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44. 編み直す者

長くなりすぎて分割したので短めです_(:3ゝ∠)_

「……見られたらまずいような怪しいことをする気?」


 アグレルの言葉に、シルバーは不信感を隠そうともせず顔をしかめた。

 ステラの見たところ、ジュドルの怪我はすでにアグレルの手で簡単な応急処置をされている。仮にアグレルに高度な医術の知識があったところで、薬も道具もないここでこれ以上の処置に時間を取るよりも、僅かでも早く運び出したほうがいいのではないだろうか。


「怪しくはないが見られるのはまずい」


 アグレルはそう言いながら、床に転がっていたチョークを拾い上げた。積荷の木箱に文字を書くためのもののようだ。

 なにをするのだろう、とステラたちが見ている前で、アグレルは床板に直接大きく円を描いた。


「治癒魔術を使う。余計な人間に見られたくない」


 その言葉にシルバーは一瞬目を丸くしたあと、眉をひそめて小さく首を傾げた。

 

「治癒魔術って言っても魔力は……精霊の魔力を?」


 魔術は魔力――つまり術者の生命力を消費する。

 特に治癒魔術は魔力消費が激しく、人の傷を治療するために術者が魔力を使い果たして死んだ、などという笑えない話が伝わっているくらいに危険を伴う。そのため治癒魔術というものは、『存在はするものの、誰も使わない』というある意味禁術のようなものなのである。

 ――だが、クリノクロアの人間には精霊から分けてもらった魔力がある。自分の魔力ではなく、虫かごに貯めておいた魔力を消費して魔術を使える……ということらしい。

 アグレルは、ステラの父を救うために貯めていた大量の魔力を、ジュドルの治療に使うつもりなのだ。


「魔力の外部供給はうちの一族の特権だからな。だから関係者以外に見られたくない」


 そこでアグレルはシルバーをギロリと睨んだ。


「……扉があれば閉めるだけで良かったんだ。なのに、どっかの馬鹿がまるごと粉砕したせいで閉められないからな。責任を取れ」

「え、粉砕……?」


 日常ではあまり聞くことのない単語に、ステラは聞き間違いかもしれないと思いつつ改めて出入口を見た。――そこには通常ならばあるべき戸板がなく、扉の枠と蝶番だけが残っていた。

 どうやら、先程ステラが聞いたギャシャンだかビシャンだかという奇妙な音は、シルバーが精霊術で扉を消し飛ばした音だったらしい。

 ステラがちらっとシルバーを見ると、彼はすました顔で肩をすくめた。


「扉の強度に問題があったんだよ」

「問題があったのは強度じゃなくてお前の頭だ馬鹿。俺は鍵を壊せと言ったのに、扉ごと消し飛ばす馬鹿がどこにいる」


(……アグレルさんの言葉遣いが乱れておられる……)


 彼はシルバーに対して相当イライラしているらしく、一人称まで変わっていた。

 シルバーは口をへの字に曲げて不満そのものという顔をしていたが、しぶしぶステラから離れ、戸板が消えてしまった出入口へ行くと、壁にもたれかかった。


「もちろん、治癒魔術を使ったところでどこまで回復するかは分からん。だがやらないよりはましだろ。この傷だと医者に診せても元の通りに回復するとは思えないしな」


 アグレルはフン、と鼻を鳴らして床に描いた円の中に模様を書き込み始めた。

 魔術、それも治癒魔術など普通はまず使うことなどないはずだが、その模様――魔方陣を描く彼の手の動きに迷いはなかった。


「……アグレルさん、魔方陣を暗記してるんですか?」

「単純な図のものは覚えている。特に治癒魔術は魔力消費が大きいだけで術式は単純なんだ。……ステラ・リンドグレン。間違いなく俺のストックしている魔力だけだと足りないからお前も提供しろ」


 確かに完成した魔方陣は単純な丸と直線で構成されていて、下のほうに文字のような模様が少しだけ並んでいる。これならばステラもすぐ覚えられそうだ――使うと魔力を使い尽くして死ぬかもしれないので気軽には使えないが。


「もちろん手伝います。でもどうしたらいいの?」

「術は俺が制御するから魔方陣にはさわるな。お前はそこで虫かごを開いて、魔力を魔方陣に流し込むイメージをするだけでいい」

「分かりました」


 アグレルはジュドルの体を引きずって移動させ、描き終わった魔方陣の上に横たえた。

 ジュドルは意識がない状態だが呼吸が浅く、額に脂汗が浮かんでいた。彼の衣服の様子を見るに、だいぶ出血していたらしい。

 ステラは自分の服の袖でジュドルの額に浮かぶ汗を拭いた。


(ジュドが私のせいで巻き込まれたにしても、ここまで執拗に利き手ばかり狙ったってことは、ジュドの職人としての生命を奪うつもりだったんだろうな……)


 あのときステラが倉庫で突き飛ばした、ナイフを振り上げていた男の体つきや、漏らした声には覚えがあった。見学させてもらったときに工房にいた職人の一人だ。

 あの大きな工房の職人の中でもジュドルは若いほうだ。工房を代表する作品の一つを任されたのだから、きっと嫉妬などもあっただろう。


(だからって……同じ職人なのに、なんでこんな事ができるの? ジュドは才能があるかもしれないけど、それだけじゃなくて人一倍努力してるってのはそばで見てたら分かるでしょ……。そういうのも気に入らなかったってこと?)


 ギリ……と歯を噛みしめる。

 横にいたエリンがそのステラの様子に気付いて、責められているように感じたのか、真っ青な顔色のまま視線を床に落とした。

 だが、エリンはジュドルの腕を潰すと言われてステラを犠牲にすることを選んだ。それが正しい選択だったかということはさておき、ジュドルを守ろうとした彼女を責めるつもりなどまったくない。


「始める。ステラ・リンドグレン、虫かごを開け」

「! はい」


 魔方陣の上に手をおいたアグレルの言葉でステラは思考から引き戻された。

 ステラはすぐに手を伸ばし、開け、と念じる。


(みんな、魔方陣に向かっていって)


 その思考に応えるように、手のひらの上に開いた空間の切れ目から、ひやりとした空気をまとった何匹もの黒い蝶がひらひらと舞い出てくる。

 彼らはふわふわと不安定な軌道を描きながらも、迷うことなく魔方陣に向かって降りてゆく。そして、魔方陣に触れた端から、まるで水にたらされたインクがにじんで溶けてゆくように、次々と空気の中に消えていってしまう。

 ――そして、黒い蝶が一匹二匹と消えていくたび、逆に魔方陣は少しずつ光を増していった。魔術の原理はよく分からないが、きっと魔力が充填されている証拠だろう。

 しかし、今のところジュドルの苦しそうに歪んだ表情に変化はなく、傷が癒えているようには見えない。


(もしや、失敗……?)


 ステラがそんな疑念を抱き始めたところで、今まで黙っていたアグレルが口を開いた。


「励起せよ。其は切れた糸をつなぎ、編み直す者」


 その呪文が終わると同時に、光をたたえていた魔方陣がフッと暗くなった。


「……?」


 あれ? とステラが首を傾げた、次の瞬間。

 暗くなったはずの魔方陣が突如先程までとは比べ物にならないほどの強い光を放ち、そしてステラとアグレルの虫かごから、魔力が奔流のように一気に流れ出し始めた。


「う、わ……!」

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