28. そのための口実
「ステラが倒れたあと大変だったんだよ。ステラは呼吸も鼓動も止まった状態で、リシアは泣きじゃくってエレミアは危篤だし、当主も僕もなにが起こったか分かんないし……。セグの説明から分かったのは、ステラがクリノクロアの能力を使って精霊を開放したってことと、その反動でステラの身に『なにか』が起こったってことだけでさ」
リシアが驚いただろうなと思っていたが、泣きじゃくっていたらしい。もう少し説明をしておくべきだったなと思うものの、あのときは居ても立ってもいられずに能力を使ってしまったのだ。
(シンが大騒ぎになったって言ってたけど……そりゃあそうだよね)
セグニットはステラの言葉と行動を見ていたが、彼は精霊を見ることができないので状況を完全には把握できなかったはずだ。
「で、心臓動いてないのに死んでいる感じはしないから医学的な問題じゃなくて魔法的な問題ってのは分かったけど、それこそ心臓が止まっているのに何の対処もしなくて良いのかって話でね。どうしようかとためらっている間に手遅れになったら困るし、もう仕方ないってことで当主が王城経由でクリノクロアに連絡を取ったんだ」
「王城経由?」
「クリノクロアは基本的に王城以外のどことも交渉窓口を持っていないんだよ。だから連絡取りたい場合は王城に仲介を頼むことになるのさ。――で、一応放っておいても大丈夫だっていう返事が来た。それで我が家に引き取って、起きるのを待ってたんだ」
「なんと申しますか、諸々、お手数をおかけしました……」
「ステラが悪いわけじゃないでしょ。……で、その後しばらくしてアグレル君がやってきたんだ」
「……能力の危険性について説明するため?」
ステラはちらりとアグレルに目を向ける。
今の流れだと、放っておけばいいというのにわざわざやって来た理由がよく分からない。しかも伝言でもいいのにステラが起きるまで待っていたという……もしかして、ステラをクリノクロア家に連行するつもりだろうか。
「そうだ。能力を理解せずに何度も使うのは危険だからな」
ステラが警戒していることに気付いているのかいないのか分からないが、アグレルは不機嫌そうに語った。目付きが悪いせいでものすごく怒っているように見えてしまうが、どうやら彼は睨んでいるのではなく、もともとそういう目つきらしい。
その目でギロリとステラを睨みつける。
「――一度使ったならお前も分かるだろう。私たちは必要になったらこの能力を使わずにいられないんだ」
「ああ……やっぱり。あのときどうしても早く精霊を開放しなきゃっていうので頭が一杯になっちゃったんです」
「それがクリノクロアに伝わる呪いだからな」
「呪い? えっと、家系に伝わってるんですか?」
呪術だの呪いだの、今までのステラの人生に全く縁のなかった物騒な単語がまた出てきた。しかも、家系に代々伝わっているということは、解呪方法がないということではないだろうか。
恐る恐る聞いたステラに、アグレルは「そうだ」と頷く。
「ユークレースが精霊の寵愛を受ける代わりに一人の人間しか愛せないのと同じだ」
「えっ!?」
アグレルが付け足した言葉に、思わずステラはバッとリヒターを見てしまう。
セレンは、ユークレースの血を引く人間について「初恋の人に固執する傾向がある」と言っていたが、それと「一人の人間しか愛せない呪い」では意味合いが全く違うではないか。
しかし、リヒターは何でもないことのように頷いた。
「あー、うちの家系はそうみたいだね」
「一般に知られてはいないが、古い家には必ずそういう呪いが伝わっている」
呪いということは。
ステラが居ても立ってもいられずに能力を使ってしまったときのように、ユークレースのその呪いも、逆らうことのできない強い強制力を持っている――ということでは。
「いや、えっ、じゃあ、シンは……っ」
「うちの子をよろしくね」
「軽い!?」
「まあ心から愛せなくても愛情は持てるから。過去には想い人との関係が成就しなくてもそれなり平和に生きた人もいるし、何人も愛人囲ってた人もいるし。――御存知の通り、問題は絶えないけどね」
リヒターが肩をすくめる。たしかに、それならばノゼアンの罪があまり追求されなかったのもうなずける。呪いのせいだからだ。
口をパクパクさせるステラに、アグレルが冷めた目で「続けていいか」と聞いてくる。ステラは力なく「どうぞ……」と答えた。
「お前の止まった時間がいつ動き始めるのか、正確には分からなかった。だがもし、動き始めてすぐに能力が必要になってしまったら、お前は抗うこともできずに再び力を使うことになる。そして次は何十年も止まることになるかもしれない。それを防ぐために私がここに来た」
それを防ぐため……と言っても。説明が簡潔すぎてステラは首を傾げる。
「えーとつまり、精霊の開放が必要な事態が起きたときに、アグレルさんが私の代わりに対処するために側にいたっていうことですか?」
「ああ」
ということは、ステラを守るためにクリノクロアがアグレルを送ってくれたということになる。……が。
「……でも、そうしたらアグレルさんが」
「代償となる時間をゼロにはできないが、大幅に軽減する方法はある。クリノクロアに生まれた人間ならばそれを知っているんだ。お前はレビンから知らされていなかったようだがな」
「軽減……?」
代償を大幅に軽減……ということは、一年止まるのが数日で済むというようなことだろうか。本当にそんな方法があるならなぜ父は教えてくれなかったのだろう。
(教える前に行方不明になったってこと? それとも私のことなんてどうでもいいと思ってた……?)
おぼろげな記憶の中から父の姿を思い出そうとするが、レビンが姿を消したのはステラが五歳のときで、ほとんど顔が思い出せなかった。
「クリノクロアの力は、魔力を消費する代わりに自分の時間を差し出して行使するんだ。つまり、十分な魔力を供給するすべがあれば差し出す時間が短く済む」
「魔力を供給するって……魔族みたいに精霊から奪うんですか?」
「そういうことになる。クリノクロアの祖先は魔族だとも言われているしな」
「えっ!?」
衝撃の事実過ぎてステラは目を丸くする。それが本当ならば、アントレルの精霊が少なく、土地が貧しい原因はクリノクロアにあるということではないか。
「そう言われているだけだ。そんな大昔の話、誰にも真偽は分からない。だが、魔力の供給源が精霊だというのは事実だ」
「……精霊を殺すんですか?」
「奪いすぎれば当然殺すことになるな。もちろんそこまではしない。時間をかけて少しずつ集めておくんだ」
「集めるって、どうやって?」
ステラの頭の中で、精霊を捕まえて、果物の果汁をとるときのように文字通り搾り取るイメージが浮かぶが、おそらくそういうことではないだろう。
魔力がジュースのように瓶の中に貯めておけるわけもないだろうし……と眉をひそめるステラの目の前に、アグレルが手を突き出してきた。
なんだ、手を上げるつもりか? と構えたステラは次の瞬間目をパチパチと瞬かせた。
アグレル手のひらの上で、陽炎のように空間がゆらゆらと揺らめいている。
そして、そこから黒い蝶が一匹、ふわりと舞い出てきたのだ。
「あ!? この蝶、昔見たことある!」
「レビンも持っていたはずだからな」
アグレルはそう言いながら自分の周りをふわふわと飛んでいる蝶を無造作に手で払った。蝶は手がぶつかると、まるで初めから形を持たない煙だったかのようにぐにゃりと形を歪ませ、空気に溶けて消えた。
「なるほど……いい大人なのに蝶々を追いかけてるなんて、頭のふわふわした人だなあって思ってた……」
「お前……」
「ステラってお父さんに対する評価が厳しいよね?」
アグレルが吊り上がった目をさらに吊り上げてステラを睨んでくる。リヒターも父親の立場として複雑なのか微妙な顔をしていた。だが、ステラは口をとがらせ肩をすくめる。
「そりゃあ……誰にもなにも言わずに突然いなくなっちゃいましたし、母が悲しんだり苦労したりしてるのを見て育ったんだから恨みもしますよ」
「レビンは理由もなく不義理をするような人間じゃない。なにか緊急で対応しなければならない事情があったはずだ。もしくは、お前たち母子に捨てられて然るべき理由があったんだろう」
「ああ?」
アグレルの言葉に、ステラは低い声で応じる。ステラの記憶にある限り両親は仲が良かったし、少なくとも母が『捨てられて然るべき理由』など一つもない。
やや前のめりになってアグレルに負けないくらい眦を吊り上げたステラの頭に、ぽんとリヒターの手が載せられた。そのままなだめるようにぐりぐりと撫でられる。
「アグレル君、後半の言葉は根拠がないし、それは単なる暴言だよ。それとステラ、気持ちは分かるけど即座に喧嘩腰になるのはやめようね」
「……へい」
「ふん」
不承不承という雰囲気を醸し出しながら返事をしたステラと、横柄な態度のままそっぽを向いたアグレルの二人に挟まれたリヒターは「困った子たちだなあ」と苦笑する。
「……そもそも、アグレルさんはどういう立場の人なんですか。私、自己紹介すらされていませんが」
「……アグレル・クリノクロア。不本意だが一応お前のいとこだ」
「よかった、こちらも不本意です。気が合いますね!」
「はいはい、ふたりとも喧嘩しないの」
再び前のめりになったステラをリヒターが押し戻す。
「アグレル君はレビン氏のお兄さんの息子さんだってさ。でね、こっちの当主がクリノクロアにステラのことを相談したとき、はじめはステラをクリノクロアの方で引き取るって言われたんだ」
「うえ」
「まあステラはそれを望まないだろうから、こっちはそれを拒んだんだ。それで、協議の末の妥協案としてクリノクロアの一族から指導役兼監視を一人ステラにつけることになった。それがアグレル君」
王城以外との交渉窓口を持たない、全容不明の謎の一族が相手だと考えると、監視一人がついただけでステラが自由に過ごせるというのはかなりの譲歩ではないだろうか。
「指導役、兼監視……って、え、この人ずっといるっていうことですか」
「安心しろ、こっちも子守をするつもりはない」
「子守ぃ?……」
ステラは、むむと眉根を寄せた。ステラはたしかに大人とはいえないが、それでもこの発言が子供っぽいアグレルに子守などと言われるのは屈辱である。
アグレルはそんなステラを睨みつけたまま、真剣な口調で続けた。
「私はレビンを探すために外に出たんだ。ステラ・リンドグレン。お前は、そのための口実だ」




