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【書籍・5/30 4巻発売】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
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127. 残念なご報告

 このティレーという王国には、「旧家」と呼ばれる家門がある。

 その数は十二家。

 だが、ティレー王国の歴史を研究する者たちのなかには、旧家は十三だと主張する者が多い。

 これは、実は国内にはクリノクロアよりももっと徹底的に隠された一族が存在する……という都市伝説のような話ではなく、単純に、呼び方の問題なのだが……。

 十三番目の旧家、それは他でもないティレー王家だ。


 現在の王国が成立する以前のティレーは、一つの大きな国ではなく、十三の小さな部族がそれぞれの土地を散り散りに治めていた。それらの部族を一つにまとめ上げて王国を作り上げたのが、現王家のティレー家なのだ。

 現在「旧家」と呼ばれているのは、もともと各部族の代表を務めていた一族で、ティレー家の呼びかけに応じて王国に加わった、元為政者の家系なのである。


 そういう来歴のため、この王家を含めた十三の家門の立場は、いちおうほぼ同等という扱いになっている。

 グライン・ダイアスのような、普段は国政に関わらないはずの旧家のいち当主が、国を動かすような議会の開催を王家に要請できるのはそのためだ。

 しかし、いくら同等と言っても、家門間には歴然たる格差がある。

 たとえば、権力的な意味でのトップはもちろん国を動かしている王家のティレー家。一方の経済面では、そんな王家よりもダイアス家が頭一つ抜きん出ている。

 そして……その二つの家の地位をも簡単に脅かせる、圧倒的な武力を持つのが、精霊に愛されるユークレース家だ。――というのが、この国のパワーバランスである。

 それでもユークレース家は基本的なスタンスとして王家が主導する国政に干渉したり、他の家門の活動を妨害したりしてこなかった。それゆえ、今まで表面上は波風が立たっていなかった。


 そのユークレースと、王家の間に姻戚関係が生まれようとしている。


 ついでに、そんなタイミングでダイアスがユークレースの犯罪行為を告発しようというのだから、王国成立以降、ほとんどずつと国のことなど知らんぷりを決め込んでいた旧家の面々も、この議会の招集通知は無視できなかったらしい。

 現地に集まったのは、主催のティレー、召集を要請したダイアス、そして呼びつけられる形になったユークレース。

 そのほかに、クリノクロア、サヌーク、ブリンドル、ディステナ、ヒューミット――と、普段は常に過半数割れだというのに、なんとその過半数の壁を優に超える、九家門が勢ぞろいしている。

 クリノクロアは今回事情あり――ステラ一家がレグランドに住むことを王家に報告しに来ていた――なので別としても、普段はほとんど参加しない家まで揃っている。

 この議会は歴史上何回か開催されているはずだが、ディステナとヒューミットあたりなどほぼ初参加レベルではないだろうか。

 きっと彼らは、後ろ盾になったユークレースの窮地に際した王女がどう出るか、とか、いつも重鎮面をしているダイアス当主がどうやられるのか、とか、……あとはもしかしたらユークレースが失脚するかも? とか、そういうおもしろそうな展開を間近で見たいのだろう。


(ひどい茶番だな……)


 シルバーは議場に集まった面々を確認して心の中でひとりごちた。

 ――その、シルバーの心の声に呼応するかのようなタイミングで、静かに議場の扉が開いた。室内の空気がほんの少しだけざわりと揺れる。


「ヨルダ・アウイン・ティレー殿下のご入室です」


 先触れの兵士の声が響いてから数拍おいて、コツコツとヒールの音を響かせながらゆっくりとヨルダが入ってきた。彼女の後ろには二人、黒髪と茶色の髪の若い侍女が付き従っている。

 そのうちの一人、黒髪の――アリシアがチラリとシルバーの方に顔を向け、目が合った瞬間、パチンッとウインクした。


「……」


 そこまで派手な動きではなかったが、ヨルダに注目していた人々の視界にはもちろん入っている。

 ヨルダ王女の侍女が、主人の婚約者にウインクをした――。

 この侍女、アリシアはユークレース家がヨルダに紹介したという事情は特に隠していないため、耳ざとい者であれば知っている。

 つまり……中身はとにかく、見た目は美しい美少女のアリシアと、王女の婚約者は旧知の仲なのだ。そんな娘が主人である王女を差し置いて、人目をはばからずにウインクを送る――。

 周囲からどう受け取られたかは、抑えた声でヒソヒソと話す様子で大体わかってしまう。

 それに、ここには旧家の関係者だけでなく、王城の使用人たちもいる。……きっと明日には王宮中で、王女の婚約者と侍女のスキャンダルが飛び交うことだろう。

 面倒ごとを増やすなよ、と舌打ちしそうになったのを抑えたシルバーは褒められていいはずだ。


「はあ……」


 飛び出しかかった舌打ちをなんとか抑えたシルバーの隣で、ノゼアンがギリギリ聞こえるか聞こえないかという大きさのため息をついた。

 気持ちは痛いほどわかる。……だが、気の毒ではあるが仕方がない。最終的に「アリシア」をヨルダの元に送り込むことに頷いたのは彼自身なのだから。 

 シルバーはアリシアに「大人しくしていろ」と念を込めて睨み付けてから、ヨルダを挟んで反対側に立っている、もう一人の侍女の様子を見る。

 暗い茶色の髪をお下げにまとめた、アリシアと比べたら地味めの――しかしシルバーにとっては他の誰よりも愛らしい――彼女は、先ほどのアリシアの行動に気付いていないのか、じっと前を見据えて立っていた。

 その表情は無表情――を保とうという努力が見えるものの、口元がかなり引きつっている。

 こんな席でなければ――そして先ほどのアリシアの悪ふざけがなければ――笑いたいところだが……。

 シルバーは顔を動かさずに、視線だけをこっそりと自分の席から一番遠い対角線上の席に向け、そこに座る二人の男の様子を窺う。

 そこは通称ユークレースの天敵、クリノクロア家に割り当てられている席だ。

 座っている二人のうち、年かさの方の一人は、クリノクロア家当主のフェルグ・クリノクロアだ。シルバーは初めて見るが、事前に聞いていた特徴と一致するので間違いないだろう。

 そして、もう一人は――身なりも髪も整えているため随分と印象が違うのだが、シルバーもよく見知っている、レビン・クリノクロアだ。

 レビンは実の母親に牢屋に入れられ、帰れなくなっている、というなかなかに奇怪な状況だったはずだが、とりあえず無事生きていたらしい。

 彼は口を硬く結んだまま、茶色い髪の侍女に鋭い視線を向けていた。……侍女の口元が引きつっているのはそのせいである。

 情報網が優れていることで有名なクリノクロアのことだ。レビンは、王女から「リン」と呼ばれている侍女の正体が自分の娘(ステラ)だということを既に知っているのだろう。

 しかし、今、クリノクロアの孫娘というステラの正体が、王家やその周辺の勢力にばれてしまうのは危険すぎる。

 きっと声をかけたくて仕方ないのだろうが、それをこらえて、このように見つめるだけにとどめているらしい。

 ――ここまで凝視するのは正直どうかとは思うが。


 まあそんな有様だが、ここにいるほとんどの参加者の、本命のお目当ては侍女でも婚約者でもなく、王女の方だ。

 ウインクによってもたらされた軽いざわめきはすぐに終息し、会議室内に再び静寂が訪れる。

 注目を浴びながらヨルダが優雅にお辞儀をして席に着いたところで、国王の補佐官が口を開いた。


「これで予定されていた出席者は全員揃いました。では――ダイアス家当主、グライン・ダイアス卿。本議会の発議者として議題の説明をお願いいたします」


 名前を呼ばれたグラインは鷹揚な動作でうなずくと、落ち着いた声で話し始めた。


「今ほど補佐官殿の言葉にあったとおり、今回はダイアスが議事の説明と進行を務めさせていただく。――本日、非常に残念なご報告をしなければならないことを最初に伝えておこう」


 グラインはそこで出席者たちを見回す。

 ぐるりと視線をめぐらせ、最後にわざとらしくノゼアンとシルバーのところで数秒間視線を止めた。


(嫌みったらしい言い回しと振る舞いで評価するなら、賞賛に値するな)


 顔をしかめそうになるのをこらえて無表情を貫きながら、シルバーは手元の資料に視線を落とした。

 最初に伝えるもなにも、そもそも議題は事前に参加者に通知されているし、要旨をまとめた資料が用意されている。

 補佐官が求めたのは、あくまでも補足説明なのだ。

 自分から視線を逸らしたシルバーの様子に勝ちを意識したのか、口元を少しだけ持ち上げたグラインは、ゴホンと咳払いをした。


「これから話し合う議題は、わが王国の根幹を揺るがす背信行為について――」

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