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36. 故郷の花

 ステラの小さなつぶやき声が届いたのか、オレンジ色の髪の青年がこちらを振り向いて――ステラを見て目を丸くした。


「ステラ!? 何でここに?」


 青年はよほど驚いたらしく大声を出した後にパッと口を押さえて周囲を見回し、驚いている客に頭を下げた。そして話をしていた店員になにかを告げて頭を上げた後、足早にステラの方へと向かってきた。


「わー、やっぱりジュドだ! 久しぶり!」


 ぱあっと顔を輝かせて笑顔を見せたステラに、近づいてきた青年は口を開きかけて、すぐに閉じた。


「?」


 戸惑ったような表情をしている青年にステラは首をかしげた。青年がじっと見つめる視線の先を追いかけると、ステラの顔ではなく、ステラの手に注がれていた。

 その手は、シルバーの手をがっちりと握っていた。


「ってあれ? いつの間に!?」

「……一応断っておくけど、手を握ってきたのはステラからだからね」

「……ですね」


 手を繋いでいるわけではなく、一方的にステラが握っているのだからそれはそうだろう。おそらく店員に話しかけられたときに助けを求めてシルバーの袖を掴み、なんとなくそのまま手を握ってしまったらしい。

 ステラの時間が止まる前、シルバーがシンシャだった頃は普通の会話でも精霊が暴走していたため、なるべく意識的に手を繋ぐようにしていたのだ。無意識にその頃の癖が出てしまったのだろう。

 青年は手元から視線を引き剥がし、気まずそうに頭をかいた。


「……もしかして、恋人?」

「ち、違! 違うよ!?」


 ヒエッとなったステラは素早く手を離そうとしたのだが、すかさずシルバーが指を絡ませてつなぎとめる。ギチッと握られた手は振ってみても全く解けそうにない。


「シン!」

「なに?」


 顔を見上げればニコッと笑顔が返ってきた。天使のよう笑顔だというのに、目がまったく笑っていない。ステラは再びヒエッとなって若干怯んだ。


「な、なに、じゃなくてえ……」

「冗談だよ。ごめんね、やりすぎた」


 ステラの目尻にじわりと涙が滲んできたあたりで、シルバーは肩をすくめてするりと手を離した。それだけではなく、すっと少し後ろに下がって上着のフードを深く被って顔を隠してしまう。

 なにもそこまで……と思ったものの、まずは誤解を解くところからだ、とステラは青年に向き直った。


「……というわけで恋人ではありません。彼はシル――」

「シンといいます。よろしく」


 紹介しようとするステラの言葉を遮って、シルバーはどう好意的に解釈しても「よろしく」とは思っていないようなぶっきらぼうな声で名乗った。

 口調についてはさておいて、今サニディンでは精霊術士の協会が契約価格を引き上げて問題になっているようなので、その協会のトップにいるユークレースの名は出すなということらしい。


「……えっと、シンは旅の同行者です」

「はあ……よろしく……」


 青年はシルバーに不審げな目を向けながらも軽く会釈をする。ステラから見ても今のシルバーの行動は怪しいので、第三者から見た不審者レベルは相当だろう。

 だが青年の方から聞いてこないのを良いことに、ステラはシルバーについてそれ以上触れないことにする。


「ええと、で、こっちはジュドル。町に入る前にサニディンに幼なじみがいるって話したでしょ? このオレンジ頭のがそれです」

「……ひどい紹介だな」


 ステラのひどい紹介にジュドルは不満げな声を上げたが、シルバーはなにも言わずにこくんと一度だけ頷いた。

 ジュドルはそんなシルバーの態度に少しだけ不快そうに片眉を上げ、ついっと目をそらしてステラに向き合った。


「でもステラ、本当になんでここにいるんだ? 旅行? コーディーさんも一緒なのか?」


 アントレルの住人、特に女性や子供が村の外に出るのはとても珍しい。まして、母親を誰よりも大事にしているステラが一人でふらふらと歩いていることに不信感を抱いたようだ。それに加えて同行者がフードで顔を隠した美少年という怪しさだ。


「お母さんはアントレルにいるよ。私だけ用事があってレグランドに行ってたの。それでこれからアントレルに戻るところ」

「レグランド? 精霊術士の町だろ……何の用事だよ」


 「精霊術士」というところでジュドルは少しだけ顔をしかめた。彼の表情を見るに、シルバーがユークレースを名乗らなかったのは正解だったようだ。

 そのシルバーは、こちらのやり取りを完全に無視して別の方向を向いていた。ステラも彼が愛想の良い人間ではないのは分かっていたが、それにしたって恐ろしいまでのマイペースぶりである。


「私も色々あるんだよ。そういうジュドは……もしやここで働いてるの?」

「もしやってなんだよ。そうだよ、ここで職人として働かせてもらってる」

「本当!? すごいね!」


 ステラの記憶にある限り、たしかにジュドルは器用な少年だったがこんな高級店で働けるほどの腕があるとは思ってもみなかった。

 故郷を一人で飛び出して、職人になるという夢を叶えるだけでも大変だっただろうに。

 ステラがすごいすごいと目を輝かせると、ジュドルは頭をかいて赤くなった顔をうつむけた。


(よし、ジュドの興味を逸らすの成功)


 ステラはニコニコしながら心の中でホッと息を吐く。

 ジュドルは昔から褒められると照れて逃げようとするのだ。それを利用したステラの作戦勝ちである。

 もちろん、すごいと思っているも本心だが。

 そんな風に褒められて照れ照れと耳まで赤くなっているジュドルの横に、ススス……と近づいてきた人物がいた。

 さっきまで彼が話をしていた、女性店員だった。

 彼女が優しく彼の肩に手を載せた瞬間、赤くなっていたジュドルが一気に青くなり、ビクッと体を硬直させた。


「……ア、アデルさん、どうしたんですか?」


 そう言ったジュドルの目は完全に泳いでいた。アデルと呼ばれた店員は聖女のような美しい微笑みを浮かべると、胸の前で両手を合わせた。――一瞬だけジュドルに向けてニタァッと邪悪な笑みを浮かべたように見えたが、ステラの気のせいかもしれない。


「そちらのお客様、さっき『春』を見てたのよ。だからジュドル君のことを紹介させていただこうと思って」

「こいつは幼なじみなんで、紹介なんて必要……」


 それを聞いた瞬間、アデルの瞳の奥がキラリと光った。――ように見えた。


「あらっ、お嬢さんはジュドル君の幼なじみだったんですね」

「はい、そうですけど……」


 止めようとするジュドルを無視して、アデルは「なるほどなるほど」と一人で頷いてから再び微笑みを浮かべた。


「さっきお二人が見ていた四季シリーズは、うちの工房の中でも腕のいい四人の職人が各季節を担当しているんですが、『春』はジュドル君の作品なんですよ」


 硝子ケースを指し示したアデルの言葉で、ステラは「ええ!?」と驚きの声を上げそうになって慌てて両手で自分の口を押さえた。


「あんな……触ったらパキンッてなりそうなあのすごいやつを?」

「感想のレベルが幼児」


 完全無視していると思っていたシルバーがぼそっと呟いて、青くなっていたジュドルがぶっと吹き出した。アデルは鉄壁の営業スマイルを貼り付けていたが口元が少しだけピクピクしている。

 ステラは横目でシルバーを睨めつけるが、彼はつんと顔をそらしていた。


「どうせ幼児レベルですよ。……でもジュドなら同じ春でも森と鳥とかにしそうなのに、ちょっと意外。ジュドは鳥好きだったでしょ?」

「あー、森は考えたけど、夏との差別化を考えると難しかったんだよ。で、メインを花にして、それなら鳥より虫かなって」


 春夏秋冬が並んだときのバランスなども他の職人達と話し合って調整して作り上げたものなのだという。


「ジュドル君がイメージを桃色に決めたのは早かったんですよ。それに加えて発色にすごくこだわってたから、工房の中でもなにか思い入れがある色なのかなって話題になってたんです。――ふふふ、故郷の愛しい花の色だったっていうことね」


 にこにこと話すアデルの横でジュドルは完全に頭を抱えてうつむいてしまっている。故郷の花を思い出して作ったというのはそんなに恥ずかしいことだろうか。


「んー、でも故郷っていっても……アントレルにそんな特徴的なピンクの花あったっけ?」

「そっ……その辺の花だよ。たまたま思い出したのがその色だっただけで! ああもうアデルさん満足したでしょう!? 接客に戻ってくださいよ」

「なに言ってるのよジュドル君、接客なら今しているじゃない。あなたと違って私は仕事中よ?」


 アデルはジュドルに向かってチッチッチと指を振った。

 その言葉で、そういえば……とステラは首をかしげる。

 小さな店では職人が客の相手もすることもあるが、ここのように規模の大きな店では通常接客専門の従業員がいて、職人は店舗側には出てこないものなのだ。

 単純に店舗の店員に用事があってきているのかとも思ったが、アデルの言葉を聞く限りどうやら違うらしい。


「え? ジュドはサボり中なの?」

「ちげーよ。協会の……」


 なにかを言いかけて、ジュドルはばつの悪そうな表情で口を閉ざした。


「とにかく、別にサボってるわけじゃ――」

「ジュドル君。どうせ作業場から追い出されたんだし、例のお客様はまだしばらく帰らないだろうから、休憩がてら少しこの辺の案内をしてあげたらどう? せっかく幼なじみと再会できたんだもの。積もる話もあるでしょう?」

「アデルさん、そんな勝手に……! ステラたちだってもうこの後の予定決まってるんだろ?」


 この後の予定といっても、街をふらついて船とランプの点灯を見たい――くらいのふんわりとしたプランしかない。それだって、別に見られなければ見られないで構わないのだ。

 一方のジュドルは、アントレルを出ていってから一度も里帰りをしていないので、ステラも実に数年ぶりの再会である。積もる話……というほどではないが、ジュドルの近況を聞いたりジュドルの実家の様子を伝えたりする時間がほしいなと思っていたため、アデルの提案は素直に嬉しかった。

 ――ただ、と、ステラはシルバーの方をチラリと見る。


「シン、どうす……」

「案内をしてもらえるなら助かります」


 嫌がりそうだな、と思っていたのに意外な言葉が聞こえてステラはぱちくりと瞬きをした。

 フードを深く被っているので彼が今どんな表情をしているのかは全く分からない。が、声は淡々として固く、少なくと「助かる」とは思っていないだろうな、という雰囲気がにじみ出している。――だというのに、なぜ同行を受け入れるのだろうか。


「え……ええ?」


 ジュドルも困惑しきった顔で、助けを求めるようにステラに視線を投げかけてきた。

 先ほどジュドルの口から『協会』という単語が出てきたので、もしかしたらシルバーは精霊術士の協会と工房の関係について聞きたいのかもしれない。それならばステラと気安い関係であるジュドルは適任だ。


「えーと……じゃあひとまずお茶でも飲みながら話そう? ジュド、どっか案内してよ」


 村にいた頃と同じように、ステラがニッと笑ってみせるとジュドルも頬を緩めた。今のジュドルはステラの記憶にある少年の姿よりずっと大人びているが、それでもその顔は昔のままで少し嬉しくなる。


「……分かったよ。ちょっと着替えてくるから待ってな」

「りょうかーい」


 ステラが笑顔でひらひら手を振って見送っていると、すうっとシルバーが耳元に唇を寄せてきた。


「あいつがいても六十センチ以上離れたらダメなのは継続だからね」


 自分で受け入れておきながら拗ねた声を出すシルバーに、ステラは苦笑しながら頷いた。


「りょーかい」

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