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29. レビン

 アグレルがなにを言っているのかがうまく理解できず、ステラはしばらくじっと彼を見つめた。


「でも、クリノクロアは前からお父さんを探してるんでしょう?」

「探すといっても、各地の耳役に任せっきりだ。二十年も見つけられないんだからその探し方では見つからない」

「耳役?」

「情報を集めるスパイみたいなものだね。一応ユークレースにもいるんだけど、クリノクロアのは特に優秀だって聞くよ」


 聞き慣れない単語にステラが首を傾げると、そんなことも知らないのかとばかりに鼻で笑ったアグレルに代わってリヒターが教えてくれる。クリノクロアは本人たちが動きにくい分、そういう独自の情報網が発達しているのだという。


「優秀な人たちがたくさんいて見つけられないなら、アグレルさんが一人来たところで見つからないでしょ?」

「レビンは耳役の配置や特徴を把握していた。網を張り巡らせようと、あの人なら感知されずに移動することができたはずだ」

「お父さんが……そんなすごい人だったとは思えないんだけど……」


 ステラの記憶の中のレビンはいつもほわほわと締まらない表情をしていた。やはり別の人の話ではないだろうかと思うのだが、アグレルの目がさらにつり上がったのでそれ以上は言わないことにした。


「ステラ・リンドグレン、お前がアントレルでレビンと暮らしていて、そしてある日突然姿を消したというのなら――レビンはその付近で能力を使って行動不能の状態になっている可能性が高いと俺は考えている」

「行動不能……十年も? だって私と違って軽減する方法を知ってるんでしょ?」

「軽減しても十年以上かかる規模で能力を使ったんだろ」


 どのくらいの魔力を使ってどのくらい軽減したか分からないが、十年以上かかる規模となると、とんでもない数の精霊を再生させたということではないだろうか。そんなことがあったら話題になっていそうだし、それこそクリノクロアの耳役が情報をキャッチしていそうだ。

 ステラが眉をひそめていると、リヒターが「そういえば」と口を開いた。


「……前にステラに言った気がするけど、アントレルに行った時、僕が想像していたよりも精霊が多かったんだよ。もしかしたらクリノクロアがなにかやったのかなって思ったんだよね」

「言ってましたね。……でも、クリノクロアの能力は呪術の……ええと、禁忌を犯して変質した精霊の開放と再生、でしょ? 再生したっていうことは、開放する精霊がいたっていうことで……誰かがアントレルですごく大規模な呪術を使ったっていうこと、ですか?」

「いや、そうではなく……」


 アグレルがなにかを言いかけて言葉を止めた。そしてステラの顔を睨み――本人に睨んでいるつもりはないのかもしれないが――、納得したように頷いた。


「ああそうか、ステラ・リンドグレンにはそのあたりの知識がないのか」

「……あの、フルネームで呼ぶのやめません?」

「無知なステラ・リンドグレンに教えてやろう。一般に魔族によって魔力を奪われた精霊は消滅したと言われているが、実際は今もあちこちに存在している。そういう精霊は禁忌を犯して変質した精霊たちと同じように自由を奪われ、より長い期間その場に縛られるんだ」

「……悪いことをした精霊よりも長く縛られるんですか?」

「禁忌を犯した精霊も自分の意志でやるわけじゃないだろうが。原因よりも結果だな。魔族は奪った魔力を殺戮に使ったんだ」

「取られたものを、より悪いことに使われたから長く縛られてるってこと? それはあまりにひどくないですか?」

「知るか。神だの精霊だのの感覚は人間とは違うんだろ」


 そういえばシルバーも「神様とか精霊とかとの契約は理不尽なものばかり」だと言っていた。人知を超えた存在は根本的な考え方が人間の理論とかけ離れているのだろう。


「とにかく、我々一族はそういう精霊たちを再生させていくことを使命としている。……使命というか、まあ呪いだ。見つけたら再生させずにいられないんだからな。クリノクロアの祖先が魔族だといわれるのはこれが所以だ。祖先のあやまちを償うために一族に科された呪いだとな」

「な、なるほど……まあつまり、魔族にやられた精霊がアントレルにはたくさんいて、お父さんがそれを再生させた――から、その代償にあのへんのどこかで動けなくなってるんじゃないかってアグレルさんは考えていると」

「そうだ」

「……でも、それなら私もどっかでうっかりそういう精霊を見つけて能力使ってそうな気がするけど」


 ステラは今まで能力を使った記憶がないし、それに『必要になったら分かる』という知識を知らなかったというのはつまり、その時まで必要になったことがないということだ。


「それなんだけど、ステラは森の奥に入らないように言われてただろ?」

「あ……そうですね。女子供は森の奥までに入っちゃいかんっていうのがアントレルの決まりだったので」


 不意にリヒターに言われた言葉にステラは首を傾げる。

 確かにステラはその言いつけを守って(極力)森に入らないようにしていたが、それはステラだけではなくアントレルに住む女性と子供全員に当てはまることだ。


「他の地域でも猟師はそういうことをいう傾向があるし、その決まり自体は元からあったのかもしれないけど、レビン氏はそれを利用してステラをそういう場所から遠ざけていたのかもしれないよ」

「……私が能力を使わないように?」

「僕が彼の立場ならそうする。大事な人は守りたいからね」

「それで本人が帰ってこなくなっちゃったんじゃあ、意味がないですよ」


 むう、と口を尖らせたステラに、リヒターは「たしかにそうだ」と苦笑した。


「じゃあ、アグレルさんはうちの父を探しにアントレルに行くんですね」

「他人事のように言っているがお前も行くんだぞ、ステラ・リンドグレン」

「は? ……まあアントレルに行くのはいいですけど……もしや、アグレルさんは私を監視してなきゃいけないから、アグレルさんの行きたいところに私が行けと、そういうことですか?」

「理解は早いな」

「そんな監視役、本末転倒じゃないですか……」

「それだけではない。代償というのは一族の人間ならうまくいけば分散もできる。私やお前が背負うことでレビンの時間を動かすことができるかもしれない」


 代償の分散? とステラは首を傾げる。

 軽減だけではなく分け合うこともできるとは、クリノクロアの能力の対価はかなり柔軟性が高いらしい。


「本来、クリノクロアの能力の代償が発生するのは精霊の再生が終了したあと――つまり能力を使い終わったあとだ。ただし、例外的に能力を行使している途中から代償が発生する場合がある――術者の寿命よりも代償となる時間の方が長い場合だ」

「その、場合は……術者はどうなるんですか」

「寿命を迎えたらそのまま死ぬ。その場合、術の効力は非常にゆっくりと進む。術者が寿命を迎えるその時まで分解と再生が続き、術者の死とともに終わるんだ」


 柔軟どころか、死の直行便だった。

 ゾッとステラの背筋が冷たくなる。


「リヒター。一つ確認しておきたいんだが、あんたが見たアントレルの森は、普通に精霊がいる状態というよりも『思ったよりも多い』程度だったんだろう?」


 アグレルがリヒターに目を向ける。リヒターは少し考えてから頷いた。


「……そうだね、普通の場所よりは少ないと感じた」

「ならば、術は完全に終わっておらず、現在も行使中という可能性が高いと思う」


(お父さんが、寿命を迎えるまで動けずに、そのまま死ぬ?)


 突然いなくなって、どこかで死んだのか、それともステラと母を捨てて別の地へ行ったのか――とにかく、もう帰ってこないのだと思っていた。

 なのに、実は人知れず祖先の業を背負って精霊のために一人で死んでいこうとしているなんて。


(本当にそうなら……そんなの、納得できない)

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