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もしも人生をやり直せるとしたら俺は過ちを繰り返さない  作者: 大神 新
俺は一ノ瀬梨香と添い遂げる
9/18

第91話:最大のライバルに勝てる気がしない

「高木、飲みに行くぞ!」

 いつものように声をかけてきたのは康平(こうへい)だ。


 入学から3週間ほどが経った。

 新歓コンパの時期も終わり、学内のお祭り騒ぎも落ち着いてきた頃だ。

 一ノ瀬はすでに予備校の授業が始まっている。


 俺の方もアルバイト先が決まった。週に3日、深夜のコンビニだ。

 これなら一ノ瀬を送って帰った後でも仕事が出来る。

 新生活は徐々に軌道に乗ってきたと言えるだろう。


「ごめん! 俺、今日も行くところがあって……」

「ほぼ毎日じゃないかー」

 康平が不満に思うのも仕方がない。


 俺が飲み会に付き合うのは週に1回程度だった。

 普通なら十分だが、入学してすぐは週に3回は飲みに行ったのを覚えている。

 正直に言おう、この頃の仕送りとバイト代はほとんどお酒代に消えていた。


「高木ちゃん、彼女いるんでしょ?」

 麗子(れいこ)はニヤニヤしながら核心を突く。


 ……別に内緒にしていたわけではない。

 ただ、冷やかされるのが面倒なだけだった。


「まあ、ね」

「お前……、そうだったのか!?」

 康平が驚いた顔をしている。失礼なヤツだな。


「ろっちはどうなんだ?」

 康平は割と、遠慮なく踏み込んで来る。

 そして、神戸(じんと)さんは相変わらず「ろっち」と呼ばれていた。


「あー、高校時代は居たよ。彼女は進学し、俺は浪人したんだ」

 神戸(じんと)さんはそれほど落ち込んだ様子もなく、しれっと答えた。


「よくある話さ……」

 というか、笑い話にしようとしている節がある。


「ははは、ダサいなー! でもしょうがないか、そりゃ続かないよな」

 康平の笑い声が、俺にも刺さった。


「俺はその逆パターンだな。彼女は今、予備校に通っているんだよ」

「あー……、ごめん! 笑って悪かった」

 康平は基本的に良いヤツだ、だからこういう時はすぐに謝ってくれる。


「それで、授業終わった後は彼女に会いに行ってるんだ?」

「そういうこと」

 麗子はすぐに事情を察してくれた。


「うーん、でもそれ、結構難しいと思うぞ? 浪人中は結構、遊べるからなあ」

「それはろっちだけだろ」

 神戸(じんと)さんは非常に要領が良い。

 遊ぶために自らの意思で浪人した可能性すらある。


「まあ、何かあったら俺に言ってくれ。いつでも不良の役をやってやる」

「不良?」

 麗子が意味の分からない、と言った顔で聞き返す。


「定番だろ、俺が君達カップルに絡むから、それを高木君が撃退するんだ。

 吊り橋効果も相まって、必ず上手くいくさ!」

「おい、ろっち……」

 彼は確かに金髪で風貌も悪い。不良に見えなくもないだろう。


「アイツは君よりも身長が高いぞ?」

「任せろ、俺の演技力ならその辺りはどうとでもなる!」

 神戸(じんと)さんは妙に自信たっぷりだった。


「あははははは! ちょっと見てみたい! いいじゃん、高木!」

 康平、君は笑い過ぎだ。ともあれ、俺も同じ意見だけど。


「今のところ、そこまでしてもらう必要は無いよ。

 ただ、申し訳ないけど、飲みは少し遠慮させてくれ。

 時間がある時は行くから、また誘ってくれると嬉しいな」

 断るのは胸が痛むけど、誘ってくれるのは本当に嬉しかった。


 それに、ある程度は友達付き合いもしないと、一ノ瀬に別れられてしまう。

 アイツが出した条件は意外と厳しい。


「いいよ、気にしないでくれ。俺たちは応援するからさ」

「そうだぞ、高木。何かあったら、いつでも俺たちに頼ってくれ」

 ふたりとも親身になってくれて嬉しいけど、絶対楽しんでいる。


 まあ、ネタにしてくれてもいいけどさ。

 その代わり、もし振られた時は全力で飲みに付き合ってもらおう。


「高木ちゃん、良い人だから騙されてないかちょっと心配だなー」

 厳しいことを言われたが、麗子はむしろ一番心配してくれたようだ。


「あー、大丈夫だよ。貢いでいるわけじゃないし」

「それならいいけど……、あんまり無理しちゃだめだよ?」

 優しいなあ。本当に良い友人だと思う。


「そうだぞ、そういうのって、相手のためにもならないからな。

 片方が無理し続ける関係って、いつか必ず壊れるものだと思う」

 神戸(じんと)さんのアドバイスは、的確だと感じた。彼はいつもそうだ。


 過去の世界で彼を「ろっち」と呼ばなくなったのはここに起因する。

 彼は本質的に、尊敬に値する優れた人間だ。

 だから俺は敬意をこめて「神戸(じんと)さん」と呼ぶようになった。


「破局したヤツが言うなよな!」

 康平のツッコミは、相変わらず鋭い。


 それを笑って受け流す神戸(じんと)さんはやはり俺達よりも年上だったのだろう。

 彼は人生のほとんどのことを笑い話に変えるユーモアのある人だ。


「じゃあ、ごめん、行ってきます」

 そう言って教室を後にする俺に、3人は暖かく手を振ってくれた。


 うん、やっぱり大学に来て良かったな。

 彼らと会えたのは、俺にとって財産のようなものだ――。



 予備校に着いた俺はいつも通り、自習室に入った。

 本来なら卒業した俺が使用するのは良くないことかもしれない。

 けれど、別に満席というわけでもないので遠慮しないことにした。


 相変わらず、物語を考えて過ごすことが多い。

 気が付けば結構な分量になっていた。そのうち小説に出来るかもしれない。

 人に読ませるような物にはならないと思うけど、一ノ瀬なら読んでくれるかな。

 アイツは本を読むのも好きだったはずだ。


 ただ、この日は大学で課題が出ていたのでレポートをまとめることにした。

 サークルに所属していた当時は過去レポートがあったのだが……。

 今回はその繋がりがないから自分でやるしかなかった。

 まあ、時間はいくらでもあるので真面目にやっても構わない。

 強いて言えば麗子や康平に過去レポを横流ししてやれないのが切ないところだ。


 一通り作業したら、一ノ瀬が授業から戻ってくる頃合いを見計らって外に出る。

 普段なら次の授業までの間、フリースペースでくつろいでいるはずだ。


 4人掛けのテーブルが並んだエリアで一ノ瀬の姿を探す。

 おそらく理絵(りえ)さんと一緒だろう。俺は少しでも顔を見れればそれだけで良い。

 しかし……。


 ようやく一ノ瀬を見つけた俺は絶句した。

 彼女の対面に座ってるのは理絵さんじゃない。


 茶色の短い髪をワックスで立てている。

 肌は黒とは言えないが健康的な色だ。目尻が整っていて鼻が少し高い。

 まごうことなくイケメンに属するだろう。そして座っていてもわかる、長身だ。

 サッカー部かバスケ部のエース、そんな印象を受けた。

 直ぐにわかったよ、おそらく彼が――悠人(はると)だな。


 言葉を失った理由は彼の容姿が想像以上だっただけじゃない。

 会話をしている一ノ瀬の表情が、見たこともない物だったからだ。

 少し照れたような、それでいて嬉しそうな。

 満面の笑みで受け答えしている。彼の言う事なら何でも聞いてしまいそうだ。


 野獣のような女の子? そんな素振りは一切ない。

 アイドルを前にして、目がハートマークになっている、そんな感じだ。

 俺は甘く見ていた。あんなのに勝てるわけないじゃないか。


 動揺を隠せずに立ち尽くしていると理絵さんから声がかかる。


「あ、高木くん、こっちだよー」

 手を振る姿も可愛いな。本当に一ノ瀬に似てる。


 俺はなんとか手を上げて答えた。

 一ノ瀬の方を見るとやっとこっちに気がついてくれる。


「高木くん、今日も来てくれたんだ」

「ん、当たり前だろ」

 そう言って隣に座る。


 結果、俺は悠人(はると)と対峙することになった。


「ふーん、()()()()、か」

 その一言で、何となく下に見られたのが分かった。


 まあ、そうだろうな。ぱっとしない見た目なのはわかっている。

 それに……一ノ瀬には苗字に君付けで呼ばれているのだ。

 とても彼氏には見えないだろう。


「えっとね、彼は悠人(はると)って言って……」

「ああ、いいよ梨香(りか)

 そう言って彼は一ノ瀬を制し、俺の方を見る。


 すでに下の名前で呼び合っていることに戦慄した。

 気にするな、一ノ瀬は中森(なかもり)のことだって下の名前で呼んでいたんだ。

 そこまで、特別なことじゃない……。

 必死で内心を取り繕う、表情に出さないだけで精一杯だった。


「俺は結城(ゆうき) 悠人(はると)、宜しくね」

 悔しいが苗字まで格好良いじゃないか。何だそれ、選ばれし者か?


「よろしく、結城君」

 俺は壁を作るつもりで答えた。


「なんだよ、堅苦しいな。悠人(はると)って呼んでくれよ」

「……よろしく、悠人(はると)

 苦手だな、このノリ。でも一ノ瀬はこういう人が好きだ。


 出会ってすぐの人を下の名前で呼ぶような爽やかな感じ。

 表情は自信に満ちている。かといって、他人を見下すような感じもない。


「でさ、高木くんのフルネームは?」

「高木 貴文(たかふみ)だよ。言い難いだろうから高木って呼んでくれ」

 そう言えば俺、自己紹介の時にあんまり名前を言わないんだよな。


 前に一ノ瀬に言われた「言い難い」をずっと引きずっていた気がする。


「じゃー、貴文な。別に言い難くはないだろ。

 イニシャルがT.Tって言うのは面白いけどな」

 悔しいが、コイツはガチのイケメンだ。


 何を隠そう、俺もこんな風に成りたいと思っていた。

 康平や麗子を名前で呼び捨てにしているのも、これが理由だ。

 神戸(じんと)さんに「ろっち」なんてあだ名をつけたのもそう。

 全部、一ノ瀬の好きなタイプの人間になろうとした結果だ。


 過去の世界では決別したばかりだった。

 馬鹿だよな、もう一度会える可能性なんてほとんどなかったのに。

 俺は……それでも彼女に好きなってもらえる人間になろうと必死だった。


悠人(はると)が貴文って呼ぶなら、私もそうしようかなー」

 理絵さんは相変わらず楽しそうだ。


「いいよね、貴文?」

「えっ、理絵さんも? 別にいいけど……」

 何だろう……苗字で呼ばれる方がずっと安心できる。


 不思議だな。名前で呼ばれるこの関係は自分の居場所ではないと感じた。

 大学のキャンパスに居る時の方が、よっぽど自分らしく居られる。


「私のことも呼び捨てにしてよー」

「わ、わかったよ」

 理絵さんの距離の詰め方がもはや怖い。


「で、貴文と梨香って付き合ってるのか?」

「ううん、友達だってさー」

 理絵さんの即答により、非常に面倒なことになった。


 ここは先手を打っておきたかったのに、いきなりその道を塞がれる。

 一ノ瀬を呼び捨てにしているのがなんとなく腹立たしい。

 ……でも、ここで感情を表に出したら負けな気がする。


「高校の同級生らしいよ。仮面浪人してるんだって」

 理絵さんは次々と俺のことを説明してくれた。

 基本的に良い人なんだよな。


「へー、じゃあ、一応現役大学生か。凄いな!」

 悠人(はると)も人当たりは良かった。


「いや、別に大したことないよ……」

 俺はそう答えるしかなかった。


「俺さー、高校時代は部活に入れ込み過ぎちゃって。

 気が付いたら、もう間に合わなかったんだよね。部長とかやるもんじゃないな」

「部長か、凄いじゃないか。それだけ打ち込めるのは凄いことだと思うよ」

 口ではこう言ったが、あまり心がこもっていなかったかもしれない。


 今では、この言い分も素直に認められるようになった。

 でも、当時の俺だったら嫌悪しただろうな。


 彼は「真剣に部活をやったから受験に合格しなかった」と言ったのだ。

 それは逆に言うと「合格した人は真剣に部活をしていなかった」となる。

 そんなわけはない。

 真剣に部活をやって、部長を務めた上で第一志望に合格する人だっている。

 それは努力に他ならない。


 彼が合格しなかったのは単に努力が不足していただけだ。

 それを誇らしげに言うのは真面目に努力した人たちに対して、失礼だと思う。


 ……でも、俺は誰だって「自分が一番頑張った」と思っている事を知っている。

 そう思うことは間違いじゃない、自分がそう思うのならそれでいいんだ。

 もしも、これを間違いだと言ってしまったら……。

 世の中で努力を認めてもらえる人間は、ほんの一握りになってしまう。


 俺は、誰だって「頑張った」と思ったら褒められるべきだと思う。

 「他にもっと頑張っている人がいる」、そんな言葉はただ水を差すだけだ。


「おー、分かってくれるか!」

「一応、俺も生徒会とかやってたしな」

 悠人(はると)は嬉しそうに俺の肩を叩いた。


 他人とのコミュニケーションに必要なのは自己主張じゃない。

 相手を認めることも、大切なのだと思う。

 俺は、それを理解するのに随分と時間をかけてしまった。


「そういえば、貴文ってどこの大学通っているの?」

「ああ、D大学だよ。彼氏にしたくない大学、ナンバーワンだ」

 これは嘘ではない。俺の大学は国立理系大学にして、もっともモテない大学だ。


「えっ!? そこ、私の第一志望なんだけど……」

 理絵さんは心底驚いた表情でそう答えた。そして俺も驚いた。


「マジで!? あー、なんかごめん」

 第一志望校で仮面浪人とか、俺はどんな横暴な人間なのだろう。


「うお、じゃあ貴文ってT大とか目指してるのか!?」

「まあ、そうだね……」

 それ以外、あり得ないよな、こうなると。


「うわー、すげーな」

「知らなかったよ、じゃあ凄く頭いいんだね!」

 悠人(はると)と理絵さんの羨望の眼差しは少し痛かった。


 目指すだけなら誰でも出来る。

 そして、俺は別に目指してすらいない。

 さらに言うと、一ノ瀬の方が厳しい大学を目指している。


「ねえねえ、それじゃあさ、大学案内とかしてくれる?」

「いや、それは普通にオープンキャンパスに行けば……」

 理絵さんの眼はキラキラと輝いて、とても素敵だった。


「説明会とかじゃなくて、生の学生を見たいの! 雰囲気とかさ、そういうの!」

 それはまあ、わからないでもない。でもなあ……。


 俺はチラリと一ノ瀬の方を見た。

 本当は俺、お前と話したいのに……。


「あー、うん、いいんじゃないかな?」

 許可が出てしまった。


「分かったよ、理絵さん。じゃあ、授業が無いときにでも……」

「もう、呼び捨てで良いって言ったじゃん!」

 あー、なんか本当に一ノ瀬と似ているな。


「分かったよ、理絵」

 仕方なく、俺はそう答えた。


「いいねー、じゃあ梨香、ふたりが大学行っている時は俺と勉強しようか?」

「なっ!?」

 俺は思わず、叫んでしまった。


 何でこうなる?

 俺は一ノ瀬に会いに来ているのに、どうして邪魔ばかり入るのだ。

 もちろん、ふたりに悪気が無いことはわかっている。

 でも、これじゃあ、あんまりだ。


「高木くん、それ、私も行っていい?」

 そんな俺に一ノ瀬は助け船を出してくれた。


「ああ、もちろんだよ。悠人(はると)も来るか?」

「いやー、俺は良いよ。仕方ない、それじゃひとりで勉強するかな」

 悠人(はると)は爽やかに片手を上げて答えた。


 俺が居ない間に、悠人(はると)と一ノ瀬が仲良くなっていく。

 それは止められないことなのだろう。

 俺は毎日ここに来られるわけではない。


 少しずつ、一ノ瀬の思い出が上書きされて消えていく。

 そんな不安を抱いてしまった。

 俺はとてもじゃないが、彼に勝てる気がしない――。



「ねえ、高木くんも嫉妬とかするの?」

 その日の夜、一ノ瀬との帰り道でそんなことを聞かれる。


「普通にする。というか、嫉妬深い方だと思う」

「へー、そんなんだ……」

 一ノ瀬は意外そうな顔をしていた。


 そういえば、やり直しの世界では特に独占欲を全開にすることはなかったっけ。

 せいぜい中森に軽い嫌がらせをしたぐらいだ。

 この先も我慢することは多いだろう。何せ俺の想いは重たい。

 彼女に降りかからないようにするためには仮面をつけることも必要だ。


悠人(はると)、格好良かったな」

「でしょー! 初めて見た時、ビックリしちゃった」

 嬉しそうに話す顔を見て、悲しくなるのは久しぶりだった。


「……どうしたの?」

「あー、いや、一ノ瀬の友達が良いヤツそうで良かったな、と」

 これで誤魔化せているだろうか。沈黙が怖くて会話を続ける。


「どうやって知り合ったんだ?」

 こういうのを聞かれるのも嫌なのかな。少し心配になった。


「んー? 理絵に『あの人、格好良いよね!』って言ったら突撃してた」

「……凄い行動力だな。ほとんどナンパじゃないか」

 だが、あの子なら普通にやりそうだ。


「だよねー! それで仲良くなっちゃうから凄いよ」

「確かにな。でも、あの子、悪気なさそうだからなあ」

 しかし、俺個人的には問題な行動である。


「ごめんね、大学の件、迷惑じゃない?」

「いや、それは良いんだけど……。お前も来るの、大丈夫か?」

 勉強の邪魔になってはいないだろうか。


「私は平気だよ。たまには息抜きしないとね!

 それに……高木くんにちゃんと友達いるか、ちょっと興味あるし」

 ああ、この顔は大丈夫だな。無理をしているようには見えない。


「それ、居なかったら別れるとかいうなよ?」

「ふふふー、駄目だよ、ちゃんと友達作らないと!」

 やっぱり、一ノ瀬と話していると安心する。もっと一緒に居たい。


「ん……」

 思わず頭を撫でてしまった。


「その……、俺。悠人(はると)みたいに格好良くないけどさ。

 お前のこと、本当に好きだからな。大事にしたいと思ってる」

「ふえ?」

 一ノ瀬は間の抜けた顔でこっちを見ている。そして、みるみる悪い顔になった。


「あははは! 何それ!? 高木くんってそういう感じなの?」

「笑い過ぎだよ」

 少しは気持ちが伝わっただろうか。


「大丈夫だよ、悠人(はると)はね、なっちゃんみたいな感じだから」

奈津季(なつき)さん?」

 ちょっと意味がわからなかった。


「高木くん、私よりなっちゃんの方が可愛いって思ってるでしょ」

「いや、そんなことないよ、一ノ瀬が一番可愛い!」

 俺は本当にそう思っている。


「もう、そういうの良いから!

 私も馬鹿じゃないから誰がどう見てもなっちゃんのが可愛いのはわかってるよ」

 ああ、そうか……客観的に見た時の話か。それは、まあ、そうだろう。


「それでも、高木くんは私が良いんでしょ?」

「当り前だ。俺はお前じゃなきゃ嫌だよ」

 何となく、一ノ瀬の言わんとしていることが分かった。でもそれって……。


「私も似たような感じだから。そんなに気にしなくても大丈夫だよ」

 少し照れた表情は、ちょっとしか見ることが出来なかった。


 うぬぼれてもいいのか、お前はちゃんと俺を選んでくれているって。

 何だか、胸の奥が暖かくなった。


 でも、俺は知っている。これが無くなってしまうこと。

 この恐怖をかき消すことは決してできない。

 それでも、いつまでも俺が怯えているのは一ノ瀬の優しさに対して失礼だ。


「うん、わかった。ありがとう、俺はお前を信じるよ」

「そんな寂しそうな顔、久しぶりに見たな。ねえ……手、繋いであげようか?」

 そう言われて迷わず手を取った。相変わらず、冷たい。


 一緒に居られる時間は限られているんだ、迷ってなどいられなかった。

 一ノ瀬は優しく握り返してくれる。絡んだ指が心地よい。

 嬉しくて涙が出そうになってしまった。


「なんだか今日はずいぶんと優しいな」

「いや、私は()()()優しいと思うけど?」

 そう言ってにっこりと笑う。


「確かに、その通りだ」

「でしょー。ねえ、今日の夜、少し電話しない? 大学の話、聞きたいな」

 一ノ瀬から電話したい、そう言ってくるのは珍しかった。


 大学の話はあまりしないようにしていたんだ。

 どんな話をしても、自慢話のようになってしまうから。

 だけど、友達の話はよくしていた。

 彼女には神戸(じんと)さんや康平、麗子のことは事細かに話してある。


「うん、今日はバイトもないから帰ったら電話するよ」

「待ってるからね!」

 その言葉は何よりも嬉しい。


 約束がひとつでもあれば、俺はそれを楽しみにすることで生きていける。

 一ノ瀬と過ごす時間はいつだって、暖かな時間だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] これが、1周目で、浪人中に体の関係まで進んでしまった?悠人。。。 かつての全くもてなかった受験生としては、悠人が受験に失敗することを願ってやみません。 しかし、T大目指して仮面浪人中、2人…
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