35. ステラみたいなの
食器、ランプ、花瓶、置物にアクセサリー。
目抜き通りに軒を連ねる店頭に並べられた色とりどりの製品はどれもこれもがガラスで作られていた。
ざわざわと混み合う人々の明るい声が飛び交う中、時折、風を受けたウインドベルがしゃらしゃらと涼しい音を響かせている。
そのウインドベルの下で足を止めたステラの目は、ショーウインドウの中のワイングラスに釘付けになっていた。
脚のほうは深い紺色で、そこから上に向かって透明へのグラデーションになっている。そして目を引くのはグラスの縁近くに立体的にあしらわれた白と黒の鳥だった。ステラもレグランドで何度も見たことがあるカモメだ。非常に精巧な造りで、ガラスとは思えない出来である。
「気になるなら中で見てみる?」
店内に視線を向けながら声をかけてきたシルバーに、ステラは即座にふるふると頭を振る。この店に並んでいる商品はここまでの他の店で見てきたよりも細工が細かくて、明らかに格が違う。
「ぶつかって壊したときに弁償できないからいい」
「壊すのが前提なんだ……」
シルバーは苦笑しながら店内に視線を走らせ、そしてなにかを見つけて「あ」と声を上げた。
「ステラみたいなのがあるよ」
「……私みたいなの?」
シルバーはそう言うと、ステラが止める間もなくすたすたと店内に入っていってしまった。
「六十センチ以上離れるなって言ったのはそっちなのに……!」
取り残されたステラは慌てて後を追おうとして、硝子製品の並ぶ棚にひるんで足を止めた。しかし、『ステラみたいなの』が一体何なのか正体も気になる。
左右を警戒しながら恐る恐る店内に足を踏み入れると、店内中央の硝子ケースの前でシルバーが手招きをしていた。
「……壊したらユークレースに請求して貰うからね……」
「いや、まあいいけど……ほらこれ、四季シリーズだって」
硝子ケースの中には、ペアのワイングラスとデザート皿がセットになったものが展示してあった。先ほど店頭にあったカモメのグラスセットの他に三種類、計四種類のデザインが並んでいる。
四季というからには青にカモメの意匠はおそらく夏だろう。春は桃色に白い蝶、秋は黄金色にリス、冬は白にウサギ――という、季節をイメージした色プラス生き物のシリーズのようだ。
「このピンク、ステラの髪と同じ色。それに蝶だし」
「あー、本当だ……」
確かに薄桃色の髪で蝶を扱う『ステラみたいなの』だ。
だが、それを言うと同時に『アグレルみたいなの』でもあるのだが、シルバーがうれしそうにしているのでそこは言わないでおく。
全体的に精巧で繊細そうな造りだが、その中でも特に春の蝶は翅脈まで再現された薄い翅があまりにも見事で、そしてあまりにも脆そうだ。ワインを注いで使うだけならばともかく、洗おうとしたらステラなら確実に破損させてしまうだろう。どう考えても実用品ではない。
「四季シリーズにご興味がおありですか?」
少し見たらすぐ出ていこうと思っていたのに、じっくりと見すぎたらしい。にこにこと声をかけてきたのは、高級品を扱う店らしくシンプルだが上質なワンピースに身を包んだ女性店員だった。
「あ、すみません。あまりにきれいで見ていただけで……」
改めて横目でチラリと見た値札にはステラが見たこともないようなとんでもない数のゼロが並んでいる。セールストークを繰り広げられても買うことなどできないし、お互いの時間を無駄に浪費するだけになってしまう。
ステラは今までの人生の中でこんな高級そうな店など入ったことがない。どう返したらいいのかが分からず、思わず後退りをしてシルバーの袖を掴んだ。
「ええ、四季シリーズはうちの職人たちの自信作なんです。お客様に興味を持って頂けただけでも職人が喜びますし、どうぞゆっくりご覧になっていってください」
そもそもステラたちのような子供に売りつけようなどとは思っていなかったのだろう。店員はにこりと優しく微笑むと、体を少しずらして別の棚を手で示した。
「よろしければグラスセットだけではなくあちらもご覧になっていってください。同じ四季シリーズですが、あちらにはいろいろなお客様が手に取りやすいような小物をご用意していますので」
そちらの棚は硝子ケースなどでは覆われておらず、春夏秋冬でコーナーが分けられてそれぞれ小皿やカップ、アクセサリーなど様々なものが並べてあった。
チラリと見える値札はワイングラスと比べたらずっと安価で、グラスの値段に驚いた後に見ると思わず「安い!」と思ってしまう。
「では、ごゆっくり」
店員はそう言って丁寧なお辞儀と華やかな微笑みを残し、新しく入ってきた客の方へと歩いていった。
「……びっくりした……」
店員が声の聞こえない距離まで十分離れたところで、ステラはまだバクバクしている胸に手を当ててため息と共に言葉を吐き出した。
シルバーはそんなステラの様子に苦笑を浮かべる。
「こういう店は冷やかし客の方が多いから、買う気がなくてもそんなにビクビクしなくて大丈夫だよ。――でもほら、これステラに似合いそう」
「く……上流階級の余裕……」
シルバーが手に取っていたのは四季シリーズのイヤリングで、桃色の花と白い蝶のガラス細工が細いチェーンで連なっているものだった。蝶の造りはワイングラスのものとは比べようがないほど簡易だが、それでも可憐でかわいい。やや濃いめの桃色も、シルバーの言うとおりステラの髪色に合いそうだ。
「わ、かわいい! ――でも、イヤリングって暴れたときに落としそうで怖くてつけられないんだよね」
「……まず、暴れるのが前提なのはどうかと思うんだけど」
ほら、跳んだりはねたりするとね? と続けるステラに、シルバーはため息をついてイヤリングを棚に戻した。
「……他の場所見にいこうか」
「うん。ランプの点灯ももうすぐだしね」
確かに置いてある商品はかわいかったりきれいだったりするので見ていたい気持ちもあるが、それよりもうっかり壊してしまうのが怖い。それに、暗くなってしまう前にもっといろいろな店を回りたいというのもある。
「そういえば、さっき入ったお店の人が言ってた輸送用の大型船を見に行こうか」
シルバーの提案にステラはキラリと目を輝かせる。
小型船での輸送は毎日行き来しているが、国外向けの製品を運ぶ大型の輸送船は月に一度しかやってこない。その船はサニディンの水路に三日間停泊し、大量の荷を積み込んで海へと旅立っていくらしい。
その船が昨日から船着き場にやってきていると教えて貰ったのだ。
別に船の中に入れるわけではなく、船着き場の近くにある広場から遠目に眺めるだけなのだが、大型船を目にする機会はなかなかないので観光客にも人気のスポットになっているらしい。
「でもシンは別に見慣れてるでしょ?」
なにせシルバーが暮らしているレグランドは港町だ。ステラはまだ港へ行ったことがないので見たことがないが、港には大型船が何隻も入ってきているはずである。
「まあね。でもステラは見にいきたいんだよね? 船の話に食いついてたし」
「ばれてた……。うん、見たいです」
「じゃあ行こう」
ステラがこくんと頷くと、シルバーは少しだけ微笑んだ。
レグランドに戻れば何度でも見られるが、このままステラがレグランドに戻らないなら一生見ることがないかもしれない。
(もしかしたらそれを気遣ってくれたのかな)
ちろりと上目遣いにシルバーの表情を窺い見ると、彼もステラを見ていたらしくぱちんと視線が合ってしまった。その瞬間、シルバーの顔に浮かんでいた控えめな微笑みは一気に花が開くようにうれしそうな笑みに変わった。
「うっ……」
まぶしい。顔が良すぎて後光が差している幻覚すら見える。
あまりのまぶしさにステラはふいっと顔をそらしたのだが、視線を追うようにシルバーが顔をのぞき込んでくる。
「ステラ? どうしたの?」
「な……何でもない……」
絶対に顔が赤くなっているので見られたくない。むしろシルバーはステラが赤くなっているのが分かっているからしつこくのぞき込もうとしているのかもしれないが。
負けじとさらに顔をそらして完全に首を真横に捻ったところで、視界の端に先ほど話しかけてきた店員が一人の男と話をしているのが見えた。
「ん?」
男の横顔に、何となく見覚えのある面影を感じてステラは目をこらした。それにあの赤みがかったオレンジ色の髪は……。
「……ジュド?」




