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【本日9/26 5巻発売!】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
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115. 新しい護衛

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 予定通りに王宮へと到着したユークレース一行を待っていたのは、国王との謁見でシルバーと王女の婚約が成立した場合に備え、当主にご機嫌伺いをする高官たちの列――かと思われたのだが。

 実際に一行を待っていたのは高官たちではなく、『王女体調不良のため、謁見延期』というごく短い報せだった。

 その上、王宮で働く人々の間では、王女の体調不良の原因は『実の弟に刺客を送られた事で精神的なショックを受けたせい』だなどという噂が、まことしやかに囁かれている。

 中には、面白おかしく尾ひれを付けられた噂も流れており――。


「ヨルダ王女殿下は襲撃で顔に大きな醜い傷を負って、人前に出られる状態ではないって聞いたんだけど」


 応接室に通されて待つことしばし。ようやく現れたヨルダ王女に、シルバーは待ってましたとばかりに不機嫌を前面に押し出した声でそう言った。


「あらそうなの? それは困ったわね」


 困ったと言いながら、ヨルダは微塵も困った様子を感じさせない微笑みを浮かべた。頬に手を当てて小首を傾げる、その表情がどことなく楽しんでいるように見えるのは気のせいではないだろう。……むしろ、押し殺しきれない笑いが漏れ出している。


「ふっ、ふふっ……それで、その子が例の新しい護衛の子ね」


 ヨルダはそう言いながら、シルバーの座る椅子の後ろに控えたアリシアを、頭のてっぺんからつま先までじっくり眺めた。そして感心したような、けれどどこか呆れたような声を出した。


「確か名前は……アリシアだったわね? ……メイド服も似合うだろうとは思っていたけれど、本当に違和感なく着こなしているわね」


 名前を呼ばれたアリシアはにこりと微笑んで、リシアから教わったお辞儀をしてみせた。頭を下げると黒く長い髪がサラリと肩から流れ落ちる。――ちなみにこれはウィッグだ。

 一応挨拶の口上も覚えたのだが、「どうあがいてもボロが出るから喋るな」と関係者全員から言われしまったため『喋ることができない』という設定にしてある。そのため、お辞儀の後も無言を貫いて笑顔だけを振りまいておく。


「そんなことはどうでもいいよ」


 せっかくアリシアが完璧なお辞儀をして見せたというのに、その成果をまるっと切り捨てたシルバーはイライラと髪をかき上げた。――ついでに小さく舌打ちをしたが、これはアリシアにしか聞こえなかった。多分。


「で、何なの面会謝絶って」


 アリシアが立っている位置からは彼の表情が窺えないが、その声の調子からして今の彼がひどく不機嫌な顔をしているということは手に取るように分かった。

 まあそうだよね、と、アリシアは口の端だけでこっそり笑う。

 面会謝絶のヨルダに会うため、シルバーはこの部屋に辿り着くまでの間に何度も『愛しい王女の心配をする婚約者』の演技をしなければならなかったのだ。

 もとより人当たりが良いわけでも、話し上手でもないシルバーにとってはかなりの苦痛だっただろう。見ているアリシアは非常に楽しかったが。


「そんなことを言われても仕方がないでしょう? 体調が芳しくないから、人と会うのを控えていただけよ」


 ヨルダは再び困ったわと小首を傾げる。――それに対して、シルバーはフンと鼻を鳴らした。


「城の小間使いが、『王女は醜く引き裂かれた顔を誰にも見せたくないから自分の部屋に引きこもってる』って噂してたから、お目にかかるのを楽しみにしてたのに」

「ご希望に添えなくて残念だったわね。ところでその小間使いはずいぶん想像力が豊かだけれど、もしかして小間使いではなく吟遊詩人ではないの?」


 シルバーの嫌味を流したヨルダは涼しい顔で肩をすくめた。やはりおどけた動きだ。シルバーはそんな王女を睨みつけ、さらに不機嫌そうに声を低める。


「吟遊詩人が小間使いのふりをして入り込めるような警備だから、王女様が襲撃されたんじゃないの」

「それは……耳が痛いけれど」


 少しだけ苦笑いを浮かべたヨルダは、シルバーの向かいの椅子に腰掛けた。そしてゆっくりと足を組み、ついでに腕も組む。

 焦らすように偉そうなポーズを決めたヨルダは、にんまりと口角を上げた。


「でも私は、実は刺客を送ったのがユークレースだという話を聞いたわ」

「噂をする人間の程度が知れるね」


 シルバーは鼻で笑って流したが、その噂はユークレースの関係者であるアリシアですら普通に耳にしてしまうほど、王宮内に広がっていた。

 噂の始まりはアンチ・ユークレースの連中が悪意を込めて流したものなのかもしれないが、本人たちの耳にまで届いてしまう、というこの広がりようにはアリシアたちも驚いてしまった。

 王宮の人々は、想像していたよりもはるかに噂好きで――言ってしまえばただ無責任に噂を楽しみたいだけの下世話な人間が多かった……という事実にげんなりしたのは記憶に新しい。

 きっとそんなことは百も承知であろうヨルダは、楽しそうに続ける。


「私を囮にして王子たちを失脚させ、王弟妃も引きずり下ろし、最終的にはユークレースが国の実権を握る……という、壮大な計画だそうよ」

「……ふうん……その計画、具体的なやり方を聞いてきて。本当に王家を全員潰せそうなら、私がやってみせるよ」


 ガチャンッ


 シルバーの言葉が終わるか否か、というタイミングで、部屋の隅から大きな音が響いた。


「……大変失礼いたしました」


 アリシアが音の出所に目を向けると、品の良さそうな侍女が割れたカップの破片を片付けているところだった。

 侍女の手元で、割れたカップから薄茶色の液体が流れ出してトレイの上に水たまりを作っている。

 後から来たヨルダのためにお茶を淹れようとしていたところだったのに、シルバーの発言のせいで手元が狂ったのだろう。

 彼女の顔色が優れないのは、シルバーの全員潰すという言葉に怯えているせいか。それとも主人であるヨルダを含む王家を侮辱する発言に怒り狂っているせいか――。

(ま、後者だろうな)

 今部屋の中に数人いる侍女の内、お茶を入れているのは一番の古株で、ヨルダが幼少の頃から付き従っていた人物だったはずだ。

 こんな場面、アリシアだったら嬉々として売られた喧嘩を買い取る所だが――さすが王宮の侍女と言うべきか、彼女はもう何事もなかったかのようにてきぱきと次のお茶の用意を始めていた。

 そんな侍女にチラリと視線を向けた後、ヨルダは小さく肩をすくめる。


「いくら人払いしてあるとはいえ、あまり物騒なことを言うものではないわ。我が婚約者様」

「ふん。私は王族が内部で殺し合おうと、他の誰が国を乗っ取ろうと、全く興味がないよ。そんなことよりも早くリンを連れてきてくれない?」

「リンは今休憩中なの」

「……ここに来られないような状態だとでも?」


 シルバーの声は低く凍り付いていて、その声の響きの中には、仮にも『婚約者』である王女へと向ける暖かさなど欠片も見当たらなかった。

(うわー、機嫌悪いな)

 王族に対するあまりの態度の悪さに、さすがのアリシアも心の中で苦笑した。

 先ほどお茶の水たまりを作った侍女など、怒り心頭らしく手が小刻みに震えている。

(そりゃあ主人の婚約者がこんなに失礼な態度だったら腹も立つよね。かわいそうに……)

 当の失礼な態度をとられている張本人(ヨルダ)はといえば――もてあそぶ獲物を見つけた猫のような、楽しそうな目をしていた。

 

「怪我はないわ。今は念のため医者に診て貰っているところよ……でも、ね」


 ヨルダは静かな声でそう言うと、上目遣いの視線をシルバーに向けた。――彼女がこれから口にする内容を予期したのか、ぴくりとシルバーの肩が揺れる。


「リンに会ってどうするの?」

「それは――」

「ここが危険だから、そこの新しい侍女(アリシア)と交代させて自分の手元に置くつもり?」


 シルバーの返事を待つことなく、ヨルダはニヤリと笑みを浮かべながらたたみかける。


「ねえ、それをあの子が承知するとでも? あの子は自分の意思でここに来た、ということを忘れていないかしら。あの子がそういうことを良しとしない性格なのを、あなたはまさか、分かっていないの?」

「……チッ」


 シルバーは、今度ははっきりと舌打ちをした。

 王族相手に舌打ちするのがまずいのはアリシアにだって分かる。その証拠に、件の侍女の手はもう『震え』という呼び方を超えたレベルで振動しはじめていた。


「……っ」

「いいのよマール」


 たまらず口を開いて何かを言いかけた侍女を、ヨルダがすかさず制止する。マールと呼ばれた侍女は、主人の言葉にハッとして頭を下げた。


「……申し訳ございません、出過ぎた真似を」

「いいのよ、気持ちはわかるから。でも、私がからかいすぎたの。そう目くじらを立てないでちょうだいね」


 マールを諭しつつもフォローしたヨルダの言葉に、アリシアはうんうんと頷く。

(そもそもシンの態度が悪すぎるせいだし……おっと)

 ふと視線を感じたアリシアが視線を下げると、座ったままのシルバーとバチリと目が合った。アリシアが頷く気配を感じ取ったらしく、見上げてくる視線が凍るように冷たい。

(ス……いや、リン。早く来てくれないとシンの不機嫌がこっちにまで飛び火するんだけど)

 死ぬほど不機嫌な――何なら精霊たちが臨戦態勢に入りかけている――シルバーと、彼をやり込めて満足げなヨルダと、怒り心頭のマール。

 アリシアが喋ることを禁じられている今、この事態を収められるのは彼女しかいない。

 祈りにも似たアリシアの心の声が届いたのか、果たして「コン、コン」とゆっくりとしたノックが部屋に響いた。


「用件を聞いてくれる?」


 ノックされたのは、アリシアたちが通された中庭側の扉ではなく、ヨルダの私室などがある方の扉だった。

 その扉のそばにいた侍女が部屋から出て行くと、すぐに外にいる誰かと言葉を交わす声が薄らと聞こえてきた――のだが、相手の声は期待した少女のものではなかった。

 少女どころか、かなりしわがれた老婆のような声だ。

 リンが来たのかと思って一瞬喜んだアリシアは――多分シルバーも――がくりと肩を落とす。

 短い会話を終えた侍女は、そんなアリシアたちの横をすり抜けてヨルダの横まで来ると、ヒソヒソと耳打ちをした。


「ええ、分かったわ。こちらに呼んできてくれる?」


 ヨルダは頷いて、部屋に控えた侍女たちを見回した。


「あと、マール以外の皆は退室して。全員元の仕事に戻っていいわ」

「かしこまりました」


 退室を命じられた侍女達は一瞬顔を見合わせたものの、戸惑った表情を浮かべたマールを一人残して部屋から出ていった。

 最後の一人が頭を下げて退室し、かたん、と静かに扉が閉まったところでヨルダはにこりと微笑んだ。


「――では、お待ちかねのリンが来たら本題に入りましょう」

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