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【本日9/26 5巻発売!】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
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129. 憶測ではなく事実で、

 ユークレース家が、他国へ軍事力提供を始めている。


 事実であれば国家を揺るがす――どころか、ほぼ間違いなく国家転覆一直線である。

 いつものダイアスの言いがかりにしては、規模が大きすぎる。さすがにありえない。……だが、勘違いや冗談で言うような内容でもない。

 それに、なんだかんだいっても、やり手の商売人であるダイアス老がここまで自信満々に言い放ったということは、それなりに信頼できる筋からの情報を得ているのだろう。

 資料に載せなかった決定的な証拠というのは一体何なのか……。


 グライン・ダイアスが放った言葉が、湖面に生まれた波紋のように会議室の人々の間へと戸惑いを広げていく。

 人々がちらりちらりとユークレース当主とその隣にいる少年を見ているのが、ステラにも手に取るようにわかった。

 その、注目されている本人たちは――。

 シルバーは完全に無表情だ。先ほどまでの不快感の表明は終わったらしい。

 そして当主――ノゼアン・ユークレースは、全く真意のうかがえない、薄く冷たい微笑みを浮かべていた。


(――怖っっっわ……)


 ある程度の事情を知っているステラでも背筋が冷えるほどの恐ろしさだ。おとぎ話に出てくる魔王の化身だと言われたら、力一杯頷いてしまうくらいに。

 当然、ちらちら見ていた人々は恐怖のあまりパッと目をそらし、代わりにほぼ全員が「そんなことを言って大丈夫なのか」という視線をグラインへと向けていた。

 そんな中、先ほどグラインに発言を促した補佐官が、「少々よろしいですか」と少し慌てた様子で口を挟んだ。


「ダイアス卿、事前にこちらで伺っていた内容とは大幅に異なるようですが」

「事が事で、相手が相手です。どこに耳があるかわかりませんから、先ほど申し上げたとおり決定的な内容は今まで伏せておりました」

「それは……、こちらの情報管理に問題がある、という意味にも聞こえますが」


 補佐官の目が鋭く細められるが、グラインは全く意に介していない様子で続ける。


「どれほど完全な城塞を築いたとしても、空気の流れは止められないでしょう。かの家の人々は風の言葉を聞くといいますし」

「協定により、王城内の中央区画ではいかなる手段の窃視(せっし)窃聴(せっちょう)も禁じられており、また、精霊術などへの対策も行っています。卿のその言葉は憶測(おくそく)の域を出ないものであって、侮辱であるととられても仕方のないものであると理解していただきたい」

「ええ、失礼いたしました。先ほどの発言は先走りすぎていました」


 今度ははっきりと遺憾の意を示した補佐官に、さすがのグラインも謝罪の言葉を挟んだ。

 しかし、そのまま引き下がるつもりはないようで、「ですが」と一瞬だけ意味深な視線をヨルダに向けた。


「……この国の安全を脅かすたくらみを(あらた)めようとするのですから、どれだけ警戒したとしても、やり過ぎだということはないでしょう」


 王女とユークレースが繋がっている以上、たとえ国の中枢であろうとも信用することはできない。――おそらく、そういう意味だろう。


「卿――」

「ホーリス。まずは話を進めなさい」


 完全なる挑発に、柳眉を逆立てさらにかみつこうとした補佐官を、やんわりとした声が止める。

 フレイム・アウイン・ティレー国王陛下――この国の最高権力者で、娘のヨルダ曰く「事なかれ主義の弱虫」、である。


「陛下……」


 おそらく、場を治めるというよりも単純にもめ事を嫌ったのであろう国王の言葉に、ホーリスと呼ばれた補佐官はグッと言葉を飲み込んだ。

 どう考えてもグラインの発言には問題があるが、このままでは話が進まないのも事実だ。


「……失礼いたしました。ダイアス卿、あくまでもここは公式の議会であることを念頭に置いて、発言は全て憶測ではなく事実に基づき、また、他者を愚弄するような表現は控えるよう、くれぐれもお願いいたします」

「それはもちろん」


 せめてもの釘を刺した補佐官に、グラインは大きく頷いたが、その勝ち誇ったような表情がまた絶妙に腹立たしい。

 ステラだってこんなに腹が立っているのだ。アリシアあたりが余計なことをし邸内だろうか……と不安になって横を見ると、彼女は俯いて自分の足下を見つめていた。

 ――それもそのはず、彼女のさらに向こう側を見てみれば、シルバーが凍り付くような鋭い視線でアリシアを睨み付け、「余計なことをすると叩き出すぞ」と無言の圧力をかけているのだ。


(喋ってないのに、なにを言いたいか手に取るようにわかる……)


 さすがシルバー。自由に喋ることができなかった期間が長かっただけある。

 そして片や氷のように冷たい笑顔。片や氷のように鋭い睨みを利かせている……という状況なので、ユークレースの席の周辺だけ冷気が漂っているように見える。

 ――というか本当に冷気が漂っているかもしれないので、彼らの後ろに送風機を置いて冷たい空気を室内全体に広げて有効活用してほしい。


「それでは、本題に入らせていただきます。憶測ではなく事実で、ということですのでまずは手元の資料から――」


 そこから、グラインは「軍事力提供」には触れずに、事前に配布されていた資料の説明を始めた。

 ユークレース家の領地内の稀少な動植物を、国外に流して不法に資金を得ている――ある種の稀少な動植物は薬の原料になるため、その流通には国の許可が必要になるらしい――とか、精霊術士協会が術士の派遣費を不当につり上げたせいで、どこどこの地域では市民生活に影響が出ている、とか。

 稀少な動植物を国外に流しているというのは、以前リシアを誘拐した一味の話だろう。アレはたしかに、ユークレース内部の人間が主犯だった。だが、その稀少な動植物は市場に流れる前に回収したと聞いているので、資金は得ていないはずだ。

 派遣費のつり上げについての具体的には知らないが、硝子の町サニディンで、ユークレース本家に無断で行われていた「寄付の増額」などはもしかしたら他の町でも行われているのかもしれない。

 リヒターが国中を歩き回っているのは、主目的は精霊術士の才能がある人材の確保なのだが、実は中央に報告が上がってこない地方部を監視する意味もあると聞いている。

 ヨルダの陪席として後ろに控えているステラの手元に資料はないため、グラインが読み上げた内容しか知ることはできないのだが、その大体が「なんとなくユークレース本家にいるときに耳にした過去の会話の中で、ふんわりと話題になっていたな……」という話ばかりだった。

 ――つまるところ、グラインが説明している内容は「ユークレース家の違法行為」というわけではなく、ユークレース家の関係者の犯罪行為を並べたもの、のようだった。


(管理不行き届きは事実だから、まあ良くないことではあるんだけど……)


 この『ダイアス当主失脚計画』を練っていたときに、リシアがヨルダとライムに対して、「末端の方で、そう見えるような疑わしい動きをさせます」と言っていたのが、きっとこれらの真偽を織り交ぜて作り上げられた「ユークレース家関係者による犯罪行為」のことなのだろう。

 まんまと偽情報を掴まされたグラインが得意げに読み上げているのが、事情を知っていると哀れに見えてしまう。

 しかも、少なくともここまでの内容には、そこまで息巻いて糾弾するほどの重大な事件は含まれておらず、他の参加者の間には「結局その程度か」というような呆れた空気が漂い始めていた。

 グライン自身もそんな空気に気付いている――と思うのだが、彼はそれでも自信満々な表情を崩していない。


(鋼メンタルなのか、よっぽどすごい話を()()()()()のか……)


 肝心のその「話」は、リヒターとシルバーに声をそろえて「ステラは顔にも態度にも出るから」と言われてしまい、関係者の中でステラだけ教えてもらえなかった。

 なんと、現場途中参加のアルジェンだって教えてもらっている(と本人が言っていた)というのに、ステラだけ。

 正直前置きは良いので、早く核心に触れてほしい。

 ……あと、あの機械の風はもう少し強くならないのだろうか。


「ゴホン!」


 そんなふうに意識が散漫になり始めたステラの気を引き締めるようなタイミングで、グラインが咳払いを挟んだ。


「そして……ここからは事前の資料にはない部分の話となります」


 やっと本題か! と、ステラと同じようにだれ始めていた人々が姿勢を正す。


「皆さんご存じの通り、硝子工芸で有名なサニディンからは、諸外国へ向けた交易船が出入りしております。先日、その船上で爆発騒ぎが発生したのですが……」


 あまりにも心当たりがありすぎる内容に、ステラは思わずシルバーの方を見てしまったのだが、そのシルバーは、「いったいなんのことでしょうか」という表情でかわいいらしく首を傾げていた。


「爆発原因の調査のため、すでに出港を間近に控えていた船内の積荷の再点検が行われ……そこで、予定にはなかった積み荷が複数発見されたのです」


 その積荷の中身は、薬品。

 国内ではユークレース本家の島にのみ生育する薬草の成分を精製したもので、神経を興奮させ、疲労感を軽減させる――つまり、覚醒剤だ。

 その効果から、隣国では戦場で重宝されているそうで、高値で取り引きされているのだという。


「同様の『予定外の積み荷』は、それ以前にも何度か確認されていました。しかし、記録上は『積載時の記録漏れ』として処理されており、そのすべてが隣国政府の預かりとなっています」


 そして、とグラインは瞳を鋭く細めた。


「『予定外の積み荷』を運んだ船がサニディンに戻るとき、必ず数人の臨時雇いの人夫が乗り込み……サニディンに到着したあと、彼らは決まって消息を絶つのです」


(うん?……話がおかしくなってきたぞ?)


「信頼できる機関の調査により、彼らはもともと奴隷身分の者たちで、下船後は、ある土地へと連行されて――おぞましいことに、魔術研究に利用されているという事実が明らかになりました」


 ざわ……と、室内の人々のあいだにざわめきが走る。

 覚醒剤の密輸、そしてその対価は、ティレー国内では取り引きが禁止されている奴隷。

 さらに、人間を魔術に利用――。


(っていうかそれってもしかして、ほぼ王弟妃がやってることなのでは!?)


【まめちしき】

『王城内の中央区画ではいかなる手段の窃視、窃聴も禁じられており』

いつも議会に参加しているユークレース当主をお手製の望遠鏡でのぞき見しているライムさん、実はアウトです。

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