巻き戻っているような不思議な光景はすぐに収まり、まるで初めから何事もなかったかのように元通りの出入り口だけが残る。


「今のしゅるしゅるってやつ、ちょっと面白かった」

「うん? もう一回閉じ込めたい?」

「……閉じ込めるところじゃなくてね」

「なんだ、残念」


 忍び笑いを漏らすシルバーの肩越しに室内を覗き込むと、もう一度閉じ込められる危機に瀕していた男三人は、何故か仲良く膝を突き合わせて床に座っていた。

 そのうちの一人と目が合う。彼はその瞬間満面の笑みを浮かべた。


「ステラ、お父さんの膝に座っていいよ!」

「嫌です」


 ちゃんと謝らなければと思っていたのに、初手からそのノリで来られてしまうと反射的に冷たい声で返してしまう。


「すてら……」


 哀れなくらいにしょぼくれる父の姿に良心が少し痛むが、ステラとしてはもう少しゆっくり距離を詰めたいのだ。


(でも、父さんからしたら昨日まで普通に一緒に暮らしてた感覚なんだから仕方ないのかも……)


 父は十年間を飛び越えてしまっているので、家族と離れていた実感がないのだ――そこまで考えて、いや? と我に返る。五歳の子供が突如十六歳に成長しているというのに、同じように接するというのは適応が早すぎる。


(ああ逆に、思春期の娘にあのノリなのは適応できてないから?)


 どのような理由であろうとも、ステラが膝になど座るわけがない。レビンも実はそれを分かっているのか、若干わざとらしさが滲んでいる。

 いじいじと肩を落とす父親を冷たく見下ろしていると、それまで二人を楽しそうに眺めていたリヒターが「さあそろそろ」と手を叩いた。


「いつまでもここにいるわけにいきませんから、一旦アントレルのほうまで戻りましょう。コーディーさんとも話をしないといけませんし」


 その言葉でステラはハッとする。

 そうだ、この滅茶苦茶なクリノクロアの呪いのことを母に説明するという大仕事が残っているのだ。

 十年前失踪した夫が突然帰還(しかも十年前のままの見た目)して、その夫と娘が謎の一族の血と呪いを受け継いでいるなどと打ち明けられて――信じられるものだろうか。最悪、レビンが偽物だと思われてしまうかもしれない。


(母さんなら何となく分かってくれる気がするけど……万が一ってことも……)


「……だが」


 そんなステラの思考を断ち切るようにアグレルが口を開いた。


「戻ると言っても、レビンが村に入れば騒ぎになるんじゃないか? 今から戻るとなると、着く頃には村人も動き出しているだろう」


 それはステラの心配事とは別視点の、そして非常に頭の痛い問題だった。

 アグレルの言うことはもっともで、今はまだ薄暗いがすぐに明るくなるはずだ。そうでなくとも家畜の世話などをする人は朝早くから活動している。

 シルバーのマントを羽織って顔を隠してもらう……という手もあるのだが、小さな村でそんなことをすると逆に悪目立ちして野次馬がついてきてしまう可能性が高い。


「……なら、ガイさんの家へ行けばいいですよ。母さんは私が家に行って呼んできます」

「ああ、あそこなら見られる心配は少ないな」


 ステラの提案にレビンが頷いた。

 村の中でも、ガイロルの家は少し外れにあるのでちょうどいい。

 そんな二人の提案に、でも、とリヒターが困ったような顔をした。


「村の様子に詳しい二人がそう言うなら大丈夫なんでしょうが……人目を避けるなら、もっと村から離れた地点までコーディーさんに来てもらうほうが確実じゃないですか?」


 目撃されて厄介な展開になるよりも、できる限り村に近づかないほうがいい。その通りなのだが――その言葉を聞いた瞬間、レビンとステラは同時に目を三角に吊り上げた。


「森に入るなんて、コーディーさんが怪我したら大変だろ!?」

「そうですよ、母さんは森の中歩き回るのに慣れてないんですから!」


 十年のブランクなどまるで感じさせないほど息がピッタリの二人の剣幕に、リヒターは目を丸くして瞬いた。


「え、ああ、ごめん……」

「いえっ、私のほうこそすみません……」


 謝るリヒターに、ステラは慌てて手を振った。今のはどう考えてもいきなりユニゾンでキレたステラたちに問題がある。

 リヒターに詫びながらステラは横目でレビンを盗み見た。彼がどういうリアクションをしているのかが気になったから、なのだが――そんなステラの視線に気付いたのか、それとも、彼は彼でステラが気になったのか、バッチリと目が合ってしまった。


「……」


 息が合った恥ずかしさと見ていたことがバレてしまった気まずさ、それと、きちんと対話をしなければ……というプレッシャーがまじりに混ざって、どうにもいたたまれない気持ちになったステラは、ひとまず父の視線から逃れることにした。


「こら」

「うあ」


 視線から逃れるために、視線を遮るものの後ろ――つまりシルバーの後ろに隠れようとしたのだが、そのシルバーに肩を掴まれてやんわりと前に押し出されてしまった。


「ちゃんと話しなよ。逃げてどうするの」

「うー…………」


 ステラだって、レビンにさっきの自分の発言を謝りたい。聞きたいことも言いたいこともたくさんある。だが、いざ本人を前にしてしまうと、喉が詰まったように言葉が出てこない。

 ステラがムスッと黙り込んだまま視線をうろうろとさまよわせていると、それを見かねたのかレビンが先に口を開いた。


「……ステラ、ごめん。急にいなくなってステラにもコーディーさんにも苦労させて……怒って当然だと思う」


 レビンは悲しげに微笑む。彼はステラに触れたいだろうに、ずっと数歩の距離を保ってそれ以上は近づいてこない。きっとステラの戸惑いを理解して、気遣ってくれているのだ。

 ステラは自分のことだけでいっぱいいっぱいだというのに。


「……ちが……」


 謝らせたいわけではない。

 怒って――いるけれど、それでもレビンを責めたいわけではない。

 頭ではそういうことを言いたいと思っているのに、――結局、言葉の代わりに出てきたのは涙と嗚咽だった。


「……ううえぇ……」

「ごめんよステラ。俺に言いたいことが色々あるんだろう?――全部聞くから、焦らないでゆっくり話してくれればいい。これからはずっとそばにいるから」


 優しくゆっくり語りかけてくるのは、ステラが幼い日にいつも聞いていた声だった。

 ――あの日からずっと続くはずだった平和な日々が、片手の指では足りないほどの長い年月が、失われてしまったのだと改めて胸に染みて、胸がズキズキと傷んだ。


「ちがう……違うの、謝ってほしいわけじゃなくて……」


 後ろにいるシルバーの手が、あやすように優しく背中を叩いてくれるのを感じながら息を整える。涙を拭って顔を上げた。


「私、父さんに捨てられたんだって思ってたの」

「そんなわけないだろ! なんでそんな……」

「私がいい子にしてなかったから嫌になったんだって思って……」

「ステラは世界一いい子だよ!?」


 どう考えても親馬鹿な発言に対し、ステラはふるふると頭を振る。


「だって……父さんがいなくなったのが……私がコールマンさんの猟銃でいたずらして花瓶を撃って割った日だったから……」


 狭い小屋の中に、人が五人もいるというのに一瞬沈黙が落ちる。

 沈黙のせいで、アグレルが小さく「小鬼……」と呟くのがはっきりと聞こえた。


「んんっ……それは……確かに、そのいたずらはいい子じゃないな……」

「はい……」


 その日家に帰って、母から滅茶苦茶に叱られ――そしてその日を境に父が姿を消した。

 幼い日のステラは、自分のせいで父がいなくなってしまったのだと何度も自分を責めたのだ。


「た、確かにステラは昔から若干やんちゃが過ぎるところはあったけど、それで俺がステラを嫌うことなんて絶対にないよ」


 そこまで言って、レビンは言葉を切って悲しげに顔を歪ませた。


「……って、今そう言っても、ステラは十年もずっと自分のせいだって思ってたんだもんな……」

「さすがにある程度大きくなった頃には、それだけが原因じゃないっていうのは分かったけど、でも……父さんは母さんのこと大好きだったから、捨てられるならきっと私が原因だって、思ったの……私のせいで母さんも悲しませちゃったんだって」


 そこで初めて、レビンが手を伸ばした。

 胸の前で固く握られて冷たくなったステラの手を、温かな手が包む。


「……今まで言えずに我慢してたんだな。辛かっただろう」


 ステラは頭を振った。


「……捨てられたんじゃないなら、いい」

「こんな可愛くていい子を捨てるわけがないだろう?」


「うん……」


 少し呆れたような笑顔を浮かべたレビンに頷いた瞬間、また一粒涙がこぼれた。

 その最後の一粒を手の甲で乱暴に拭って、ステラはニッと笑ってみせる。


「……父さんも捨てられなくて良かったね。あんないい奥さんも、こんないい子も、他にいないもん」


 レビンは数回瞬きをして、それから同じようにニッと笑い返した。


「ああ、そうだな。最高の奥さんと娘だもんな!」

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