59. 探しもの
外部からの人の出入りが少ないアントレルに、外の人間が何人も――しかもそのうち二人は絶世の美形で、一人はステラや行方不明のレビンと全く同じ薄桃色の髪の持ち主である――やって来れば嫌でも注目を浴びてしまう。
その状態でこっそりレビンを探すというのはかなり困難である。
だがしかし、ステラたちは村人の興味をひかないようにひっそりと森に入り、人に見られずにレビンを探し出し、彼を保護しなければならない。
現状ではまだ『時間停止状態のレビン』は運良く(と言っていいかは疑問だが)誰にも発見されていないが、もしも見られてしまえば騒ぎになるのは容易に予想できる。
小さな村であっても、人の口に戸は立てられない。もしもそこから、今までクリノクロアの一族が秘匿し続けてきた能力や呪いについての情報が漏れてしまっては大問題になること必至である。それはどうしても避けたい事態だ。
そのため――アントレルに到着したステラがはじめに選んだ行動は、一人でガイロルに会うことだった。
「ガイさん久しぶり!」
「……小鬼か」
納屋で罠の手入れをしていたガイロルは明るいステラの声にちらりと視線を向け、フンと鼻を鳴らして再び手元の罠の手入れに戻ってしまう。
低い椅子に腰掛けているガイロルの横にしゃがみ込んだステラは、彼の顔を見上げて口をとがらせた。
「真っ先にガイさんに会いに来たのに冷たい」
「お前が人目につかないように小屋の裏から来て、そういう声を出すときはろくでもないことを思いついたときだと相場が決まっている」
「えへへ……」
さすが、生まれた頃から知っているだけあってお見通しである。
「コソコソしてるということは、まだコーディーに顔を見せてないのか」
その言葉でステラは目を泳がせる。
本当はすぐにでも会いに行きたいところだが、ステラは昔から母親に対して上手く嘘をつくことができない。森に入る理由を聞かれたときに話を誤魔化す自信がないのだ。
レビンの無事が確認できない状態で、変に期待を持たせたくない。
「あー、後で行くよ……まず先に、ガイさんに折り入って話がありまして」
「話?」
秘密裏に捜索を行うならば、初めから村に顔を出さないほうがいい。
勝手に森に入って、勝手に探せばいいのだから。
だがあえて、村人に目撃される危険をおしてまでガイロルに会いに来たのは、森の中を動き回っている猟師たちの目をかいくぐって捜索をするのは困難であると判断したからだった。
彼らはアントレル周辺の森を知り尽くしているが、一方のステラたちは地形もまともに把握していないのだ。
そこでステラが提案したのが、猟師たちから信頼され、実質彼らをまとめ上げているガイロルの了解を得ることだった。
彼は非常に規律正しく厳しい人物だが、村の中でもレビンと特に親しかった一人であり、かつ、レビンがいなくなった後は何かとステラのことを気にかけてくれている人でもある。
きちんと話せば協力してくれるはずだ、という確信がステラにはあった。
「そう、話」
人を煙に巻くことに慣れていてこういう説得が得意そうなリヒターは別行動しているため、ステラ一人で説得しなければならない。
ステラが一人でやってきたのは、ガイロルに会っているところを村人に目撃された場合を想定してのことだ。万が一のときにはステラが村人の注意を集め、その間に他の三人で捜索をしてもらうということになっている。
位置さえ特定できれば、後はステラが夜中に抜け出して合流すればいい。
こっそり深呼吸をして、ステラは続きを口にした。
「あのね、森の中で探しものをしたいの」
「だめだ」
予想通りというべきか――。
ガイロルはきっぱりとした声でステラの言葉を切り捨て、それからようやくステラのほうへと向き直った。
「……そう言われるのは分かった上で言っているんだな」
「うん。だめでも行かないといけないの」
「だから邪魔をするなと言いに来たのか」
ただでさえ愛想のないしかめっ面をさらにしかめて、ガイロルはため息交じりに言った。どうやら説得は無駄だと分かっているらしい。
あまりにもすんなりと許してもらえそうな雰囲気はやや不気味だが、難航すると覚悟していた説得が不要であるというのはありがたい。
ステラはガイロルの機嫌を損ねないよう、神妙な顔を作って頷いた。
「簡単に言うとそう。鉢合わせしないように、猟師の皆の主な巡回ルートと、普段あまり人が近づかないエリアを教えて欲しいの」
「……」
(沈黙、怖い!!)
ガイロルの顔は険しいままで、いつも通りといえばいつも通りであるその表情からは何を考えているのか全く窺えない。
一生懸命神妙な顔をしているが、ステラは若干泣きそうになっていた。
「……探しものとは何だ? 村の決まりに触れてまで何を探す?」
静かな声に応えるため、ステラはガイロルの目をまっすぐ見つめた。
「――父さんを探すの」
「……レビンを?」
鋭い視線とともに聞き返してきたガイロルの声は、ステラの言い出したことに対して戸惑っている風ではなく、予想していた事実を確認するかのような響きを帯びていた。
そんな反応に、むしろステラのほうがやや戸惑ってしまう。
「えと……父さんのことを知ってる人が、アントレルの森にいる可能性が高いって言ってて」
「……」
ステラの言ったことをゆっくりと吟味するように瞑目したガイロルの重たい沈黙に、緊張のあまりじっとりと背中が汗ばむ。
「レビンを『知ってる人』っていうのは、ユークレースの人間か?」
「えっと、その関係者というか……」
「それともクリノクロアの人間か」
「!」
ガイロルの口から出てきた予想外の単語にステラは思わず目を丸くする。
「ガイさん、クリノクロアを知ってたの!?」
「やかましい。でかい声を出すな」
「あ、ごめん、でも……えと、もしかして父さんから聞いてたの?」
慌てて自分の口を手で塞いで、若干声を抑えてガイロルを見つめる。本人から事情を聞いていて、知っているのならば話が早い。
しかし、ガイロルは首を振った。
「いいや。俺は昔、クリノクロアの当主を見かけたことがあってな。レビンはその男と雰囲気も顔もよく似ていたから血縁関係だろうと当たりをつけただけだ」
「……当主?」
「レビンは自分の家と縁を切りたがっていたようだったし、直接確認したことはない。――あいつのほうも俺が気づいていることを分かっていたようだが、特に触れてこなかった」
ステラはガイロルを見つめてぱちくりと瞬く。
そういえば――。
村の大人たちと話していると、皆はっきりと口にはしないが「レビンはすでに死亡している」と思っているのが言葉の端々から感じられた。
だが、ガイロルは。
彼だけは、どこか「レビンの生存」を確信しているような雰囲気があって、ステラは何度か不思議に思った記憶がある。
二人は特に親しかったので、信じたくないだけだろうと思っていたが――。
「もしかしてガイさんは、父さんがクリノクロアに連れ戻されたと思ってた?」
「……ああ、そう思っていた。もしも連れ戻されたなら、二度と村に戻ってこないだろうと考えていたんだ」
(二度と戻ってこない、だろう?)
ステラはその妙な言い回しに再び瞬く。
普通なら、たとえ家出した実家に連れ戻されたからといって『二度と戻ってこない』とまでは思わないのではないか。
(――ということは、クリノクロアが特殊な一族で、世間から隠れて暮らしているってことを知ってる……?)
「クリノクロアがどういう家なのか、知ってるの?」
「ユークレースと同じような異能を持った古い家系なのは知っている。だが、それ以上は何も知らん。俺はそれを知ることができるような立場じゃなかったからな」
「知ることができる立場?」
「お偉いさんの情報なんか与えられない下っ端兵士だったってことだ」
アグレルによると、古くから続く家系だけあって『クリノクロア』という名前だけならば知っている人はそれなりにいるらしい。
だが、実際に会ったことがある――となると、数えるほどしかいない。
実はあちこちの町に正体を隠して紛れ込んでいるらしいが(実際に情報収集のための耳役が各所に潜んでいる)、親しい相手であってもクリノクロアの人間であると明かすことはまずないという。
それに、前にリヒターは「クリノクロアは王宮経由でしか連絡が取れない」と言っていた。
そんな一族を見かけたことがある――しかも、当主であると認識している。
(ガイさんが本当に下っ端兵士だったなら、そのときに会った人がクリノクロアの当主だってことも分かんないんじゃないかな)
つまり、ガイロルは元傭兵だと言われているが、実は王宮に関係のある人で、少なくとも昔はかなり重要な立場にいたのだ。
「そんな話よりも、まさか一人で行くつもりじゃないだろうな」
まじまじと見つめるステラの視線を振り払うように、ガイロルは話を変えた。
ステラがこちらの事情を詳しく話せないように、ガイロルにも話せない事情があるのかもしれない。
質問攻めにしたい衝動を抑えつつ、ステラは頷いた。
「うん。他に三人いる。リヒターさん……ユークレースの人たち。村の中に入ると注目されちゃうから、外で待ってもらってるの」
「ああ、前も騒ぎになってたな」
リヒターが村にやってきたときの騒ぎを思い出したステラは、「さらに今回は一人じゃなくて二人だしね……」と心の中で苦笑する。
「まあいい、そいつらのところに案内しろ。事情次第では、鹿と間違って撃たれないルートの情報くらいは教えてやる」
「! ガイさんありがとう!! 大好き!」
「くっつくな、鬱陶しい」
ガイロルはガバッとしがみついたステラを邪険に振り払い、手入れ途中の道具を片付け始めた。
「鬱陶しいってひどい」
振り払われたステラがむくれていると、納屋の扉を閉めたガイロルが振り返った。
「あと、猟師どもが使ってない山小屋の位置を教えてやるから野宿なぞするなよ。コーディーが心配する」
「やった、至れり尽くせりだね」
「その代わり、一つだけ聞いておくが……」
「うん? なあに」
「……」
聞く、と言いながらガイロルは口をつぐんでしまう。
「ガイさん?」
「…………お前は、レビンが生きていると思ってるのか」
真剣な目が、まっすぐにステラを見つめていた。
ガイロルはレビンがクリノクロアに連れ戻されたと思っていたから生きていると信じていたのだ。
だが、そこにいない――そして、何度も探したはずの森の中にいると言われれば、死んでいると考えるのが当然だ。ステラだって時間停止を自分で経験していなかったらそう考えるだろう。
「うーん……ホントのところ、分かんないんだ。……だけど、可能性があるから、迎えに行ってあげるんだよ」
「……そうか」
ガイロルは軽くうつむいたまま眉間を押さえてしばらく黙り込み、それからゆっくりと口を開いた。
「……じゃあ、あいつが戻ってきたらまず一発殴らせてくれ」
ステラの言った「可能性」をどういう意味で受け取ったのかは分からないが、顔を上げたガイロルはいつもどおりのいかめしい顔をしていた。
「いいよ。でも私が先に十発くらい殴るから、その後でね!」
ステラはニッと笑って、握った拳を掲げて見せた。
そろそろ2、3日に1回の更新ペースに戻したいなあと思ったりしています。
実現可能かは未定です……。




