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【本日9/26 5巻発売!】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
108/145

105. だから私は、

 リン・メルリノ、十五歳。

 淡いグリーンに白の小花模様という、シンプルだが上品な形のワンピースに身を包み、チョコレートブラウンの髪を少し低い位置でポニーテールにして、レースのリボンでまとめている。

 ヨルダの立ち上げた商会で半年ほど前から接客担当として働き始めたこの少女は、店員としてはまだまだ未熟だった。

 だが、元々の所作の美しさと、愛想の良さ、そして今後の成長を見込まれてヨルダの側仕えとして行儀作法を教え込まれることになった。


 ――という設定。

 特徴的な髪の色を濃い色に染め、普段あまり着ないワンピースを身につけたステラは、チラチラと窓の外に目を向ける。

 リンという名前は、本名からあまりかけ離れていないほうが良いという理由で『リンドグレン』から。そして、『メルリノ』というのはユークレースが管理している、『使っても問題ない家名』らしい。

 『管理している』『使っても問題ない』という表現はいちいち闇を感じさせるが、ステラはそこについては考えないことにした。

 そんな彼女は今、ヨルダ王女と向かい合って馬車に乗り、王都の大通りを王宮へと向かい移動している最中だった。


 昨日の夕方レグランドを出て、日が暮れた頃に着いた町で一泊、そして王都に着いたのが今日の昼過ぎ。

 レグランドと王都は比較的近いとはいえ、普通ならば丸二日程度かかる旅程なのだが、ユークレースのネットワークで替えの馬を用意してもらったため移動速度は大分早い。そのあたりの采配には、ヨルダ王女とユークレースとの関係を匂わせる目的もあるらしい。

 ちなみに、夜通し移動すれば朝には着いていたのだが、わざと中継都市で宿をとったのは情報が先に各勢力へと届くようにする狙いもあるという。

 リヒターとの『アントレル→レグランド間強行軍』がまだ記憶に新しいステラは、できればゆっくり移動したい……と思っていたのでありがたい。

 ――ちなみに、ヨルダがダイアスの車で王都からホーンブレンに移動したときは、なんと休憩なしの半日程度で着いたらしい。

 生き物ではなく機械の動力で動くという車が一体どんなものなのか、ライムが諸々の問題が解決したらステラにも見せてくれると約束してくれたので今から楽しみである。


 がたん


 大通りの石畳の段差で馬車が揺れ、前髪が目にかかった。

 ステラは生まれてこの方、髪を染めたことなど一度もないので暗い色の髪が目に入るたびにびっくりしてしまう。

 王宮に着く前に慣れなければならないな、と指で前髪を跳ね除けたところで、向かいの席に座るヨルダがこちらをじっと見ていることに気付いた。


「……えっと、どうしましたか?」

「王都に来るのは初めて? すごく目がキラキラしているから」


 一瞬、自分の髪の毛にびっくりしているのを見咎められたのかと考えたステラはホッとする。


「初めてです。……基本的に出身の村から出たことがなかったので」

「そういえば、あなたは今まで存在自体が隠されていたのだものね……。どう? 王都の景色は」


 どう、と聞かれたステラは「えーと……」と一瞬固まる。

 わあ王都だ、くらいのことしか考えていなかったので、改めて尋ねられると――しかも為政者の一族に――とっさに言葉が出てこない。

 しかも首を傾げたせいでまた前髪が目にかかり、質問に気を取られていたステラは再びビクッとしてそれを跳ね除けた。

 くすりと笑ったヨルダはやはり、ステラがいつまでも自分の前髪に驚いていることに気付いていたのかもしれない。ステラはしょんと肩を落として、言葉を探しながら口を開いた。


「……古くて背の高い建物がたくさんありますね。前に読んだ本に『王都中心部の住民は基本的に集合住宅に住んでいる』と書いてあったので、レグランドのような風景を想像していたんですけど」


 本には挿絵もあったが、そもそも集合住宅という概念自体に馴染みのないステラは、その絵と単語から想像するには限界があった。どうしても既知の風景――レグランドの住宅街を思い描いてしまうのだ。

 そんなステラを笑うでもなく、ヨルダは鷹揚に頷いた。


「レグランドのような、と言うと路地を入った場所かしら。確かにあれも集合住宅だけれど、あちらは後から人が増えて、各自が自由に建て増しをしていった結果ね。……あちらはそういう成り立ちだから建物の基礎が弱くて、背の高い建物は作りにくいのよね」


 レグランドの建物は住民が好き勝手に継ぎ足して大きくなっている。

 元々あった道路も、どこもかしこも左右から建物に侵食されているせいで道幅がとても狭く、しかもぐねぐねと曲がりくねっている。……一応、通れるように気を遣ったのか、建物の二階部分だけが宙に張り出し、トンネルのようになっている場所すらある。

 ――対する王都は、きれいな長方形の建物が整然と並んでいて、道は真っすぐで広い。どの建物の外観も、色合いや造りが似たような雰囲気で統一されているので、整然とした美しさがある。もちろん、二階や三階が出っ張ったりもしていない。


「こちらは初めから計画的に区画整理をして、住戸の数も決めた上で建てられた建物なの。……ただ、その分住める人の数は限られてくるから、このあたりに住んでいるのは高所得者だけよ。所得の低い人々が多く住む区画はもう少し雑多で、レグランドの町に近い雰囲気ね。ああもちろん、表通りも含めて全体的にレグランドのほうが数段立派だけれど」

「……ここよりもレグランドのほうが立派ですか?」


 ステラは意外に感じて瞬く。

 レグランドの街並みは確かに賑やかで迫力があるが、田舎者のステラからしてみればこの王都の建物だってどこもかしこもかなり立派だ。「どちらがより立派か?」と問われてもよく分からない。


「『立派』の定義を『古さ』と『重厚さ』で考えるなら別よ? でも、住居において本質的な要素である『快適さ』においてはレグランドに軍配が上がるわね」

「快適さ?……あちらのほうがごちゃごちゃしている印象ですけど」

「そうね。あれはそれぞれの暮らし方や好みに合わせて建物を作った結果ね。レグランドは全体的に明るくて大雑把な人が多いし」


 ステラの脳裏にパッとアルジェンの顔が浮かぶ。彼は多少特殊だが、確かにレグランドは港町だけあって威勢が良く、懐が広い――言い換えれば大雑把な住人が多い気もする。


「あの土地は精霊の恩恵を受けていて、気候が温暖で安定しているわ。厳しい暑さ寒さはもちろん、大きな嵐のような自然災害に対しても備える必要がない。だから建物に対してもそういう自由が利くのよ。装飾に凝ることもできるから見た目も華やかね。――あなたは北部の山村出身だから、そこの違いがよく分かるでしょう?」

「そう、ですね……村ではとにかく冬の寒さや吹雪を凌ぐことが重要でしたから」


 ステラが生まれ育ったアントレルは雪深く、寒さの厳しい場所だった。

 家の壁は分厚く、調理場兼暖房の役割を果たす大きなかまどがドンと部屋の中に居座っている。基本的に火を絶やすことができない熱源があるので、建築に使える資材も熱や火に強くないといけない。建物の形も、かまどの位置や煙突の経路を基準に考えないといけないので自由度が低いのだ。

 ステラの返事にヨルダは「そうなの」と頷いて、中空を睨みつけた。


「災害がなければ安定した税収が見込める。税収が安定すれば福祉やインフラの整備が行き届く。……実際のところレグランドは、このティレーという国の中にある、ティレーよりも優れた小さな国なのよ」

「……あの、ええと、王都の状況はあまり良くないんですか?」


 ヨルダがあまりにも難しい顔をしているので、ステラは恐る恐る尋ねる。一国民として、自分が暮らす国の、その中枢の状況が悪いという言葉はやはり聞きたくない。

 ステラがビクビクしていることに気付いたヨルダは苦笑を漏らした。


「いいえ、悪くはないわ。今のまま国王陛下が王位にいる限りは大きく崩れることはないでしょうね」

「今のまま、ですか」

「ええ。お父様は、良くも悪くも事なかれ主義なの。だから大きな争いは起きない代わりに、燻ぶった火種を幾つも抱えている。……なんというか、あの方には……燻ぶらせたまま、燃え上がらせない才能があるのよ」


 消さないんかい、と思わず突っ込みたくなってしまったが、簡単に消せないからこそ苦肉の策として燻ぶらせたままにしているのだろう。


「……それは、生半可な人では後を継げないのでは」

「そうよ。兄や弟ではすぐに食い物にされてしまうでしょうね。クレイスは微妙なライン。……王弟妃殿下がもう少し信用に足る人なら問題なかったのだけど」

「野心家……権力に固執するタイプなんでしたっけ」


 野心家で、権力を握るためならば汚いことにも手を染める――そんなイメージを抱いているが、その実、ステラはミネット王弟妃の姿も、性格も、功罪も、どれもこれも全く知らない。すべて周囲の人が口にした言葉から作り上げた人物像である。

 自分がよく知らないくせに悪く言うことに気が引けて、「噂でしか知りませんが」と言い訳のように付け足す。


「そう……。あなたは年齢的にも出身地的にも、ミネット殿下のことをよく知らないのよね」

「はい。大人たちはなんだか良くない話ばかりするので、あまり良い印象を抱いていませんけど……」


 ヨルダはそんなステラの言葉に「正直ね」と微笑んだ。そしてほんの少しだけ陰った表情で、王宮のある方向に目を向けた。


「……そうね、あなたはしばらく私のそばにいることになるのだから、ある程度感覚を共有しておいたほうがいいかもしれない。私から見た彼女の話をしてあげる」


 ふう、と小さなため息を一つ挟んでから、ヨルダは再び口を開いた。


「あの方は元々、お父様の妃となるべく育てられた人でね。王弟妃ではなくて王妃になるはずだったのよ。……当事者たちの感情の機微は分からないけれど、家柄もいいし、才気に溢れた彼女は最有力候補だったの」

「えっと確か、現在の王妃殿下のほうが家柄では劣るんでしたっけ」

「ええ。当時を知る人たちの話では、家柄だけでなく、あらゆる面でミネット殿下のほうが上だったようよ」


 ならなぜ、と尋ねかけてステラは思いとどまる。

 ミネットと比べ諸々劣っていたと言っても、王妃はヨルダの母親だ。あまり踏み込んだ事情を聞くのは失礼かもしれない。

 だがヨルダは、ステラの言いたかったことが分かってしまったらしい。


「なぜ、って思うわよね。当事者のミネット殿下本人だって、婚約が正式に発表されたときは寝耳に水だったらしいわ。自分のスペアだと思っていた女が自分の場所を取ってしまったんだから、その心境は推して知るべし、というところね」

「ええと、どうしてそういう……」

「なんと、恋愛結婚らしいわ。お父様は事なかれ主義だけど、そこだけは押し通したみたいね」

「ああー……それは……」


 いっそ、なにかの策略だったりしたらミネットにも感情のぶつけどころもあったのだろうが、恋愛結婚で、ただ単純に選ばれなかっただけどなると、どうしようもなさすぎて本当にいたたまれない。


「そうね……しかも、埋め合わせのようにミネット殿下とハイネ王弟殿下との結婚が決まったの。当時は『余り者同士』なんて陰口も囁かれていたようね。……ミネット殿下からしてみれば屈辱だったでしょうね。そのうえ、その王弟殿下は早世されてしまうし……」


 そこで、ヨルダは一瞬だけ悲しげに目を伏せる。


「……ミネット殿下が息子のクレイスを玉座に座らせて国母になろうとしているのは、おそらく国王夫妻への意趣返しの意味が大きいのだと思うわ」

「い、意趣返し?」


 ステラは驚いてオウム返しをしてしまった。

 問題は国の行末を決める話なのに、意趣返しとは。


「……国母ってそんな個人的な恨みつらみでなるものなんですか!? それに、クレイス殿下は王位を継ぐことに対して積極的ではないんですよね? 息子を無理やり玉座に押し上げて人生を決めちゃうのって、親としてどうかと思いますけど……」


 むっと眉を寄せたステラの言葉に、ヨルダは眉を下げて微笑んだ。


「あなたの言いたいことは分かるわ。一般的に、親は子供の意思を尊重するものよね。『一般的に』というか、『理想的な』かしら」


 ステラはうっと詰まる。

 ステラの両親はステラの意思を尊重してくれるが、そうではない親子など世の中にごまんといる。かくいうヨルダもそういう境遇にいる人間なのだ。


「……すみません、今のは言い過ぎでした」

「いいのよ、さっきも言ったけれどあなたの言うことは分かるし、私だってそうあって欲しいと思うもの。……でもね、王家に連なる女は、残念ながらこういう生き方しかできないのよ」

「それは、生き方を選ぶ自由がないということですか?」

「少し違うわね。正確には、そういう生き方しかできないと、周りから思い込まされるのよ。それに忠実に生きているのが王弟妃殿下なのよ」

「王家に連なると言われましたけど……ヨルダ様は、そういうふうに思い込まされなかったんですか?」


 思いこんでいたらこっそり事業に手を出したり、王宮から単独で抜け出してシルバーに婚約を迫ったりしないだろう。

 しかしヨルダは「私もミネット殿下と同じよ」と苦笑しながら首を振った。


「私の目が覚めたのは、王弟殿下が亡くなったときね。……あの時のミネット殿下は、夫の死を利用して注目を浴びる道を選んだ。それはとても腹立たしい光景だったわ。……でも、同時に、とても悲しい光景だった」


 ヨルダの目は遠くを見ていて、まるで馬車の窓越しにその日の光景を見ているかのようだった。


「あの人はただ、一人の人間として純粋に人を愛する方法も、その人のために悲しむ方法も知らなかったのよ」


 なぜなら、『王妃』として育てられ、『王弟妃』として生きていたから。


「……つまりヨルダ様は、ミネット王弟妃殿下がハイネ王弟殿下を愛していたと考えているんですか?」

「そう。――私は彼女を見てその歪さに気付いた。彼女は気付くことができなかった。……私はミネット殿下を愚かだと思うけれど、きっと違いなんてほんの少しのきっかけなのよ」

「きっかけ……」


 そう考えると、ステラの想像の中で欲深く恐ろしい女に見えていたミネットは、随分とその姿が変わってしまう。――人生を翻弄され続けた、とても悲しい一人の女性だ。


「なんだか、王弟妃殿下がとても可哀そうに思えてきました……」

「ええ、可哀そう。……でもね、ステラ。私はそれでも、愚かであり続けることも、目を覚ますことも、本人の選択なのだと思っている。だから私は、彼女がその愚かさでこの国に害をなすというなら、彼女の在り方をそのもの否定するわ」


 そう言ってステラを見つめたヨルダの瞳の奥に、今まであった憂いはもう消えていた。そして、不敵な笑みを浮かべる。


「だから、私は王様になることにしたのよ」

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