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42. 血の匂い

 真っ青な顔色のエリンに手を引かれて、たどり着いたのは川沿いの倉庫が並ぶ区画だった。ここからは倉庫が邪魔で見えないが、この向こう側に昨日眺めた大型船が停泊しているはずだ。

 強く握られすぎた手首は血が通わず、軽くしびれて冷たくなってきている。だが、それよりもエリンの手のほうが冷たく冷え切っていた。


 呑気に果実水を飲んでいたステラのもとに現れたエリンが、震える声で「なにも言わずについてきてほしい」と勢いよく頭を下げてから、二十分ほど歩いただろうか。

 屋台に現れたときから歩いている間も、ずっとエリンの視線がキョドキョドと周囲を窺っているので、恐らく近くでステラたちを見張っている者がいるのだ。

 エリンはその見張っている『誰か』に脅されてステラを攫いに来たのだろう。そしてその行き先は、船に積む荷を置くための倉庫。


(大型船は今日出港だから、きっと荷を積むのはもう終わってるはず。それなら倉庫には人が出入りしない可能性が高い……ってことは監禁目的?)


 エリンにあまりにも必死な表情で「なにも言わず」と言われてしまったので宿に伝言を残すこともできなかった。せめてもの抵抗に、屋台の店主へコップを返却する際、銀貨といつも身につけているヘアピンを押し付けてきた。店主にこちらの意図が伝わっていれば、探しに来たシルバーたちにヘアピンを渡してくれるだろう。

 愛用品さえあれば、シルバーやリヒターなら精霊術で追跡ができるはずである。あの屋台にはシルバーと一緒に行ったことがあるし、店主は小さくうなずいてくれたので分かってくれていると思いたい。


(犯人の候補は……ユークレースのご親戚、精霊術士協会の横領実行犯、それとダイアス家あたり?……でも、何で私なんだろう)


 ユークレースの親戚の目的はステラにはよく分からないのでなんとも言えないが、少なくとも精霊術士協会とダイアスにとってステラなど完全にイレギュラーな存在だろうし、ステラが誰で、何のためにリヒターたちと一緒にいるのかすら分からないはずだ。そんな人物をわざわざ狙って連れ去る理由がイマイチ分からない。


「……ごめんね、ごめんねステラちゃん……」


 立ち並ぶ中でもひときわ古びた外観の倉庫の前で足を止めたエリンが、小さな独り言のように囁く。同時に手首をつかむ力も少し緩んだ。


「――言われた通り連れてきたよ」


 エリンが声をかけると、内側から重い音とともに扉が開かれた。

 扉を開けたのはローブを纏って、フードを深くかぶった人物だった。体格からして男だろう。口元は布で覆い、目だけが覗いているという徹底ぶりである。

 男は声を発することなく、首の動きだけで中に入るよう示した。


(……血の匂いがする)


 中に足を踏み入れた瞬間、微かに血の匂いを感じてステラは眉をひそめた。入ってきた扉はすぐに閉められてしまい、こもった温かい空気のせいでなおさら匂いを強く感じる。


「ねえ……この匂い、なに……?」


 エリンも少し遅れて匂いに気づいたらしく、ローブの男を振り返った。彼女の声は頼りなく震え、ステラの手を握っている手もガタガタと震え始めている。


「余計なことを言うな」


 ローブの男は吐き捨てるようにそう言うと、エリンを押しのけてステラの前に立った。そして、ステラの顎をつかむとぐいっと引っ張って顔を覗き込んだ。


「確かにこいつだな。手を縛って口をふさいでおけ。ふたりともだ」


 男の言葉で、通路の奥から同じローブの人間が三人やってきて、ステラは真っ先に布を噛まされた。精霊術を警戒してのことだろう。だが、警戒しているにしては今更だし、それに縄で一生懸命腕を縛っているものの、縛り方があまりうまくないので簡単に解けそうだ。


(なんだろうこの、ずさんな感じ……)


「待ってよ! この子連れてきたら開放してくれるって言ったじゃん!!」

「約束通り開放するさ。あとでな」


 ステラと同じように口をふさがれそうになったエリンが怒鳴り声を上げた。

 彼女の表情は演技には見えないので、多分人質を取られていて、ステラの身柄と引き換えにしてもらう約束だったのだろう。

 だが、男の声の調子からして、開放する気などさらさらなさそうだ。


(まあ普通そうだよね、犯人の声とか拉致場所も知ってるんだから)


 ステラはいつも通り武器を隠し持っているし、相手がこの人数でこの素人具合ならば逃げ出すことも不可能ではないだろう。

 だがやはり人質がいるようなので、せめてその人質の置かれている状況を確認するまでは大人しくしておいたほうがよさそうだ。ステラが逃げ出したせいで誰かが殺されでもしたら、寝覚めが悪いどころの話ではない。


「ほら、さっさと歩け」


 手を縛られることに抵抗していたエリンは最終的に足まで縛られ担ぎ上げられてしまったが、しおしおと大人しく従っていたステラにはそこまで乱暴にするつもりはないらしく、トンッと肩を軽く押されただけで済んだ。

 ステラの身長よりも高く積み上げられた木箱の間を、ローブの男の先導で進んでいく。

 倉庫の中は広い一つの空間なのだが、木箱を積み上げることでスペースを区切っているらしい。ちょうど正面からは見えないように区切られたそのスペースに近づくと、どんどん血の匂いが強くなってきた。

 知らず知らずのうちに呼吸が浅くなって、背筋が緊張する。

 人質がいて、血の匂いがする――。

 その人はきっとエリンの知り合いで、恐らくステラにとっても人質の意味がある人物。


 木箱の影に隠れるように倒れた人物の、左腕が切り傷だらけになっているのが見えた。

 そしてその手のひらにはナイフが突き立てられたのか、大きな傷口が開いていた。その脇に大振りのナイフを持った男がいて、まさに今、もう一度それを振り下ろそうとしている。

 痛みに呻いたジュドルと、目が合う。


 なにかを考える前にステラは自分の手を拘束する縄を外し、ナイフを持った男に横から体当たりをして突き飛ばした。

 そして男が落としたナイフを足で蹴り上げて空中でつかみ取り、ちょうど横にいた別のローブの男の喉をナイフの柄で強く打つ。


「なっ……病弱なはずじゃ……」


 喉を打たれた男がズルリと倒れる姿を見て、先程から他のローブたちに指示を出していた男が焦った声を出した。今までまともな抵抗すらしなかったステラが、まさか仲間を倒すなどとは予想すらしていなかったらしい。


(でも、あと何人? ……とりあえず一人はエリンさんを担いでるから後回しにして――)


 なにも考えずに飛び出してしまったのは失策だった。頭の中の冷静な部分でそう思うものの、だからといってジュドルがこれ以上傷つけられるのを見ていられなかった。

 口をふさぐ布をかなぐり捨てて、まだ立っている人間の動きに神経を集中させる。


「んーー!!」


 そこで、エリンが声を上げた。

 一瞬気を取られて、なにかを訴えた彼女の視線の先を追う。

 ステラの足元になにかがあるらしい。見下ろすと、最初に突き飛ばした男がステラの近くまで這い寄っており、手を伸ばしていた。

 男の手には、なにか小さな機械のようなものが握られていた。気付いたステラが避けるよりも早く、その機械が足に強く押しつけられる。


 バチンッ


「ぐっ……」


 押し当てられた部分から全身に激しい衝撃が走って、一瞬息が止まる。

 痛みがどうこうというよりも、筋肉が硬直してうまく動けない。


(衝撃……電気!?)


 少なくとも精霊術ではない。電気じかけの武器を使われたのだ。


「よくやった!」


 ローブの男たちの明るい声と同時に強い衝撃がステラの頭を襲い、そこでステラの意識はぷつりと途切れた。

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