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26. ユークレース一族の注意点

「ステラちゃんにお話しておかないといけないことがあります」


 服を渡すから、と言われてついていった夫妻の部屋で、セレンが真剣な目をしてステラにそう切り出した。


「は、はい、何でしょうか……!」

「あら、ごめんね。そんなに緊張しなくて大丈夫よ」


 セレンのあまりに真剣な目にを見て、反射的にぴしっと背筋を伸ばしたステラの様子にセレンは少し表情を緩めた。

 とりあえずこれね、と服をステラに渡したセレンはこほんと咳払いをする。


「話っていうのは、ユークレース一族の注意点なの」

「注意点……?」

「あのね、ユークレースの血をひいている人たちって、もれなく……こう、刷り込みっていうか、初恋の人に固執する傾向があるのよ。一人の相手を選んだらもう一直線、みたいな」

「……それって」

「ええ、たぶんステラちゃんも分かったと思うんだけど……シンは、ステラちゃんを選んだみたいなの」


 ――シンシャが、ステラを選んだ。

 ではやはり、あの甘い表情と妙に近い距離感は、恋愛感情からくるもの。

 ボボッと一気に頬が赤くなる。


「……な、な、なんで私……」


 あんなに綺麗で優しい。もう女性の格好をする必要もないし堂々と表に出られる。きっとこれから、彼に焦がれる女性はたくさん現れるはずだ。

 ステラのように、謎の一族の血をひいている、得体の知れない田舎娘を相手にしなくてもいいような人なのに。


「シンは割と初めからステラちゃんを気に入ってる感じだったのよね」

「え!?」


 以前、そんな素振りがあっただろうか。

 約一年前――ステラにとってはつい数日前の出来事だが――のシンシャの様子を思い出してみるが、どこを切り取ってみても素っ気ない態度でしかなかった気がする。会話のために手をつなぐことは何度かあったが、それも微妙に嫌そうにしていたはずだ。


「うふふ、初めは照れてたのよね。気になり始めたところだったのに、その矢先にステラちゃんが倒れて……話もできないし、いつ目覚めるかもわからないし、って状態が一年近く続いて……その間にすっかりこじらせちゃった感じね!」

「こ、こじらせちゃった!?」

「あ、でもね、もしもステラちゃんが無理だったら言ってね。ちゃんとシンに言って聞かせるわ。大丈夫、あの子は言って分からない子じゃないから」


 呆然とするステラに、セレンは慌てて手をパタパタと振った。


「えーと、ユークレースの人って一途で浮気の心配がないのはいいんだけど……行き違っちゃうとノゼアンとラウラみたいな問題の原因になっちゃう可能性もなきにしもあらず……というか……」


 セレンは非常に言いにくそうに視線をさまよわせ、胸の前に組んだ手を何度もそわそわと組換えた。

 ノゼアンとラウラのような――つまり、無理矢理、自分のものに。


「だから、とても申し訳ないけど、一つだけ教えて欲しいの。現時点でステラちゃんにとって、シンが『あり』か『なし』か。『なし』なら早めに諦めさせるから」


 確かに、そんな可能性があるのなら親としては放っておけない問題だろう。

 だから確認したいのは理解できる。でも。


「え……っと、その……」


 正直、シンシャのことは嫌いではない。むしろとても好意を持っている。だからといって恋愛感情を抱いているかと言われると――正直よく分からない。

 分からない、けど。

 シンシャの長い指が優しく頬をなでる感触や、柔らかい微笑みが脳裏によみがえってきて、心臓がどくどくと脈打つ音が自分の中に響く。


「な…………」


 やっと絞り出した声はかれていて、他人の声のように聞こえた。

 ステラは一度言葉を止めて、すうはあと呼吸を整える。


「……なしでは、ない、です……」

「本当!?」


 『あり』という勇気はなかった。けれど、離れがたい気持ちがあるのは事実で――ステラは結局中途半端な返事をした。

 だがセレンにとってはそれで十分だったらしい。彼女は心配げに下げていた眉をパッと開いて、目を輝かせて明るい声を出した。


「は……はい」

「ありがとう!!」


 セレンはぱっとステラの両手を掴んで、ぎゅうっと握る。

 その勢いにステラはややのけぞりながら、きょどきょどと視線をさまよわせた。


「えと……でも、まだ私、好きとか恋愛感情とか、よく分からなくて……」

「ええ、ステラちゃんにとっては突然だものね。――でも、あの子にチャンスをくれてありがとう。それだけでうれしいわ」


 微笑むセレンの表情は母親のもので、ステラはまた自分の母の姿を重ねてしまい、胸がきゅっとなる。

 クリノクロアの人もやってきているというこの状況でレグランドから離れるのは難しいかもしれない。でも、せめて手紙を送ろう。

 今すぐにでも手紙を書きたいが、その前に本家に顔を出さなければいけないようなのでその後で――と考えて、先ほどの話で引っかかる点があったことを思い出した。


「あの、当主様たちのような問題の原因とおっしゃいましたけど、当主様のあの問題はユークレースの気質によるものっていうことですか……」


 ステラがおずおずと聞くと、セレンはピクッとわずかにだが頬を引きつらせた。


「……そうね。ユークレースはそういう問題がちょこちょこ起きている家系でもあるの……だから一族としてはあんまりノゼアンの罪を問わなかったのよ」


 ちょこちょこ起きている家系。

 以前シンシャが、ユークレース当主の突然の交代は過去にもあるようなことを言っていたが、まさか……とステラは指で眉間をもむ。


「それにしても、当主様は理性的な人に見えましたけど……周りに止められる人はいなかったんですか?」

「……リヒターが昔からノゼアンに諦めろって説得していたの。ラウラは別の人を選んでいたからね。……でもだめだったの。他のことは理性的なのに……何なのかしらね、もうユークレースの背負った業みたいなものなのよね」


 理性的な人なのに、愛する相手に関することでは歯止めが利かなくなってしまう。それがユークレースの血にまつわる業だというのなら――。


「……ちなみに、それはシンも同じなのでは……?」


 セレンは微笑みを顔に貼り付けたまま、ピタリと動きを止める。

 そして、両手を胸の前で合わせて小さく首をかしげるとニコッと満開の笑顔を浮かべた。だが、視線は微妙にステラからそらされていた。


「えへっ。だからステラちゃんが『なし』って言わないでくれてよかったわ!」

「……わあ……」

「あ、でも、必要であればちゃんと説得はするつもりよ! もう無理って思ったらすぐに相談してね」


 説得に効果があるかどうかは別として。

 という本音が聞こえたような気がしないでもないが、それくらいにユークレースの人たちの初恋は大変なものらしい。


「……ということは、セレンさんはリヒターさんに選ばれたんですね」

「ええ……大変だったわ……」


 これ以上自分とシンシャのことについて話をするのはいたたまれなくなってきて、ステラは話の矛先を変えた。だが、話は変わったものの、一気にテンションが落ちて遠い目になったセレンの様子にビクッとする。


「リヒターはあの見た目で、しかも愛想がいいものだからまあ壮絶にモテてね。それなのに、別に美人でも何でもない、平凡で幼なじみの私を選んじゃったから――毎日毎日嫉妬と嫌がらせの日々で……あらかたの罵詈雑言を浴びせられて、およそ思いつく限りの地味な嫌がらせを受けたわぁ」


 おかげで大抵のことでは動じなくなったけどね、と朗らかに言ったセレンの微笑みが、歴戦の勇士のそれのように見えてステラは口元を引きつらせた。もしや、それはこれからの自分も乗り越えなければならない道なのではないだろうか――。


(いや、それは私がシンの想いに応えることが前提で……っていうか別にシン本人から求愛されたわけじゃないじゃん)


 そうだ、思い上がってはいけないと自分に言い聞かせたばかりではないか。

 シンシャがステラを選んだというのも、そもそもセレンの勘違い――というには多少無理がある気もしなくもないが――かもしれない。


 ぐるぐると思いを巡らせ、せわしなく表情を変えるステラの様子に気付いたセレンは、自分も昔はこんな風に思い悩んでいたのよね、と、こっそり笑った。


「さあ、きっと本家の方でもステラちゃんを待っているから、着替えて準備をしましょ。ステラちゃんは元々かわいいけど、もっとかわいくしていくの。先制パンチが重要だからね」

「せ、先制パンチ……?」


 ある意味恋愛トークだったはずなのに、いつの間に戦いの話になっていたのだろうか。目をぱちくりとさせたステラに、セレンが困ったような顔をした。


「ユークレースは大きな家だし、取り入ろうとしてくる人たちは沢山いるの。そういう人たちからしたら一族に見初められた外部の人間って面白く映らないのよね。なにかと揚げ足を取ろうとしてきたりするから……それに、シンは今までいなかったはずの当主の息子だから、次期当主の可能性もあるなら娘を売り込みたいって考える人もいたりね」

「うわあ……大きな家の人は色々考えないといけなくて大変ですね……」


 なんかこの台詞、前にも言った覚えがあるな……と思いながら口にする。

 いつ言ったんだったっけ――と考えているとセレンが苦笑した。


「そうね。でも、ステラちゃんも巻き込まれちゃってるんだけどね」

「うへえ……」


(思い出した。当主様の執務室でガイロルさんの正体について話してたとき……)


 そういえばあのときは、リヒターに似たようなことを言われたんだった、とステラはため息をついた。

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