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30. 移動手段

 ステラの父は精霊を苦しめた魔族などではなく、いつもにこにこふわふわしていた普通の人間だった。それなのに、一族の血に伝わる呪いのせいで命を奪われるなど、理不尽にもほどがある。

 ステラは顔を上げてアグレルの目をまっすぐに見つめた。


「代償は、どうやったら分散できるんですか?」

「おそらく、今はまだその場所の精霊たちの再生が終了しておらず、術が完了していない。だから、私たちが能力を使ってその場所の再生に必要な魔力を補填して、術を完了させる。そうすれば、その後の代償は三人に振り分けられることになる……まあ魔力の補填が足りなければ全員しばらく動けなくなるだろうがな」

「じゃあ早く魔力を集めて、アントレルに行かないと」


 少しでも早く見つけて、父の負担を軽くしないと。

 息巻くステラは、きっとアグレルもそのつもりだろう――と思ったのだが、彼は表情を変えることなく静かに首を振った。


「術がまだ完了していないなら、それはレビンの寿命の限り続く。レビンの寿命は今日明日で尽きるわけじゃないだろうから、今は急ぐよりも準備を整えるべきだ」

「う……でも、可能性的に低いかもだけど、術がもう終わってたら急いだほうが早く動けるんじゃないですか?」

「いいや。我々が介入できるのは術が未完成のときだけだ。術が完成して代償が確定した後は手出しのしようがない。――もしそれができたなら、私はレグランドに着いた時点で即座にステラ・リンドグレンを叩き起こしてアントレルに向かっていた」

「言われてみれば……じゃあ、もし術が終わっていたら、待つしかないと」

「ああ。その場合、レビンはこの先数十年止まったままかもしれない」


 ならば逆に術が完成していないほうがいい。

 ステラたちが協力してどの程度の短縮になるかは分からないが、事前にできる限り魔力を貯めておいて、それを使って補填してやればその分差し出す時間が短く済むはずだ。


「ステラ・リンドグレンがいるのがレグランドだったのは幸運だった。ここは他よりも精霊が多いからな」

「じゃあ、私も魔力を貯める方法を教わって、それで魔力を貯めつつアントレルに帰るっていうことですね」


 魔力を貯める――あの黒い蝶をどうやって捕まえてどうやって使うのか分からないが、できるだけ沢山集めておきたい。父を助けられるならある程度の時間を差し出すのは仕方がない……とは思っているが、やはりステラだってまた何年も時間が止まるのは御免被りたいのだ。

 だから、魔力を溜めながら移動して……と考えてハッとする。


(帰るのはいいけど、移動費用とか、手段とか……どうしよう)


 来るときはリヒターが帰るついで、という名目があったが、今回はユークレースは完全に関係がない。

 内容的にはクリノクロアの問題だが、おそらくアグレルの発言から推測するに、この行動は彼のスタンドプレーだろう。クリノクロア全体の意思ではなさそうなあたり、支援はあまり見込めない気がする。

 アグレルが個人的になにか手段を持っているのかもしれないが、クリノクロアの人間である彼には、正直なところあまり頼りたくない。


 そうすると現時点で、ステラにはユークレースに頼るしか手がない。

 エレミアの件でステラに対してとても感謝しているらしいので、お礼の一環として手配してもらえるかもしれない。だが、ユークレースはすでにステラの処遇を巡ってクリノクロアとの交渉をしてくれているし、ステラとしてはそれだけでトントンという感覚である。


(私の失った一年にどこまでの価値があると考えるか、だよね。正直現時点で全く実感がないからなあ……)


 自分がどれだけのものを犠牲にしたのかがよく分からないので、どこまで『お礼』として受け取っていいのかが分からない。逆に言ったら向こうの罪悪感をつつけばいくらでも搾り取れる――が、さすがにそれは良心が痛む。でも背に腹は代えられないし……


「大変お待たせしました」


 と、そこで突然背後から聞こえた声に、考え事をしていたステラはビクッと肩を跳ねさせた。突然の声に驚かされるのはこの部屋に入ってから二回目だ。部屋が広すぎて、入り口が開いて人が入ってきてもあまり音が聞こえないのだ。


「当主様」


 ステラはソファから立ち上がってお辞儀をしようとした、が、その前にノゼアンが頭を下げたので戸惑って動きを止める。ただの会釈ならそこまで気にしなかったのだが、これはどう見ても最敬礼というやつだ。


「ステラさん、あなたがエレミアを救ってくれたことに深く感謝する。――そして同時に、あなたに犠牲を強いる結果となってしまったことを本当に申し訳なく思っている」

「い、いえ、そんな……結果的にそうなったというだけで、当主様にも、他の誰にも犠牲を強いられた覚えはありませんし。ただあの場所に行って、クリノクロアの呪いのせいで能力を使ってしまっただけです」


 だからあまり感謝されても、申し訳なく思われても、困ってしまう。

 眉を下げたステラの言葉に、ノゼアンは少しだけ微笑んだ。


「クリノクロアの家系の能力については聞いている。けれど、今回の原因を作ったのは私で、こちらが巻き込まなければあなたは無関係でいられた問題だった。あなたは一方的な被害者であり、功労者だよ」

「そう……かも……しれません」


 確かに、そもそもエレミアが呪術を使うような状況にならなければ起こらなかったことだし、リヒターがステラを連れてこなければ、ステラは自分の能力を知らずに村でのほほんと暮らしていただろう。それは分かるのだが――一介の村娘に、伝統ある家柄の当主の感謝や謝罪は重すぎる。

 しかし、ここであまり否定し続けても困らせるだけだな、と、ステラは居心地の悪さを感じながらノゼアンの言葉を受け入れた。


「今後、私の力の及ぶ範囲のことであればあなたの力になることを約束する。なにか要望があれば遠慮なく言って欲しい」

「ひえ……ありがとうございます」


 あまりにも見目麗しい微笑みをキラキラと浴びせられ、ステラは思わずおかしな声を漏らした。リヒターの家にいるせいで感覚がおかしくなりつつあるが、ユークレースは基本的に全員美人ばかりなため、突然微笑まれるとまぶしすぎてとても心臓に悪い。


「……それはどういう反応だ、ステラ・リンドグレン」

「フルネームで呼ぶのはやめてくださいってば。アグレルさんには関係がないので気にしないでください。ちょっとした発作です」

「……ああなるほど、馬鹿の症状が出たんだな」

「馬鹿じゃないですぅ」


 ステラが口を尖らせアグレルに言い返すと、ステラの隣のリヒターがくくくと肩を震わせた。それにつられたのか、ノゼアンまでもが笑いを堪えるように顔を伏せた。


「今のは笑うところではないと思います!」

「ごめんごめん。――で、当主殿。ステラたちはアントレルに行きたいそうだよ」


 「ね、ステラ」とリヒターに話を振られて、むくれていたステラはぴしっと背筋を伸ばした。ノゼアンがなにか要望があれば遠慮なく、と言ってくれたばかりなので、移動の足の手配などで力を貸してもらえるかもしれない。


「はい――アントレルに、もしかしたら行方不明の父がいるかもしれないんです」


 ステラはアグレルから聞いた話を要約して、アントレルへ向かいたい理由をノゼアンに説明した。

 話を聞いたノゼアンはなるほどと頷いた後、少しだけ考え込む。


「ふむ、そういうことなら急ぎたいだろう。……だが折り悪く、ユークレースは内部が少しゴタゴタしていてね。またもやこちらの事情に巻き込んでしまって大変申し訳ないのだが……今は、ステラさんが我々の目の届かないところに行くのは少し危険なんだ」

「ですが――」

「大丈夫、止めはしない。ただ、こちらからリヒターを同行人としてつけることを許して欲しいんだ。移動のための足もこちらで手配するよ。こちらの厄介事も、リヒターが側にいれば影響はないだろう」

「そうだね。あいつらも僕がいるところにちょっかい出してはこないだろうし」


 ノゼアンの言葉にリヒターが頷いた。

 行くのを止められるのかと思いきや、保護者付き・移動手段付きという手厚い提案が飛び出してきたことにステラは目を丸くする。


「そ……それは、こちらは助かりますが……いいんですか?」

「むしろ、それくらいはさせて欲しい。ステラさんを図らずも一年近く足止めしてしまっているしね。あなたの母君にはこちらから定期的に報告の書簡を届けているが、本人の姿が見えないことには心配しているだろう」

「報告? 連絡をしてくださっていたんですか?」

「クリノクロアという存在が関わってくるから全てを詳らかにというわけにはいかないが、それでもできる限りの事情は伝えているよ」

「ありがとうございます……」


 この一年間の時間停止がどういう内容で伝わっているのか、という疑問は残るが、それでも完全な没交渉ではなかったことに少しだけホッとする。ステラにとっても母にとっても、(父がふらりと帰ってきていない限りは)お互いが唯一の家族なのだから、連絡がないことをとても心配しているはずだ。


「……同行者がいることは別に構わないが、リヒターは役に立つのか」


 そんなステラの安心とは対極に、アグレルはリヒターのことを『信用できん』とばかりに睨みつけていた。

 ステラとしてはリヒターがいてくれれば非常に安心できる。何よりもアグレルと二人旅など考えることさえ辛いし、逆にリヒターがアントレルのような辺境まで再び行くことを嫌がっていないかが心配なくらいである。あまり余計なことを言って機嫌を損ねないでい欲しい。

 だがリヒターは特に気にした様子はなく、にこりと笑った。


「少なくとも君たちよりは旅慣れているよ。それに僕はアントレルに行ったことがあるしね。あそこはだいぶ行きにくいから、ルートを知っている人間がいた方がいいよ」

「ルートならステラ・リンドグレンが知っているだろうが。住んでたんだから」

「ステラはここに来るまで、アントレルから出たことがなかったんだよね?」

「ないですね」

「は? お前……本当に役に立たない馬鹿だな」

「む……馬鹿ではないですし……」


 ステラは呆れたという目で睨んでくるアグレルを睨み返す。断固として馬鹿ではない。――が、地理も世間も知らないので役に立てる気はしないため、語尾は弱めになる。


「とにかく、君ら二人じゃ不安すぎるから一緒に行くよ。――それに今回は魔力が必要っていうなら、ついでにシンも連れていこうか。あの子には精霊が集まってくるから、魔力供給にぴったりだろ?」

「シンというのは黒い方と白い方、どっちだ?」

「黒と白?」


 首を傾げたステラに、アグレルはやや顔をしかめた。


「リヒターのところの兄弟だ。黒い方はうるさい。白い方は静かだが凶暴」


 どうやら黒髪のアルジェンと白金の髪のシルバー――という二人を指しているらしい。失礼な言い方だが、確かに分かりやすい。そしてシルバーもアグレルの話をしたときに顔をしかめていたあたり、二人の相性はとても悪いらしい。


「ははは、その言い方なら白い方だね。でもシンは基本おとなしいんだよ。アグレル君がステラ関連の地雷を力いっぱい踏み抜くから怒っただけで」

「ああ、呪いでステラ・リンドグレンに執着しているんだったか。趣味が悪いな」


 『呪いで執着』と言われるととても微妙な気持ちになる。それにステラ自身、なぜシルバーがステラを選んだのかが全く理解できないのだ。それこそ呪いで、自分の意志とは関係なく相手を選んでしまうのではないかと疑っているくらいである。


「趣味……は、悪いかもしれない」


 自分に向けられたシルバーのとろけるような笑顔を思い出して、そこは否定できない……とステラはため息を落とした。

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