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49. 『だけ』とは言ってない

 ステラたち船から出てきた五人とリヒターの全員が応接室に入ったところで、リヒターがシルバーに視線を向けた。


「じゃあ我が息子くん――」

「部屋の中の音を遮断して」


 リヒターが口を開くのとほとんど同時に、シルバーが精霊術を使った。前に食堂でやったのと同じ、音を通さない結界である。

 リヒターはここで内密な話をしたいらしい。


「さすが。シンは説明しなくてもいい具合に動いてくれるから助かるよ」

「いい具合に動くから、その代わりあとで所長の首ぶった切ってもいいよね?」

「うーん残念だけどそれは許可できない。僕もそうしたいところだけど、一応法律ってものがあるからね」


 にこにこと笑顔で交わされる親子の会話が不穏すぎて他のメンツの顔がひきつる。


「……所長ってあの、眼鏡の落ち着きのない人? あの人がなにかしたんですか?」

「ステラの拉致はあいつの指示だよ」

「え?」


 眉根を寄せたシルバーが吐き捨てるように言う。

 所長の指示と言われても、ステラは彼を知らない。


(あ、リヒターさんの娘と間違えられたんだっけ)


 きっとリヒターと一緒に行動していたので娘だと思われたのだろう。それは理解できるが――。


「それって、あの人がリヒターさんの娘を拉致しようとしたってことですか?」


 ユークレースの傘下にあるも同然の町の、船着き場の事務所長がユークレースの中枢に近い人物の娘を拉致して殺害しようとした。

 ――そういえば、つい最近似たような話を聞いた。精霊術士協会の協会長の娘も、殺害はされていない(と思いたい)ものの、やはり連れ去られている。と、いうことは。


「……ダイアスが所長を唆したってことですか?」

「たぶんね。そのへんを明らかにするためにも話を整理しようか――工房のお嬢さんにも言い分があるだろうしね」


 まあ皆座ってよ、と自分も椅子に腰掛けながらリヒターが言うと、真っ先にアグレルが座り心地の良さそうな椅子に陣取って目をつむった。――船酔いの余韻でまだ気持ちが悪いらしい。


「ジュドルくんは無理せず、ソファで横になってていいよ」

「いえ、さっき少しめまいがしただけで、今はなんともないので」

「ふむ。簡単な事情はさっきアグレルくんから聞いたけど、さすが治癒魔術だね……じゃあ、まずジュドルくんが認識している範囲でなにが起こったのか教えてくれるかな。体が辛くなったら言ってね」


 ジュドルが恐る恐るソファに腰掛け、エリンもためらいながらその隣に座る。

 そのソファは三人掛けで、残りは一人掛けのソファが一つしかない。どう考えてもシルバーはエリンの隣には座らないと思われるので、ステラが座る場所は三人掛けの端っこだ。

 ――だが。


「ステラはここ」


 シルバーに腕を引っ張られ、一人掛けのソファに無理やり座らせられる。

 そのシルバーはどこに座るのかというと、以前ステラが泣きじゃくるリシアにやったように、肘置きに腰掛けて軽く寄りかかってきた。


「これじゃあシンがちゃんと座れないじゃん」

「いいから座ってて。ステラは怪我してる」

「別にたいしたことないよ」


 本当はあちこちヒリヒリするし、殴られて瘤ができている頭も、どこかでぶつけたらしい足もズキズキと痛むが、我慢できないほどではない。――それよりも、地面に倒れたり火で炙られたりしたせいで煤けて薄汚れた状態であるほうが辛い。


「ステラ、シンは君にくっついていたいだけだから放っておいていいよ」

「うう……はい」


 リヒターが息子に「離れなさい」と言ってくれるのではないかと少しだけ期待したのだが、笑顔で裏切られてしまった。

 父親の援護を得たシルバーが心なしか満足げな顔をしているので、ステラは『恋する相手の前では身ぎれいにしておきたい』というなけなしの乙女心を無理やりねじ伏せて頷いた。


「で、ジュドルくん、どうぞ」

「……あー……えーと、認識している範囲っつても」


 ステラとシルバーのやりとりを死んだような目で眺めていたジュドルがリヒターの声でハッとして、ガシガシと自分の頭を掻いた。


「俺もなにが起こったのかよく分かってないんすよ……」


 ジュドルはエリンに、『船に積む荷物が手違いで別の場所に運ばれたから、運び直すための人手がいる』と言われ、一人で指定された倉庫へ向かった。

 倉庫の入り口には船乗りの格好をした男が一人いて、荷運びの手伝いに来たと伝えると「話は聞いている」と、すんなり通してくれた。

 しかし――荷物を運び出すはずなのに、その倉庫の中は薄暗かった。そのくせ内部に人がいる気配はする。

 これはおかしい、と思ったところで背中に強い衝撃を感じた。


「殴られたのとは違う感じでしたね。一瞬体が動かなくなって……で、その隙にローブを着た連中に押さえ込まれて、倉庫の奥まで引きずっていかれて、その先は、まあ……」


 そこでジュドルは躊躇いがちに言葉を切った。

 その先は、殴られ、腕を傷つけられ、なのだろう。


「なんでそんなことすんのか、特に何の説明もなかったっす。相手は顔も隠してたし、声もほとんど出さなかったし」


 「声も」のところで瞳に影が落ちた。

 ジュドルの腕を傷つけた人物は、工房の人間だ。ステラも相手の声や動きで気付いたくらいなのだから、ジュドルだって当然気付いたはずである。


「……あとは、ついさっき目が覚めるまでずっと気を失ってた、んだと思います」


 エリンに嘘の用事で倉庫に誘い出され、訳も分からず暴行を受けた。

 ジュドルは口にしなかったが、暴行犯の内少なくとも一人は工房の仲間だ。

 それが彼の知っている全てだった。


「なるほど。――じゃあ次はエリンさん。なぜジュドルくんとステラを呼び出して、そして君自身も閉じ込められたのか」


 名指しされたエリンは体を硬くした後、静かに深呼吸をした。


「……工房の同期の奴に、ジュドルをからかってやろうって誘われたんです。ジュドルを倉庫に呼び出して、事故に見せかけて一人で閉じ込めて、怖がらせてやろうって」

「倉庫を使って事故に見せかけてっていうのは、からかうにしてはやりすぎだと思うんだけど」


 自分の膝に頬杖をついたシルバーが言葉を挟む。

 それに対してエリンも小さく頷いた。


「……ジュドルは若手の細工師として注目株なの。それで、ジュドルよりも前から工房にいる連中……私、も含めて、なかなか芽の出ない奴らからすると、羨ましくて、正直妬ましかったんです。――やりすぎだとも思ったけど、……ちょっとひどい目に遭えばいいっていう気持ちもどこかにあったんです」


 隣のジュドルを気にしながらエリンが消え入るような声で話す。

 きっと以前からそういう周りの気持ちを知っていたのだろう。ジュドルはそれに対して特になにも言わず、じっと足元を見つめていた。

 そのジュドルの様子にエリンは少し悲しげに眉を下げ、言葉を続ける。


「同期に言われた通りにジュドルに倉庫へ行くよう伝えて、私も後ろからついていきました。シルバーくんの言う通り、人のいない倉庫で本当に事故があったら大変だし。――だけど、いざ倉庫について中を覗いたらジュドルが……変なローブの連中に押さえつけられてたんです」



***



 「この人達は誰? 閉じ込めるだけじゃないの?」というエリンの問いに、同期の男は「閉じ込める『だけ』とは言ってない」と返した。

 その言葉が含んだ不穏な響きと、ジュドルを押さえつけているローブの者たちの乱暴な手つきに嫌なものを感じ、エリンは慌てて止めに入ろうとした。

 ――しかし、それは叶わなかった。彼女は入り口にいた船乗りの制服を着た男に、倉庫から引きずり出されてしまったのだ。

 その男は、抵抗するエリンに耳打ちをした。


「リヒター・ユークレースの娘を連れてこい」

「リ、リヒターさんの娘……?」

「工房に来ていただろう? あのピンクの髪の女だ」

「でもステラちゃんは……」


 彼女はジュドルと同じ辺境の村の出身で、リヒターの娘ではないはずだ。だが、エリンは他にピンクの髪の娘など心当たりがない。

 もしかして、なにか事情があって娘であることを隠していたのだろうか。


「余計なことは言うな。お前には監視をつけるから、通報したり助けを求めたりすればその時点であの男の腕を潰す」

「……!? なんで、そんなっ」

「あの男の左腕を潰すのが、お前のお友達の望みだからな」


 ニヤリと笑った船乗りの言葉にエリンは気が遠くなりかけた。

 ジュドルの利き手である左腕を潰す。職人としての生命を断つのが希望?

 同じ工房の、仲間だと思っていたのに。


「だがこちらは、潰す部位にも生死にもこだわりがないんだ。――リヒターの娘はあの男と親しいようだから、もし娘がグズグズ言うようなら『ジュドルの命が危ない』と囁いて連れてこい。だが、それ以上の情報は与えるな。娘が騒いだり、お前が逃げ出したりしたらあの男は殺す」


 殺す?

 エリンはどこか遠い世界の出来事のような気持ちで船乗りを見つめた。だが、この男の目は――平気で人を殺せる人間の目だ。

 

「あ……あの子を連れてきたら、ジュドルは助かるの?」

「そうだな」


 ステラを連れてきたら、きっとステラが危険にさらされる。

 だが彼女が本当にリヒターの娘ならば、ユークレースがどうにかしてくれるのではないだろうか。


(そう、だからきっと、ステラちゃんなら大丈夫)


 何の根拠もないが、そう思い込むことにした。

 それに、エリンだって職人の端くれだ。自分より優れた才能が、これからもっと素晴らしいものを作り上げるであろうその腕が、永遠に失われることなど認められない。


「……分かった。だから、ジュドルに手を出さないで」


 エリンの言葉に、船乗りは答えずに口角を引き上げた。

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