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27. 止まっていた間の出来事

 前回来たときに通されたのは執務室だったが、今回通されたのは応接室だった。

 天井がやたらと高く、巨大なシャンデリアがぶら下がっている。そしてなんだかやたらと手触りが良い生地で作られた適度な柔らかさのソファは、今ステラが借りている部屋にある豪華なソファの倍くらいの大きさがある。

 そのほかのインテリアも明らかに高級品が並んでいる。


(セレンさんが服を用意してくれててよかった……)


 セレンが用意してくれていたのは淡いグリーンのワンピースで、白い小花模様が可愛らしいものの、どちらかというと普段着というよりもフォーマル寄りのきっちりした服だった。

 前回は突然連れて来られたため服装は普段着だったが、特に問題はなかった。――だから、こんな立派な服で出かけるのは気合入りすぎでは? と、応接室に足を踏み入れるまでは思っていたのだが。

 この応接室の、このソファに、普段着で腰掛ける度胸はステラにはなかった。

 セレンはこの事態を想定して準備していたのだろう。戻ったらお礼を言わねばならない。


 ソファに腰掛けてからもそわそわと落ち着かないステラの様子に、リヒターがぷっと吹き出した。


「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。この部屋ね、昔の派手好きの当主がいて、その頃に飾り立てたんだよ。そのあとは誰も手を入れていないから結果的にアンティーク品だらけになったってだけだから」

「結果的になっただけでも高級品に違いはないじゃないですか……あのシャンデリアだって、あんなキラッキラで大きいの……落ちてきたら確実に人が死にますよ」

「あははは、そりゃあ落ちてきたらね。高級かどうかは関係ないじゃないか」


 そうですけど……とむくれるステラをくすくすと笑いながら、リヒターは足を組んだ。まるで彼がこの部屋の主であるかのような堂々とした居住まいである。

 ちなみに本来の主であるノゼアンは仕事が立て込んでいて、まだここに来ていない。


「さて、当主たちが来る前にある程度事情を把握しておきたいだろ?」

「あ、はい。正直まだなにがなにやら」


 そりゃあそうだろうねとリヒターが苦笑する。

 一年の間にいろいろなものが目まぐるしく変わっている。本家とリヒターたちの関係も大きく変わったらしい。雰囲気から察するに、おそらく改善する方向に。


「ステラはシンから、自分の身に起きたことは聞いてるんだよね?」

「時間が止まってたことですか?」

「そう。そこが分かっているのなら、その話は後回しにしようか。――じゃあ、ステラが止まっていた間の出来事をざっと教えておくね。まず、ユークレースのことだ」 


 ――ステラがクリノクロアの能力を使い、自由を奪われ彷徨っていた精霊を開放したことで、エレミアの呪いは解けて幻覚や幻聴もおさまった。

 だが、彼女の体は既に限界近くまで衰弱しており、数日間は生死をさまよっていたらしい。それでもなんとか一命をとりとめ、とぎれとぎれながらも会話ができるようになるまで二月ほどかかったそうだ。

 そしてある程度彼女が落ち着いたところで、呪術により死亡したとされていた子供――シンシャが実は生存していること、そしてその彼をリヒターが自分の子として引き取るつもりであることを伝えた。


 エレミアは――シンシャが生きていることを喜び、涙を流した。


 呪いによる幻覚や幻聴は、様々な人の姿や声を使い繰り返し繰り返し幼い子供を殺したエレミアを責め立てたのだという。

 幻は結局のところ、エレミア自身の心が作り出したものである。彼女の心の奥にも、罪のない女性とその子供に、呪術という精霊術士が最も忌むべき力を向けたことを悔やむ気持ちがあったのだ。

 絶え間なく襲ってくる幻と衰弱していく体のせいで、ここ数年はほとんど正常な思考ができなくなっていたため、逆に言えば現実と向き合わずに済んでいた。

 しかし、呪いから解放されたエレミアは嫌でも静かに自分の罪と向き合わなければならなかった。

 ――シンシャが生きているという事実は、そんなエレミアにとって唯一とも言える喜びだったのだ。


 後日、シンシャ本人に引き合わせても危険はないとリヒターが判断したため、エレミアはシンシャに対して直接謝罪をしたらしい。


「私の犯した罪は消えません。私はあなたの人生を踏みにじり、長い苦しみを与え続けてきたのですから、許されることは望みませんし、謝罪を受け入れてもらえるとも思っていません。――ですが、それでも、あなたが生きていてくれてよかった。心の底から、本当にそう思っています」


 ふらつく体でベッドから立ち上がり深く頭を下げたエレミアに、シンシャは淡々とした態度で答えたという。


「無理をせずに座ってください。許すもなにも、私は別にあなたを憎んでいません。それに、あなたのせいで苦しんできた覚えもありませんから……ただ、ステラがずっと目覚めなかったら、あなたのことも、当主のことも、憎むと思います」


 その時点でクリノクロアの関係者とは連絡が取れており、『使った能力の規模から考えて数年以内に目覚めるだろう』という情報があったのでまだよかったが、それがわからない状態だったら「僕も含めて全員シンに殺されてたかも」、とリヒターは冗談めかして笑った。

 しかし、セレンからシンシャが『こじらせて』いると聞いたばかりのステラにとってはあまり笑いごとではなかった。


 当主夫妻の合意を得て、シンシャは名前を『シルバー・ユークレース』と改め、正式にリヒターの息子となった。


「えっ、シンの名前が変わったんですか?」

「うん。シンシャは女性名だからね。でも愛称は今まで通りだよ」


 セレンもアルジェンも『シン』としか呼ばないので、せっかくの名前もほぼ聞く機会はなさそうだ。


「それで……シンが、普通に喋れるようになったわけだけど」

「はい。よかったです……イライラするとダメとは言ってましたけど、大分楽になりますよね」

「うん。そうなんだ。落ち着いていれば普通に喋れる。ただ怒ったりイライラしたりすると今まで通りなんだ」

「あ、そこは威力が弱まるんじゃなくて今まで通りなんですね……」

「そう。――なんでそれが分かったと思う?」


 突然の質問に、ステラはぱちくりと瞬く。

 今まで通りだと分かったということは、どこかのタイミングでシンシャ――もとい、シルバーが怒ったりイライラしたりしたということになる。

 ステラは口をとがらせ、リヒターを睨めつける。


「リヒターさん、またなにか余計なことを言ってシンを怒らせたんですか?」

「え、微塵の迷いもなくそういう結論になるの? ……しかも『また』って……違うよお。怒らせたのはクリノクロアのお方だよ。二回精霊を暴走させて、そのうち一回は我が家の壁に大穴が空いた」

「え!?」

「相手に怪我がなかったからまだいいけどね。危ないからあの二人はなるべく合わせないことにしてるんだ」

「シンが……なんでそんなに? だってシンってそんなに怒るようなタイプじゃないじゃないですか」

「今のあいつが怒る理由は一つしかないよ。クリノクロアの……アグレル君っていうんだけど、彼がステラを侮辱したからだ」

「……へ?」


 ステラは再び瞬く。

 普段冷静なシルバーが激しく怒った理由は、ステラが侮辱されたから。

 頬に朱が滲むのを感じて、ステラは顔をうつむけた。


「く……クリノクロアの人は私が気に入らないんですか?」

「うーん、アグレル君はステラのお父さんをかなり尊敬していたみたいでね。どうやら、ステラのお母さんとステラにレビン氏を取られたと考えてるみたいなんだよね……」

「え……発想が完全に子供じゃないですか……」


 照れていたのも忘れ、ステラは思わずドン引きした声を出してしまった。そのアグレルという人物はステラよりも幼いのだろうか。


「だよねえ。彼はそういう子供みたいな理論でステラやステラのお母さん、それにアントレルのことを馬鹿にしてね。いくらなんでも言いすぎだったから僕も文句を言おうと思ったんけど、その前にシンがキレて壁が吹っ飛んでた」


 そう言ってリヒターは、あははっと笑った。


「いやあ、アグレル君がクリノクロアの人間じゃなかったら死んでたかもね」

「……いや、笑い事じゃありませんし……」


 息子が自宅を破壊して人を殺しかけたというのに笑えるリヒターがおかしい。


「正直なところ、シンはかなり我慢したと思うよ。そのくらいひどかったんだよ。……で、ステラはこれからそのアグレル君に会うわけだ。当主から正式に抗議してもらってるし、多少はマイルドになってると思うけど、不愉快なことを言われるのは覚悟してね」

「はあ。……あの、でもなんでその人はここにいるんですか? そのアグレルさんが来てから何ヶ月も経ってるんですよね。そもそも、なにをしにここへ?」


「馬鹿でなにも知らない子供にクリノクロアの能力の危険性を教えるためだ」


「うわ!」


 突然背後の頭上から聞こえてきた声に、ステラはバッとソファから飛び退く。

 後ろに立っていたのはステラと同じ薄桃色の髪の男だった。年の頃はステラより上で、少年というよりも青年という感じである。そして、琥珀色の瞳は恐ろしく目付きが悪い。


「おや、アグレル君。声をかけずに突然入ってきたら驚くよ」


 全く驚いた様子のないリヒターがそう言うと、アグレルと呼ばれた男は片眉を吊り上げてリヒターを睨んだ。


「よくいう。あんたは私が入ってきたことに気付いていただろう」

「リヒターさん……」


 それでは、本人がいることを分かっていていろいろと喋っていたのだ。この人は……とステラが呆れた目を向けると、リヒターからはニコッと笑顔が返ってきた。

 そうだ、こういう人だった。

 ステラはため息を一つ落としてから姿勢を正し、アグレスの方を向き軽く頭を下げた。


「……はじめまして、ステラ・リンドグレンです」

「わざわざ聞かなくても知っている」


 まあそうでしょうね。

 そうは思うが、はじめの挨拶くらいするのが礼儀だろう、とステラはイラッとする。さすが、シルバーが「あんなやつ」というだけのことはある。


「当主はまだみたいだね。ま、いなくてもいいでしょ」


 話を進めようか、とリヒターが続ける。


「え、いいんですか」

「あんたはいい加減すぎる」


 アグレルの態度は気に入らないが、これに関してはステラも同意見である。だがリヒターは気にした様子もなく、「いいのいいの」と軽く流した。


「じゃあ、ユークレースの話は終わったから、次はステラの話をしようか」

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