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15. お礼

 堤防の向こう側の大騒ぎが静まった後、少ししてアルジェンがリシアを抱えてこちらへ戻ってきた。

 動きがなくなってきたトピアリーの中身が生きているのか心配になって、拾ってきた木の枝でつついているところだったステラは慌てて立ち上がって二人に駆け寄った。

 アルジェンの白いシャツにはぽつぽつと赤い色が散っている。位置からしておそらく返り血だろう。シンシャの言うところの「なおさら全力を出した」結果か……と思わず乾いた笑いが漏れた。

 そして、ステラはそのアルジェンに抱きかかえられたリシアの顔をのぞき込んだ。


「お帰りアル、リシア……うわあ、痛そう」

「そっ……そんなにひどい怪我は、していない……です」

「応急処置します。アル、そこに座らせてあげて」

「わかった」


 リシアの頬は青紫に腫れており、別れたときはかけていたはずの眼鏡をかけていなかった。ひしゃげて壊れていたので男の一人が海に捨ててしまったらしい。

 捕まるときに精霊術を使おうとしたため、口を封じるために顔を蹴られたのだとリシアが言った瞬間、アルジェンからひやりとした気配が流れてきたのだが、そこはシンシャがすかさず叩いて黙らせていた。


「ちょっと染みるので我慢してください」

「はい……」


 ステラはいつも持ち歩いている応急処置道具から消炎作用のある軟膏を塗った湿布を取り出し、リシアの頬に貼った。

 少し染みたらしく、眉をきゅっと寄せたリシアを、ステラは改めてじっくりと観察する。

 だいぶ泣いたらしく目の周りが腫れている。唇や口の中も切っているようだが、そこまで派手に切れていないのでこちらは放っておいても問題ないだろう。手足は細かい擦り傷と、縛られていたところが赤く腫れているくらいだった。


「……他は大丈夫そうですね。ほっぺたの痣はしばらく冷やしてください。で、早めにお医者さんに」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ」


 身を縮こめて頭を下げるリシアに、ステラは気にしないでと両手を振った。


「うーん、あとは冷やす物があれば……」

「氷いる?」


 目の周りが腫れているのを冷やしてあげられるんだけど、という呟きを拾ったシンシャが、ステラの顔を見て首を傾げた。精霊術で氷が出せると言いたいらしい。


「あ、そうか。お願いできる?」

「うん――氷。少しだけ」


 ステラは鞄からハンカチを引っ張り出して手の上に広げる。その上にシンシャが手をかざすと、パキパキと微かな音を立てながら、小さい氷の塊がころころとハンカチの上に現れた。


「わわ、こぼれる」


 「少しだけ」というシンシャの言葉がどの程度配慮されたのかわからないが、少なくともステラの両手からはこぼれるほどの氷が手に入った。そのうち半分ほどをハンカチで包み、リシアに渡す。せっかくだが残り半分の氷は使い道がないので地面に放置だ。


 そこに、落ち着きを取り戻したアルジェンが寄ってきて、ステラの鞄を引っ張ってのぞき込んだ。


「ステラっていつも傷薬一式持って歩いてんの?」

「え、うん。一人で森に入ったときに怪我したら困るから」

「へー、さすが秘境の住民は違うな」

「は? けんか売ってるなら買うけど」

「ふ、二人とも、けんかは……」


 よくないです、というリシアの声と同時に、シンシャの拳がステラとアルジェンの頭に降った。


「痛い! 雑! 雑な仲裁はよくないと思う」

「そうだよ。何で俺まで」

「もう一回?」


 口々に文句を言ったステラたちに、シンシャはかわいらしく首をかしげて両手の拳を握って見せた。二人がふるふると首を振ると、シンシャはうん、と一つ頷いた。

 一戦交えそうな空気が回避されたことにホッとして、感謝を込めてシンシャを見たリシアは、彼女の着ている服に開いている大穴に気付いて目を丸くした。


「あ、あの……シンシャさん、服、破れて……」

「……忘れてた」


 シンシャは本気で忘れていたらしく、べろんと開いた服の生地をつまんで思案顔を浮かべる。そしておもむろに生地同士を結ぼうとしたのだが、いまいち上手く穴が隠れない。しばらく悪戦苦闘するのを見守ったところで、ステラは自分の鞄の中身を思い出して「あ」と声を上げた。


「包帯留めるためのピンがあった。とりあえずこれで破れたところを留めなよ」

「……ありがとう」


 言外に「そういうのがあるなら早く出せよ」という雰囲気を漂わせながら、シンシャがピンを受け取った。

 そんな顔をされても忘れていたものは仕方がないじゃないか、とステラが口を尖らせたところで、バタバタと複数の足音が聞こえてきた。アルジェンの話ではセグニットが漁師小屋にあった通信機で通報したらしく、警吏が駆けつけてきたのだ。


「こ……これは?」


 やってきた警吏たちは、足下に横たわった、時折微妙にうごめくトピアリーに視線を落として全員絶句した。静まったなかに、くぐもったうめき声が聞こえる。


「あー……とりあえずこの置物のことは気にせずに。堤防の向こう側に怪我人と、倒されて伸びている犯人グループがいるので、そっちの対処をお願いします」

「あ、ああ、分かった。行くぞ」


 警吏達は気味悪そうに足下へちらちらと目を向けながらも、アルジェンの言う通り、堤防の向こうへと駆けていった。


 その後しばらく、バタバタと警吏による捕物――と言っても、既にセグニットの手で縄をかけられていたので連行するだけだった――が行われ、リシアがしきりに気にしていた怪我人も搬送された。


 そして最後に、トピアリーになっていた男たちが開放されたのだが――。

 開放されると同時に暴れてやろう――と構えていたらしい二人は、手足を拘束していた草木が外れた直後に勢いよく声を上げて跳ね起きたものの、周りをぐるりと取り囲んだ警吏たちを見た瞬間、まるで風船から空気が抜けるときのようにしなしなと勢いを失い、がっくりと肩を落として連行されていった。



***



 リシアが警吏の付き添いで帰るのを見送ったあと、ようやくステラたちも帰路についた。アルジェンが嫌だとだだをこねたものの、念の為の護衛だと言い張ってセグニットも一緒についての帰宅である。

 玄関で一行を出迎えたリヒターは、セグニットの顔を見るなり目を丸くした。


「あれぇセグ。僕がいるときに来るのは珍しいね」

「来たくはなかったけどな。お前の息子が暴走したから、保護者に小言言いに来た」

「ええー。嫌な予感……」


 セグニットは出迎えたリヒターの肩を掴んで、そのまま引きずるようにズカズカとリビングの方へ向かっていった。勝手知ったる我が家、と言わんばかりの動きに、ステラはぽかんとする。


「……リヒターさんとセグニットさんは知り合い?」

「ああ、セグは父さんの幼馴染なんだ。元王城の軍人で、今はレグランドの警備の総括をやってる」

「警備の総括……って、偉い人だよね」

「多分レグランドの警備関係の人の中で一番偉い」

「……」


 道理でさっきの警吏の人々がキビキビと動いていたわけだ。

 アルジェンが彼を連れてきた時に、暇そうにしてたとか警吏が見つからなかったから代わりにとか言っていたせいで、完全に知り合いのおじさんを連れてきたのだと思っていた。


「そんな人をよく捕まえてきたね……」

「今日は非番だって知ってたから家から連れてきた。広場の近くに住んでるんだ」

「うわあ……」

「ま、どのみちユークレース本家絡みの事件だから引っ張り出されることになってただろうし、結果オーライさ」


 確かに地域のお偉いさんの子供が誘拐されたというのに、警備のトップが家で休んでいるわけにはいかなさそうだ。逆に真っ先に駆けつけて事情を把握できたのだから手間が省けたということか。


「ところで暴走って? アル、なにかやったの?」

「まあ細かいことはいいじゃん」

「うっかりやりすぎて重症を負わせたとか、殺しそうになったとか」

「……セグに止められたからやってない」


 ついっと目をそらすアルジェンの様子になるほどね、と苦笑する。

 どうやら彼はリシアのこととなると加減が効かなくなるらしい。


「止めてもらったことに、お礼言った?」

「……言ってない」

「言ってきなよ。やりすぎてたら、きっとリシアは『自分のせいでアルが人を傷つけた』って考えて苦しんでたよ」


 アルジェンはリシアのことについて思い当たるところがあるのか、少しの間居心地悪げに視線をさまよわせ、そしてステラに視線を戻すと、ほんの少しだけ頷いた。


「……わかった。言っとく」

「うん」


 よしよし、いい子。と微笑むと、アルジェンは諭されたのが恥ずかしかったのか、頬を赤くしてそっぽを向き、「服汚れたから着替えてくる!」と階段を駆け上がっていった。


「さて、私も部屋に本を置いてくる。……ああ、シンも着替えないとだね」


 と、シンシャを見上げると、ぽん、と頭に手を載せられた。

 へ? とステラが固まっていると、シンシャは特に何も言わず、すっと階段を上がっていってしまった。


「……?」


 ステラはしばらくぽかんとしたあと、首を傾げつつ自分に与えられた部屋に戻った。

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