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140. 存在そのものが

 ステラの、暗い色に染めた髪は中途半端に色落ちし始めてしまったため、リシアに手伝ってもらって元の色に戻した。

 もう王家のゴタゴタに巻き込まれない……はず、という判断で戻したのだが、レビンはそれでも一人で動き回るのはダメだと言い張り、常にくっついてこようとするのでとりあえず今は逃げ回っている。

 まだ夏の気配を残した風が吹いてきて、髪が顔にかかり、ステラは雑に掻き上げた。今日はレビンから逃走する際に髪紐を忘れてきてしまったので結べないのだ。まったく腹立たしい。

 それにしても、不意に視界に入る黒っぽい塊に見慣れてきたところだったので、元の色に戻るとなんだか視界が開けたような気分になる。


「ステラ」


 名前を呼ばれ、振り向くとそこにシルバーが立っていた。


「シン。よくわかったね、ここにいるって」

「ピンク色が見えたから登ってきて正解だった」


 ステラがいるのは、洗濯場に水を送るための給水塔の上だ。一応、有事の際には監視塔の役目も果たせるよう、屋上部分が広く作られていて、腰高の塀にもたれると遠くまでよく見渡せる。

 平和の中にある今は、誰もいなくて丁度良い避難場所なのだ。


「だって、やることないし。リシアもアルも一足先に帰っちゃうしさ」

「レビンさんが探してたけど」

「探させておけばいいよ。魔術教えてっていっても教えてくれないし」

「あんなことあった直後だし」


 ――あんなこととは、ミネット王弟妃の件だ。

 彼女は結局、魔方陣が消えたそのすぐあと、そのまま息を引き取った。

 彼女の犯した罪はあまりにも衝撃が強く、半月近く経った今でも王都の新聞を賑わせているらしい。

 もとよりいいイメージのなかった魔術だったが、きっとこの先、魔術を扱う人間に対する風当たりはさらに強くなるだろう。

 

「それはわかるけどさ」


 ステラがむうと頬を膨らませると、シルバーは首をかしげた。


「どうしてそんなに魔術を覚えたいの?」

「……役に立ちたいから」

「ステラは存在そのものが至宝だよ?」

「え……ごめん、真顔で即答されるとちょっと怖い」

「本気なのに」


 本気だから怖いんだってば……ともごもご言いながら、ステラは手のひらを目の高さまで上げる。


「魔力の外部供給はうちの特権だってアグレルさんが言ってたでしょう?」

「ああ……でも、気軽に使えるものじゃないよね」

「うん。でも、あのときアグレルさんが治癒魔術を使ったみたいに……必要になったそのときに、選択肢の一つにしたい。私にできることがあるならその手段を知っておきたいんだ。……ってなにその顔」


 かなり真面目に話していたつもりなのだが、――シルバーは残念な子を見るような目でステラを見ていた。


「ステラは……」


 シルバーはそう言いながら、空を見上げた。どうやら言葉を探しているらしい。――そして、ちょうど良い言葉を思いついたのか、ステラに視線を戻した。


「うっかり死にそうなんだよね」

「うっかりってなに……」

「たとえば、もうちょっと無理したらいけるかも……って時に絶対止められないでしょ。死ななくていいところでうっかり死にそう。ステラはそういうタイプだから、教えないんだと思うよ」

「そんなこと……、うう……」


 そんなことない、と言い返したかったが……、自分でもちょっと納得してしまっているのが悔しい。


「それにステラは、ここに来てから王女様を襲撃からも呪術からも守ってるし、この上なく役に立ってると思うけど」

「それはたまたまその場所にいたから」

「たまたまその場にいても、普通はカラトリーで応戦できないんだよ……」


 あれはたしかに無理があった。正直なところものすごくギリギリで、運がよかったのだと思っているが……、シルバーが言いたいのはきっとそういうことではないのだろう。 

 シルバーは、ステラが顔の前に掲げていた手をとった。


「だから、役に立ちたいなんて理由で魔術を覚えるのは賛成しない。少なくとも、なんのために必要なのかちゃんと答えられるくらいじゃないと、きっとあの人はダメだって言うと思うよ」


 手を握って、指を絡ませる。


「なんかシンって、父さんのことをわりと評価してるよね……」


 ぽつりとステラが呟くと、にぎにぎと動いていたシルバーの指が止まる。そして、顔をしかめて考え込んだ。

 

「……困った大人、だとは思ってる」

「まあそれも一つの評価だけど……」

「……ところで困った大人がいないうちに提案しておきたいんだけど」


 シルバーはそう言って、身をかがめてステラの顔をのぞき込む。おそらく狙ってやっているであろう上目遣いが、悔しいことにとてもかわいい。


「……なに?」

「キス、しよう。あんな事故みたいなのじゃなくて、ちゃんと」

「う……ぇ」


 突然の提案に、口から変な声が漏れる。

 そこに追い打ちをかけるようにシルバーが首を傾げる。


「ダメ……?」

「うっ……かわい…………ダメじゃないです……」

「ふふ、じゃあおいで」


 シルバーは嬉しそうに笑って、ステラに向かって両手を広げた。

 ステラは、大騒ぎしている心臓の音がシルバーに聞こえませんように、と祈りながら、その腕に飛び込んだ。

ここでひとまず、4章「砂でできたお城」はお終いになります。

次の5章はまた舞台が変わります。どうぞお付き合いください!

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