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9. 図書館!

「図書館!」


 ステラの身長よりも高い本棚がいくつも並んでいて、その全てに本が詰まっている。リヒターの家の書斎にあった分だけでも読むのに何年かかるか分からないくらいだというのに、こんなに大量に並んでいたらきっと生涯かかっても読み切れないだろう。

 入ってすぐのところで目を輝かせたステラの頭にぽんと手が載せられた。


「うん。静かにな」

「すごい。本がこんなに……」

「きょろきょろして迷子になるなよ」

「うん!」


 どうもアルジェンはステラのことを小さな子供だと思っている節がある。それは気になるが、それよりも今は図書館のことだ。村に帰ったら二度とこんな光景を見ることはできないし、たくさんの本の中から選んで読むなどという贅沢はできないのだから。

 ステラにとって本というのは片っ端から読んでいく物で、選ぶという考え自体がなかった。


 昨日アルジェンから図書館の規模と役割、利用方法を教えてもらった。その後、とりあえず読みたい分野を決めてその関係の本を探すか、それとも初日はどんな本があるかを見て回り、読むのは後日とするか――と問われ、ステラは迷った末に分野を決めて探すほうを選んだ。

 初日というのは良い言葉だ。図書館はいつでも利用できるので、一日目で何もできなくても二日目三日目がある。

 だが、その二日目がステラにも与えられるとは限らない。

 ステラはあくまでも、精霊を寄せ付けない理由を調べるため、ユークレースの当主との面会を待っている身だ。もし突然当主の予定が空いて、急に会えることになってそれですぐに理由が分かったら――そこでステラがレグランドにいる理由はなくなってしまう。

 だから、ここにいられるうちに読めるだけ読みたい。


 とは言え、分野に関しては見当もつかずに困っていたところ、とりあえず地名を覚えたら良いんじゃないかとアルジェンに提案された。

 今シンシャとアルジェンが各地の歴史や現在の政治情勢などを学んでいるそうで、その勉強に参加できるように、という配慮のようだ。

 昨日彼らの勉強を眺めていたのだが、まず地名が分からず位置関係も分からないためさっぱり何も理解できなかった。

 リヒターがステラのために大きな地図を出してきてくれなかったら出てきた単語が地名なのか、なにかの専門用語なのかも判別できなかったくらいだ。

 そのためステラは今日、地理の本を探すつもりである。


 入り口の脇に掲示してあった館内案内図で大体の位置を確認して、地理のコーナーを目指した。

 並んでいる本棚の上のほうにも分類が書いてあるのを見上げながら通路を進む。


(精霊術のコーナーもある! ああ、向こうはなにか綺麗な絵がついてる……あっちは生き物の図鑑?)


 興味のあるものばかりで目移りして、ふらりとそちらへ行きそうになる。だが今目指すのは地理のコーナーだ。

 ステラは大きな都市の名前しか知らないが、レグランドにくる途中に通ってきた町の名前や、どんな特色があるのかも知りたい。それに、外から見たアントレルがどのように書かれているのかも気になる。……もしかしたら辺境過ぎて何も書かれていないかもしれないが。


「あっ、シン」

「なに?」

「知り合いがいたからちょっと話してくる」

「うん」


 アルジェンと言葉を交わしたシンシャが少し目を離した間にもステラはスタスタと進んでいく。キョロキョロしているというのにすれ違う人や障害物をひょいと避けていってしまうのが追いかける方としては非常にやっかいである。


「ステラ」


 小走りに追いかけてきたシンシャにぐいと腕を引っ張られて、そこでステラは自分が一人で先行していたことに気がついた。


「あ、ごめん……珍しい物一杯でつい。あれ、アルは?」

「……」


 シンシャは少し迷った顔をしてから、メモに文字を書いた。


『知り合いを見つけて話をしにいった』

「そうなんだ。……シン、アルにするみたいに耳打ちのほうが楽だったら私はそれでいいんだけど……」


 伝える用事がある都度メモを取り出し文字を書いて、というのはやはり大変だ。だが昨日のシンシャの様子を考えると、彼女は過度な接近を嫌う人なのかもしれない。

 少し馴れ馴れしい提案だっただろうか……。

 現に今、シンシャはやや困った顔をしている。


「ああでも気にしないで、シンの楽なやり方でいいので」

「……うん」


 シンシャ頷いたが、これはほぼ間違いなく現状維持という顔だ。

 田舎ものが都会のお嬢様と仲良くなれる機会などそうそうないので、できればもう少し心の距離を縮めたいのだが……。


(私のがさつさだと難しいかも……女の子の友達、欲しかったんだけどなあ……)


 村の子供で年が近いのは男ばかりだったのだ。

 心の中だけで大きなため息をついて、しょんぼり歩いていくとようやく『歴史・地理』と書かれた棚にたどり着いた。図書館の隅の一角で、スペースは広いのだが他の場所に比べると人が少ない。


「ここにあるのが全部歴史や地理の本なんだ……」

「ステラならここ」


 シンシャが示したあたりには、基礎や入門という単語がタイトルに入っている本が集まっていた。ステラは一番手近にあった一冊を手に取り、開いてみる。

 初めのほうに国内の地図が載っていたが、予想通りアントレルの名前は地図上にはなかった。それでも目次を見ると、大都市、地方都市、その他地域に分けて細かく説明しているらしい。


「これ読む」


 本の表紙をシンシャ見せると、彼女はこくんと頷き閲覧席の方を指さす。


『近くにいるから移動したいときは声かけて』

「分かった」


 ステラは本を開いて読みながら閲覧席に向かい、椅子に手をかけた。


 ガタンッ!! ばさ、ごとん


 椅子を引いた瞬間、周囲に響いた派手な音に、ステラは思わず手に持った本を落としそうになってしまった。そんなに派手な音が鳴るほど勢いよく引いていないはずなのに!? と、顔を上げて見回す。


「う……いたぁ……」


 ちょうどステラがいる場所から通路を挟んで向かいにあるブロックの棚に、高いところの本を取るためのはしごが置いてあり、その下に黒い布の塊が落ちていた。

 もぞもぞ動くその布の塊からは、ぴょこんと茶色い髪が覗いている。


「だ、大丈夫ですか?」


 ステラは本を閲覧席に置き、その塊のほうへ駆け寄った。

 状況から見てはしごから落下したのであろうその人物の周りには本が何冊も散らばっている。この全てを抱えてはしごに登っていたのだろうか、と眉をひそめるステラの前で、顔を上げたのはおさげ髪の少女だった。


「本、本が……!」


 少女はステラが声をかけたことに気付かなかったのか、慌てて床に散らばった本を拾い集め、それらの見分を始めた。


「あああ、背表紙が……でも中身は折れてない。こっちも……大丈夫。でも表紙の角が潰れちゃった……」

「ええと……?」


 本も大事だが、彼女自身は怪我をしていないのだろうか。本を確認している機敏な動きを見る限り、問題はなさそうではあるのだが……。

 問題はなさそうなので何もなかったように去る――というのもなんだかおかしいような気がしてステラは立ち尽くす。


「ステラ」


 と、後ろからシンシャの声がした。

 音を聞いて駆けつけてきてくれたらしい。彼女は閲覧席へ向かい、ステラがそこにいないことに気付くと焦ったような顔で周囲を見回した。


「シン、こっち」


 ステラの声に振り向いたシンシャは、無事を確認して表情を緩め――そして、その足下にいる人物に気付くと、一気に表情を硬くした。

 彼女は大股でつかつかとステラのもとへやって来て、未だ床に座り込んだままの少女とステラの間に――まるでステラをかばうように――立った。


「……シン?」


 シンシャは背が高いので、目の前に立たれてしまうとステラからは少女の姿がよく見えなくなってしまう。だがシンシャの雰囲気からして、あまり関わってはいけない人物だったのかもしれない。……実質、存在に気付かれていないので関わっていないも同然だが。


「リシア」

「……へ? あれ? シンシャさん? こっ……こ、こんにちはっ……」


 名前を呼ばれて初めて顔をこちらに向けた少女は、シンシャの姿を認めると驚きに目を見開き、そして即座にバネのように立ち上がり勢い良く頭を下げた。


「大丈夫?」

「え、あ、あ、だだ大丈夫です! うるさくしてすみません!」

「別に……」


 シンシャはリシアと呼んだ彼女ではなく、周囲を気にしているようだった。視線を走らせたが特に異常がなかったのだろう。リシアに視線を戻し、ため息をついた。


「すみません……」


 そのシンシャのため息にびくりと体を縮こまらせてリシアが再び謝る。

 シンシャはそんな彼女に対して何を言うでもなく、床に落ちた本を拾い始めた。


「あ、自分で拾うので……」

「待って待って」


 わたわたとしゃがみ込もうとしたリシアを、ステラは咄嗟に肩をつかんで止めてしまった。一瞬シンシャが顔をしかめたが、動いてしまったものは仕方がない。


「え? あの」

「足、落ちたときに捻ったんじゃありませんか? あまりしゃがまないほうが良いですよ」

「あ……」


 リシアは凍り付いたように固まったままじっとステラを見つめ、少しだけ泣き笑いのような表情を見せた。


「大丈夫です。頑丈なのが取り柄ですから」

「でも……」

「リシア。これ、全部?」


 本を全て拾ったシンシャが閲覧席を指さす。


「はい、でも自分で……」


 持っていきます、と手を出したリシアを無視してそのままシンシャは閲覧席のほうへ向かっていってしまった。


「あああ……」


 出した手を無視されたリシアは、弱り切った声を上げながら引っ込めた手で顔を覆い、うつむいてしまった。


「あれ、なにその本。シンが読むの?」


 そこへ、知人との話が終わったらしいアルジェンがやってきた。

 彼の言葉に、シンシャは肩をすくめてリシアを目で示した。その視線を追い、リシアを見つけたアルジェンは、小さいが確かに「げ」と嫌そうな声を出した。

 リシアはうつむいたままだったが、ピクリと肩をふるわせた。


(うーん、なんだか人間関係が複雑そう……)


 とりあえずこういうことには触れないのが吉だ。ステラはリシアに「行きましょ」と声をかけてからシンシャ達のもとへと向かった。

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