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46. 身分証

 船室を出て船内を歩いている間、誰とも会うことなくすんなりと上甲板に続く出入口までたどり着くことができた。

 部外者ばかりで、しかも一人は血まみれという異様な一団であるため、途中で誰かに出会ったら相当騒がれるだろうな……と覚悟していたステラは肩透かしを食らった気分でドアにはめ込まれた丸い窓を覗き込んで上甲板の様子を覗った。


「……なんだか雰囲気がおかしくない?」


 船内の通路には誰もいなかったというのに、一転して上甲板には何人もの人間が張り詰めた表情で行き来しており、妙なざわめきに包まれている。

 硬い表情の彼らは、船乗りというよりも兵士を思わせる服装に身を包んでいて、まるで事故現場の調査のような物々しい雰囲気が漂っていた。


「近くで爆発があったからね」


 外を見つめるステラの疑問に、さらりとシルバーが答える。


「……爆発……?」

「そう。船のすぐ脇で爆発があった」

「脇? ええと、船とか船着き場の施設とかが爆発したわけじゃなくて?」

「被害はないはずだけど、原因不明だから調査が大変だろうね」

「原因不明」

「うん、原因不明」


 きっぱりと原因不明と言い切るということは、シルバーは『調べても原因が分からない』ということを知っているということになる。

 それに、被害はないはず、という言い方もおかしい。

 先程のため息の理由はもしや――と、ステラがちらっとアグレルに視線を向けると、彼は億劫そうに口を開いた。


「……入り口の警備の注意をそらすためにシルバーが精霊術を使って水上で爆発を起こした。私たちはその混乱に乗じて船内に入り込んだんだ」

「正しくは圧縮した空気の塊を水面近くで破裂させただけだよ。なるべく派手な音を出して、爆発っぽく見えるようにね」


 しれっと説明を付け足したシルバーを見て、アグレルは眉間にシワを寄せた。


「精霊の追跡でステラ・リンドグレンが船内にいるのは明らかだったんだから、精霊術士協会やリヒターの名前を利用して適当な説明をして入ればよかったというのに、こいつは『そんな面倒なことしてられない』と言って大騒ぎを起こしやがった」

「遅くなってたらもっと火が回ってた。結果的に急いでよかったわけだし、それに小規模な騒ぎですぐ解決したら船内にいる間に出港してたかもしれないだろ」

「それはそうだが……」


 シルバーたちが到着した時点で船の出港時間が迫っていたらしい。

 個人所有の船と違って、関係する組織の多い大型船の出港時間をずらすというのはそう簡単にはできない。それこそ、事故でも起きなければ。

 船室内の火の勢いやジュドルの怪我の状態を考えれば一刻も早い救出が必要だったし、派手でありながらもどこにも被害が及ばない安全な爆発、というのは最善に近い選択だったのかもしれない。だが。


「……そんな騒ぎが起きてるところに、船内から部外者が出てきたら大注目どころじゃないんじゃ……?」


 事故か、攻撃かと気が立っている人々の前にふらりと出ていくなど、疑ってくださいと言わんばかりの行動だ。とりあえず牢屋に連行となってもおかしくない。

 しかし、シルバーは涼しい顔のまま扉に手をかけた。


「ステラは被害者なんだから堂々としてなよ。爆発だって犯人がステラを狙わなければ起きなかったんだよ。つまり爆発は犯人が起こした」

「待って待って、それはさすがに暴論でしょ」


 確かにステラは被害者だが、爆発まで犯人のせいというのは無理がある。

 犯人の目星がついていて目的が分かっていれば対処のしようもあるかもしれないが、残念ながらステラには自分がなぜ狙われたのか全く分からない。

 今甲板にいる人々に、突然監禁されて火をかけられたのだと訴えたところで、証拠といえば何故か扉が消失して床に焦げ跡が残った船室と手足を縛っていた縄だけなのである。

 犯人の手先となって動いていたエリンも肝心の正体を知らないようだし、有力な手がかりとなる情報も、証拠品もなにもないのだ。

 それに加え、こちらは――傷ひとつないのに何故か血まみれで意識を失っている――ジュドルを連れている。治癒魔術のことを話すわけにもいかないので、傷がない理由をうまく説明できない。

  この状況で堂々と被害者だと主張するには、かなり控えめに言っても怪しすぎるし無理がある。最悪、爆発も含めて自作自演で騒ぎを起こしたと思われてしまうかもしれない。


「いつまでもここにいるわけにいかないよ。ジュドルだって、回復したようにみえても念のため医者に診せたほうがいいだろうし」

「それは……そうだけど」


 確かにシルバーの言うとおりである。ここでもたもたしていてもいずれ兵士たちはここにやってくるだろうし、まだ目を覚ましていないジュドルのことも心配だ。


「……最終的にリヒターが手を回してなんとかするだろ」

「……そうですね」


 投げやりなアグレルの言葉に、ステラは同じく投げやりに頷いた。



***



「動くな!」


 ――そして案の定、扉を開いた途端に剣を構えた兵士たちによってあっという間に囲まれてしまった。


(……こうなることは知ってた)


 さすがに問答無用で打ち倒されることはないだろうが、こんな自他共に認める怪しい集団はどう甘く見積もっても捕縛されるのがオチだ。

 それでもこちらは被害者で、それに兵士たちと敵対するつもりもないので、どこに連行されるとしてもあまり相手を刺激せずに大人しくしていれば問題はないはずである。それに、うまくいけば早い段階でリヒターと連絡を取ることもできるだろう。


「口を開いたら敵意があると判断し、即座に攻撃する。これ以降、こちらの質問には首肯もしくは単語のみで回答願う」


 兵士の一人が、多分定型句なのであろう警告を口にする。口を開くのを制限するのは精霊術を警戒しているからだ。シルバーほどの能力がない限りは、この至近距離ならば呪文を唱えきるよりも斬りかかるほうが早い。

 ステラたちは抵抗するつもりがないことを示すために頷いた。


 ――だが、そんなやりとりを無視して普通に口を開いたのはシルバーだった。


「聴取は後にしてもらえませんか」

「なんだと?」

「怪我人がいるので、通していただきたい」


 彼はまっすぐに兵士を見つめ、丁寧ではあるがやや強い口調でそう言った。


「……けが人に関しては申し訳ないが、こちらも不審者を見逃すわけにはいかない。この船は今、爆発の原因調査のために乗組員は全員下船しているはずだ。君たちはいつ、どこから入った?」


 他の兵士から一歩引いたところにいる一番壮年の男が、返事をしながらシルバーに刺すような鋭い視線を向けた。どうやら彼が隊長に当たる人物のようだ。


「そちらの捜査を妨害するつもりはありませんが、今は急いでいます。不正な取引に関してユークレースの権限で調査していたところ、協力者が何者かに拉致されて、この船の中に監禁され火をかけられたんです。――こちらの協力者が、いつ、どこから連れ込まれたのかについては、こちらが警備の方に聞きたいところですが……」


 まったく淀みなくすらすらと言い切ったシルバーは、そこで言葉を切って薄く微笑みを浮かべた。恐ろしく顔が整っているシルバーがそういう表情をすると、酷薄な印象が強くなる。

 あのユークレースの……と少し怯んだところに、さらに警備の怠慢を指摘された形の兵士たちはそのシルバーの微笑みを直視できなかったらしく、皆気まずそうに視線を泳がせた。


「――ですので、早急に治療を受けさせたいので聴取は後にしていただけませんか。……ああ、ここに連れている全員の身分は私が保証しますのでご心配なく」


 そう言って、シルバーは首にかけていた革紐を引っ張り出した。その紐に通されていたのは濃い青の宝石の嵌った指輪だった。

 彼はそれを片手で無造作に首から外し、隊長と思われる人物に向かって放った。

 キラリと光を反射しながら放物線を描いた指輪は、慌てて手を伸ばした隊長の手のひらの中にかろうじて収まる。そして自分の手の中を確認した彼は、さっと顔色を変えて背筋を伸ばした。


「こ……れは……、確かに、ユークレースの身分証ですね」

「では、ここを通していただいていいですか」

「は、はい……ああいや、あの――火をかけられたとおっしゃいましたが、もしや先刻の爆発と関係が?」


 一気に態度を変えた隊長はすぐに引き下がる――かと思いきや、爆発の単語を口にしてステラたちの顔に視線を走らせた。こちらの反応を見るつもりなのだろう。

 しかし、シルバーは隊長のほうへと一歩前に出て、少しだけ声を潜めた。


「爆発との関連は分かりませんが……彼らが監禁されていた場所は下の貨物室の一室です。炎はすでに鎮火させましたが、犯人は油まで撒いていましたから、この船を炎上させるつもりだったのかもしれませんね。他の船室にも爆発物などがないか、徹底的に調べたほうがいいかもしれません」


 しれっと遠回しに爆発の責任を犯人に押し付けたシルバーは、沈痛な面持ちでゆるく頭を振る。それはまるで、まだ犯人が潜んでいることを警戒しているかのような態度にも見える。


「ええ、おっしゃるとおりですね……すぐに調査に入ります」

「お願いします。私たちは精霊術士協会のほうへ向かいますので、なにかあればリヒター・ユークレースに申し付けてください」

「了解しました」


 にこりと微笑んだシルバーに向かって、ぴしっと敬礼をした隊長はすぐに兵士たちに指示を飛ばし、調査へと戻っていった。


「さて、行こうか。いい加減ジュドルが重いし」

「う、うん……」


 さっさと歩き出してしまったシルバーを、他の三人は一瞬顔を見合わせた後慌てて追いかけた。

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