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68. 新しいお父さん

 ステラの拳がみぞおちにきれいに決まったレビンは体をくの字に曲げ、ごほごほと咳き込んだ。


「ステラ……こう、もっと優しく、ね?」


 頬を引きつらせたリヒターにそう言われ、ステラはパッと拳を自分の背中に隠し、視線を泳がせる。


「つい勢いで……ところでさっき、リヒターさん笑ってませんでした?」

「え? 気のせいじゃないかな」


 うさんくさいくらいにきれいな笑みを浮かべるリヒターをじっとりと睨み付けてたステラは、「そうだ」と言いながら後ろにいるシルバーを振り返った。


「シン、あのときの約束……リヒターさんをやっつけるってヤツまだ有効?」

「うん。始末する?」

「じゃあおねが――」

「ごめん、ごめんなさいステラ。あとシンは真顔で物騒なこと言うのやめなさい。『やっつける』が『始末する』になってるし……」


 ブツブツと文句を言うリヒターに、シルバーは「そんなこといいましたか?」とばかりに小さく首を傾げた。


「もー。まあいいよ。とりあえずステラは殴ったりひどいこと言ったりするのやめなさい」

「……はあい」


 ステラを叱るリヒターと、それに対して不満げに返事をするステラ――という二人を見ていたレビンが、「あの」と口を開いた。


「そちらの……やたらと親しげに俺の娘を呼び捨てにしてるそこの男性はどなた?」


 レビンは露骨に敵意のこもった不満げな目をリヒターに向ける。

 見知らぬ男が自分の娘を呼び捨てにしていたら面白くないのも道理だ。リヒターが説明をしようと口を開く――前に、それに即座に反応したのはステラだった。

 彼女はリヒターの近くへ歩み寄ると、その腕にぎゅっと抱きついたのだ。


「こちらは母さんの再婚相手です」

「「!!!??」」

「私の新しいお父さんです」


 真顔で放たれたステラの発言に、レビンはもちろんリヒターも一瞬言葉を失う。ほんの一瞬だが、小屋の中には地獄のような沈黙が落ちた。


「……いや、ちょ、ステラ! レビンさん、単なる彼女の悪ふざけですから」


 そんな誤解をされてはたまらない。腕にしがみつくステラを引き剥がしたリヒターはレビンに目を向ける。――しかしその彼は、衝撃のあまり完全に固まっており、リヒターの声が届いているかどうかも怪しい様子だった。


「…………そうだよな、俺は何も言わずにいなくなったんだし、十年も経ってるなら普通……コーディーさんはあんなに美人だし……二人が幸せなら……」


 ステラの嘘を完全に真に受けてしまったレビンから漏れてくるつぶやきには、悲壮としか言いようのない響きと負のオーラがにじみ出していた。


「違う! 違いますから!! ステラ、本当にそういうタチの悪い冗談はやめよう!?」

「殴ってもいないし、ひどいことを言ってもいません」

「ステラー……」


 リヒターはステラが反発することは予想していても、()()()()方向に反発することは想定外だったらしい。シルバーはこっそりとため息を吐く。

 ステラはある意味、自分の父親と一緒にリヒターも「やっつけた」のだ。

 シルバーもリヒター同様、ステラのことを直情的なタイプだと思っていたので、アルジェンと同じように相手を挑発して喧嘩を売るくらいだろうと高をくくっていたのだが――こうも平然と精神をえぐるような嘘を吐くとは思っていなかった。やはり本気の女子は容赦がない。

 今にも倒れそうなレビンに、自分を巻き込まないでくれという心の声が漏れ聞こえてきそうなリヒター、完全にへそを曲げたステラ、そして(たぶん)レビンの親バカ具合を見せつけられてショックを受け思考停止しているアグレル――控えめに言って収拾がつかない。

 これは一度仕切り直すべきだろう。シルバーはむすっとしてそっぽを向いているステラの肩をそっと叩いた。


「……ステラ、一旦外に出よう」

「……」


 シルバーの提案に顔を上げたステラが何かを言うよりも早く、リヒターが「それがいいよ……」と力なく頷いた。彼は大きくため息を吐きながら肩を落とす。


「……ステラもレビンさんも少し落ち着いた方がいい。事情の説明は僕とアグレル君に任せて」

「……はい」


 ステラは何とも言えない複雑な表情を浮かべながらも大人しく頷く。一方のレビンは、まだダメージから立ち直れずにうつろな目をしていた。


「行こう、ステラ」

「あ、うん」


 シルバーはステラの背を軽く叩き、先に扉を開けて出ていってしまう。

 いつもなら隙あらば手を繋ごうとするシルバーが、背を押すだけで歩き出したのだ。ステラは一瞬ぽかんとして、それから「えと、行ってきます」と慌てて彼の背を追いかけた。


「……え、行ってきますって、ステラ!?」


 ハッと我に返ったレビンがステラの背中に向かって呼びかけたが、ステラは振り向くことなく足早に小屋から出ていった。

 その娘を追いかけようとしてレビンは慌てて立ち上がる――が、アグレルに腕を掴まれて引き留められてしまい、舌打ちをした。


「なんで邪魔するんだよアグレル。ここ、猟師の小屋だろ!? 森には狼だっているんだぞ!」

「一時的に外へ出ただけだ。あいつらは大丈夫だから一旦落ち着けレビン」

「大丈夫だと? 何を根拠に――」


 声を荒らげるレビンに、リヒターは「根拠なら」と微笑んだ。


「僕はさっきこの小屋の周囲を見て回りましたが、近くに危険な動物の気配はありませんでした。それに僕の息子も一緒にいますから。万が一狼が飛び出してくるようなことがあっても、あの子がいれば大丈夫です」


 リヒターは先程当主への定期連絡のために小屋の外へ出たとき、ついでに周囲の様子もチェックしておいた。加えて、今のシルバーは精霊の動きも見えるので不意を衝かれるようなこともないだろう。


「……新しいお父さんの息子……」

「いや、それは本当に事実無根ですから。とにかく、レビンさんは現在の状況が分かっていませんよね。ひとまず話を聞いてください。……その後、追いかけるというなら止めませんから」

「……」

「それと、僕が初めて会ったとき、ステラは狼二頭に襲われても冷静に対処していましたよ。そんなに心配することはないと思います」


 森の入口付近で狼に遭遇したステラは、手持ちのナイフを木の幹に刺して足場を作り、木の上に避難し、かつ大きな音を出して助けを呼んだのだ。リヒターがたどり着いたとき、彼女は木の上で手持ち無沙汰に足をぶらつかせていた。

 それが事実なのだが、レビンには信じられなかったらしい。彼は眉をひそめてリヒターを睨み付けた。


「……冷静に対処……? いや、狼二頭って大人でもパニックになるだろう」

「でも本当です。そんな風にあなたの知らない十年で色々状況が変わっているんですよ。――話を聞いてもらえますか?」


 レビンは鋭い目つきでリヒターをしばらく見つめる。

 先程まで気づかなかったが、彼もアグレルと同様に、もともと目付きが鋭いのだ。今まで感じなかったのは表情やまとっていた雰囲気のせいだろう。


「……分かったよ。『新しいお父さん』」

「……レビンさんは穏やかな人だと聞いてたんですけど、割といい性格ですよね」

「ステラもコーディーさんもいないなら穏やかに振る舞う理由がないだろ」

「あー……」


 吐き捨てるように言ったレビンは、ステラがいたときとは打って変わって冷たい気配を漂わせていた。

 ――ああ、僕と同類か。

 心の中でつぶやいたリヒターは「なら話が早いですね」と口元に笑みを貼りつけた。

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