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45. お姫様抱っこで

 目を開けていられないくらいのまばゆい光が狭い部屋の中を満たした。

 あまりの眩しさに手で目を覆いたくなるが、虫かごを開いている手が魔力の流れ出す勢いでブレるのをもう片手で押さえているせいで、両手ともふさがってしまっている。そのため、まぶたを固く閉じてひたすら耐えるしかなかった。

 ギュッと目をつむったまま、数十秒間ほど経っただろうか。――ゆっくりと光が収束し始め、やがて元の薄暗さが戻ってくる。

 ステラは恐る恐るまぶたを持ち上げた。


「目……目がチカチカする……」


 光の残像が残って視界がぼやける。それでも数回まばたきを繰り返すうちに、ぼんやりと周囲の様子が見えるようになった。

 ステラと同じように顔をしかめてまばたきをしているアグレルと、横たわっているジュドルが見える。

 だが、ジュドルの体の下にあったはずの、先程まで光を放っていた魔方陣は跡形もなく消えていた。


「……?」


 魔術は成功したのだろうか。

 ステラはジュドルの脇にしゃがみこみ、一瞬ためらったものの、止血のために巻かれた布を外し始めた。

 血を吸って重くなった布を取り去った下はやはり赤く染まっていて――しかし、傷跡は見当たらなかった。

 確かに深く切り裂かれていたはずの場所を試しに指でつついてみると、暖かで弾力のある皮膚の感触が指先に返ってくる。

 つぅ、と指を滑らせても傷跡や凹凸などもなく、まるでもともと傷などなかったかのように完璧にふさがっていた。


「……っ……」


 ステラの指がくすぐったかったのか、ジュドルがわずかに声を上げた。

 先程まで浅い呼吸を繰り返していたが、それも少しずつゆっくりと穏やかになってきている。


「ちゃんと、治ってる……」


 ただ、確認できるのは傷がふさがっているということだけなので、痛みがないのか、元通り動かせるのかというのはジュドルが目を覚ましてから確認しないといけない。それでも、これ以上血が流れることも、命の危険もないのだ。


「アグレルさん、すごいね!」


 ステラが喜びに染まった明るい声をあげながらアグレルを見て――そして目を見開いた。


「って、アグレルさん!?」


 今度はアグレルが青い顔をして床に手をついていた。顔色が悪く、眉間にシワが寄っていつもよりも更に目つきが険しくなっている。

 魔力は虫かごから供給したので術者の負担はないはずだが、術を制御する人間はより多くの負担がかかってしまうのかもしれない。


(それか、足りなかった魔力をアグレルさんが負担したのかも……)


「だ、大丈夫ですか? もしかして魔力が」

「違う、問題ない」


 ステラの言葉を遮って、アグレルが雑な動きで無視を払うように手を振る。だがどう見ても問題のない顔色ではない。


 ステラを呼び出すために捕まったジュドルが怪我をして、そのジュドルの怪我を治すためにアグレルの生命力を使わせてしまった――。


 ジュドルに対しては個人的な恨みを抱いていた者がいたようだが、アグレルは本当に、純粋に無関係な人間だ。なのに生命力という大きすぎる犠牲を払わせてしまった。

 血の気が引いたステラの、頭の上にぽんと誰かの手が置かれた。そのままぐりぐりと撫でられる、


「……シン?」


 見上げると、入口で外を見張っていたシルバーがステラのそばに戻ってきていた。


「アグレルは船酔い」

「え」


 ステラはシルバーの言葉に目をパチクリとさせる。

 その様子にシルバーは少しだけ笑った。


「我慢してたみたいだけど、最初から調子悪そうだったし。術の制御で神経使ったから限界が来たんだよ」

「ええっ、本当に? 魔力の負担があったんじゃなくて?」


 ステラの戸惑いの視線を受けたアグレルが、顔をしかめてだるそうに口を開いた。


「……だから違うと言っているだろう。負担などなかった。……もともと、貯めた魔力で足りなければそこで術を止めるつもりだったからな」


 言われてみれば、アグレルは馬車に乗っていたときと同じような顔をしている。

 どうやら術を止めるタイミングを見誤らないように集中していたことが原因で船酔いがひどくなってしまったらしい。あんなに一気に魔力を吸う術ならば、相当な集中が必要だったのだろう。

 ほっと息を吐いたステラの隣に、寄り添うようにシルバーがしゃがみこんだ。そして自分の膝に頬杖をつくと、アグレルの顔を覗きこんで楽しそうに目を細めた。


「可哀想だから外まで運んであげようか。お姫様抱っこで」

「……死ね」

「まあ、運ぶのは怪我人が優先だから、アグレルは我慢して自分で歩いてね」

「マジで死ね」


 仲がいいと言えるのかは微妙なところであるが、冗談を言う程度にはシルバーもアグレルに気を許したらしい。


「……怪我人を優先っていうことは、ジュドをお姫様抱っこするの?」

「アグレルよりも重たそうだから普通に担ぐよ。横抱きは安定しなくて危ないし」

「そう……そっか……」


 それなりに体格のいい男をお姫様抱っこする美少年の図――を、一瞬想像したのだが、それが見られないことに少しだけがっかりしながらジュドルに目を戻す。

 彼は先程よりももっと顔色が良くなっていて、呼吸も穏やかに落ち着いていた。治癒魔術の効果はてきめんだったようだ。


「とりあえず外に出よう。万が一船が動き出したら面倒だし」


 そう言いながら、シルバーは軽々とジュドルの体を担ぎ上げた。そして、どうせ動かないけど、と妙にはっきりと言い添える。

 なにか根拠があるのだろうか……と、ステラが首を傾げた横で、何故かアグレルが深い溜め息を落としていた。

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