100. 痛み分け
ブクマ、いいねなどいつもありがとうございます!
ステラさんも100話までたどり着きました。
この先もお付き合いいただけたら幸いです。
そこからしばらく打ち合わせをして、話がまとまる頃には午後を大分回っていた。
話のメインは次期当主の二人とシルバーなので、ステラとアルジェン、それにセグニットは特にやることがなかった。
きっとヨルダはステラにクリノクロアのことを認めさせて、打ち合わせにがっつり組み込みたかったのだろうが、シルバーが一度釘を刺してからは、クリノクロアの話を振ることもなくなった。
そのためステラは――時折部屋の中を物色しようと動き出すアルジェンを押さえ込む以外――本当に話を聞いているだけだった。
「腹減った」
そんなこんなで、打ち合わせが終わる気配を感じ取ったアルジェンは、退屈さも相まってぐったりと作業台に突っ伏した状態で空腹を訴え始めた。そんな彼にライムは冷たい目を向けた。
「さすがにこの人数の食事の提供はできないぞ」
「さすがに食事の要求までするほど厚かましくねえよ」
「お前にそう言われても説得力はないがな」
ムッとした顔のアルジェンに、ライムはさらに冷たく返す。
ライムは、彼が床に散らばっていた設計図(ライムは自分なりの規則で並べて置いていたらしい)を束にして綺麗にそろえてしまったことに対してずっと怒っているのだ。――ちなみに、ステラにも乱雑に捨ててあるようにしか見えなかった。
「食事はともかく、さすがに長居しすぎているし、そろそろ誰かが部屋を確認しに来てもおかしくないものね」
アルジェンがさらに言い返そうとしたのを手で制し、ヨルダが引き上げましょうと立ち上がった。
「要件は済んだし、必要以上の長居をするのはリスクを上げるだけだもの」
「分かった。……あとは各々行動するだけだな。次に会うのは臨時議会のときってとこか」
「そうね……あ、そうだったわ、ライムに言いたいことがあったのよ」
「あん? なんだよ」
まだ何かあったか? と首を傾げたライムに、ヨルダはキッとまなじりをつり上げた。
「通用口のことよ。あなたが暗証番号を入れれば通れるって言うから、私はあの入り口からすぐにこの部屋に辿り着くのだと思っていたのに――」
「ああ、違ったみたいだな」
「……違ったみたいって、あなた、自分であの通路を通ったことがないの……?」
そのライムの発言に、全員の驚きの視線が彼女に集まった。
だが、そんな風に注目されてもライムは全く動じることなく、普通に頷く。
「ないよ。だって私はコソコソ入る必要ないし」
「……! そ、そうだけど……」
「お姫様、負けてる」
「黙りなさい弟! 負けていないわよ! ――必要あるなしではなくて、安全性の確認できていない場所を人に通らせるのはどうなのかと言いたいの」
「だって急に点検始めるのも不自然だろ」
「そ、それは……」
確かに、ずっと見向きもしなかった通路を突然点検し始めたら、これからなにかに使うのだと周りに教えているのも同然だ。そうは言っても、そういう通路であることを事前に一言教えておいて欲しいものだが。
「……そもそも、なぜ使う必要のない通路が?」
納得して引き下がりかけているヨルダを脇目に、シルバーが尋ねる。
「ああ、この建物が建てられたのって随分昔でさ、あの通路は緊急避難経路だったっぽいんだよな。もっとダイアスに敵が多かった時代の」
ライムは、いまも多いけどな、と自嘲を挟んで続ける。
「あちこちに色々仕掛けがあるらしいけど、もう随分誰も使ってないからまともに作動するかどうかも分かんないし、そもそもどんな仕掛けがあるかも把握しきれてないしで、私はそんなもん撤去しちまえって前から言ってたんだ」
「……なにがあるかも、把握してないの?」
「全部は。でも作動させなきゃいいだけだし。誰も使うと思ってない通路だから、こっそり入るのにちょうどいいじゃん」
ヨルダは「はあ!?」と目を剥いて、椅子の背もたれにだらしなく凭れ掛かるライムへと詰め寄った。
「作動させなきゃいいと言っても、隠された仕掛けが誤作動する可能性だってあったということでしょう!? 通路の最後の仕掛けは、隠されていた上に壊れかけていたのよ!」
「別に誰も怪我してないだろ? それに、どうせ護衛連れてくると思ったからさあ」
ライムは全く悪びれていない様子で「いやあ無事でよかった」と言ってヘラッと笑った。
詰め寄っていたヨルダは、頭を押さえてふらふらと後ろに数歩下がった。
「あなたという人は……」
「こっちだって渾身の出来の基盤が駄目になったんだから痛み分けだって」
「ああ、なにか騒いでいたわね……」
ライムは作業台の上に一枚の小さな金属の板を置いた。つやつやとした金属板の表面には、尖ったもので引っ掻いたような傷跡が一筋残っていた。
通用口の最後の仕掛けが作動したとき、ちょうどライムはこの板を使った作業中だった。そして、響き渡った轟音に驚き手元が狂ってしまったらしい。
「そういうのは痛み分けではなく、あなたの自業自得というのよ」
事前に通路のチェックをしてくれていればそんなことは起こらなかったのだ。ステラたちはいいとしても、王女の身になにかあったら大変どころの話ではないのに。
ヨルダの苦言に、そうそう、とアルジェンがうんざりした顔で付け足す。
「むしろ顔を見るなり怒鳴られた俺とセグは痛みしかないし」
怒鳴られたというのは、アルジェンたちが階段を上っていったあとに響いた「どうしてくれんのよ」というあの叫び声のことだろう。
アルジェンたちを怒鳴ったあと、施設の人間が駆けつけてくる音に気付いたライムは彼らの鼻先で勢い良く扉を閉め、「黙ってろ!」と一言だけ告げて施設の人間の対応をしにいったらしい。
「細かいことをぐずぐず言うなよ。ま、帰りは変な仕掛けにぶつからないようにな」
「帰り……そうよね、帰りもあの通路を使うんだものね……」
「なんなら警備ぶっ倒して表から出るか?」
「ライム……馬鹿なことを言っていないで、把握している通路の仕掛けを洗いざらい吐きなさい」
「へーい」
***
ライムが発掘してきた施設設計者の手記によって、無数の仕掛けの位置が明らかになった。それによって一行は無事何事もなく建物から脱出することに成功したのだが――。
「まったく、踏むと横から矢が放たれるタイルなんてよくもまあ作ったわね。冒険物語の中でしか見たことがないわ」
外に出たところでヨルダがそう言って大きく安堵の息を吐いた。
仕掛けの中にはだいぶ危険なものも含まれていることが判明したため、ヨルダとリシアは終始ビクビクしながら通路を歩いていたのだ。
「いいなあ矢。うちにも欲しいよな、シン」
「いらない。どこに設置するつもり?」
名残惜しげに通路の扉があった壁を眺めながら不穏な言葉をこぼしたアルジェンを、シルバーはじっとりと睨み付けた。
「え? 父さんの書斎。本を引き抜くと発射するようにしてさ」
「……それは面白いかもしれない」
「お前ら……本当にやるなよ……?」
ストッパー役のはずのシルバーが興味を示したことに不安を覚えたのか、セグニットが兄弟に心配そうな視線を向けた。
「やらないよ、矢は」
首を振るシルバーに、アルジェンもうんうんと頷く。
「調達するの大変そうだしな、矢」
「いや、矢以外もやるなよ……」
「そんなことよりもセグ、馬車の所までまた別れて行くの?」
「いや、薄暗くなってきているし――」
話をそらしたシルバーに答えかけたセグニットが、不意に言葉を切った。そして、鋭い視線を木立の方へと向けると抑えた声を出した。
「ステラ嬢、ユナから離れるな」
「了解」
「兄弟は――」
セグニットが続きを発する前にシルバーとアルジェンはステラとヨルダの左右を固める。
「光よ、大気よ、私たちの姿を隠して」
リシアの声で、三人の少女たちを取り囲むように白い靄がかかった。精霊術による煙幕である。
――敵襲だ。
ステラの背に手を当てているヨルダが緊張で身体を硬くしたのが伝わってくる。
――ガギィンッ!
靄が完全にステラたちを隠したのとほぼ同じタイミングで、重い金属のぶつかり合う音が響いた。
(……剣の音。セグニットさんが接敵したんだ)
今こちらで剣を持っているのはセグニットだけだ。打ち合う音からしてセグニットでも余裕とは言えないような腕前の相手らしい。
さらに、襲撃者は一人ではない。少なくともあと一つ、他にも気配がある。
(アルのいる方向!)
靄のせいで見えないが、人の動きを感じる。アルジェンは精霊術による身体強化が得意なので、相手が帯剣していてもそう簡単にやられる心配はないだろうが。――だが。
「あ……れ……っ!?」
リシアが焦った声を上げた。「精霊が……っ」
アルジェンがいるはずの方向だけ、急速に靄が晴れていく。その場所に、一人の人間が飛び込んでくる。体格からして、大人の男性だ。
その向こうで、こちらを振り返って目を丸くしているアルジェンが見えた。彼は慌てて言葉を紡ぐ。
「シンッ! 精霊術は効かない!!」
ステラの目の前まで一気に距離を詰めてきた男が横に飛び退る。シルバーの蹴りを避けたのだ。
ギリギリで攻撃を避けた男のフードから、一筋の髪がこぼれ落ちる。
その髪は、ステラの髪と同じ色をしていた。
次回、100話のおまけで地名や人物まとめアップ予定です〜。
 




