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13. セグニット

 ナイフを持った男がシンシャに斬りかかり――だというのに、シンシャは先ほどのステラのように落ち着いた表情のままだった。

 彼女は男の手首を掴んで自分の方へ引き寄せ、そのまま流れるような動きで勢い良く顔を殴りつけた。男はぐらっとよろめいたところに追い打ちの膝蹴りを喰らい、地面にずるりと倒れてしまう。


(今、かなり音がエグかったんですけど……ベキョッて)


 あまりのことに、ステラは数回瞬きをする。

 シンシャの力が見た目に反して強いというのは昨日の出来事で分かっていたが、それにしても……と倒れた男を見れば完全に泡を吹いて伸びている。もしかしたら彼女は熊の生まれ変わりかなにかなのかもしれない。

 

「……強いですね……?」

「私も自分の身は守れる」

「なるほど……?……って、あ、怪我は!?」


 ナイフで切りつけられたせいで、シンシャの着ているブラウスは胸元から脇腹の方まで大きく裂けてしまっていた。ただし、見たところ血は出ていない。服がナイフの刃に引っかかったことで体へのダメージを抑えられたのだろう。


「別に、平気」

「いいから見せて!」


 本人が平気だと言っても、ここまでのシンシャの言動から考えると、彼女は傷があっても隠しそうな性格である。

 ステラはシンシャに駆け寄り、無残に切られてしまったブラウスに手をかけた。引きつれるように破れた麻生地の下に着ている肌着も裂け、肌が覗いている。


「怪我……は、なさそうだね」

「なんともない」

「なんともなくないでしょ。怪我がなくても、女の子の服が破けて生肌晒してるなんて大問題だよ」


 シンシャはいかにも面倒だと言わんばかりに眉間にシワを寄せ、少し考え込む顔をした後、ため息をついた。

 そしてステラの手を引っ張って、自分の胸のあたりに当てる。


「女の子じゃないから平気。詳しい説明はあとで」


 シンシャはステラの耳元でそう囁くと、やんわりとステラの手を外した。


「???」


 頭の中が大混乱のまま、ステラは自分の手のひらを見つめる。

 直に触ったシンシャの肌はステラよりも筋肉質で硬い感触だったし、ついでに胸はぺたんこだった。しかし、筋肉質で胸がないから自分は女ではないとでも言うつもりならば、いくら自分のことだとしてもひどい暴言である。

 だが――耳元のささやき声はこれまでよりも明らかに低い声だった。


 だとしたらシンシャは男性? なぜ女性の格好を?

 というか、男性でも服が破られたら平気じゃないのでは?

 だって動くとお腹見えちゃうよ?


 ……と、大量の疑問符を浮かべ固まったステラを放置し、シンシャは自分の足下で気絶している男の足を掴んで最初の男のそばに引きずっていき、二人を並べた。


「拘束して」


 シンシャが倒れた男たちを指差して一言告げると、石畳の隙間から生えていた草や道の脇に茂っていた低木の枝がずるりと伸び、あっという間に男たちの四肢に絡みついていく。

 しばらくしてできあがったのは、うっすらと人の形を残した、かなり前衛的で悪趣味なトピアリーだった。しかも、気絶していたどちらかが目を覚ましたらしく、トピアリーの中からうごめく気配を感じる。


「……!……!!」

「うわあ……」


 微妙に聞こえるくぐもった怒鳴り声のような音に、思わずステラは引いた声を上げてしまう。が、シンシャはそれを完全に無視して、どこか違う方向を見ていた。

 ステラはようやく混乱から復帰し――単に考えることを放棄したとも言う――、シンシャの視線を追うと、その先にあったのはステラたちが通ってきた通路の方だった。もしかしたらそろそろアルジェンが追いついてくるかもしれない。


 アルジェンが警吏を呼んで追いついてくる前に場所の特定をする、危ないから様子を窺うだけ、とシンシャに言われていたのに、その結果が足下のトピアリーだ。


(たまたま上ったところで、たまたま外を掃除してた犯人に見つかるって……)


 確かに不注意だったが、堤防の向こうの様子を窺うのなら上るか迂回するしかなかった。階段を使って迂回していたとしても、先ほど上から見た限り、階段から小屋までの間に視界を遮る障害物や隠れられる場所はなかったので、遅かれ早かれ結局見つかっていただろう。


 だが、こうなると心配なのは小屋につかまっていると思われる人物の安否である。

 さきほど、大きい方の男が『眼鏡の嬢ちゃんを探しに来たのか』と言っていたので、つかまっている人物はリシアでほぼ間違いないと考えていいだろう。そして、あまり考えたくないが多量の出血を伴うような怪我をしている可能性が高い。

 せめて早くリシアのいる場所と無事を確認したいのだが……。

 ステラが既にやらかしているので、この上相手を刺激してしまうとリシアを危険にさらしてしまう可能性がある。かといって、こちらで騒ぎを起こしてしまった以上、あまり悠長に様子見をするわけにもいかない。


 この状況、警吏が来たからと言って好転しないのでは……? とステラが頭を抱えているところに、先ほど通ってきた路地の方から人の足音が聞こえてきた。


「アルの足音……と……セグ?」


 シンシャは少しホッとした表情でつぶやき、ステラの斜め後ろにススッと移動した。喋るのは任せたということだろう。そして彼女(彼?)の言ったとおり、建物の間から姿を見せたのはアルジェンと、彼が呼んできたらしき一人の男だった。


「あー……こりゃまた派手にやったな、シン」


 アルジェンとともにやってきた男は、地面で植物まみれになっている男達を見て一瞬言葉を失った後、呆れたような顔をシンシャに向けた。どうやら二人は知り合いらしい。

 少し息を弾ませたアルジェンが、男の背中をばしばしと叩く。


「警吏が見つからなかったから、暇そうにしてたセグを捕まえてきた」

「暇そうは余計だ……かわいいお嬢さんは初めまして、俺はセグニット・ホワイトです」


 にこりと笑顔を見せた男はホワイトと名乗ったが、その髪は燃えるような赤毛だった。そして琥珀色の瞳を持ったがっしりした美丈夫である。ステラの方へ軽く手を差し伸べる仕草はキザっぽいのだが、それがまるでお城の騎士のように見えて、異様にさまになっている。


「……ステラ・リンドグレンと申します」

「ステラちゃんか。ゆっくり自己紹介したいところだけど、詳しい状況は?」

「ええと、この堤防の向こう側に小屋があって――」


 セグニットがつま先でトピアリーをつつきながら聞いてきたため、ステラは慌てて状況を説明した。

 知人の少女が連れさらわれたと思われること、この向こうにある小屋がアジトだと思われること、まだ犯人が小屋の中にいる可能性が高いこと――そして、だれかは分からないが、怪我をして相当量の出血をしている者がいること。


 その最後の情報でアルジェンが顔色を変えた。


「やっぱり怪我したのはリシア……!?」


 アルジェンもステラたちと同じ道を辿ってきたはずなので、あの血の跡を見て、そして被害者がリシアである可能性を考えていたのだろう。ステラは「まだリシアだと決まったわけじゃない」と首を振ったが、そういうステラも同じように考えているのだから説得力など皆無だった。


「早く行かないと……!」

「心配なのは分かるが落ち着け。」


 セグニットは、今にも飛び出していきそうなアルジェンの頭を軽くポコンと叩いてから、ふむ、と堤防の方を見た。


「そこの漁師小屋はだいたい皆同じ造りで、建物の部屋は二つ。入り口側が作業場で奥が物置になってる。そんで作業場の方は入り口にドアがない。つまり、人を攫って閉じ込めるなら間違いなく奥の物置だ」

「物置側から近づいて中を確認して、見張りがいなかったら突っ込んでいっていいってこと?」


 まだ話している途中のセグニットの言葉に声をかぶせて、アルジェンが前のめりに詰め寄った。

 セグニットはそんなアルジェンの頭を再びポコンと叩く。


「待てこら、突っ込んでいくな。俺が入り口側で陽動をかけるからその間に助けに入れってことだ」

「分かった。じゃあ行こう」

「陽動をかけるって言ってるだろうがこのアホ。俺が先に向こうに行って騒ぐから、アルは口笛の合図で来い」

「はあい……」


 ぶぅと頬を膨らませてアルジェンが不承不承頷く。 セグニットはそれに苦笑しつつ、シンシャの方へ顔を向けた。


「シンはここでこいつらの見張りとステラちゃんの護衛だ」


 そう言いながら、こいつら、と足でトピアリーを示す。

 シンシャがそれに黙ったままこくんと頷いたのを確認して、セグニットはニッと笑って堤防の方へ体を向けた。


「よし、じゃあちょっくら行ってくるわ。アル、風くれ」

「はいよ。――風! 俺たちが動くのを手伝え」


 アルジェンの言葉に応じて、彼とセグニットの体の周りにぶわっと風が巻き起こった。二人の周りを取り囲んだ風は、ほんの少しの間だけ彼らの服をばたばたとはためかせた後、ふっと消えてしまう。

 消えちゃったけどいいのかな……と首をかしげるステラの前で、セグニットが軽く屈伸をしてから「よし」と頷いた。

 そして彼は軽く助走をつけ、堤防に向かって地面を蹴った。

 そのまま、まるで空気の階段を駆け上がるように、全く重力を感じさせない動きで一気に上へと駆け上がり、あっという間に向こう側へと姿を消してしまった。


 それから数秒置いて、堤防の向こう側から木の板が折れるような音や、一斗缶がなにかにぶつかったような音……とにかくとんでもなく暴力的で派手な音が響き始め、ステラは思わずびくりと身を縮ませる。


 その騒音の中に、ピィッと高い音が混じった。


「よっし、行ってくる」

「き、気をつけて!」


 ちょっとでかけてくる、くらいの気軽さで片手を挙げたアルジェンは、言うが早いかステラの言葉が終わらない間にサッと堤防を乗り越えていった。

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