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67. 十、年

 目を開いて、瞬く。

 木を組んで作られた天井が見えた。

 この天井、屋根板がたわんでしまって板と板の間に隙間が空いているのだ。そこから雨漏りするせいで、その真下の床板が腐ってしまっているのを休憩したときに見たので、よく覚えている。

 ここは、ガイロルに紹介してもらった猟師小屋だ。

 軽く身じろぎすると背中に硬い板が当たって少し痛い。小屋の中にはまともな家具などないので床に寝かせられているのだろう。


(代償が発生して、時間が止まって、ここに運ばれた……)


 ステラは天井を見つめたまま状況を整理する。代償が発生したということは、精霊の再生は完了したということである。だったら――。


「……ん、目が覚めた?」


 斜め上の方からシルバーの声がして、ステラは横たわったままそちらに顔を向けた。彼は壁に寄りかかってウトウトしていたらしく、少し眠そうな目をしていた。


「うん」


 ステラは頷きながら体を起こし、周りを見回す。

 小屋の中には精霊術による明かりが浮いているが、かろうじて顔が見える程度の明かりしかない。外から見たときに分からないように光量を抑えているのだろう。

 そして、ステラのすぐ横にはレビンとアグレルが寝かされていた。よく見ると彼らは直接床に寝かされているが、ステラだけは体の下に布が敷かれている。――見覚えがあるその布はシルバーの羽織っていたマントだ。

 ステラはヒャッとマントの上から退いて、床に置いたせいでついてしまった砂埃を払う。


「別に気にしなくていいのに」

「気になるんだもん。リヒターさんはどこかへ行ったの?」


 小屋の中にリヒターの姿が見えなかったのでそう聞くと、シルバーは全く興味なさそうに、くあ、とあくびをしながら扉の方を指さした。


「外にいるよ」


 ――それとほぼ同時にコトリと静かに扉が開き、リヒターが入ってきた。


「お、予想よりずいぶん早いお目覚めだね」


 リヒターは微笑んで、ステラが一番手だねと続ける。


(私が一番ってことは、他の二人はまだ目を覚ましてないってことだから……つまり、三人とも運んでもらったんだよね)


「……運ぶの大変でしたよね。すみません」

「いいよ、別に疲れてないし」

「……そりゃ父さんは疲れてないだろうね」


 ニコッと笑ったリヒターにシルバーが恨みがましい視線を向けているところを見ると、多分三人のうち二人は彼が運んだのだろう。


「シン、ごめんね」

「ステラは重くないからいいよ」


 つまり、少なくともステラよりも重たい成人男性を運ぶのは大変だったのだろう。あの場所からここまで一時間近くかかるはずなので、考えるだけでげんなりしてしまう。


「……あとこれ、ありがとう」

「うん」


 汚れを払って簡単に畳んだマントをシルバーに返すために立ち上がったところで、アグレルが小さく身じろぎをしたのが視界の端に見えた。


「あ、アグレルさんおはよう」


 無言で上体を起こしたアグレルはステラの言葉に一瞥だけ返し、すぐにまだ目覚めていないレビンに視線を落とした。


「……レビンはまだか」

「私が一番だったんですよ」

「それはどうでもいい」

「で、アグレルさんが二番です」

「『まだ起きていない』の一言で済んだだろうが……」

「それじゃあ情緒がないじゃないですか。――でも、時間停止が終わるのって、同時じゃないんですね。若さ順?」


 代償を三人で分け合うので、ステラは皆が同時に動き出すのだと思っていたのだが、実際は誤差があるらしい。ステラが首を傾げると、アグレルはフンと鼻で笑った。


「知らん。知能が低い順じゃないか」


 ムッとむくれたステラを完全に無視したアグレルは、「……で」と、リヒターに目を向けた。


「どのくらい時間が経った?」

「全然。一日も経ってないよ。外はやっと夜が明けるくらいかな」

「そうか……」


 アグレルはそっけなく答えたが、その顔には明らかな安堵の色が見えた。

 ステラもやはりホッとして胸をなでおろす。成長期であるシルバーの見た目が変わっていないのでそれほど時間が経っていないのは分かっていたのだが、それでもやはり不安だったのだ。


 キシ――


 ホッとした空気が流れ、沈黙が訪れたタイミングで微かに床が軋む音が響いた。


「……ぅえ? ここ、どこ」


 全員の視線が音の出所に向く中、小さなうめき声と共に音の出所――レビンが体を起こした。

 ステラはビクッと肩を震わせて思わずシルバーの腕にしがみつく。十年ぶりの父親に、どんな顔で接していいのか分からなかった。

 それと対照的に、アグレルはぐいっとレビンに掴み掛からんばかりの勢いで詰め寄った。


「……! レビン!」

「は? え、なに? ……あれ、兄さん?」


 おそらく見覚えがないであろう建物の中で目覚め、突然男に詰め寄られたレビンは混乱の局地という顔をしていた。

 そんなレビンに『兄さん』と呼ばれたアグレルは一瞬ピタリと固まる。そして――


「は!? あんな奴と全然似てないだろうが!!」

「ええ……なんか、誰だか分からんけどごめん……」


 どうやらレビンの兄――つまりアグレルの父親に当たる人物のはずだが、その人に似ていると言われるのはアグレルにとっての地雷だったらしい。

 兄に似た男に突然キレられたレビンは目を白黒させて、助けを求め視線をさまよわせた。その視線を受けてリヒターが苦笑する。


「アグレル君、ちょっと落ち着こうか」

「あ……ああ、悪い、つい」


 ついキレてしまうくらいに嫌がられる『兄さん』とは一体どんな人物なのか気になるところだが――落ち着きを取り戻すために深呼吸を始めたアグレルを、レビンは目を丸くして見つめた。


「……アグ、レル……?」

「……はあ。そうだよ、お前の甥だよ」

「いや、アグレルって六歳くらいだっただろ」


 大きさもこのくらいで、とレビンは一メートルくらいの高さを手で示した。


「レビン……俺が永遠に年を取らないとでも思ってたのか。もう二十年経ってるんだぞ……」

「にじゅう」


 アグレルの言葉をぽかんとした顔で繰り返して、数秒固まった後、レビンは片手を額に当てた。


「え……、待って。俺が家を出てから、二十年?」

「ああ。付け加えると、レビンがアントレルから失踪して十年だ」

「十、年」


 レビンは「失踪……」とつぶやきながらこぼれんばかりに目を丸く見開いて、そして、ガバッと目の前のアグレルに掴みかかった。


「――ステラは!? ステラとコーディーさんは!? アグレル、アントレルを知ってるってことは、村に行ったんだよな!? 俺の奥さんと娘はどうしてた!?」


 襟首を掴まれたアグレルはなんとかレビンの手を外そうとしたが、ものすごい力で掴まれているらしく全く外れる気配がなかった。


「ちょ、落ち着けレビン。俺は村には行ってないし奥さんにも会ってない。だが娘ならそこに――」


 苦しそうに顔を歪めたアグレルがステラの方を指さし、レビンの目がステラに向いた。――その視線を受けたステラは、静かに目を伏せる。


「……レビンさんの奥さんと娘さんは、捨てられた悲しみと生活苦で、失意の中亡くなられました」

「は……?」


 レビンの手から力が抜け、解放されたアグレルが咳き込む。

 ステラからは薄暗くてよく見えないが、レビンはきっと血の気を失った顔をしているのだろう。「死んだ……?」とうめくような声と一緒に、力なく座り込んだ。

 その様子に慌てたのは大人たちだった。


「こらこら! ステラ、さすがにその冗談はキツすぎるからダメだよ」

「ケホッ……お前、レビンをショック死させる気かっ」


 リヒターとアグレルに叱られたステラは首をすくめてシルバーの後ろに隠れようとしたが、そのシルバーに「ステラ、逃げないの」と前に押し出されてしまった。


「……冗談? ステラ? え?」

「……冗談です。ちゃんと生きてます」


 呆然と呟くレビンに、ステラは拗ねた顔で返した。

 レビンはそのステラの顔をしげしげと見つめ――。


「……ステラ。本当だ、ステラだ……」


 立ち上がったレビンが近づいてくる。

 ステラは後退りしようとしたが、背中に添えられたシルバーの手に阻まれてしまった。

 近づいたことで表情も顔色もはっきり見えた。少し青ざめた――おそらくさっきのステラの言葉のせいだ――顔には、信じられないものを見るような表情が浮かんでいる。


「なんてことだ……俺の天使が! 女神に成長してる!!」

「ぶはっ」


 レビンの歓声が上がり、リヒターが吹き出した。

 リヒターが咳払いをしてごまかすのを聞きながら、ステラは自分の父親のみぞおちに拳を繰り出していた――。

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