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【本日9/26 5巻発売!】ステラは精霊術が使えない  作者:
4章 砂でできたお城
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104. 相談

 天災、もといローズたちがレグランドから去った翌々日、ヨルダが王宮へと帰還するための手筈が整った。

 王宮に戻ったヨルダは正式な手続きを踏んで国王に謁見を申し込み、国王と高官が揃う席で、自分がシルバー・ユークレースとの婚約を考えていること、そして王位継承の候補者の一人として名を連ねることを宣言する予定だ。

 ユークレースという国内最大勢力の旧家と王族の婚約はあまりにも影響が大きい。おそらくすぐにユークレース当主のノゼアンと、当事者であるシルバーが国王から召喚されるだろう。

 その席でノゼアンは、ヨルダとシルバーの婚約・婚姻を許容する考えを表明するが、ユークレース家がヨルダの後ろ盾になるか否かについては明言しない。――ここではっきりと認めてしまうと、ヨルダが実際に玉座に座ったあとに混乱を招いてしまうからだ。

 しかし、勢力争いの中に身を置いている人々は、そのノゼアンの曖昧な意思表示を『肯定』の意味で捉えるはずだ。

 当主が一族との婚姻を許容し、そして後ろ盾として名を貸すことを否定しない、というのはそれだけでヨルダがユークレースを味方としたことを意味する。

 国内の勢力図は塗り替えられ、大きな混乱が起こる――。


 その矢面に立つヨルダの、護衛役として同行してほしいと言われているステラは、


「相談しようにも、父が帰ってこないんです……」


 と、ノゼアンの執務室でしょんぼりしていた。


 ステラとしてはヨルダの力になりたいところなのだが、エリオが残していった、王弟妃が呪術に興味を持っているという情報がネックになって結論を出せずにいるのだ。

 もしも王弟妃側の誰かが呪術を使って、ヨルダが呪われれば――そばにいるステラは間違いなくクリノクロアの力を使うことになる。

 エレミアの一件のときとは違い、今のステラには虫かごがあるものの、それでも呪いが強力だったら……ただでさえ知識の乏しいステラが、うまく立ち回れるだろうか。

 そもそもステラ自身、王弟妃や王子たちから嫁として狙われているのだ。相手に面が割れていない、かつ髪色を変えると言っても、それで絶対にバレないかと言われるとかなり怪しい。

 そういった諸々の不安や、それとクリノクロア的に王女についていくのがOKなのか、という辺りをレビンに相談したかったのに、エリオ曰く遠からず帰ってくるはずのレビンが、ローズが去って二日経過、さらには明日ヨルダが発つというのに、一向に帰ってこないのだ。

 困ったステラは、とりあえず近くにいる人達の中で一番偉い人に相談しようと、ユークレース当主のノゼアンの元を訪ねていた。


「レビン氏の状況はリヒターから聞いているよ。あなたのご祖母殿は聞きしに勝る破天荒さだね」

「当主様は祖母をご存じだったんですか?」

「いや、王宮に伝わる血染めの薔薇(ブラッディローズ)の逸話をいくつかね。クリノクロアにいることは私も知らなかったよ」

「ああ……」


 ステラは思わず遠い目になる。謁見室に剣を持って押し入ろうとした上に大臣の頭の中を(物理的に)見ようとした……という逸話だけでもお腹いっぱいなのに、そんな話がいくつもあるなど考えたくもない。


「しかし、この件について私が意見するとなると、ユークレースの家を預かる立場として言わせてもらうことになるけれど」


 ノゼアンはそう言いながら手元にあった書類を脇に除けた。ステラは頷く。


「それで構いません。自分以外の意見が知りたいので」

「分かった。そこの椅子を使ってくれるかな」


 指し示された椅子にステラが腰掛けると、ノゼアンは少し姿勢を正した。


「我々にとって、最も避けたい事態はヨルダ王女殿下を失うことだ。私とシルバーが王宮に召喚されて彼女のそばにいられる間はいいが、召喚される前、それと、王女殿下のプライベートな空間では守ることができない」


 ヨルダが国王と謁見をしたあと、すぐにユークレースの関係者が王宮に呼び出されたとして――たとえノゼアンたちが王都で待機していたとしても、合流できるまでにはどうしても半日以上の空白期間ができてしまう。

 それに、いくらシルバーが恋人役といえど、男性である彼がヨルダの部屋の中までついていくことはできないのだ。


「王女殿下には元々護衛がついているはずだが、その人間が信用できるとは限らない。……その隙間を埋めるのに、ステラさんは最適な人材だと思う。あなたが彼女を守ってくれるなら、私たちは安心できる」


 ただね、とノゼアンはわずかに姿勢を崩し、少しだけ逡巡する様子を見せた。


「……私は、クリノクロアの呪いについて十分理解しているわけではないから、使用されるかもしれない呪術がステラさんにどのような影響を与えるのか予測することができない。だから……私個人としては、護衛は本来の護衛役に任せて、あなたには安全な場所にいて欲しいと思っている」

「……そう、ですか」

「最後のは個人的な意見だけど、きっとレビン氏も同じことを言うと思うよ」

「……私もそう思います」


 おそらくレビンならもっと端的に、「王族のことは王族の中で片付ければいい」とでも言ったかもしれない。

 ステラは目を閉じて――そして頷いた。


「当主様、ありがとうございました。……私、王女殿下についていこうと思います」

「そうか。やっぱりそういう結論になるんだね」

「はい。なにかあったときに、遠くで後悔するのは嫌なので」


 晴れ晴れした顔でステラが頷くと、ノゼアンはその整いすぎて冷たくも見える顔に、柔らかな苦笑を浮かべた。


「……私にあなたを止める権限はないけれど、レビン氏が戻ってきたら怒られそうだから、思いとどまってくれると嬉しいんだけどな」

「そのときは早く戻ってこないのが悪いって言っておいて下さい。あの人が連絡もなしにいつまでも帰ってこないのは二回目だから、私だって怒ってるんです」


 ステラが口を尖らせると、ノゼアンは「なるほど、二回目か」と笑った。それから少しだけ眉を下げて、机の上に肘を突いて手を組んだ。


「ちなみにこのことは、もうご母堂に相談したのかな」

「あー……話していません」


 痛い所を衝かれ、ステラは視線を泳がせる。

 すぐに帰ってくると言っていた夫がいつまでも帰ってこない、というこの状況で、さらに娘が危険な場所へ行こうとしている――などと聞いたら、コーディーは間違いなく悲しむだろう。

 彼女は――ステラも同じだが、ずっと失っていたものを取り戻したばかりで、再び失うことが恐ろしくて仕方ないのだから。


「きちんと話しておきなさい。私は良い親ではないけれど、それでも、娘になにかあったあとに事実を知らされるのは辛いだろう、ということは分かるからね」

「……はい」


 奇しくも、「なにかあったときに、遠くで後悔するのは嫌」だと自分で言ったばかりだ。

 たとえコーディーを悲しませることになっても、きちんと話しておくべきだろう。

 ステラは「よしっ」と椅子から立ち上がり、ノゼアンに深く頭を下げた。


「お時間いただき、ありがとうございました。……あと、えーと、多分侍女のふりをして潜り込むために、またお手伝いをお願いすることになると思います……具体的には身分証とか……」

「ああ、そのくらい問題ないよ」


 王宮に入り込むため偽物の身分証を用意して欲しい、とお願いして、「そのくらい」と即答できることにステラはちょっと震えてしまうが、それはさておきバックにそういうサポートが付いてくれるのは非常にありがたい。


「では失礼しまし……」


 ステラが退室しようと振り返ったのとほぼ同時に、ドアをノックする音が部屋に響いた。どうぞというノゼアンの声のあと、開いた扉の向こうから顔をのぞかせたのはリヒターだった。


「おやステラ、ここにいるのは珍しいね」

「ちょっと当主様に相談があって」

「相談――王女様の侍女の件かな?」


 リヒターは一応ステラに尋ねるような聞き方をしたが、その話であるという確信があったのか、すぐに「どうすることにしたの?」と続けた。


「王女殿下と一緒に王宮へ行こうと思います」

「あー、やっぱりそうなったか。またシンが拗ねるな」


 ふふ、と笑ったリヒターにステラは首を傾げる。


「拗ねる、ですか……シンは怒るだろうなって思ってたんですけど。私が自分から危険な場所に行くことに対して」

「うーん、ちょっとだけニュアンスが違うかな」


 リヒターが苦笑する。

 苦笑、なのだが、なんだか妙に楽しそうにも見える。


「あのねステラ。シンがいつも怒ったような態度をとるのは、ステラがそういう相談を自分にしてくれないことや、頼ってもらえないことに対して拗ねてるんだよ。子供だろ?」

「拗ねてる……」


 怒っているのではなく、頼ってもらえなくて拗ねている――


(なにそれ、可愛い……)


「まあでも、好きな子には頼ってもらいたいのが男心ってもんさ。……ちなみにステラ、自分がどんな危険にさらされてるか、分かってるんだよね?」


 急に尋ねられて、ステラはパチリと瞬く。


「ええと……王女殿下への襲撃がある可能性、それと呪術……あ、あと、私が攫われるかも?」

「そうだね。……で、ステラが特に気をつけてほしいのは二番目と三番目だ。王女殿下を守る人間は他にもいるけど、君を守る人間はあそこにいない。むしろ連中は君を犠牲にしてでも王女を守ろうとする、くらいに考えておいた方がいい」


 場所は王宮で、王族の居住区域だ。

 なにかがあれば周囲の人々は王族の安全確保を最優先して動く。突然やってきた民間人の安全など、二の次三の次で当然なのだ。

 その事実についてはあまり深く考えていなかったが、言われてみればその通りだしステラにとっては非常に重要なことだ。

 神妙な顔で頷いたステラに、リヒターは目を細めた。


「……あとね、これだけは覚えておいてほしいんだけど、ステラが呪いを受けて眠っちゃうの、シンにとって結構なトラウマなんだよ。アントレルのときもずっとしょんぼりしながらくっついてたし。それに、攫われるなんてもってのほかだよね。そんなことになったらあいつ、本気で城ごと破壊しかねないよ」

「し……城を破壊まではさすがに」

「するよ」

「してもおかしくはないな」


 口元を引きつらせたステラの反論に、リヒターとノゼアンが真顔で頷く。


「ステラ、ユークレースの人間に選ばれるってそういうことだから」

「ひえ……」

「うちの子が犯罪者にならないように、ステラは本当に自分の安全に気をつけてね。王宮破壊となるとさすがに修繕費とか賠償金とか払いきれないから」


 「もしそうなったら本家も当然援助してくれるんだよね?」「まあそうだな」と城の破壊を前提とした会話をする大人たちを見ながら、ステラはもう一度心の中で「ひええ……」と悲鳴を上げたのだった。

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