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【本日9/26 5巻発売!】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
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125. 不幸な伝達ミス

 自分の口を押さえて真っ青な顔をしているステラを見たクレイスは、フッと少しだけ口元を緩めた。


「僕に対してそんなにかしこまらなくていい。ヨルダ様が選んだ侍女を軽んじるつもりはない」

「もうしわけ、……いえ、ありがとうございます……」


 ステラは慌ててぺこりと頭を下げながら、(そうは言っても……!)と頭の中で叫ぶ。

 いくらクレイス本人が良くても、相手は騎士団の副団長で、そして王族。しがない町娘のステラにはかしこまる理由しかない。

 頭を下げ小さくなったままアリシアの後に隠れようとして――そして「くっつかれると困るんだけどー」と押し戻された――ステラに苦笑しながら、「私も気になるわ」とヨルダは話を進めた。


「ミネット殿下周辺の調査に許可が出ないのは、そこに騎士団が関与しているからだと疑っているのね?」

「関与しているのが騎士団全体だとは思っていません」

「ならば、調査の決裁権を持つ人物、ということかしら」

「僕の口からは、なんとも」


 クレイスは迂遠(うえん)な言い回しで濁しながらも、その瞳はまっすぐヨルダを見つめていた。――これは否定ではなく、肯定の意味だろう。


 調査の決裁権を持つ人物、つまり、騎士団長。


 現在騎士団長を務めているのはバジット・アルベールという人物で、前騎士団長であるハイネ王弟の片腕と呼ばれていた人物だ。

 ステラの(最近付け焼き刃で詰め込んだ)王宮知識によると、ハイネ王弟とバジットは騎士団の養成所時代からの善き友であり、善きライバルでもあった。

 そしてハイネ王弟が戦死した後、空席となった騎士団長の座に、当時副団長だったバジットが騎士団内外から満場一致で推挙されて就任したのだ。


(そのくらい王弟殿下と親しかった人だから、王家を乗っ取りたい王弟妃殿下と協力関係……それか、親友の奥さんをかばってるってこと?)


 ステラはクレイスの表情をそっと窺う。父親の親友なのだから、クレイスもきっと幼い頃から親しくしていたはずだ。そんな相手を疑わなければならないのは、なかなかつらいと思うのだが――。


「なにか聞きたそう顔をしているな」

「あっ……」


 バレないように窺ったつもりだったのに、速攻でバレてしまった。

 うっかりまた失言をかます前に再び隠れようにも、先ほどステラを押し戻したアリシアは、すでにステラから数歩離れた場所にいる。精霊の動きで隊舎の周囲の気配を探っているらしいので、ステラがそばにいると困るのだろう。

 ステラがわたわたしていると、ヨルダの忍び笑いが聞こえてきた。


「かわいいでしょう、私の侍女は。素直で」


 くすくす笑うヨルダは本当に愉快そうだ。しかし、ほぼ間違いなくこれは褒め言葉ではない。


「褒めているのよ。王宮(ここ)にいると、そういう素直さが好ましく見えるの」


 いま、ステラは「これ、褒められてないんだろうなー」と考えていたが、けっして口には出していない。……どうやらステラは考えていることが表情から漏れ出ているらしい。

 ――無意識に口から出ていた可能性もあるが、さすがにそれは考えたくない。

 現に、前にシルバーからも似たようなことを言われたことがあったので間違いないだろう。……あの時は今回よりも、かなり馬鹿にするニュアンスが強かった気もするが。

 しかし、そんなにわかりやすく表情が変わっているのだろうか?

 ステラが自分の頬をむにむにつまんでいると、クレイスがコホンと咳払いをした。


「……で、何を聞きたいのかな」


 そう言ったクレイスの口角はだいぶ上がっていて――なんというか、いとけない子供を見守るような表情だ。そして、口元に手を添えてそれを誤魔化している。


「…………ええと、それではお言葉に甘えて」


 ここまで来たら今更かしこまっても笑いを誘うだけだろう。ステラは頭を切り替え、一番気になっていたことを口にした。


「クレイス公子は、そもそもハイネ王弟殿下の死が誰かの作為によるものだとお考えですか?」

「思ったより切り込んできたな……」

「はっ! も、もうしわ――」


 王宮では持って回った言い回しをするのが一般的、と言うのを差し引いても、今のはストレートすぎた。アリシアが「わーお」と呟いているのがうっすらと聞こえた。


「いや、構わない。僕は回りくどいよりも簡潔な方が好きだから」


 クレイスは、豪速球かつ直球なステラの質問に対して気分を害した様子もなく、作為か……と呟いて考え込んだ様子を見せた。


「……そうだな、少なくとも偶然の事故ではなかったのではないか、という疑いは持っている」


 簡潔な方が好きだという割に歯切れの悪い回答だ。ヨルダが片眉を上げる。


「……でも記録上は紛れもなく、不幸な伝達ミスによる戦死だったわ」

「その通りです。僕は現在の地位に就いて、過去の資料をある程度自由に閲覧できるようになったので、改めて当時の記録を調べ直しましたが……これと言った細工の形跡などは見つかりませんでした」

「それでも事故ではないと考える根拠は?」


 ヨルダが腕を組んで首を傾げた。

 当時、フレイム国王からハイネ王弟に下されていた命令は、『後方への撤退』だった。

 国境線を巡って争う隣国との和平を目指していたフレイム国王は、正式な交渉の席を設ける算段を取り付け、自分の代理としてそのテーブルに着く使者にハイネ王弟を指名した。

 そのためハイネ王弟は一旦安全な後方まで撤退し、和平交渉のための準備を始める予定だったのだ。


「ご存じのとおり、当時の伝令役は三人いました」


 クレイスの言葉にヨルダが頷く。

 ステラはご存じではなかったが、一応神妙な表情で頷いておいた。


「うち一名は消息不明と記録されています。他二名は王弟殿下の隊が駐留する幕舎に到着していますが、先に到着した使者が運んでいた伝令書は、途中で豪雨に見舞われた際汚損してしまったそうで、文字の判読が難しい状態でした。そのため、後から到着した使者の、口頭による伝達内容が採用されました」

「ルートの要となった地名の現地での呼び方と、軍で使用していた方角を示す暗号の響きが似ていた、という話だったわね」

「はい。文字で書けば全く違うのですが、口にしたときの音はほぼ同じ響きです。そして……地名の混じった伝令内容は、暗号として受理されました」


 これは、王都ではかなり有名な話だ。

 なぜなら王弟の死去後、このあたりの顛末を描いた舞台が連日上演されたためである。

 ちなみに、この舞台の中の伝令内容は、国王の命令――国王という言葉は使われていないが、『王都にいる一番尊い方からのお達し』というフレーズが使われている――で意図的にすり替えられていたというストーリーになっていた。

 真実と虚実を織り交ぜたこの舞台は、『最愛の人を失った悲劇の王弟妃』と『人望のある弟を妬み、罠にかけた国王』といういうイメージを王都内に定着させるため、王弟妃が画策したもの……らしいのだが、そこの真偽は不明だ。

 クレイスは少しだけ自嘲的に口の端を上げてから、再び淡々と話を続けた。


「王弟率いる隊は、迂回するはずだった山道に入り込み、道を見失いました。そして不幸にも巡回していた敵部隊と出会い戦闘になり、全滅しました。――安全なルートを進むはずだったため、最少人数で動いていたのが災いした形ですね」

「……あの」


 ステラはおずおずと手を上げ、話に割り込んだ。


「先ほど、公子は記録を調べ直したときに細工の形跡は見つからなかったとおっしゃっていましたが……伝令の内容も同様ですか? 退避ルートのような大事な連絡に、聞き間違えるような言葉を使うというのは不自然に感じるのですが……」


 文書の方は文字が判別できないほどずぶ濡れだった……というのは仕方がないかもしれないが、口頭での伝令に同音異義語がある言葉を使うというのはお粗末すぎやしないか。

 そんなステラの質問に、クレイスは頷いた。


「その疑問はもっともだな。……しかし、伝令書は内容が漏洩しないよう受け取った後焼却される。口頭での伝令はそのとき現地にいた人間の証言頼りになるから、悪意を持った何者かによる意図的な介入がなかった、と、はっきり言うことはできない」

「ではやはり伝令に問題があったとお考えですか?」

「伝令に使用する言葉や文字は、この件をきっかけに見直された。だから今同じことが起こったなら間違いなく作為によるものだ。……それは言い換えれば、当時はふつうに起こりえたミスの一つだったということでもある」

「ええと……つまり?」

「つまり、伝令に何か細工があった可能性は否定できないが、当時の証言などを総合してみると、不幸なミスだという結論は、とても整合性がとれている」

「はあ、整合性が」


 つまり、「証拠はないが単なるミスだろう」ということを言っているらしい。ステラが簡潔ってなんだっけ……と考えていると、クレイスはそこで初めて大きく表情を変えた。


「それでも……僕は、父が誤った伝令を鵜呑みにしたとは思えない」


 眉をひそめ――哀しみとも、苦しみともとれる表情で、ポツリとつぶやいた。

 そのつぶやきを拾ったヨルダは、ハッとした表情で大きく頷いて見せた。


「……それは、私も同意するわ。叔父さまが周辺の地理や敵陣の展開を把握していなかったとは思えない」

「はい。その上で、周辺地域の言語にも明るかったあの方が誤りに気付かないというのは不自然なのです」


 整合性はとれているが、不自然。

 ステラが今までにヨルダから聞かされた人物像がどの程度中立的な評価になっているかは不明――レビンを信仰していたアグレルほどではないと思うが、それに近い雰囲気はあった――だが、ハイネ王弟は聡明で博識な人だったらしい。

 和平交渉に関わる重要な伝令なのだから、おそらくハイネ王弟本人も直接聞いたはずだ。言語にも明るいなら現地の呼び方を知っていただろう。


「……つまり、王弟殿下は間違った伝令に従ったのではなく、そのルートを選んだ理由が他にあった……?」


 ステラの呟きに、クレイスは「可能性は高い」と頷いた。

 ――とほぼ同時に、外から「ワッ」という歓声のような声が響いてきた。


「……急に賑やかになったわね」


 ヨルダが視線を部屋の窓の方へ投げかけた。といっても、外からこちらが見えないように位置取っているため、当然こちら側からも外が見えないのだが。

 クレイスはちらりと柱にかかっている時計に目をやってから、「訓練の休憩時間です」と、改めてヨルダを見た。


「……この休憩の後、訓練が終わってしまえば隊員が入れ替わりで入浴や食事をする時間になるため、人の出入りが多くなります。休憩が終わったタイミングを見計らって、隊舎から出た方が良いでしょう」

「そうね……ひとまず『次代』云々はさておき、あなたの意向は確認できたし。見つからないうちに早めに撤退させてもらうわ」

「はい」


 クレイス自身はヨルダの王位継承を支持する意思を持っている。

 王弟妃という問題がある以上、一筋縄ではいかないかもしれないが、何よりも重要なのは本人の意向だ。

 しかし――。


「……クレイス。呪術というものは、術をかけられた相手だけではなく、かけた本人やその周辺の人間にも影響を及ぼすそうよ」

「周辺にも……ですか」


 ヨルダが声を潜めると、クレイスは考え込むようにぐっと眉根を寄せた。何か思い当たる部分があるのかもしれない。


「ええ。だから、もし叔母様の身辺を調べるつもりなら十分注意して。できればあなたとは敵対したくないもの」

「ご忠告ありがとうございます」


 クレイスはそう言いながら、ヨルダの前で恭しく膝をつき、深く頭を下げた。


「ですが心配はありません。僕は、――ヨルダ様、あなたの剣ですから」

「私の、ではなく『王家の』でしょう。騎士団なのだから。……というか、そういうことを言いたい訳ではなくてね……」


 さらりと言い直し、呪術の恐ろしさを滔々(とうとう)と語るヨルダと、その彼女の言葉を聞き逃すまいと真剣な面持ちで頷くクレイスの横顔を見ていると――。

(なんていうか、こう……)


「そりゃあライムも婚約ヤダって言うよな……」


 半眼になったアリシアの呟きに、ステラは思わず頷いてしまったのだった。

前回更新からまただいぶ経って……います……

とりあえず次から当主様たちの集まる議会に向けてお話は進みます!

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