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54. 予想通り

「アグレルさん魔術教えて下さい」

「……嫌だ」

「なんで!」


 ステラがやってきたのを見た瞬間に顔をしかめたアグレルは、ステラの「お願い」をやはり顔をしかめたまま却下した。

 ステラに話しかけられたくないのならば自分の部屋にいればいいのだが、どうも彼は談話スペースにある一人掛けのソファがいたく気に入ったらしく、ここのところだいたいそこでくつろいでいる。

 最近よくアグレルにちょっかいを出しているシルバーに言わせると、「ツンツンしているくせに妙に素直なところが面白い」だそうだ。


「一歩間違ったら命に関わる」

「私の心配してくれてるんですねアグレルさん優しい」

「黙れ。……虫かごの魔力はあくまでも精霊救済のために提供されたものだ。それを救済とは関係のない魔術に何度も使うと、精霊の不興を買って魔力を提供してもらえなくなる」

「……ふむ?」


 そう言われてみれば、精霊たちはあの魔力を、精霊を救うクリノクロアだから分けてくれているのだ。いわば今後の自分の暮らしのための積立金。それを別のことに使われてしまったらそれこそ今回の横領事件と同じだ。

 横領するような人間にわざわざ大切な魔力を分け与えようとは思わないだろう。


「精霊から魔力を提供してもらえなくなれば能力が必要なときに魔力供給ができなくなる。一族の中には過去にそれで命を落とした人間もいる」

「ということは、治癒魔術はとても危険」

「そうだ」

「……アグレルさんは大丈夫?」


 きっとそれもあったから、治癒魔術を使うときステラに対して魔方陣に触るなと言ったのだろう。やはり優しいツンデレである。

 だが、それでアグレルが精霊から魔力をもらえなくなっていたら一大事だ。


「問題ない。……精霊も感情を持っている。なにかを守るための魔術は目こぼししてもらえる可能性が高い。ただし、精霊と人間の思考は根本的に違うから絶対とは言えないが」

「守るため……」


 つまり自分から攻撃を仕掛けるわけではなく、危険回避や防御、それに治療のためならば多少融通が利くということなのだろう。


「分かりました。じゃあ教えて下さい」

「お前は人の話を聞いていないのか理解するだけの知能を持っていないのか」

「心配しなくともそんなホイホイ使いはしません。いずれ必要になったときに指を咥えて見ていたくないんです。アグレルさんだってそれで覚えたんでしょう?」


 だって優しいツンデレだから。

 という言葉は心の中に留める。


「……」

「もー。でも治癒魔術の魔方陣は完全に覚えてますし、呪文もなんとなく覚えてます。真似しようと思えばできるかも」

「やめろ、中途半端な知識で使うもんじゃない」

「だから教えて下さい」


 ね、とステラが笑顔で首を傾げると、アグレルは世界が終わるかのような重苦しいため息を落とした。そして、ぐったりと呻いた。


「……教えるとしても、レビンを見つけてからだ」

「ああー、そうですね。魔力また溜めておかないといけないですもんね」

「そして、レビンが許可したら教えてやる」

「ええー……父さんの性格的に反対されそうな予感」


 父はステラに対してやや過保護気味だった。もし無事父と会うことができても、危険を伴う魔術など全面否定される未来しか見えない。


「反対されたら諦めろ。むしろ、教えるなら私よりもレビンのほうが適任だ」

「……父さんが?」

「私はレビンの残した資料をもとに学んだ」

「……ってことは、父さんは魔術を使ってたんですか」

「簡単なものならたまにな」


 記憶を辿っても、父が魔方陣を前に呪文を唱えていたという光景は思い当たらない。本当に、父はステラになにも教えてくれなかったのだ。

 微かにざわつく胸を押さえる。


「虫かごの魔力を何回も使うのは危険なんでしょ?」

「レビンはクリノクロアの人間のくせに精霊に好かれていたから、精霊の怒りを買うようなことはなかったようだ。やることも精霊術の真似事のような、氷を作ったりそよ風を起こしたりするような些細なことだったしな」

「え、好かれてた?」

「ああ。お前がたまに精霊術もどきを使えるのもその影響かもしれない。レビンの娘だから精霊に守られているんだろう」


 ――れびんの姫


 ユークレース本家のエレミアの部屋で初めて能力を使ったとき、頭の中に響いたたくさんの精霊の声が急に耳の奥で蘇る。

 たしかその前にも当主のノゼアンが、精霊たちがステラを「ユークレースの姫」と呼んでいると言っていた。


(そういえば、父さんがよく私のことを「俺のお姫様」って呼んでた……)


 不意に蘇ってきた幼い日の記憶に、ステラはギリィッと歯噛みをする。


「……どうした」

「ちょっと痛い記憶が……」


 アグレルが不審げに聞いてくるが、ステラは顔をあげることができずうつむいたまま両手で顔を覆った。


(恥ずかしい! なんかすっかり精霊に浸透しちゃってるじゃん!!)


 それこそシンシャのような美少女ならば姫と呼ばれても納得だが、ステラは平凡な村娘だ。分不相応な『姫』呼びなど軽い拷問である。

 せめてもの救いは、精霊の声を聞くことができるのがユークレース当主くらい、というところだ。


「父さんめ……紐で縛り上げて羊につなげて牧場に放牧してやる……」

「……なんかおかしなこと言ってないか?」


 ブツブツつぶやかれたステラの言葉はよく聞き取れずとも、不穏な気配を感じたらしいアグレルが顔をひきつらせた。


「いえ、私の鍛え抜いたロープワークが役に立つときが来たかもしれないと思っただけですよ」


 アグレルはニコッと笑ったステラから視線をそらし、そして突っ込むことを放棄したらしく、小さく頷いた。


「そうか、……程々にしておけよ」

「はい。程々に縛ります」

「……」



***



 これぞ姫、という少女がサニディンに帰還したのはその翌日だった。

 協会長の娘のイネス・ユークレースは、はちみつのような優しい色の柔らかな髪に、まるでレグランドの晴れ渡った日の海のような澄んだ青い瞳を持つ、とんでもない美少女だった。


「これは――駆け落ちしたなんて聞いたら倒れますね」

「……そうだな」


 イネスをひと目見て絶句したステラはなんとか言葉を絞り出す。同じように言葉を失っていたアグレルも頷いた。

 協会長夫妻に付き添われて精霊術士協会のホールに現れたイネスは、離れた場所から見ていても思わず目が釘付けになるほどの美少女だった。


「皆さん、私の行動が原因でご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 今回の騒動の原因は協会の業務を掌握していた協会長夫妻の不在である。

 イネスが駆け落ちしてしまい、そのショックで協会長夫妻が寝込んでしまった混乱の隙を突かれたのだ。

 もとを辿れば人身売買を狙った犯罪組織の計画で、さらに辿ればダイアス家が糸を引いているわけだが、ご多分に漏れずダイアスの関係を裏付けるものは出てこなかったようだ。

 まあそんなわけで、渦中の人であるイネス本人自らきちんと謝罪をしておきたいと言ったため両親とともに協会員の前で頭を下げるはこびとなった。


「美少女な上にしっかりしてる……十二歳なのに」


 妖精のような容姿と、皇女のような品のある仕草で丁寧に頭を下げたイネスは、顔をあげると目尻に涙をたたえていた。

 思わず守ってあげたくなるか弱げなその姿に、ステラも含め殆どの人間がぽわ~となってしまう。

 誘拐目的で騙されて駆け落ちをした、という詳しい事情を知らない人々ですら、きっとイネスにはなにかそうせざるをえないような事情があったのだろうと同情的な目を向けていた。

 そんなホールの人々の腑抜けた様子を見渡したシルバーは、呆れたような半眼をステラに向けた。


「落ち着いてステラ。しっかりしてる十二歳は駆け落ちなんてしない」

「……それは……確かに。いやでも、皆の前で謝罪するっていうのは偉いよね。美少女だし」

「……美少女なのは関係ある? 見た目が可愛いからってだいぶ判定甘くない?」

「あっ心配しなくても、シンだって負けないくらい美少女だったよ。系統が違うけど私はどっちも好き」


 シンシャはクール系の美少女だったが、イネスはキュート系の美少女だ。系統の違いについて解説をしようとするステラを、シルバーは片手で制した。


「いや、そんな心配は全くしてない。……っていうかステラって美少女好きなの?」

「え、うん。美少女に限らず、きれいな人は皆好き」


 即答したステラを見て、シルバーはなにかを悟ったような表情で頷いた。


「……そういう『好き』ね」

「ん? そういう?」

「いや、予想通りだっただけ」

「……ふうん?」


 短いため息とともに肩を落としたシルバーが少しだけムスッとした様子に見えてステラは首を傾げた。

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