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6. 図書館?

 リヒターの家に着いたのが日没前の夕刻で、美少女のおかげでベッドに横になることができ――そして眠りに落ちた。

 目覚めたのは翌日の昼過ぎだったが、起きたときにすぐそばに見知らぬ女性がいることに驚いて飛び起きた。

 話を聞くと、ステラはベッドに倒れ込んだあとすぐに熱を出したらしい。


「大変ご迷惑をおかけしました」

「いいのよ、ステラちゃん。リヒターが無理を言って来てもらったんだし、長旅大変だったでしょう。リヒターってば自分が平気だからって女の子にも同じペースで移動させるなんて、本当に気が利かないんだから」


 ぷりぷりと怒っている女性はリヒターの妻で、セレンと名乗った。美人というタイプではなく、おっとりとしたかわいらしい雰囲気の女性である。

 彼女は昨晩からずっと熱を出したステラに付き添い、看病をしてくれていたのだ。


「いえ、リヒターさんには気を遣っていただきましたし……」

「ステラちゃん、アントレル……というかその麓のアイドクレースからこのレグランドまでは、普通だったら移動に一週間以上かけるのよ」

「……一週間以上?」


 大体五日で来ましたけど?

 ぽかんと見返すステラに、セレンは大きくため息をついた。


「旅慣れていない女の子に、何の説明もせずに強行軍を強いたのよ。そんなの熱が出て当然だわ」

「あー……なるほど」


 そりゃつらいわけだ、とステラが乾いた笑いをもらしたところで、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞ、入っていいわよ」


 セレンが返事をすると、昨日の美少女が扉を開けて静かに入ってきた。

 ブロンズの髪に、群青の瞳。アーモンド形の目元が涼しい美少女である。

 ステラはついまじまじと見てしまい、ふと目が合った瞬間非常に嫌そうに顔をしかめられてしまった。


「氷」

「ありがとう、シン。――ステラちゃん、紹介がまだだったわよね。この子はうちの娘のシンシャよ」


 シンシャは氷水の入った桶をテーブルの上に置くと、代わりに氷が溶けて水だけになった桶を持ってすぐに出ていこうとした。が、セレンに腕を掴まれ、いかにも嫌々という様子で会釈する。


「どうも」

「あ、ステラ・リンドグレンです。……あの、昨日、ありがとうございました」


 彼女が止めに入らなければ、ステラがベッドにたどり着くのはもう少し先になっていただろう。頭を下げたステラに、セレンは「昨日?」と首をかしげてシンシャを見た。


「……あいつら、外で無駄話してた」

「ああ、全くあの男どもと来たら!」


 シンシャの短い、ともすれば聞き逃してしまいそうな小さな声の説明でセレンは事態を理解したらしい。

 セレンはまたぷりぷりと怒りながらタオルを氷水に浸して、固く絞るとステラの手に乗せた。ひんやりとしたタオルが体の熱を吸い取ってくれるようで、ステラはホッと肩の力を抜いた。


「つめたい……」


 ひんやりは偉大だ。タオルを首元に当てて頬ずりをするように冷気を楽しむ。


「精霊は?」


 小さな声でぽつんとつぶやかれたその言葉の、意味が分からなくてステラは声の主であるシンシャを見た。だが彼女はその続きを話すつもりがないようで完全に口を閉ざしている。

 精霊に愛されすぎていて、些細な言葉にも精霊達が反応してしまうので喋らない子供――というのがおそらくシンシャのことなのだろう。言葉に気をつけないと危険なため、極力口にしないようにしているのだろうが……さすがにこれでは意味が分からない。


「精霊術で空気を冷やさないのかってことね?」


 だがさすが母親というべきか、セレンには分かるらしい。

 セレンの言葉にシンシャはこくんと頷いた。


「リヒターの話だと、精霊がステラちゃんを避けちゃうから精霊術がほとんど効かないんですって」

「避ける?」

「ええ。ステラちゃんの周りに涼しい風を送ろうとしても、風の精霊が避けちゃってステラちゃんに届かないらしいわ。シンの逆ね」

「……ふうん」


 シンシャはしばらくじっとステラを見つめ、そして興味を失ったようにきびすを返して部屋から出て行った。


「ごめんね、聞いてると思うけどあの子は精霊の関係で色々苦労しててね。……あんまり喋らないんだけど、慣れれば大体何言いたいかは分かるから」

「はあ……」


 どうやらステラは、この土地の暑さに慣れるだけではなく、単語から内容を推測する会話にも慣れなければならないらしい。


「最悪、どうしても分かんなかったら筆談するといいわ。……あと、耳打ちしてもらう方法もあるけど」

「耳打ちですか」

「そう。精霊達も人間と同じように声を聞いて反応するからね。聞こえなければセーフらしいのよ」

「ああ、だからシンシャさんは小さい声で喋るんですね」

「そうなの。アル……は、昨日会ってるわよね。アルジェンっていう名前でシンの弟なんだけど。アルとは耳打ちで会話してることが多いみたいね」


(耳打ちで会話をする美形姉弟……うわ、眼福……)


 それは是非とも見てみたい。

 

「ステラちゃん、体起こしてもつらくないようだったらご飯を食べる? あ、その前にお風呂かしら」


 セレンの言った「ご飯」という言葉に反応して胃が悲鳴を上げる。よく考えてみたら、ステラは昨日の昼から何も食べていないのだ。しかも昨日の昼はぐでんぐでんになっていたのであまり食べていない。

 しかし、昨日は暑さで汗だくだったというのにそのまま寝てしまい、しかも熱を出してしまったこともあって全身べたつく感じでとても気持ちが悪い。髪もベトベトしている気がする。


「先にお風呂お借りします……」


 こんな状態で昨日美少年にすがりつき、先ほど美少女に見つめられてしまった。


(うう……さよなら私の第一印象……)



***



 汗を流してさっぱりして、食事も食べた。

 そうしてやっと人心地ついたステラは、セレンに勧められていつも子供達が勉強をしているという書斎の扉を叩いた。


 返事を待ってから大きな一枚板の扉を押し開き、書斎の中に入ったステラは目の前の光景に息をのんだ。

 壁の一面が本棚になっていて、隙間なく本が並べられていた。おそらくステラが生涯で見てきた本よりもここにある本の方が多いだろう。


「図書館?」

「図書館はもっといっぱい本があるよ」


 ステラの言葉に笑いながらアルジェンが応じた。

 部屋の中にはリヒターと姉弟がいて、リヒターが子供達の勉強を見ているところだったらしい。


「ごめんね、いつも一人で動き回ってるからあんまり人のペースって分からなくて」


 リヒターはセレンに相当叱られたらしく、ステラの顔を見るなりしゅんとしなだれた様子で謝ってきた。


「大丈夫です、村の人にも無駄に頑丈だとよく言われましたし。……あとは暑さだけどうにかなれば問題ないんですけど」

「それなら、セレンが薄手の生地で涼しい服をいくつか見繕って用意しておくって言ってたから、根本解決にはならないけど少しはましになると思うよ」

「本当ですか? とても助かります」

「ステラの服は生地がやたらと分厚いよな」


 リヒターの子供の、弟の方、アルジェンがステラのシャツの裾をつまんでそう言った。いわれてみれば、アルジェンもシンシャも薄手のひらひらした生地の服を着ている。


「うーん……森に入るときに引っかけて破れたら困るから、強い生地を使ってるのかも」

「ああなるほど、でも暑いだろ?」

「アントレルは夏でも朝晩は少し肌寒いくらいの日もあって、このくらいがちょうどいいんだ」

「へええ……場所が違うと色々違うんだな。そういえば、新しい服用意するまでシンの服借りればいいんじゃないの?」


 アルジェンはそう言いながらシンシャの方を見た。シンシャは少しだけステラを見つめ、ゆっくりと首を振った。

 ――これは……お前なんかに私の服は貸さないということ?


「シンとステラじゃあ服の丈が合わないよ。スカートの裾引きずっちゃうでしょ」

「あ、そっか。ステラちびだもんな」

「う……」


 苦笑するリヒターの言葉で、別にシンシャに服の貸し借りを拒絶されたわけではないというのは分かったが、その直後のアルジェンの一言がグサリとささる。同年代に比べて背が低いのは地味にコンプレックスなのだ。


「アル、言葉に気をつけなさい。それに、ステラが特別小さいっていうよりもシンシャの背が高いんだよ」


 その通りだ、とステラは頷く。

 しかもシンシャは基本的に丈の長めのスカートを着ているらしい。彼女のすらっとした体型にはよく似合っているが、そういう服はステラが着ても悲しいことにしかならない。


「そういえば移動の途中で見た、丈の短いワンピースは涼しそうで良かったな。袖がなくて、腿の下くらいまでスリットが入ってて動きやすそうだったし……」

「……それ、どこで」


 何か心当たりがあったのか、シンシャが眉をひそめて聞いてきた。

 どこで、の次にくる単語は『見たのか』だろう。

 だが、ステラは時折目を覚まして馬車の外を見るという状態だったので、一体それがどのあたりの光景だったのか全く分からない。


「どこだろう……青い柱の建物が並んでた」

「青い柱っていうと……」


 普通の建物なのだが、柱だけが鮮やかな青色で塗られていてとても綺麗だった。その光景を思い出しながらステラが答えると、アルジェンもシンシャと同じように眉をひそめ、そしてリヒターを見た。


「父さん……そういうところに女の子を連れてくのは本当にダメだと思う」

「いや、最短距離を行こうと思うとあの場所を抜けるのが一番速くてね……」


 そのアルジェンの言葉と、あたふたと言い訳をするリヒターの様子で、ステラもその場所がどういう場所なのかを察した。おそらく青い柱は、()()()()店であることを示す目印なのだ。


「あー……なるほど、そういう商売の」


 ステラのつぶやきに、シンシャがあきれたような視線を向けてきた。


「世間知らず」

「だ、だってアントレルに花街なんてなかったもん!」


 シンシャのように都市部に住んでいればそういうことも耳に入るのだろう。

 だが、花街の建物の特徴も、そういうところの女性がどういう格好をしているのかも、ステラには知る機会がなかったのだ。

 ステラが知っているのは、そういう店に行きたいときはアイドクレースまで下りないといけない、と、昔食堂で酒盛りをしていた男達が話していたことくらいだ。そしてそういう話をステラがいるときにしていた、ということで彼らは食堂の店主にこっぴどく叱られ、それ以降は一度もステラの前でそういう話をする者はいなかった。


「ステラ、頼むからセレンには言わないでくれるかな。また説教されるから……」

「言いませんよ……」


 あまり品のいい内容ではないことが分かったのに、わざわざ話す必要もない。


「父さんは本当にダメだなあ」

「うう、ぐうの音も出ない……」

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