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11. だれかのピンチ

 足を止めたステラを、シンシャとアルジェンが不思議そうな顔で振り返った。

 初めに選んだ一冊は読み終わったので、新しく他の一冊を選んで借りてもらった。その本を胸に抱きしめたまま、ステラはリシアの去っていた方を見つめる。


「やっぱり私、リシアさんの手伝いをしたいんだけど……」

「駄目」

「却下ー」


 提案がシンシャとアルジェンに即座に却下されてしまい、ステラは頬を膨らませる。彼らは本家と関わりたくないらしいので嫌なのだというのは分かる。


「でも足を痛めてたのにあんなに何冊も持って帰るなんて絶対大変だもん……」

「え、足痛めてたの?」


 アルジェンはリシアがはしごから落ちたところも、落ちてうずくまっていたところも見ていない。そのあとの話題にも上らなかったので、彼はリシアが怪我をしていたことを知らなかったのだ。


「うん。はしごから落ちたときに捻ったんだと思う。大丈夫って言ってたけど、さっき別れるときも足を引きずってたし……」

「あー……あいつそういうの人に言わないんだよね。……シンは知ってたんなら教えてくれれば良かったのに……」


 そう言ってアルジェンから恨みがましい視線を向けられたシンシャは軽く肩をすくめる。それだけでアルジェンは「そうだよな」とため息をついた。


「俺やシンが運ぶって言っても、聞くわけないもんな……」


 どうやら姉弟は言葉なしでも意思疎通ができるらしい。一人で言って一人で納得したアルジェンは大きく肩を落とした。

 それならば、とステラは抱えていた本を姉弟の方に差し出した。


「じゃあ私だけで手伝いに行くのでこの本を――」

「それは一番駄目」


 預かって先に戻ってください、と言おうとしたステラの言葉を、途中で食い気味に却下したのはシンシャだった。

 ステラの周りの空気が一瞬ざわりと揺れる。

 昨日と同様にステラには特に何も起こらなかったのだが、アルジェンが宙を見上げて「あー……」という顔をしているところを見るに、精霊はシンシャの言葉に反応していたらしい。

 シンシャはまたしまったという表情を浮かべる。


「……ごめん」

「……ううん、私まだレグランドのことよく分かってないから心配されるのは当たり前だと思う」


 どうにもステラにはレグランドで自分がやって良いことと悪いことの線引きがいまいち分からない。シンシャにそういう表情をさせたいわけじゃないんだけどな、と、ステラはしょんぼりと肩を落とした。


「……」


 しおれてしまったステラと、リシアの怪我を知って落ち着かないアルジェンを見て、シンシャはため息をついた。そして手元でさっと文字を書き二人の目の前に突きつける。


『本家の離島をまだステラに見せていないから、橋の方に寄ってから帰ろう』

「!――分かった!」


 アルジェンは「それだ!」とばかりに目を輝かせたのだが、ステラは「本家の離島?」と首をかしげた。


「ユークレースの本家の屋敷は離島にあるんだ。そこまで大きくはないんだけど、島一つが丸々本家の敷地なんだよ」

「ええ、規模が違う……」

「そりゃそうだよ。王様からもらった土地を治めている領主だしね」

「うーん? でもリシアはそんなところのお嬢様なのに、一人で出歩いてもいいの? そういうもの?」

「あー……」


 ステラの疑問に、アルジェンが眉根を寄せて言いよどむ。


「普通がどうかはよく分かんないけど、リシアはちょっと訳ありで……あの家であんまり大事にされていないというか」


(そこも触れちゃいけないところだったかぁ……)


 ちょっと地雷が多すぎる気がするが、古くから続く名門一族とくれば色々あって当然なのかもしれない。ステラはそう自分を納得させ、リシアが去っていた方へと足を踏み出した。



***



「って……遠いね!? そんで、リシアってものすごい健脚?」


 たっぷり二十分以上歩いたところでステラは我慢しきれずに声を上げた。

 相手は女の子だし、重たい荷物を抱えていたのだから早足目でしばらく歩けば追いつくだろう……と思って歩き始めたというのに、これだけ歩いても後ろ姿すら見えない。


「別に鍛えてるなんて聞いたことないし、普通だと思う。だから、さすがに追いつかないってことはないと思うんだけど……人混みに紛れて追い越しちゃったのかな」

「でも三人で見ながら来たのに、全員で見落とす?」

「だよね。可能性としては低いと思う」


 夕刻が迫り始めて、そろそろ仕事帰りの客を狙った飲食店が店を開け始めている。人通りもそれなりにある――といっても、そこまで大混雑しているわけではないし、加えてアルジェンは精霊が見えるので、リシアが近くにいれば精霊の動きで何となく分かるらしい。


 結局、リシアとは出会うことのないまま、本家の離島唯一の入り口だという橋の近くに着いてしまった。

 橋のたもとには大きな門と検問所があり、いかめしい顔をした兵士が門の両側に立って周りに睨みを利かせている。門が大きすぎて向こう側が見えないが、門の向こうには島まで続く立派な橋が架かっている――と、観光ガイドには書かれていた。

 この大きな門とその手前の広場はレグランドの観光スポットにもなっている場所なのだ。


「離島に行くにはこの橋を渡るしかないの? ……橋、見えないけどだいぶ長いよね?」

「歩いて渡ると十五分くらいかかるかな。門の向こうに馬車が用意されていて、それに乗って移動するんだ」

「き、規模が違う……」


 広場には出店が立っており、観光客とおぼしき人々の姿も目立つ。

 だが見回してみても、本を抱えた黒いワンピースの少女の姿は見あたらなかった。


「別ルートだったとか、寄り道してたとかで追い越しちゃったのかなぁ」

「……別ルートってのは考えにくいよ。だって大通りからずっと道なりだったろ? 脇道に入る必要なんてないし、寄り道するつもりだったらあんなに本を抱えていかないと思う」

「考え事を……」

「考え事をしてて、周りを見てなかったから間違って路地裏に入った? ……そうだね、リシアならあり得る……」


 シンシャがぽつりとつぶやいた言葉をアルジェンが引き取る。短い単語で意思疎通をはかれる姉弟がさすがというべきか、それともあり得ると言われるくらいに周りを見ていないリシアがすごいと言うべきか。

 だが、路地裏に入ったとなると心配なのは犯罪に巻き込まれる可能性だ。ステラにとって都会とは、悪い人がたくさんいる怖い場所でもある。


「レグランドの路地裏は入り組んでて治安があまり良くないってさっき読んだ本に書いてあったけど、このあたりもそうなの?」

「うーん、まあそうだな。でもここは離島に近いから、治安が悪いっていっても端の方ほどひどくはないよ。イメージ的には離島を頂点にした扇状に統治が広がってる感じで、頂点から離れるほど影響力が弱くなっていくから、治安もちょっと悪いかな」

「ならこの辺だったら路地裏に迷い込んでもそれほど危険じゃないってことだね」

「ああ。リシアが当主の娘だってのはこの辺の人間なら分かってるし、わざわざユークレースに刃向かおうなんて考えないからね」


 お嬢様やお姫様は攫われるのがステラの知っている物語のセオリーである。そのせいでどうしても誘拐の方へ意識が行ってしまうが、この大きな半島を支配している上に本人が強力な精霊術士でもあるというユークレース当主を敵に回すのは、普通に考えて自殺行為だ。


「それなら普通に行き違いかぁ。……ところでそろそろ暑くて限界です」

「なんか元気に歩いてるから大丈夫なのかと思ったら……向こうの屋台で冷えた飲み物を飲んでから帰ろう」

「冷えた飲み物? 精霊術で冷やしているの?」

「精霊術で作った氷を使って冷やしてる。まあ精霊術で冷やしてるようなもんか」


 そんな話をしながら、少し引き返した場所にあった屋台でよく冷えた果実水を購入する。目の前で大きな氷を砕いて破片を果実水の中に入れてくれたので、木製もカップの中で細かい氷がぶつかってかろかろと涼しげな音を立てる。

 近くのベンチに腰掛け、細かい氷ごと口に含んだステラはその染み渡るようなつめたさに「ふうう……」と息を吐いた。


 まだ日は落ちていないが、薄闇は迫ってきている。……だというのに暑さが引く気配はなく、じっとりとした湿っぽい暑さが残っていてステラにはだいぶ辛い。

 セレンに用意してもらった薄手のワンピースのおかげで昨日よりはかなりましだが、しばらくこの暑い土地で過ごすのかと思うと若干気が滅入ってくる。


「あれ?」


 ふと鼻についた匂いに、ステラは風上に視線を向けた。


「何?」


 声をかけてくるシンシャに「うん、ちょっと……」と返しつつ、ステラはベンチにカップを置き、立ち上がって近くの路地の入り口へ歩み寄る。


「こっちから、血の匂いがした」


 風向きの関係だろうか、すでに匂いはしなくなってしまっている。だがステラには、間違いなくこの路地の方から漂ってきたのだという妙な確信があった。


「血……?」

「うん」


 姉弟が戸惑いの表情で顔を見合わせている前で、ステラは空中に向かって呼びかける。


「風の精に希う、匂いの元に導いて」


 すっと微かな風がステラの頬を撫でた。そしてステラの足下から路地の奥へと向かって風が走り、微かな砂埃を立てていく。

 それを確認し、ステラは姉弟の方を振り返った。


「あのね、私の精霊術が成功するのって大体二パターンあって――私がピンチのときと、だれかがピンチのとき……多分今は、だれかのピンチなんだと思うんだ。だから行ってもいいかな」


 ステラは姉弟が頷かなくても一人で行くつもりで尋ねた。

 妙にそわそわして、何かに引き寄せられるような感覚がある。こういうときは大体勘に任せて動いた方が上手くいくのを、ステラは経験則で知っていた。


「精霊がステラを連れていこうとしてる……呼んでるのか」

「……アル」


 すぐに反対されるだろうと思っていたのだが、ステラの予想に反してアルジェンは迷うような表情を浮かべていた。そして、わずかの間考え込んだシンシャはアルジェンの肩を叩いて、何事か耳打ちをした。


「分かった。気をつけて」


 アルジェンは即座に頷き、広場の方へと走っていった。


「ステラ、行こう」


 アルジェンが走り去るのと同時に、シンシャは風が残した地面の跡を辿って路地の奥へと歩き始めた。姉弟があまりにもすんなりと進むことを認めたので、ステラはぱちくりと瞬きをする。


「え、あ、いいの?」

「よくないなら言わない。アルには警吏を呼んでもらいにいったから、私たちは先に場所の特定をする。でも危ないから様子を窺うだけだよ」


 すっと耳元に口を寄せて囁かれ、ステラはヒエッと肩をはねさせた。


(シンは女の子、シンは女の子……)


 心の中で呪文のように繰り返して、意識を無理矢理足下の跡へと向けた。もしかしたら事は一刻を争うかもしれないのだ。


「うん。急ごう」

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