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【本日9/26 5巻発売!】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
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137. 王家の問題

 いくらキノが一人だけといっても、シルバーとキノ、そしてヨルダの三人だけで向かったら目的の館に辿り着く前に衛兵たちに止められてしまう。

 そのため、ギリギリの地点まではクレイスとレビンが同行することになった。

 キノたちを送り出したあと、レビンは危険な範囲の特定、クレイスは陣頭指揮に回るのだ。

 そのため――。


「シルバー、ステラにキズ一つ付けるなよ」

「シルバー公子、ヨルダ様を頼む」


 会議室からミネット王弟妃の屋敷までの道のりを進あいだずっと、シルバーは目の据わった男二人に挟まれ、両側から何度も同じ事を言われ続ける。

 やっと館が目視できるようになった頃には、シルバーは精神的にぐったり疲れ切ってしまっていた。


「くそ。俺、このへんが限界」


 レビンが悔しそうにまだ遠い館の輪郭を睨み付ける。

 そのレビンが示した境界線を現在上がっている最新の報告書の図と見比べ、クレイスは「ここですか……」と顔を曇らせた。


「ボーダーラインがここだとすると、報告よりだいぶ広がっているかもしれませんね……。もちろん、同心円状に均一に広がっているとは限らないですが」

「じゃあヨルダ。ここからキノの手を握って」

「はい、よろしくお願いします」


 差し出されたキノの手を、ヨルダがしっかりと握る。クレイスがそれを見て、何度も繰り返した言葉をふたたび繰り返し始めた。


「どうかお気を付けて。危険だと思ったら引き返してください。それとシルバー……」

「聞き飽きたから」


 またヨルダを、ステラを、と引き留められてはたまらない。顔をしかめてさっさと歩き出そうとしたシルバーの襟ぐりを、後ろからレビンが掴んで引き留めた。


「だから――」

「シルバー。ステラのことはもちろんだが、お前も無理をするなよ。たとえ目的が果たせなかったとしても、自分を守るために行動しろ。……これは王家の問題なんだ。お前はそれに巻き込まれた、ただの子どもなんだからな」


 振り返って文句を言おうとしたシルバーに、レビンは真剣な目でそう言うと、「じゃあ、気を付けていってこい」と背中を叩いた。

 シルバーは背中を叩かれた衝撃でたたらをふむ。

 そして、なんとなくむずがゆい気持ちのまま、振り返ることができずにそのまま歩き出した。


***


 館のある方向を目指して進んでいくと、少しずつだが空気が重く、粘度を増したように不快感が強くなっていく。

 しかし、キノの周りだけは空気が澄んでいて、そしてほんのり明るく感じられた。

 そのキノの空気清浄効果は手をつないでいるヨルダにも有効らしく、歩いている間に一応なんどか確認したが、まったく異常はないという返事が返ってきた。


「ここに来たのは久しぶりだわ……」


 やっと辿り着いた館の前で、ヨルダがしみじみと呟いた。……ハイネ王弟が存命だった頃は、ヨルダもそれなりに出入りしていたらしい。


「で、アレが(くだん)の、突撃ダウン分隊か」


 団長の合図がなかったために突撃しようとした分隊の騎士団員たちが、館の玄関付近に折り重なるように倒れている。彼らを安全な場所に退避させようと向かった人々も次々倒れ、結局、騎士団も衛兵隊も、彼らを倒れたまま放置せざるを得なかったのだ。

 シルバーの呟きを拾ったヨルダが、顔をしかめた。


「己の職務を全うするために倒れた人たちに、そういう不名誉な名前を付けるのはどうかと思うわ」

「事実だよ。……キノ。この人たちこのままここにいて大丈夫? 範囲外まで運んだ方がいい?」


 この場所の空気に長時間(さら)され続けるのはきっと良くない。先を急ぎたくはあるが、それでもここで放置したせいで命に関わるようなことになってしまっては目覚めが悪い。


「そりゃあ運び出した方がいいけど、根元を立つ方が早いよ?」

「まあ、この人数だからね」

「このくらいなら、原因が取り除かれれたあと、しばらく寝込めば回復するんじゃないかな」

「……キノの言う、『しばらく』ってどのくらい?」

「うーん、人間の子どもが大人になる、よりは短い」

「そう……」


 聞くだけ無駄だったな……。と半眼になりつつ、まあすぐに死ぬという話ではないのならと割り切る。

 ひとまず、キノとヨルダが通れるように数人の団員を移動させて、ふう息を吐いたところでこちらを見つめるヨルダと目が合った。


「なに」

「シルバーは女の子みたいに華奢(きゃしゃ)に見えるのに、意外と力があるわね」

「……バカにしてる?」

「してないわ。ステラは力がなくても戦えるし……私も鍛えたらなんとかなるかしら」

「やめときなよ……その無鉄砲な行動力に、腕力と戦闘力までついたら手に負えないから」

「キノは本体に戻ったら、大きな木でも簡単に折れるよ!」

「張り合わなくていいから……。さっさといくよ」


 シルバーはげんなりしながら館内に足を踏み入れた。

 玄関ホールは日の光が差し込んでいるというのに、どうにも薄暗い。そのぶんキノが明るく目立つので、はぐれても見つけやすそうだ。――はぐれるような事態が起こらないことを願うばかりだが。

 ホールを抜けて応接室を覗くが、そこには誰もおらず、お茶の準備などもされていなかった。

 バジット騎士団長が王弟妃と話し合おうとしていたなら、応接室を使ったのではないかと当たりを付けていたが、外れだったようだ。

 書斎、王弟妃の私室、クレイスの部屋――いくつか見て回っても、王弟妃と騎士団長はおろか、使用人の一人もいない。

 少し前に、体調不良を訴えて立て続けに何人かやめているらしいが、それでも数人は残っているはずだとクレイスが言っていたというのに。


「あとは、ハイネ叔父様の部屋ね」


 今は使われていない、亡き王弟の私室。王弟妃の私室とは離れた位置にあるのが、彼らの関係を象徴しているのだろう。

 奥まったその部屋の、使い込まれた飴色のドアノブにそっと触れると、それだけで扉がきぃ、と小さなきしみをあげながら少しだけ開いた。


「……ちゃんと閉まってなかった」

「ここが当たり、ということかしら」

「そうだと思う。そこ開いたら嫌な感じが強くなった。ヨルダ、絶対手を離さないでね」


 ヨルダは緊張した面持ちで、キノの手を強く握り直した。

 シルバーは改めてドアノブを引いて、開ける。


「――この、侵略者め!!」

「!」


 銀色の光が走るのが見えて、シルバーはとっさに護身用の短剣ではじき返す。

 ガァン……と思い余韻を残しながら、弾かれた長剣が床に落ちた。


「シルバー、大丈夫!?」

「離れてて」


 床に落ちた剣の柄には、ティレー騎士団のエンブレムがついている。たしかこれは、騎士団員に支給される訓練用の剣だ。

 鈍い動きでその剣を拾った男が、もう一度剣を構えた。


「バジット団長……」


 ヨルダの呟きが聞こえた。なるほど、団長か……とシルバーは顔をしかめる。

 もしもあれが訓練用に刃先を潰した剣でなければ、きっと先ほどの一太刀をはじき返すことはできなかっただろう。


「ハイネ……待ってろ」


 バジットはうつろに焦点の合わない目をシルバー向け、口の中でブツブツと呟いている。

 なれの果ての影響が「昏倒」か「錯乱状態」のどちらかだというなら、実力のある人間はもれなく昏倒していてほしかった。

 救いと言えば、錯乱状態であるがゆえに複雑な動きはしないということだ。


(でもここ、ほとんど精霊がいないんだよな……)


 なんだかんだで普段は精霊に頼っているため、そこが制限されてしまうのはつらい。

 ここにアルジェンがいてくれたら。それか、ステラが本当のステラだったなら……きっと立ち回りもしやすかっただろうに。

 しかし、精霊も、アルジェンも、ステラも、今ここにいないものは仕方がない。

 あるものでどうにかしなければならないのだから。


 部屋の中に視線を走らせ、部屋の奥のキャビネットの上に目的のものがあるのを見つけた。

 シルバーはバジットの興味がヨルダたちの方に移らないよう、わざと相手のすぐ脇を駆け抜けてキャビネットの前に辿り着くと、手を伸ばしてキャビネットの上に置かれていた鉢植えの土を乱暴につかみ取った。


「どけえええ!!」


 肩の高さに剣を構えたバジットが叫び声を上げて突進してくる。シルバーは握り込んだ土をバジットの顔面目掛けて投げつけながら横に飛び退き、すれすれのところで剣をかわした。

 飛び退いた勢いで床に転がったシルバーはすぐに立ち上がり、バジットの位置を確認する。――攻撃が空振りに終わったバジットは再び剣を構えていた……が。

 鉢植えに使われていたさらさらと上質な土は、予想以上に効果的にバジットの目を潰してくれたらしい。彼は構えを作ってはいるものの、ボロボロと涙を流しながら、何度も瞬きを繰り返していた。


「耳」


 シルバーは数少ない精霊に向けて一言告げる。すると、シルバーの意図をくみ取った精霊がバジットの耳元で極小の爆発を起こした。それと同時にできる限り気配を殺してバジットの死角へ回り込んだシルバーは、相手の側頭部目掛けて全体重を乗せた回し蹴りをたたき込んだ。

 視覚と聴覚、不完全ながらその二つを同時に奪われたバジットは、避けることもできずまともに回し蹴りをくらい、ドッと重い音とともに床に倒れた。


「……ギリギリ……」

「だ……大丈夫……?」


 肩で息をするシルバーへ、遠巻きにヨルダが声をかけてくる。


「まだ来ないで。……どっかに縄とか……いいや、これで」


 シルバーは窓にかけられているレースを力任せに引っ張って引きちぎり、縄のように()ってバジットの手足を縛り上げた。

 ステラがたまに口にしていた、「ガイさんから教わった人を縛り上げるロープワーク」を教わっておけばよかったな……と思いながら縛り終える。


「お疲れ様」

「本当に」


 近づいてきたヨルダのねぎらいの言葉に顔をしかめて返しながら、シルバーは髪をかき上げた。


「ちなみに、この館のレースカーテンは舶来ものの高級品らしいわ」


 ヨルダの一言に、シルバーは一瞬動きを止めた。そんなシルバーの顔を、キノがのぞき込む。


「シルバー、弁償するの?」

「……見てなかったと思うけど、騎士団長の剣が引っかかって破れたんだよ。……たしか」


シルバーくんはあまり子供扱いされてこなかった子なので、ちゃんとした大人ムーブで正面切って子供扱いされるとドギマギしちゃいます。

順調に、リンドグレン親子にほだされていっている……

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