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50. 病弱な娘

 エリンは教えられた宿に向かったのだが、建物を前にして途方に暮れた。

 ステラを連れていくためには、まず外に呼び出さねばならない。しかし、リヒターやシルバーが一緒にいれば確実に怪しまれるだろう。止められるかもしれないし、一緒に来ると言うかもしれない。

 もしもステラが来てくれなかったらジュドルが……。

 リヒターたちが一緒でも大丈夫なのだろうか? いや、あの雰囲気からしてダメそうだ――そう考えて立ちすくんでいたところに、幸と言うべきか、不幸と言うべきか、ステラが一人で宿から出てきた。


「それで声をかけて、ステラちゃんを連れていきました」


 本当にエリンに監視がついていたのかは分からないが、彼女は船乗りに命じられた内容をきちんと守った。そしてステラも騒ぐことなくついていった、というのに。


「なのに、倉庫に戻ったらジュドルくんは既にやられてたと」


 つまりステラが行こうが行かなかろうが、ジュドルは工房の人間に腕を潰されていたのだ。エリンは伝言役として利用されて、用事が済んだので口止めついでに焼いてしまおうとしたというところか。


(うーん? 結局火をかけて殺すつもりなら腕を潰す必要あったのかな)


 火で死ななかったときの保険のため――というのもおかしな話だ。

 なんだか妙にずさんでちぐはぐに思えてステラは眉をひそめる。


「はい……私もステラちゃんもローブの連中に捕まりました。そのあとステラちゃんが二人倒したんですけど、相手の一人が変な武器を持ってて、結局ステラちゃんもやられちゃって」

「変な武器?」


 リヒターに聞き返され、エリンは困った顔で首を傾げた。


「今まで見たことがない、手のひらより一回り大きいくらいの小さい機械で……人の体に押し当てた後に、機械がバチンッって光るとその人が動かなくなるんです」


 初めて見た武器をどう説明していいのか分からないのだろう。代わりにステラが口をひらいた。


「足に当てられたやつですよね。小さい機械に見えたけど、静電気のすごい強いみたいなのが出るんですよ。電気のショックで一瞬体動かなくなって、それで隙ができちゃったの」


 あのときエリンが警告をしてくれたので、どんな機械でなにをやられたのかを見ることができたのだ。あれは刃物や熱による攻撃ではなく、電気による攻撃だった。

 ステラの電気という言葉に、今まで黙って話を聞いていたジュドルも頷いた。


「ああ、多分俺が最初に背中にやられたのもそれだと思う。体が硬直するっていうか、筋肉がひきつるみたいな感じがした。で、やられた場所は火傷したときみたいにヒリヒリ傷んだ」

「そうだね、ヒリヒリする……って、たしかに火傷みたいになってる」


 ステラがレギンスの裾を引き上げてふくらはぎを確認すると、小さく赤い火傷の痕のようなものが残っていた。


「……ローブの奴らは皆殺しだな」

「シン、ぼそっと怖いこと言わないで」


 ステラの傷を見たシルバーが不快感のにじむ声を出した。ステラに触れていなかったら精霊が動きだしていただろう。――もしかしたらリヒターはこれを予測して、ステラにくっつくシルバーを放っておけと言ったのかもしれない。

 そのリヒターはステラの足の傷を見つめ、ふむと顎に手を当てた。


「その傷跡は……ダイアスのスタンガンだね」

「すたんがん?」


 耳慣れない単語にステラは首を傾げる。

 

「王立軍で使ってる電気仕掛けの武器だよ。一瞬だけど、動きだけじゃなくって声を出すのも止められるから、対精霊術士武器とも言われてる――で、かなり高級品」

「軍が使う高級品っていうことは、あんまり流通してない物ですよね?」

「少なくとも工房の職人や船乗りが簡単に手に入れられるようなものじゃない。ダイアスの誰かが用意して渡したんだろうな」

「それは……ダイアスが関与してるって言っているようなものでは」


 一連の暴行も拉致も明らかに犯罪だ。そんなところに武器を提供したのだからダイアス家自体が罪に問われるのではないだろうか。

 だが、シルバーは首を振った。


「実際に武器を使ったのはダイアスの人間じゃないはず」

「そう、いつも『既に流通した製品の不適切な使用事案に関してはこちらが把握する範囲ではない』で逃げられるやつだ。全く忌々しいね」


 つまらなそうに言ったシルバーに、リヒターがわざと厳しい声で応じる。きっとダイアスの誰かのマネなのだろう。口真似ができてしまう程度に、よくあるやり取りなのだ。


「ステラがやられて、皆捕まって、船に運び込まれてしかも火をかけられたと。――どっちか運び込まれた辺りのことは覚えてる?」


 リヒターはそう言ってエリンとステラの顔を交互に見る。

 しかし、ステラはその辺りの記憶がないので首を振ってエリンを見た。だがエリンも同じように首を振っていた。


「捕まった後なにかの薬を飲まされて、眠っちゃったので……起きたときにはもう閉じ込められて火が燃えてました」

「私もそうですね。起きて少ししたらシンとアグレルさんが来ました」

「ふむ、その先の流れは簡単にアグレルくんから聞いているけど、シンはなにか報告しておくことある?」

「ない」

「そう言うだろうと思ったけどね」


 リヒターは苦笑気味に言うと、組んでいた足を崩した。


「――一応僕のほうの話をすると、僕が精霊術士協会で会長と話をしているところにさっきの紺色のローブの彼がやってきて、僕の可愛い娘が船を見学したいってわがままを言って、男同伴で無理やり船内に入ったって教えに来てくれたんだ。出発時間になるのに船に入ったまま出て来ない、船員たちが困っているからどうにかして欲しい、と」

「はあ……別に引きずり出せばいいと思いますけど」


 いくら偉い人の娘だと言っても、船の運行は町の経済や多くの人の仕事に影響する問題なのだからおもねる必要などないではないか。眉をひそめたステラにリヒターが頷く。


「普通はそうだよね。これはだいぶ面白いことを言い出したなと思って、その彼を連れて見に来たら、船着き場は僕の娘じゃなくて正体不明の爆発で大騒ぎになってた」

「ああー……」


 その爆発も『僕の娘』の仕業だが。

 ステラがシルバーに視線を向けると、彼は何の話か分からない、とばかりの表情で可愛らしく首を傾げた。


「爆発が起こったけど被害も原因も確認できないって大騒ぎでさ。サニディンの町長も呼び出されて警備隊総動員で船を調べ始めてね。で、そうこうしているところへアグレルくんが人を殺しそうな顔でやってきた」


 あのときのアグレルの顔は、ステラも『人を殺さんばかりの顔』だと思ったが、やはり他の人から見てもそういう顔だったらしい。本当に取り押さえられなくてよかった。


「それで焦ったのは犯人側の人々だ。ユークレースの娘のせいで船が運行できないっていうお芝居をしようと思っていたのに。うまくいけば、横領の件も有耶無耶にできるかもしれないって思ってたんだろうな」


 しかし現実は、謎の爆発が起きた上に閉じ込めたはずの相手が出てきてしまった。しかも実は人違いだったのだ。


「って、ここの所長があんなに落ち着きなかったのは、犯人だから?」


 娘を拉致したはずなのに、そもそも娘が存在していないと聞かされたらそれは焦るだろう。

 ――だが、横領の犯人で、この件を有耶無耶にしたかったのは精霊術士協会の人間ではなかったのか。

 船舶の管理事務所の所長が精霊術士協会の資金を横領??

 ステラの頭の中で人間関係の相関図が大混乱を起こしている。


「そう。ついでに、僕を呼びに来た精霊術士協会の彼もチラチラと所長を見ていた」

「あ、……それを確認するために、娘が死んだなんて演技をしたんですね」

「御名答。だいたい予想はついてたけど一応確認しておきたくて」


 あの演技は野次馬の人々の同情を誘うためなのかと思っていたが、容疑者の反応を伺うためのものだったらしい。

 だが、この部屋の中にも騙されていた人間がいた。

 ジュドルとエリンがぽかんとした顔でリヒターを見つめた。


「演技……?」

「え、……娘さんは亡くなっていないんですか?」

「まあ色々理由があって、病弱な娘がいるっていう設定だったんだ、去年まで」

「設定……?」


 呆然とつぶやくエリンの横で、ジュドルが「同情して損した」と顔をしかめた。

 一方のステラは『病弱な娘』という単語に引っかかりを感じて記憶を探っていた。


(ものすごく最近、どこかで聞いたような……)


「あ! そういえば、倉庫でローブの奴に『病弱なはずじゃなかったのか』みたいなことを言われました」


 それまで大人しく従い、縛られていたはずのステラが突然反撃を始めたことに驚いたローブの一人が、確かそんなようなことを言っていた。

 病弱で普段家に籠もりきりの少女ならば、あんなふうに倉庫に連れ込まれ、ローブの男たちに囲まれたら怯えて抗うことすらできない――と考えても無理はないかもしれない。ならば、あのゆるい縄の結び方や遅すぎるさるぐつわなどの杜撰なやり方も、まあ理解できる。


「今回の件は多分、病弱な姉と健康な弟っていう情報を持っていた誰かが、ステラとシンを見て姉弟だと勘違いしたんだろう」

「姉弟って、どう考えても見た目が違うのに……」


 髪色が一緒のアグレルと兄妹だと思われるならば分かるが、ステラがこんなキラキラしい一族の一員である訳がないではないか。


「はは、人は自分の見たいように世界を見るものさ。犯人は工房がユークレースの味方についたことで焦ったんだろう。だから、手っ取り早くユークレースにとって不都合な問題をでっち上げようとした。――でも、僕になにか仕掛けるよりも子供を狙うほうが安全かもしれない。そしてどうせなら病弱な女の子のほうがいい。だから僕たちと一緒にいる女の子を見て、『これは娘だ!』って勘違いしたんだろう」


 犯人は工房がユークレースを敵視することを狙っていたのに、逆に味方になってしまった。このままでは犯人の計画が失敗してしまう。

 だから焦った犯人は、ユークレースに対し反感を抱かせようと考え、ユークレースの名前で問題を起こすために急ごしらえの拉致計画を企てた。


 そのために、どうやらリヒターの娘と親交があるらしいジュドルを人質にして娘を呼び出し、二人を拉致して船に閉じ込めた――。


「私が巻き込まれた理由は分かりました……でも、腑に落ちないんですけど」

「おや、どの辺りだい?」


 どの辺りと言われても。

 リヒターに聞き返されてステラは首を傾げる。

 いくら考えても矛盾点が多すぎるのだ。


「……もしかして、犯人って複数勢力あります?」

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