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【本日9/26 5巻発売!】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
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128. 私たちの本番

 戦いの会場となる会議室の扉の前で、ヨルダが深呼吸をしている。

 ――さすがの彼女も、やはり緊張しているのだ。

 王族の一員として大舞台に慣れているヨルダがそんな状況なのだから、田舎者のステラなど、緊張を通り越して呼吸の仕方すらわからなくなりそうな有様だった。


 通常、王城で議会が開催される場合は、会議室へ入室する順番に身分やら何やらの色々な取り決めがあるらしい。しかし、旧家の議会に関してはその取り決めはかなりゆるい物になっている。

 なんでも、旧家の身分は全ての家門で同等であるから、だそうだ。

 そうした中でも、やはりそれなりの配慮――たとえばダイアスとユークレースの入室タイミングはなるべくずらすだとか――は働いている。

 そして今回、直前まで体調不良でふせっていた(ことになっている)ヨルダの順番は、一番最後になった。

 もしかしたら、婚約者であるシルバーが同じ会場にいるため、二人が好奇の視線に晒される時間を少しでも短く……という配慮もあるのかもしれない。


「ヨルダ・アウイン・ティレー殿下のご入室です」


 先触れの声が響き、ステラたちの目の前を塞いでいた重厚な木の扉がゆっくりと開いていく。

 会議室には窓が少なく、昼間だというのにやや薄暗い。しかも、その数少ない窓は外からの攻撃を防ぐためなのか、やたらと小さく作られているうえに全て閉めきられている。

 ――つまり換気状態は最悪だ。

 安全や機密のために仕方がないことなのだが、王宮で過ごすあいだ窓から入る風が生命線だったステラにとっては、とんでもなくげんなりする空間である。


(足元に水を入れたタライを置いてほしい……。ついでにシンでもアルでも、いっそ当主様でもいいから氷作ってそこに入れてほしい)


 そんなとんでもないことを考えながら、ステラは会議室に足を踏み入れる。――と。

 ふわり、と風が頬を撫でていった。


「?」


 だいぶ生暖かく弱々しかったが、確かに風だった。

 窓は閉まっているのに? と風が吹いてきた方にこっそり視線だけを――ヨルダのそばにいるときはキョロキョロするなとマールに言い含められている――向けると、そこには風車のミニチュアのような形をした金属製の装置が置かれていた。

 大きさはステラの身長より少し小さいくらいで、何枚も付けられた薄い金属のはねが、自動でくるくる回って風を作り出している。

 はねの少し下には、いくつもスイッチが付いている操作部があり、そこにはとても見覚えがある模様――ダイアス家の紋章が刻まれていた。


(これが……ダイアスの機械!)


 『精霊術がなくても便利な暮らしを』をモットーに掲げているダイアスが売り出しているのは、もちろん生活を助けることを目的とした装置が主力製品だ。

 しかし、ステラからしてみればそれらは全て高級品で、まして北の最果ての村アントレルまで普及しているはずもない。

 そして、ユークレースのお膝元であるレグランドでも見かけることはなかった。

 ――つまるところ、ステラは今まで、ダイアス製品はスタンガンという物騒な物しか見たことがなかったのだ。

 思い返してみれば、ホーンブレンのライムの部屋の中には、たぶん危険性はないであろう、試作品のような物体がいくつも転がっていたが……。

 それらは、見た目からは一体何の装置なのかすらわからなかった。

 しかしこれは……。


(これ、うちに欲しい!!)


 なんなら台車に乗せて引っ張って歩きたい。ライムに頼んだら格安で売ってくれたりしないだろうか。

 いやしかし、ユークレースの建物を間借りしている身で、そのユークレースと深い因縁のあるダイアス製品を持ち込むのはまずいかもしれない。

 ステラがじっくり観察したい気持ちを必死に抑え、顔を動かさないように気を付けながらそんなことを考えていると――、


(――視線?)


 ふと肌が粟立つような気配を感じ、ステラはハッと散漫になっていた意識を集中させた。

 旧家の当主たちも集まっているこの場で、ヨルダが害されるようなことはないだろうが……。しかし、王弟妃はあそこまで露骨にヨルダへ呪術を仕向けてきた。油断はしない方がいい。

 いまだに感じる視線の元へ、意識を向ける。


(……あああーっ!!)


 ここで悲鳴を上げなかったステラは、たぶん褒められてもいい。


 事前に知ってはいた。

 アルジェンから聞いていた。

 王城に、父、レビン・リンドグレンがいると。

 そして、ヨルダの侍女の「リン」が「ステラ」であることに気付いている、と。


(だからって、こんなにガン見してくるなんて思わないでしょ!)


 ――そう、彼は娘の名を呼んだり、指を指したり、騒いだりはしていない。

 その代わりに、幼い頃のステラに向けられていた優しい眼差しからは想像がつかないくらい鋭い視線で、ステラを射貫かんばかりにじっと見つめてきているのだ。


(耐えろ……私……!)


 クリノクロア家の当主の息子が鋭い視線を向けている……となれば、周囲の人間は普通、ユークレース家と姻戚を結ぼうとしているヨルダ王女を警戒していると考えるはず。

 まさか、その後ろに控えた一介の侍女を睨んでいて、しかもそれが彼の娘――局所的に大注目を集めているクリノクロアの孫娘だなどと、夢にも思わないだろう。

 ステラがリアクションさえしなければ、誰もステラのことなど気にしない……はずだ。


(無……無だ……。私はリン。ただのヨルダ様の侍女……)


 ――ざわ。

 王女様の侍女に「ただの」という枕詞が適切かどうかはさておき、ステラが心の中で呪文のようにそう繰り返しながら必死に無表情を作り続けていると、突然、会議室内の空気が変わった。

 旧家の一部の人々と、そしてその使用人らしき――王宮の使用人たちほど無関心のフリが上手くない――人々の間でひそひそと静かに、しかし興奮気味に言葉が交わされている。

 きっと、アリシアがなにかやらかしたのだろう。

 ただし、一応言い添えておくとこれは彼――彼女? の独断専行ではない。


 ヨルダは事前に、アリシアに向けて一つの命令を下していた。

 いわく、「入室して一番注目されているとき、シルバーにウインクの一つでもしてくれない? ダイアス老はきっとそれを見たら、勝手にいろいろ不適切な関係を邪推して調子に乗るわ。そうしたら舌の滑りが良くなるかもしれない」……と。

 ついでに、「それに、シルバーは自分が注目を浴びることを嫌がるでしょうし……愉快なことづくめだわ」とニヤついていた。


 そんな王女様の計略通り、そう広くないステラの視界の端に、ざわつく人々の中でダイアス老だけが愉快そうに口元をゆがめているのがみえた。

 きっと今、同じく王女様の計略通りにシルバーは嫌な顔をしていることだろう。彼は表情が乏しいくせに、不快感を隠すのがあまり上手くない。

 ……いまだに、某父親からの刺さるような視線は感じるが、今のところ大きな問題は起こっていない。


(大丈夫、うまくいく……)


 きっと、これからの成り行きを一番心配しているのは他でもないヨルダのはず。


(私はヨルダ様を守るために、自分で選んでここにきたんだから。……父さんだってそれをわかってくれてるから、一応邪魔しないでくれてる)


 不安がっているひまなどない。気を引き締めろ。


「ヨルダ王女殿下はこちらへ」


 案内役がヨルダを椅子へ導く。

 静寂を取り戻した会議室内の全員が見守る中、ヨルダは美しく優雅な所作で席に着いた。


「これで予定されていた出席者は全員揃いました。では――ダイアス家当主、グライン・ダイアス卿。本議会の発議者として議題の説明をお願いいたします」


 国王の少し後に立っていた初老の男――たしか、補佐官だったか――が口を開いた。

 その言葉に、もったいぶった大きな動きで頷いた老人(ダイアス党首で、ライムのお祖父ちゃんで……ええと、たしか名前は、グライン・ダイアス……)が、これまたもったいぶった重い口調で話し始める。


「今ほど補佐官殿の言葉にあったとおり、今回はダイアスが議事の説明と進行を務めさせていただく。――本日、非常に残念なご報告をしなければならないことを最初に伝えておこう」


 そこまで言ってからグラインは言葉を切り、ぐるりと会議室内を見回し、最後にユークレース家の席がある方でわざと視線を止める。

 そして「ニヤリ」と口の端を上げる様子があまりにも憎たらしくて、ステラは心の中で「やなヤツ!」とつぶやいた。


「事前に提供させていただいている資料では、証拠のもみ消しを避けるため決定的な内容は伏ていますが……、私がこの議会の開催を要請した理由は、皆さんわかっていただけていることでしょう」


 コホンとわざとらしい咳払いを挟んで、年老いた見た目の割に張りのある声で話し始める。


「これから話し合う議題は、わが王国の根幹を揺るがす背信行為について――」


 グラインは眉をぎゅっとよせ、悩ましげにため息をつく。


「ユークレース家が、他国へ軍事力提供を始めている、という問題についてです」


 ステラの位置からは、ヨルダが卓の下でグッと拳を握ったのが見えた。


 ――さあ、罠はきちんと作動した。

 ここからが、私たちの本番だ。

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