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0. はじまりの精霊術

新連載をはじめました!

他作品ともどもよろしくお願いします。

「うーん」


 赤や黄色の小さな果実が実った低木を見つめながら、一人の少女が眉をひそめた。

 険しい表情のせいでわかりにくいが、よく見れば愛らしい顔立ちの少女だ。つややかな薄い桃色の髪が白い肌によく映え、ハシバミ色の瞳は大きくて丸い。

 ――しかし残念なことに、当の本人は自分の身なりには全くもって無頓着で、せっかくの美しい髪は飾り気のない紐で雑にくくられ、身にまとっている服にはきれいな刺繍が入っているというのに、これまた雑に捲り上げている。そのせいで、かわいいというよりも先に、『残念』という言葉が先に出てきてしまう。

 少女――ステラ・リンドグレンはそういう娘だった。

 ステラはまだ実の生っていない枝を一本つまんでその先端を観察したあと、丸い瞳を険しく細め、ゆっくりと周囲を見渡した。


「これは、鹿っぽいな……」


 昨日まで低木には柔らかな新芽が青々と顔を出していたはずなのに、今朝来てみたらごっそりとなくなっていた。枝の先端には動物が食べた形跡が残っていて、加えて、来たときには気づかなかったが、よくよく見てみれば地面の苔が数カ所掘り起こされ、むき出しになった土には(ひづめ)の跡が残っている。

 ここは森の入り口に近く、多少なりとも人の出入りがある。普段はあまり動物がやってこない場所だが、実りに誘われ足を伸ばしてきたのだろう。


「鹿だけならいいんだけどね……」


 別に鹿が来るのはいい。植物を食い荒らされるのは困るが、この時期なら実りのすべてを食い尽くされるというほどの被害はないはずだ。

 しかし、()しくも昨日、「村人が狼の姿を見た」という話を聞いたばかりだった。

 ――おいしい新芽をたっぷり食べた鹿は、狼からしたらさぞかしうまそうな獲物のはずだ。

 通常、森の入り口付近はステラのように女子供が出入りすることがあるため狩猟が禁じられている。そのように狩猟のできない場所に鹿が迷い込んで、自由に歩き回り――そしてそれを狙って狼がやってくる、というのは考えられる話だ。

 果実の採取ができないロスは悔しいが、早くこの状況を村の猟師に伝えて対処してもらうべきだろう。

 鹿を狙ってきた狼に襲われたくないし、それに、気まぐれに家畜を襲われても困る。ステラは肩を落として持ってきた籠を抱え直した。

 そのステラの足元を、一匹の狐がすばやく駆け抜けていった。


「うわっ」


 あまりの近さに驚き、持っていた籠を落としそうになる。

 ステラは狐が去っていった茂みをぽかんと見つめたあと、頭を振った。

 野生の狐がこんなに至近距離を駆けていくというのはちょっと異常な事態だ。それに、あれはどう考えても獲物を追う動きではなく、なにかから逃げている動きだった。

 禁猟区域で、狐を追う生き物といえば……。


(フクロウ、熊、……それに狼)


 森を出よう。――ああ、でももう手遅れかも。

 ステラの耳に、草を踏み分けて歩く音が複数届いてきた。

 狐が人間(ステラ)の気配にも気付かずに慌てて逃げたということは、捕食者はすでにこの近くにいるのだ。


「……大気の精に(こいねが)う、破裂音を鳴らして!」


 草の陰から、ゆったりとした足取りで出てきた二頭の狼の姿を認めた瞬間、ステラは(ふところ)からナイフを取り出しながら叫んだ。

 パァンッ‼

 ステラの声に応えるように、乾いた破裂音があたりに鳴り響いた。銃声のようなその音に対して、狼は少しだけ怯んだ様子を見せる。


「ありがとう精霊、大好き‼」


 普段は失敗することの方が多い精霊術だが、不思議とこういうピンチのときにはうまくいく。ステラの必死さが声にあらわれているからだろうか。

 ――兎にも角にも、今は自分の身を守らねばならない。

 握ったナイフを手近な木の幹に勢いよく突き立て、さらに柄の部分をブーツのかかとで思い切り蹴りつけて深く刺す。刀身が半分ほど埋まったそのナイフを足がかりにして、ステラは猛然と木を登り始めた。

 さっきの破裂音で怯んで逃げてくれればよかったのだが、二頭の狼に逃げる様子はない。

 こうなったらこちらが逃げるか、もしくは戦うかしかないが、ナイフ一本で二頭の狼を相手にできるほどステラは野性味あふれる戦闘民族ではない。

 もちろん、走って逃げるというのも却下だ。長い距離を追跡して狩りをするような動物から走って逃げられるほど、ステラは健脚でも俊足でもない。

 だから、ステラがとるべき行動は一つ。――隙をついて高い場所へ移動すること。

 狼は体の構造的に木登りが苦手なはずなので、高いところまで逃げてしまえばそのうち諦めるだろう。

 ある程度の高さまで登ってから下を見下ろすと、狼の一頭と目があった。唸り声をあげて襲いかかってくる……という様子はないものの、木の上にいる生物に興味があるようで立ち去るつもりもないらしい。

 あとは彼らが諦めて別の獲物を追いに行ってくれるか、精霊術で立てた音を聞いた猟師が駆けつけてくるのを待つか――。


(いずれにしても、しばらく動けそうにないな……)


 ステラは木の幹に体をもたれかけ、ため息をついた。


(こんなことなら、母さんの言うとおり今日森に入るのはやめておけばよかった……)

2025/3/30 序盤をすこし修正しました。書籍版の序盤にあわせていますー。

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