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【本日9/26 5巻発売!】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
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117. ボロが出ないように

ステラさんの1巻がいずみノベルズ様より刊行、各電子書籍サイトにて販売開始されました。Amazonさんではペーパーバック版の購入もできますので何卒よろしくお願いします!!


いずみノベルズ様の紹介ページ→https://izuminovels.jp/isbn-9784295602538/



「王弟殿下、ですか?」


 花束を送ってきたのはラグナ王子だ。単に彼もその言葉を知っていて使った可能性もあるが――。


(そういう感じではなさそう……)


 横目で覗ったヨルダの表情は、物憂げに曇っていた。


「……ハイネ叔父さまは、私をとても可愛がってくれていたの。私の誕生日には毎年イメリアの花を贈ってくれたわ。いつもカードを添えて――『美しき小さな花へ』というのは、叔父さまが戦地に旅立つ少し前に……最期に贈って下さったカードに書かれていた言葉よ」


 そこでヨルダは、まるで胸の中の澱を吐き出すかのように、深く長いため息をついた。


「それを知っているのは、ミネット王弟妃とその息子のクレイスだけ。ラグナお兄様は知らないはず」

「……つまり、王弟妃殿下が、ラグナ殿下が用意した花束に呪術を仕掛けたカードを紛れ込ませたということ……になりますよね」


 ステラが眉をひそめて訊くと、ヨルダは少し首を傾げる。


「そうね……あるいは、そもそもお兄様が送ってきた物ではないのかもしれない。……どちらであっても、王弟妃殿下は私への害意を隠すつもりすらないということでしょうね」


 ヨルダはもう一度重たいため息を吐き出し、それから改めてマールを見た。


「と、いう訳で……あちらは政治的、物理的な手段以外にも呪術まで使って私を蹴落とそうとしてくるわ。……政治的な攻撃ならば私は負けない。そして、物理的な攻撃は護衛がいるし、ここから出なければ防げる。――でも、呪術はいつ、どう仕掛けられるかわからないから防ぐのも難しい。……だから、マールにも気を付けておいてほしいの」

「かしこまりました……ですが、呪術、とはどのような対策を講じれば良いのでしょうか……」


 呪術など、今の世の中でその名を聞くこと自体が稀な存在である。ステラはレグランドで目の当たりにするまで、おとぎ話の中だけのものだと思っていたくらいだ。

 王宮という跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)の世界ではもしかしたらもう少し身近なのかもしれないが、マールの反応を見るに、やはりそうそう聞く話ではないらしい。

 気を付けて、といわれても気を付け方がわからないのである。

 そんなマールに、ヨルダはわかっていると頷いて見せた。


「呪術は精霊を利用して相手を呪うものだから、精霊が見える人ならある程度危険を察知することができる。……そうよね、シルバー」


 ヨルダに問われたシルバーは「ある程度は」と頷いた。ヨルダはそれを確認してからマールに視線を戻す。


「だからしばらくの間、精霊を見ることができる人間を私のそばに置きたいの。リンにクリノクロアの力を何度も使わせる訳にはいかないし」

「それが、アリシアさんなのですね」

「そう」


 マールがなるほどと頷く。

 ヨルダは――そのマールから微妙に視線をそらした。


「……でもね、かのユークレース家でも、精霊を見ることができて、自衛も護衛もできて、王宮の関係者に顔が割れていなくて、さらに私のそばにいても違和感をもたれにくい人材……となるとなかなかいなくて」

「ええ、それではアリシアさんはとても貴重な人材ということですね」

「そうなの。……だからね。アリシアが、女装したシルバーの弟だということを秘密にしておいてほしいの。それと、ボロが出ないようにサポートもお願いね、マール」


 一気に言い切ったヨルダは、いろいろなことを誤魔化すためにニコリと美しい笑顔を作った。


「…………弟?」

「そう。ああそれと、リンの本当の名前はステラというのよ。でもステラはシルバーと一緒に行動しているところを目撃されている可能性があるから、リンという偽名で通してほしいの。彼女は元の髪の色が特徴的だから色を変えてもらっているけど、念のためね」

「はい……ええ、リンのことは承知いたしました……が、弟というのは……」

「さすがに私室の中での護衛はリンに任せるわ。アリシアは私室の外、それとあの贈り物のように、外から入ってくる物の確認をお願いしたいの。いいわよね」

「それは、はい……」


 有無を言わせぬ勢いでたたみかけたヨルダに、マールは渋々、という面持ちで頷いた。――しかし、やはり納得いかなかったらしく「ですが……」と、他人事のような顔をしてお茶を飲むシルバーを横目で見た。


「……大変僭越ですが、いくら弟君といっても男性をそばに置かれることに、婚約者であるシルバー様は同意されているのですか」


 同意しているのか、と尋ねる言い方をしたが、その口調は「弟とはいえ婚約者に男をつけるとは何事だ」という非難を含んでいた。

 それに対し、シルバーはいかにも面倒くさそうに――。


「してる」


 と、一言だけ返す。――ステラには、それを聞いたマールの表情が一段階固くなったように見えた。


「……左様でございますか」


 淡々とした声。……だが、しばらく一緒に過ごしてきたステラには、それが、マールのぶち切れ寸前の声だというのがわかってしまう。

 もちろん、腹を立てているとしても、客人で、さらに主人の婚約者であるシルバーに対して切れたりはしないだろうから、彼が退室したあと、こんな相手を選んだヨルダが説教を受けることになるだろう。

 ステラですらそれがわかるのだから、幼い頃からマールと過ごしてきたヨルダもやはりそれを察知したようで、彼女はマールとシルバーの様子を交互に見回して、「はあ」と大きなため息をついた。


「……わかったわ。婚約者殿をからかいすぎた私のせいね。……シルバー、いいことを教えてあげるから機嫌を直して」

「……?」

「シルバーの連れてくる新しい護衛が、綺麗な女の子だと聞いたステラはやきもちを焼いていたのよ」

「ヨルダ様ーー!?」


 突然矛先がこちらへ向いて、しかもそのままざっくりと刺されてしまったステラは思わず絶叫した。

 そんなステラの慌てぶりを見たシルバーは表情を変えず――だが微妙に嬉しそうな声で「……へえ?」とつぶやいた。


「それとね、マール。シルバーには、今回の私の計画のため婚約者のふりをしてもらっているのよ」

「……ふり、ですか?」

「そ。シルバーは、今回私がステラに呪いを解かせるという失態を犯したことに腹を立てているのよ。彼とステラは恋人同士だから」

「恋人!?」

「恋人同士!?」


 ステラとマールはほぼ同時に驚きの声を上げ、そしてマールは「どうしてあなたも驚いているの」という目をステラに向けた。


「え……あら、もしかして違ったの?」


 ヨルダも、もしかして触れてはいけないところだったかしら、とシルバーの方をチラチラと気にしながら首を傾げた。


「違います! あの……っ」

「……違うんだ……」


ぶんぶんと頭を振ったステラのセリフに、静かなシルバーの声が重なる。

 ステラがハッとしてシルバーの方を見ると彼は軽くうつむき、視線を下に向けていた。

 このシルバーの態度は、いつものからかいの延長だろうか。――しかし、彼はステラが王宮に来る前からずいぶんと不機嫌だったし、それに、先ほどのステラの『違う』は恋するような仲ではないという否定ともとれてしまう。

 もしかして本当に傷つけてしまったのかもしれない――。


「そ、そうじゃなくて、そういう違うじゃなくて――そういう枠組みで考えたことがなかったというか……っ」

「うん、知ってる。ステラだし」


 しどろもどろになって言葉を探し、なんとか誤解を解こう……とステラががんばっているというのに、その途中で顔を上げたシルバーの声も表情も、どちらも完全にいつも通りだった。


「――やっぱりからかってた!!」

「シルバー、あなた、ほどほどにしておかないと本当にフラれるわよ……」


 きい、と非難の声を上げたステラの横で、ヨルダが半眼になってシルバーを睨む。

 しかしそんな二人の非難などどこ吹く風、とばかりにすました顔のシルバー……の肩を、うしろからツンツンとつつく者がいた。


「……なに」

『しゃべっていい?』


 パクパクと口の動きだけでそう言ったアリシア――もといアルジェンに対して、シルバーは露骨に顔をしかめる。


「だめ」

「……はははっ、もう無理。ステラ、シンってばこんなふうに気にしてないふりしてるけど、本当はめちゃくちゃ凹んでるから」

「えっ」


 アルジェンの指摘に、シルバーはチッと舌打ちをする。――王族の前で舌打ちをするというその恐れ知らずな態度は、ステラからは到底凹んでるようには見えないのだが――どうやら図星だったらしい。


「ステラが倒れたって聞いたときも真っ青でかわいそうなくらいだったし」

「うっ……それは……ごめんなさい」

「あれは私の警戒が足りなかったの……」

「いいえ、そもそもあの花束をヨルダ様の元へ持ち込んだのは私ですから……」


 女性陣が全員、三者三様に反省を始めてしまい、シルバーは再び舌打ちをした。


「そんなことどうでもいいから。話が脱線しすぎ」

「シンは早く話終わらせてステラにひっつきたいんだもんな」

「アル、次に無駄な音声を発したら物理的に口を塞ぐから」

「……」


 氷のように冷たいシルバーの声に、アルジェンはピタリと口を閉ざし、手だけ上げて応えた。 


「……っていうかアルはどうして喋らないようにしてるの? 今は別に普通に喋っても構わないでしょ?」

「この格好の時は、必要なことと緊急時以外絶対に喋らないって約束してるから。そういう条件で父さんがここに来る許可を出した」

「ああ……」


 首を傾げたステラに対してため息交じりに答えたシルバーのうしろで、アルジェンは黙ったまま両手でピースサインを作り、勝ち誇った顔をしていた。

 多分、絶対についていくと言って駄々をこねたんだろうな……とステラは苦笑する。

 そんな弟をチラリと見て再びため息をついたシルバーは、彼を無視することに決めたのか、まっすぐにヨルダの方へと向き直った。


「話を本筋に戻すよ。――ダイアス側は予定通り、旧家の当主権限で臨時議会を招集した。今は日程調整中だから遠からず通知が来る」


 ということは、ライムはうまく当主の行動を誘導できたらしい。

 数日後には、ダイアスがユークレースの不正を糾弾する議会が開催される――。

 そして計画通りに事が運べば、その場で逆にヨルダがダイアスの不正を暴くのだ。


「そちらは順調ね。それなら後の課題は、議会の終了まで攻撃を躱すこと、か。……もちろん、議会でダイアスと王弟妃を言い負かすことが一番重要だけれど、その場に立てなければなにもできないもの」


 ヨルダがステラを見る。

 ステラはその視線に深く頷いて見せた。王弟妃が攻撃を仕掛け始めたここからが正念場である。

 ヨルダはそんなステラにニコリと微笑んでから、アルジェンの方へ目を向けた。


「というわけで……活躍を期待してるわ、アリシア」


 名前を呼ばれたアリシアは、やはり黙ったまま、ピースサインを高く掲げた。


「……マール、あの子の面倒、お願いね」

「…………尽力いたします…………」

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