130. 発言の機会
このダイアス失脚計画、根幹となる「ユークレースの犯罪行為」を虚実を織り交ぜ、各所に根回しをしてでっち上げたのはリヒターだ。
その内容がどこまで虚で、どこからが実なのかの判断はステラにはできないのだが……。
(でもたぶん、リヒターさんの性格上、ほぼ「実」だろうな……)
ヨルダが先日言っていたことが真実なら――ヨルダは根拠もなく無責任なことを言ったりはしないだろう――人身売買、つまり、奴隷を買ってきて呪術の実験に使っているのは、ユークレースではなくミネット王弟妃だ。
ステラはその話を聞いてから、王宮にいる王弟妃がどうやって隣国の奴隷を購入しているのか不思議に思っていたのだが……きっとこれがその答えなのだろう。
ミネット王弟妃は、サニディンの交易船を使い、軍が管理している覚醒剤を隣国の政府関係者に横流しして、その見返りとして『人間』を手に入れていた。
もしそうならば、彼女はサニディンという取引場所に手駒を常駐させていた可能性が高い。
――そうなると。
(サニディンで起こった事件は全部、王弟妃の仕業ってこと?)
ダイアス家は精霊術士協会の内部の人間をそそのかし、ユークレースの信頼をそこなわせてサニディンに自社製品を導入させようとしていた。ここまでは、たちが悪いとは思うが、まあ営業活動の一環である。それに、こういう工作はあちこちの町で行われているとリヒターが言っていた。
そして、協会の異変に気付いたユークレース家から、リヒターが調査のために送り込まれた。――二人の子どもを連れて。
ダイアスがわからしてみれば、調査のためにリヒターがやってくることまでは予想できるだろう。
……だが、彼がそこに自分の子どもを連れてくるなど、普通は思わない。
――なのに、娘の命が狙われた。実行犯は中途半端な情報を与えられて、ずさんな計画で。
(手駒を常駐させてたから、たまたまリヒターさんが自分の子どもを連れていることを知った。だから、ダイアスの工作の一環と見せかけて、今後自分の障害となる可能性のある娘を消そうとした……)
サニディン精霊術士協会の協会長の一人娘、イネス・ユークレースの誘拐もおそらく同じ動機だろう。
しかし、実際に誘拐の手引きをしたのは同じくサニディン精霊術士協会の副協会長で、その彼の証言から計画の実行にはダイアス家からの支援があったということが明らかになっている。
(だけど……)
ステラは『証拠』を読み上げ続けているグレイン・ダイアスの表情を観察する。
彼は真面目な表情を作ってはいるが、目の奥では自身の勝利を確信しているようだった。
(……イネスの誘拐に関わってたなら、きっとこんな顔できないよね)
もしも彼がイネスの誘拐に関与していたならば、きっと「サニディン」という名前をだすこと自体避けただろう。
それに、グラインはかなり狡猾で、いろいろと仕掛けては来るが決して尻尾をつかませない……というのが周囲の人たちの共通の評価だ。そんな人物が、実行犯の証言だけとはいえ、犯罪の片棒をかついだ証拠を残しているのも不自然である。
(つまり、ダイアス当主が知らないあいだに、王弟妃がダイアスの名前を使っていろいろやってるのか……)
だが、たとえダイアスは直接関わっておらず王弟妃の独断で行われている犯罪だとしても、ダイアス家はミネット王弟妃に資金面で援助を行っている。王弟妃が黒であるなら、渡した資金の使途を把握せずに犯罪を助長するかたちになっていたダイアス家も無傷ではいられない。
つまり、グライン・ダイアスは、自らの家名を汚す犯罪の証拠を自信満々に読み上げていることになる――。
(しかもこの『証拠』、ライム経由で当主の手に渡ってるんだよね……)
グラインが次期当主として育てている、おそらく一番信頼しているであろう孫娘から提供された情報――しかも、内容は昔からかわいがっていたミネットの犯罪と裏切りがまとめられたもの。
それを公式の場で読み上げたすえに、真実を突きつけられて失脚する……。
(さすがリヒターさん、やり方がエグい)
他でもないライム自身が引導を渡すことを望んでいるとはいえ、もう少し穏当な方法だってあったのではなかろうか。
「――ここまでお話しさせていただいた犯罪の記録、および証拠は信頼できる機関、つまり我が国の騎士団が調査し、まとめたものです。具体的な提供者の名前は伏せさせていただきますが、正当な調査による揺るぎない事実です」
グラインは資料の読み上げをそう締めくくり、ふうと息をついてから顔を上げてまっすぐにノゼアンを見た。
「ノゼアン・ユークレース卿。ここまでの私の報告について、なにか申し開きはありますか」
会議室中の人々の視線がノゼアンに集まる。
集中する視線を受け止めているノゼアンは、相変わらず真意の読めない笑顔のまま口を開いた。
「よく似た話は聞いたことがありますね。ですが、どうやら私の知る話とは少し違うようだ」
「卿は騎士団の報告に間違いがあると?」
「さあ。騎士団が優秀であったとしても、人が実施する調査であれば、まったく間違いがないと言い切ることはできないでしょう」
「ふん。うやむやにして流せる問題ではないぞ。――ならば、」
グラインは不愉快そうに鼻を鳴らし、大きく首を巡らせてある人物を見た。
「フェルグ・クリノクロア卿。情報収集に長けたクリノクロアならば、なにか掴んでいるのではないですか」
(!……フェルグ……この人が)
ステラはレビンの視線から逃れたい一心で、クリノクロアの席のあたりにはなるべく焦点を合わせないようにしていたため、父の隣に座る人物をまったく意識していなかった。
フェルグ・クリノクロア。
ステラの、祖父。
祖母のローズと比べると、外見はかなり若く見える……気もするのだが、しかめられた眉間に深く刻まれた皺のせいで、だいぶ年老いた印象を受ける。
隣のレビンの外見が若いので、二人が並んでいると祖父と孫に見えてしまうほどだ。
グラインに指名された彼は、スッと瞳を細めた。――アグレルもそうだったが、もともと鋭い目つきで怒っているように見られがちだというのに、それを細めてしまうととんでもなく機嫌が悪そうに見える。
「……なにか、か」
機嫌最悪な表情で、声もどことなく不機嫌そうに低い。
しかし、アグレルの場合はこういうとき、だいたい考え事をしているだけだったのだが……。
「たしかに、交易船を利用して人身売買が行われているようだ、という情報は得ていますね」
フェルグは言葉を吟味しているのか、それとも言葉を発するのが面倒なのか、ゆったりと話しはじめた。張りのある声でハキハキと話すグラインとは完全に対極のしゃべり方だ。
「やはりご存じでしたか」
「加えて、それを手引きしているのがユークレースだという噂もあるようだ」
フェルグのテンポにじれたように合いの手を挟んだグラインだったが、「ユークレース」という単語を聞いた瞬間、パッと表情を明るくさせた。
「おお! ならば疑う余地がないでしょう」
「ただ、その噂が広がり始めたのはつい最近です。時期で言うならば……ヨルダ殿下がユークレースを訪ねた頃だ」
「は……?」
フェルグは刺すような鋭い視線を、「なにを言いはじめたんだ」とぽかんとするグラインから、ヨルダへと向けた。
「『なにか』を知っているとすれば、それはヨルダ殿下だと思いますが」
周囲の視線が、今度はヨルダに向く。
ヨルダは思いがけないところから話が振られてきたことに、ほんの少しだけ驚いた様子だったが、すぐに表情を引き締めた。
「この件について、私に発言の機会をいただけるのですか?」
「この議会に順列などありません。ここに招かれている以上、あなたにも等しく発言の機会が与えられています」
そう言うと、フェルグは自分の役目は終わったとばかりに口を結んだ。
ヨルダはこほんとせき払いをして声を整え、改めて口を開く。
「では、私も発言させていただきます。……私はこの件について独自に調査し、ダイアス卿とは違う結論を得ております」
「お言葉ですが、今のヨルダ殿下はユークレース家を後ろ盾としておられる。そのあなたがユークレースの無実を語ったところで、どう信用せよと?」
グラインは不快感を隠そうともせず、ヨルダをトゲのある口調で非難した。しかし、ヨルダは全く怯むでもなく、かわりにニコリと微笑んだ。
「ええ、卿のおっしゃる通りです。ですから、私からではなく、私の調査に協力してくれた方々から説明していただこうと思っておりますの」
「協力?」
「ええ。――扉を開けて、待機している方々を中へ」
ヨルダの合図を受けて、しっかりと閉ざされていた会議室の扉が再び開かれる。
扉の向こうにいたのは三人。そのうちの二人はガチガチに緊張した面持ちだったが、残りの一人に促され、揃って会議室の中へと入ってきた。
「彼らをご存じの方もおられると思いますが、改めて私から紹介させていただきます――」
ぽかんと口を開けて三人を見つめる人々の顔を見回し、ヨルダは不敵な笑顔を浮かべる。
「ティレー王立騎士団副団長、クレイス・アウイン・ティレー。ユークレース家次期当主、リシア・ユークレース。そして、ダイアス家次期当主、ライム・ダイアス……この三人が、私の協力者です」




