119. おしとやかな感じで
「そういえばさ、その贈り物の花? ってどんなふうにここまで来たの? あっ、これは必要な話だからOKだよね」
もう侍女のふりはやめたらしく、シルバーの隣にどかりと腰掛けた――そして足を開いて座ったのでシルバーに叩かれた――アルジェンは、お茶請けのお菓子を頬張りながらマールを見た。
「……ラグナ王子殿下の使いの者から、直接受け取りました。その者は王子殿下のそばについているのをよく見かけますし、贋者などではないと思います」
アルジェンの態度に何かを言いかけ……その言葉を飲み下した顔をしたマールは、その時のことを思い出そうとしているのか眉をしかめながら答える。
「ですから、王弟妃殿下が王子殿下の名を騙って送られた物ではなく、間違いなくラグナ王子殿下自身の命令によって届けられた物だと……」
「だからさ、王弟妃は呪術使うじゃん? 王子側の人間を操ったりしてた可能性もあるんじゃない?」
そのアルジェンの指摘に対し、これまた態度悪く足を組んで、その膝に頬杖をついているシルバーがため息をついた。
「絶対ないとは言わないけど、もしもそんなふうに操られた人間がうろついてたら精霊がもっと騒いでるよ」
「ああ、そっか」
「それに呪いの前にも、王子と一緒に居た侍女に襲われたんでしょう? あちらの警戒心のガバガバ具合を考えたら、王子が周りに侍らせてる全員が王弟妃の手先だったとしても不思議じゃないよ」
実際、先日ヨルダを襲った侍女は特にラグナ王子お気に入りの一人だったようなので、かなり内部まで間者が食い込んでいるというのは想像に難くない。
「……さすがに、実の兄がそこまで愚かではないと思いたいけれど……今回の件に関してはシルバーの言う通りね」
ヨルダが苦笑しながらそう言うと、マールも微妙な表情で頷いた。――立場的には最も王位に近い第一王子だというのに、悲しいまでの信用のなさだ。
「そしたらもう、入ってくる人も物も、とにかく全部警戒対象って事だね」
肩をすくめたアルジェンに、シルバーが頷く。
「うん。間違ってもステラに近づけないように」
「はいはいわかってるよ。つまり、怪しいと思ったら全部排除すればいいんだろ?」
「……排除方法による」
「おしとやかな感じでやる」
「……問題を起こさない感じでやって」
「努力はする」
ニッと笑ったアルジェンの力強い――しかし内容はふにゃふにゃな返事に、全員の表情が不安で曇った。
「あの……シルバー、この子、本当に大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。それなりにうまくやるから」
代表して不安を口にしたヨルダに、アルジェンが恐ろしく軽い調子で相づちを打つ。――シルバーの返事は言葉ではなく、深いため息だった。
***
くれぐれも騒ぎを起こさないように。
……と、シルバーから何度も念押しされたアルジェン――『過去の怪我が原因で口がきけない侍女のアリシア』は、皆の予想に反して、その後の全てのことを見事なまでにそつなくこなしていった。
一応、ヨルダが療養と称して数日の引きこもり期間を設けたため、外部の人間と接触する機会がなかった、というのもあるのだが、それを差し引いても、アリシアはステラなどよりよっぽどうまく、そして恐ろしいまでのスピードで使用人の中に馴染んでしまったのだ。
もともとアルは器用だし……と思いつつも、何日も前からいたステラは何とも微妙な気持ちでそれを見守っていた。
「ダイアス当主、グライン・ダイアスが旧家の当主権限で議会を招集したわ。ふふ、計画通り進んでるわね」
その日の午後、ヨルダの元に届いた王家の刻印が付いた封書は、待ちに待った議会への招集通知だった。
『お姫様、魔王みたいな悪い顔してる』
「……」
となりに立つアリシアからぱっと見せられたその紙の内容に、ステラは半眼で睨みながら肘で彼女――彼と言うべきか彼女と言うべきかややこしいが――の脇腹を小突いた。
アリシアは声で会話する代わりに、普段のやりとりはシンシャのように紙に書き付けている。今は事情を知っている人間しかこの部屋の中にいないのだが、一応それは徹底するつもりらしい。
アリシアはくつくつと喉の奥で笑いながら、小さな声で「火、証拠隠滅」とつぶやいた。すぐにその不敬な言葉が書かれた紙片は燃え上がり、塵も残さずに消えてしまう。
「当主権限で招集された議会は、通常の国政のためのものとは違って、全ての旧家の代表者の参集、または議決権の委任状の提出が開催要件になるの。だから、実際に開かれるのにはまだ何日か必要ね」
魔王のような悪い顔をしたヨルダはそのやりとりに気付くことなく、議会に対する知識がないステラのために説明を付け加えてくれる。
「ええと、代表者が集まるっていうのはわかるのですが、議決権の委任状とは?」
「事情があって王都まで来ることが出来ない家もあるから。そもそも興味がなくて参加しない家もあるでしょうけど……。そういう場合は、『議決をとる際、我が家門は王家の決定に従います』という書類を提出するの」
王族に呼ばれたら、当然全員が集まるものだと思っていたステラは、驚きのあまり「ほわあ」と気の抜けた声を漏らした。
隣でアリシアがすかさず「ほわあ」と真似をしたので、足を踏んでやろうとしたのだが、憎たらしいことに踊るように軽やかな動きで避けられてしまった。
「これまでの傾向では、だいたい七割程度の家は委任状で済ませているわね」
それを見ていたヨルダが、笑いながら付け足す。
「そんなに? 半分以上不参加なんですか?」
「ええ。そもそも旧家は政治に不干渉という姿勢の家が多いから。ダイアスのように小まめに足を運んだり、ユークレースのように影響力がありすぎて参加せざるを得ない家の方が珍しいのよ――ちなみに、クリノクロアは参加しない家の代表格よ」
「そっか……そうですよね……」
アグレルのようなツンデレや、ローズのような常軌を逸した戦闘種族がいることを知った後なので大分見方が変わってしまったが、そもそもクリノクロアは表舞台にほとんど出てこない、謎に満ちた家だと言われている。不参加が認められるなら、出てこなくて当然だろう。
今回、ステラはもしかしてクリノクロアの当主――自分の祖父に会えることを少しだけ期待していたのだが、きっと今回も不参加だろうな……とがっかりする。
伝え聞いた話から想像するに、祖父のフェルグは相当に気むずかしい人物のようで少し怖くもあるが、それでもやはり、今まで縁がなかった『親戚』、しかも『自分のおじいちゃん』に会ってみたいという興味の方が大きい。
(それに、父さんが無事なのかも確認したいし……)
ローズによって牢に監禁されたという、かなり理解しがたい状況に置かれていた父が、本当に無事なのか――。
「ああでも、ユークレースはもちろんだけど、数日前からクリノクロアの当主も王宮に滞在しているのよ。別件で来ていたのだけど、今回の議会には参加するらしいわ」
「え!?」
「あなたたち一家がレグランドに滞在する件の裁可を受けに来ていたのよ」
「えっ、あっ……ええと、それって当主様だけですか?」
「王宮に来ているのが? 他にもお供が数名いるようだけど」
「そうですか……」
レグランドに滞在する件で来たのなら、父が同行しているかもしれない。そう思って聞いてみたものの、どうやらそこまでの情報はヨルダの元には来ていないらしい。
あからさまに肩を落としたステラの様子に、ヨルダは「そうね……」と首をかしげた。
「きっとそのあたりの情報ならユークレースの方が早く掴んでいると思うわ。シルバーが来たら聞いてみましょう」
「はい。……ありがとうございます」
次に会う機会がいつになるかわからないが、シルバーなら知っていたら聞くまでもなくステラに教えてくれるだろう。
ステラが頷いたのを確認したヨルダは、招集通知をテーブルの上に置いた。
「ひとまず、議会が開かれるまでの間に少し根回しをしましょう」
「根回し……と言うと、集まってきた旧家にですか?」
「いいえ。そこが取り込めれば万々歳だけれど、何度も言うように、基本的に彼らは王家のパワーゲームには不干渉よ。クリノクロアの一行の中にレビン氏が混ざっているなら、彼の御息女の話題を交えつつ、話し合いするという手もなくはないけれど」
(……なんだか今、言外にとても物騒な意味が込められていたような)
いやいや、さすがに考えすぎだろう。
ステラは努めてそう思おうとしたのだが、その思考の動きがそのまま表情に出ていたらしい。ヨルダはうふふ、と美しい笑みをステラに向けた。
「なんて顔をしているの、リン。私は歓談に興じたいと言っただけよ」
「そうですね……」
「それも魅力的だけれど、私が行っておきたいのはそちらではないの」
もしそれが必要ならば、ためらいなくやるだろうな……と思わせる笑みを浮かべたまま、ヨルダは視線を窓の向こうへと走らせた。
ここから直接は見えないが、その視線の向く先には、騎士団の施設があるはずだ。
(騎士団ってことは……クレイス公子)
騎士団に所属している王弟妃の息子で、ヨルダの従兄弟。
彼自身は真面目で公明正大な性格らしいのだが、その反面、母親の支配下から抜けられていない、というのが周囲の評価だ。
「私ね、あの男をママから引き離せないか試してみたいのよ」
そう言ったヨルダの顔に浮かぶ笑みは、ステラにはほんの少しだけ曇って見えた。
いつもいいねやブクマ、評価ありがとうございます!
とんでもなくお久しぶりな更新ですが、次からお話が動く、……はず。
書き下ろしをくわえた書籍版が二巻まで出ていますので、そちらもよろしくお願いします!
 




