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【本日9/26 5巻発売!】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
123/145

120.次のステップ

本日、12/27にいずみノベルズ様より

『ステラは精霊術が使えない』3巻発売いたしました!

年末年始のお休みのお供に、ぜひよろしくお願いします!

Amazon kindleなど各電子書籍販売サイトにて購入いただけます。

作品紹介ページはこちら→https://izuminovels.jp/isbn-9784295603177/

 騎士であった故王弟、ハイネ・アウイン・ティレーの邸宅は王宮内の騎士団詰め所にほど近い場所に建っている。

 その邸宅は十分な広さを誇っているものの、王族の一員が住む建物としては非常に質素な佇まいだった。それは、ハイネが質実剛健な人柄だったため、派手な装飾を嫌ったためだったとも、王位を継いだ兄に遠慮したとも……または、その兄からの嫌がらせだったとも言われているが……王弟本人が没している現在、真相は定かではない。

 彼が没した後、この広く飾り気のない邸宅には若くして未亡人となってしまったミネットと、その息子のクレイス公子が二人きりで――と言っても召使いなどがいるので本当の意味での二人きりではないが――住んでいる。だが。

 どうやらクレイスは、ほとんどその家に戻っていないらしい。

 自宅が詰め所のそばにあるというのに、彼はほとんどの時間を騎士団の施設内で過ごし、隊舎の空き部屋で寝泊まりをしているのだ。

 理由は、職務が忙しく自宅に帰る暇もないから。

 

(って言ってるらしいけど、結局のところママが連れてきたお友達に会うのがイヤなんだって)

「お友達?」

 

 アリシアが紙に書いている文章を横から覗いたステラは首を傾げた。


(うん)


 ただ頷けばいいのに、アリシアはご丁寧に相づちまで紙に書く。

 仕草や表情で伝わらないことだけを短くまとめて文字にしていたシンシャとは違い、アリシアはこんな調子で全て文字にするため、毎度毎度なかなか話が進まない。

 しかも、文字を書くのが特別速いわけでもない。ステラは一文字一文字書き上げるのをいちいち見守らなければならないのだ。

 

「約束を守る姿勢は立派だけど、もう筆談(それ)、楽しんでるだけでしょう。他に誰もいないんだからいい加減喋りなよ。紙がもったいないし」

(えー)

「えー、じゃありません」

(おー)

「……」


 思わず舌打ちをしそうになったステラは、舌打ちをする代わりに、手元の封筒に書かれている差出人の名前をノートの最後の行に書き写した。

 そのノートにはずらりと長ったらしい名前が並んでいる。ヨルダ宛にお見舞いの手紙を送ってきた人のリストだ。

 格式高い方々は名前と家名の間に色々な言葉が挟まっているのでいちいち長い。しかも「〜フェン」とか「〜フォン」とか、似たような響きなのに微妙に違ったりするので気が抜けない。

 そんな作業をしているステラの隣で、侍女の仕事を一段落させたアリシアがジュース片手に筆談で話し掛けてきたのだ。嫌がらせとしか思えない。

 ちなみにヨルダは今、議会で身につける衣装を決めるために衣装部屋に籠もっている。

 籠もっているというか、まずは見た目で箔をつけないといけません! と張り切ったマールに引きずって行かれた。

 流行も髪の結い方も知らないステラは全く役に立たないので、マールからここで手紙の整理をするよう言いつけられた。ついでに、いい加減国内中枢の要人の名前をちゃんと覚えろという意図もあるのだろう。

 そんなわけでこのヨルダの私室には今、役立たずのステラと、王女の着替えを見るわけにはいかないアリシア(男)の他に、誰もいないのだ。


(綴りが間違ってますよ)

「ぐっ……」


 アリシアは、ステラの目の前で間違いの指摘を書いた紙をヒラヒラと振った。意地悪くニヤつきながら、というおまけ付きで。

 こんなにめちゃくちゃな性格をしていても、彼は良家の子息なので、ある程度の地位の人物は頭に入っているらしい。


「うー、もうっ! ……で、お友達ってなんなの?」


 パンッと音を立ててペンを机に置き、ステラは両手でほおづえをついた。集中できない状態で続けてもミスが増えるだけだ。

 仕事は一旦中止という意思表示をしたステラに、アリシアはくすくす笑いながら、カップに残っていたジュースをぐいっと飲み干し、やっと口を開いた。


「王弟妃側の支持者だよ。息子が未来の王様になるって当て込んで、繋ぎを作っておくために擦り寄ってきてるんだろうね」

「ああー、つまり()()()()お手紙を送ってくる人たちが、直接会いに来るのね」


 ステラが手元の手紙の山を視線で示すと、アリシアはうなずいた。


「そ。王女様はクレイスのことをマザコンって言ってたけど、今はママたちとは距離を置きたがってるみたいだね」


 実際のところ、ヨルダは、クレイスが母親の行動に反感を抱いていてもキッパリと逆らえないところを指してマザコンと呼んでいる。

 ママ大好き! というわけではなく、以前から距離を置きたがってはいたのだろう。

 しかし、アリシアが間諜のように王宮のあちこちへ出向いたり忍び込んだりしてつかんできた情報によれば、ここ最近は特に目に見えて帰宅する頻度が下がっているらしい。


「今は例の議会が招集されたからなあ。権力が欲しいおっさんたちは皆、少しでも勝ちそうな相手に媚びておきたい訳だ。ほら、まさに今シンがおっさんたちにモテモテだろ? ついで別方面でもモテてるみたいだけど」

「……らしいね」


 含みのあるアリシアの言い方に、ステラは顔をしかめた。

 突然王位継承者争いに名乗りを挙げたヨルダの、これまた突然発表された婚約者。しかもユークレースの公子。

 そんな肩書きのシルバーは、アリシアの言うように王宮関係の有力者たちからひっきりなしに『ご挨拶』の訪問を受けているらしい。

 シルバー、というよりもユークレース家自体が、普段だったらそういう訪問は受け入れないのだが、今はヨルダの支持拡大のために積極的に受け入れている。

 そしてなぜか、年頃の娘を伴ってやって来るものも多いらしい。――あわよくばウチの娘を見初めてもらいたいという思惑がだだ漏れである。王女の婚約者だというのに。


「ああいう輩は騎士団の施設の中までは入れないから、クレイスは前にも増して出てこなくなってるってさ」

「……大変だねえ……」


 さすがに王弟妃に媚びている人々は、王弟妃と親交が深いダイアス家との婚約が決まっているクレイスに娘を薦めてきたりはしないだろうが、煩わしいことに違いはない。


「そしたら、議会開催前にヨルダ様と会わせるためにはまず、なんとかして騎士団から引っ張り出さないといけないってことか」


 むうと眉根を寄せるステラに、アリシアはいやいやと頭を振った。


「引っ張り出すより、こっちから騎士団の施設に潜り込むほうが手っ取り早いって」

「……そりゃあアルは潜り込むくらい簡単だろうけど、ヨルダ様は無理でしょ?」

「ふふーん、ちゃんとルートは確保済み」

「ルートって……アルとシンしか通れないようなアクロバティックなルートじゃないよね?」

「違うって。ちゃんと正攻法」

「潜り込むのに正攻法とかあるのかなぁ……」

「まず、ランドリーメイドのフリして隊舎に入る」


 アリシアはそう言いながら指を一本立てた。

 ランドリーメイドはその名の通り、洗濯を担当する使用人のことだ。騎士団のような場所だったら洗濯物も多く出るだろうし、出入りする機会も多いだろう。

 それにランドリーメイドは汚れ物を扱うし体力も必要で――つまるところ、かなりキツい仕事である。そのため、働く人の入れ替わりも多い。


「何回か出入りしてみたけど、制服着てたらほぼノーチェック」

「それは、入り込むにはありがたいけど……わが国の騎士団のセキュリティー面が不安になるんですが」

「まあね。でも入れる場所は限られてるからな。洗濯物の置き場は隊舎の端っこだし」


 洗濯物置き場に出されているタオルや衣類などの汚れ物を回収し、王宮の敷地内でも外れの方にある洗濯場に持って行って洗濯をする。そして、洗い終わった物を今度は洗濯物置き場の隣にあるリネン室に運び込み、再び汚れ物を回収して洗濯――というのが、騎士団のランドリーメイドの仕事の全てだ。

 彼らが自由に出入りできる場所は、騎士団隊舎の一番端にある洗濯物置き場とリネン室の二部屋だけ。どちらの部屋にも屋外側と隊舎側に一つずつ、計二つの扉があるが、隊舎側の扉の方は建物内から施錠されているため、開けることができないらしい。


「次に、クレイスの使ってる部屋のそばで待ち伏せ」

「ちょっと待って。次のステップ、急に飛びすぎ」


 二本目の指を立てたアリシアに、ステラは待ったをかけた。施錠されているから隊舎内には入れないと言ったばかりではないか。


「ああうん。リネン室の壁をちょっとアレして隣の物品倉庫に行きまして」

「待って」

「その倉庫からは普通に隊舎内に行けたから、そっからちょっと探検して」 

「待って待って」

「んで、クレイスがいつも使ってる部屋を特定した。倉庫からクレイスの部屋の上まで屋根裏伝いにいけるように目印付けといたから、いつでも行ける。褒めてもらってもいいよ」


 いったん止めようとするステラが口をはさめないよう、早口で一気にまくし立てたアリシアは、言い終えると同時にふふんと胸をそらした。


「いや、あの……壁をアレして、ってなに⁉」

「アレはアレだよ。棚の後ろの、目立たないところをちょっと――通れるようにした」


 つまり、壁に穴をあけた――のだろう。

 アリシアはにらみつけるステラの視線を真っ向から受け止め、ニカッとまぶしいくらいの笑顔を浮かべた。そして、「おしとやかな感じでやったから、シンとの約束は破ってない」と付け足した。


「そういうことじゃ……!」

「ほら、あんまり大きい声出すと周りに聞こえるよ」


 思わず悲鳴のような声をあげてしまったステラは、アリシアに指摘されて言葉を飲み込む。それとほぼ同時に、廊下のほうから人の話し声が聞こえてきた。

 衣装合わせが終わり、ヨルダが戻ってきたのだ。

 

「あら、アリシア。リンと一緒だったのね」


 ヨルダに声をかけられたアリシアは優雅な動きで立ち上がり、頭を下げた。衣装合わせを手伝っていたほかの侍女たちがいるため、口を閉ざしたおしとやかモードだ。


「ちょうどいいわ、アリシア、お茶をお願いできるかしら。リンは名簿の進捗報告をお願い。――ほかのみんなは戻って休んでいいわ。お疲れ様」

思ったより進まなかった……のですが次は騎士団のあたりが舞台になる、はず……!

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