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21. 人質

 前当主の関係者が警備に口出しをしてきて云々――という話を先ほど聞いたばかりだったのだが、現在のユークレース家はどうやら一族のあちこちで問題が起こっているらしい。そのため当主のノゼアンは朝から晩まで対応に追われていて、ステラが突然訪問することになったのは、たまたま予定のキャンセルがあったところに無理矢理予定をねじ込んだからだった。


 わけも分からず馬車に乗せられ、先日シンシャ達と眺めた大きな門をくぐって橋を渡り、たどり着いたのはとんでもなく大きなお屋敷だった。

 ユークレースの紋章が描かれた旗がひるがえるその建物は、ステラからしてみたらお屋敷というよりももう城である。


「うわー……」

「なんか、感嘆って感じの声じゃないな」

「お金ってあるところにはあるんだなって」

「……そうだな」


 そりゃあ、お家騒動も起きるだろう。と、一人納得するステラに、セグニットは笑いをかみ殺して肩をふるわせた。

 リヒターとステラ、そしてついでに事件の報告をするというセグニットの三人連れが屋敷の入り口前に立つと、扉の両側に立っていた兵士が敬礼をして恭しく開けてくれる。

 こんなに大きくする必要はあるのだろうか――というくらい大きなその扉をくぐると、目の前に舞踏会でも開けそうなくらいに大きなホールが広がっていた。


「あー、この無駄な広さ、設計時にサイズ感を間違えちゃったんですかね」

「ぶっ……嬢ちゃん、頼むから黙っててくれ」


 ろくな説明もなく連れてこられたステラの機嫌は最悪で、やさぐれながらぼそりとつぶやいた言葉がセグニットの笑いのつぼにはまってしまったらしく、切実な表情で文句を言われてしまった。

 もう一人の同行者であるリヒターは、馬車を降りたあたりからほとんど言葉を発していない。代わりにステラの周囲の空間を注視している様子なので、もしかしたら精霊が飛び回っているのを見ているのかもしれない。


 ホールの中央付近に、いかにも執事といった風情の中年男性が一人立っており、ステラたちの姿を認めるなり深々と頭を下げた。


「リヒター様、お待ちしておりました。執務室へご案内いたします」


 執事の丁寧な言葉に、リヒターはおや、と眉を上げた。


「いつになく丁寧だね。まあ、勝手に行くから案内はいらないよ。ご苦労さま」


 「ステラ、ついておいで」と歩き出すリヒターに、執事は再び深く頭を下げた。

 ステラは頭を下げ続けている執事をチラリと窺いながら、少し行ったところで振り返って待っているリヒターに小走りで駆け寄った。セグニットもそのステラの少し後ろをついてくる。


「執務室って、当主様の執務室ですよね? 私がついて行っていいんですか?」

「うん? いいよいいよ、どうせ書類にサインするだけの仕事してるんだし」

「いや、さすがにそれは言い過ぎでは……」


 今の当主は優秀だと聞いているので仕事はきちんとこなしていると思うのだが、リヒターはひらひら手を振ってつまらなそうに続けた。


「今は本当にくだらない雑務処理に追われてるんだ。分家の嫌がらせだね」

「リヒターさんもしてるんですか、その嫌がらせ」

「まさか。僕がやるならもっと容赦なく追い詰めるよ」


 ニコッと曇りのない笑顔が返ってくる。

 そんなことはやらない、とは言わないんですね……と、ちょっとだけ聞かなければ良かったなと後悔しつつ、ステラは乾いた笑いを漏らした。



***



 ノゼアン・ユークレースはリヒターとほとんど変わらない年頃の男性だった。

 リヒターの叔父だというので、ステラは勝手に中年男性を思い描いていたのだが、おそらく年齢でいったら五つも離れていないだろう。

 そしてやはりシンシャは母親似のようだ。どことなく中性的なリヒターやシンシャと違い、ノゼアンは精悍な顔立ちをしていた。――とはいえ、基本的に美形なのはユークレースの家系の特徴らしく、リヒターとノゼアンが並んでいると非常に目の保養になる。


「あなたがステラだね」

「はい、ステラ・リンドグレンと申します」


 椅子を勧められて座りながら、ステラはノゼアンを観察する。

 事前に大人達からくそ野郎だのなんだのと聞かされていたのだが、それが信じられないくらいに柔らかく落ち着いた雰囲気の紳士だ。


(……と、いっても過去に過ちを犯しているから『くそ野郎』って言われてるんだろうけど)


 そう思いながらチラチラと見ていると、ノゼアンと目が合った。その瞬間、ノゼアンの顔にふわりと柔らかい微笑みが浮かぶ。


(うっ……魔性の微笑み、再び……)


 さすがに今回は口には出さなかったが、ユークレースの特殊能力の一つではないだろうかと思えるくらいに魅力的な微笑みだった。嫉妬で狂ってしまったエレミアの気持ちも少し分かる気がする。


「あなたがレグランドに来てから、精霊がずっとざわついていたよ。早めに会いたかったんだけどなかなか時間がとれなくてね」

「精霊が騒いでいるんですか? 私が来たから?」


 レグランドに来ただけでそんなに精霊達がざわめくほど、強烈に恐れられているのだろうか。ステラがややしょんぼりしながら聞き返すと、ノゼアンは真剣な表情で頷いた。


「ああ。今も大騒ぎしているよ。クリノクロアの姫が来たとね」

「は? 姫?」


 ノゼアンの言葉に、ステラは大きく瞬きをした。


「精霊達はあなたを姫と呼んでいる。理由は……『姫だから』だとしか教えてくれないな。精霊は自分たちが興味を持っていることしか話さないからね」

「姫!?」

「ステラは姫君だったのか」

「マジか、じゃあ嬢ちゃんじゃなくて姫様って呼ばないといけないな……」

「やめてください、本当に」


 おそらくノゼアンは本当に精霊の言った言葉を口にしているだけなのだろうが、他の大人二人は明らかにステラをからかっている。特にセグニットは本気で姫様と呼びかねない口ぶりだ。


「まあ姫はさておき、精霊が言うなら、ステラがクリノクロアの血を引いているのは間違いないってことだからね。予定通り話を進めた方がいいだろう」

「ああ。――ステラさん、こちらはあなたを一旦ユークレース本家の庇護下に入れようと考えている。あなたが同意してくれるならすぐにでも手続きをしよう」


 リヒターの言葉に頷いたノゼアンの提案は、ステラには理解できないものだった。

 ユークレースほんけの――


「ひごか?」

「そう、庇護下。ああ、あなたはクリノクロアのことを知らないんだったな」

「はあ、まあ」


 いったいクリノクロアがどういう家で、どこがどうなったら、国内有数の名家の庇護下に入れるという話になるのか。

 分からなさすぎて、ステラはぽかんとした顔になってしまう。


「……あそこの一族は徹底した秘密主義でね。私が顔を知っているのも当主だけで、他にどんな人物がいるのかもはっきりしないんだ。正体を隠してあちこちの町で暮らしているとか、隠れ里のようなところで集まってひっそりと暮らしているとか、色々噂はあるのだけど真相は判然としない」

「はあ……」

「ただ、そのどちらであっても自由な暮らしとはいえないだろう。もしも彼らが、あなたの存在を知ったとしたら――あなたはクリノクロアの一族の者として彼らの監視下に置かれる。今のように自由な身分ではいられなくなるんだ」


(た……確かに……)


 クリノクロアは家出をしたステラの父の行方を今も探している。おそらく見つけたら連れ戻すつもりなのだろう。

 その子供が見つかって、しかも能力を継いでいる可能性があるとしたら――どこなのかは分からないが、クリノクロア家の本拠地に連れていかれるのは間違いない。その先の生活は、当然今まで通りとはいかないだろう。


「あなたが納得してそれを受け入れるなら、それはそれでかまわない。だが、彼らはあなたが納得しようとしなかろうとあなたの行動に制限をかけようとするだろうね」

「……それだけ、クリノクロアの能力が危険だから、ですか」

「そうだね、精霊術士からしてみたら恐ろしい存在だ。だから争いの種にならないよう、彼らは徹底して自分たちを律しているんだ」

「そんな私をユークレースの庇護下に入れるというのは、どういう意図でしょうか」

「さっきも言ったけれど、あなたが納得してクリノクロアの待遇を受け入れるなら口出しはしない。だけど、今のあなたはその判断ができないだろう。なにせ、なにも分からないんだから。――だから、少なくともあなたがその判断を下すまでの間ユークレースがあなたの後ろ盾となる。ユークレースは古くから続く家門だし、この件について弱点を持つ方である精霊術士側からの提案ならばクリノクロアも無碍にはできないだろう」


 つまり、ユークレース家が、ステラをクリノクロア家から守ってくれるというのだ。まるでステラのことを心配して善意で持ちかけているような話に聞こえて、ステラは顔をしかめた。


「……なぜ、そんな話を持ちかけるんですか。クリノクロアが本当に私を自分たちの手元に置こうとするなら、それを邪魔するユークレースは、下手をしたら敵対する意思があると捉えられてもおかしくないですよね。それなのに、そちらに何の益が?」


 警戒心をあらわにしたステラの様子に、ふ、とノゼアンが笑った。


「なるほど、聞いていたとおり賢い子だね」


 どうやら事前にリヒターがステラについて話をしていたらしい。ステラがチラリとリヒターに視線を向けると、彼もニコと笑った。

 思わずステラの眉間にしわが寄る。リヒターはノゼアンを嫌っているが、底を見せない感じの笑い方がそっくりである。つまりどちらも信用できない。


「取り繕ってもあなたには分かってしまうだろうから、事実だけ話すよ」

「……はあ、お願いします」


 始めに良い条件を示して、その後「実は……」と裏事情を明かしてみせるのは人を信用させるためのテクニックだ。ステラは口をへの字に曲げたまま話を促した。

 ステラがそのカラクリに気付いていることが分かったらしいノゼアンは「本当に賢いね」と、今度は愉快そうに笑った。


「実のところ、ユークレースからしてみるとクリノクロアというのは得体の知れない恐ろしい存在でね。今のところ彼らは基本的に王家以外と交渉の席を持っていないけれど、今後もそのスタンスでいてくれるかどうかは分からない。そもそも王家がこちらに牙をむくこともあるかもしれないしね。――そこで、あなたというカードを持って彼らとの話し合いの場を作りたい。今後も友好関係でいましょう、という話し合いのね」

「つまり、私は人質ということですか」

「簡単に言ってしまえばそうだ。ただ、これはあなたにも利がある話だろう? あなたは自由を、ユークレースは平穏を手に入れられる」

「……そうですね」

「生活環境も整えるよ。安全面の都合上、この島の中か近隣にはなるけど、衣食住を提供するし、あなたが望むなら勉強もできるように手配しよう」


 結局のところ、クリノクロアの監視下に置かれるか、ユークレースの監視下に置かれるかの違いだ。どちらかといえば後者の方がまだ融通が利く『かもしれない』程度の差である。


「拒否したらどうなりますか」

「なるべくなら拒否はして欲しくないけれど……そうだね、今すぐクリノクロアに連絡をして、あなたの存在を明かして、引き渡す意向があると伝えて先方に恩を売ることになるかな」


 手を組んで微笑みを浮かべるノゼアンに、ですよね……とステラはため息をつく。


「……分かりました、人質になります」

「あくまでも庇護下に入れるだけだよ」


 イケメンの笑顔が嫌いになりそう――と、ステラはもう一度ため息をついた。

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